記憶が戻った俺は
頭を空っぽにしてどうぞ。
翌日、やんごとなき貴族が主催したガーデンパーティーにて、見たこともない感涙もののエンターテイメントが繰り広げられた、と各新聞社が取り上げ、話題になっていた。
主催者には問い合わせが殺到し、あの一座は何なのか、どうすれば彼らにショーを頼めるのか、皆、興味津々らしい。
一方、俺は軍に照合してもらい身元が分かった。俺はいち軍人で、演習中に船から落ちたようだ。
「いや、落とされたんだ」
俺は記憶を探りながら呟いた。その時、ドアが開き、二人のご令嬢がなだれ込むように入ってきた。
「お、王女様!!」
俺がお世話になっている屋敷の主人が驚いた様子で一人の令嬢を見ている。
もう一人の令嬢は俺の胸に飛び込むように抱きついた。
「ああ、生きていたのね!」
彼女の顔を見た時、俺の記憶は全て戻った。彼女は俺の愛する人。
『この演習から無事に戻ったら、君に言いたいことがあるんだ』と言う俺に、『その言い方は死ぬやつよ』と笑っていた人。
「君の言うとおりだった。でも戻ってきたぞ」
俺が彼女を見つめ、そういうと、涙で目を腫らした彼女は顔をくちゃくちゃにして言った。
「こんな時、どんな顔をすればいいか分からないの」
俺は彼女を強く抱きしめ答えた。
「笑えばいいさ」
二人だけの世界に浸っていると、王女様の咳払いが部屋に響いた。
「よく生きていたな。私も嬉しいぞ」
俺は国軍で共に働いていた王女様に向き直る。
「この度はご迷惑をおかけしました。ご報告があります。俺は先ほど、記憶が全て戻りました。俺は船から落ちたのではなく、落とされました」
「なんだって!?」
驚く王女様に、俺は報告を続ける。
「軍の中に他国の諜報員が数人います。そして、そいつらの狙いは王女様、貴方です。貴方の情報を逐一どこかに報告しているようです。俺は偶然、それを知ってしまった。そして口封じのため、船から落とされました」
「…すぐに調べさせよう。ご苦労だった。お前が生きていると分かれば、奴らがまた動き出すかもしれない。しばらくはここに匿ってもらいなさい。ご当主、色々と迷惑をかけてすまない。この後、私と打ち合わせをしてほしい」
王女様と当主は連れ立って部屋から出ていった。
俺はあの世の体験や、生き返ってからのことを彼女に話した。
「婚約破棄からのザマァ…。確かに婚約破棄された女性は、それが男性側の一方的な言い分であっても、肩身が狭くなるものよ。
ザマァ、つまり逆転劇があると、随分印象が変わるかもしれないわね」
頷く彼女に俺は本音を話す。
「俺はマツリというものが持つ凄まじいパワーに感銘を受けただけで、正直、ザマァとかは二の次なんだ。マツリへの情熱が人を突き動かして、生きる糧になっている。
生きていくってさ、いいことばかりじゃないし、簡単なことじゃないだろう?
でも、マツリからパワーをもらい、また次のマツリに向けて生きていく。
そういう生き方があってもいいんじゃないか、って」
「そうね。生きていく理由なんて、人それぞれでいいのよね。
情熱を傾けられるものがあるということは幸せなことよ。
そういえば私の友人が、婚約者に何もかも奪われてしまいそうだと言っていたの。もし友人が望むから、彼女の力になってあげられないかしら」
「その話、詳しく聞かせてくれ」
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数日後には、俺を船から突き落とした他国の諜報員たちが捕まったらしい。どんな情報を流していたのか、またその理由についてもこれから取り調べするという。
俺は彼女の友人と会っていた。
「私の一族は代々ワインを造っています。我々のワインは国内外で人気があって、私はその味を守っていきたい。
姉は家業に興味がなく、大きな商家に嫁ぐ予定でした。でも最近、我が家に婿入りする予定の私の婚約者と姉の仲睦まじい姿をよく見かけて…」
ご令嬢は涙をこらえているようだった。
「私、聞いてしまったのです。婚約者の彼がコソコソ話しているのを。
頭の固い私と婚約破棄して、ワインに興味のない姉と結婚し、我が家を乗っ取ると…」
言い終わったご令嬢は、わっと泣き出してしまった。
『婚約破棄…酒…固い…』
俺はあの世で見聞きした知識を思い出す。ふふ、面白くなりそうだ。俺のマツリが火を噴くぜ。
「この案件、任せてもらえないだろうか」
そうです。王女様は名前のない人生劇シリーズの側妃様の子です。一応、世界観は繋がっています。