穏やかな時
工房に訪れるのももはや何度目か。
頑張れば思い出せるだろうが、モニカはそんな努力をする気になれなかった。
モニカでそうなのだから、武器商人などもう数えきれないだろう。
新しい武器の調達の間、モニカはこの不思議な空間を観察する。
数多の武器と、その職人たち。それよりも輪をかけて少ない武器商人。
ここで作られた武器がいろんな世界に売り飛ばされる。
そして、多くの人を殺していく。
その代価として受け取られた金銭と品々で、また新しい武器が作られる。
それが当たり前のように循環しているが、モニカは疑問を感じる事態に直面した。
「何してるんだお嬢ちゃん」
「デイコック様」
「様なんぞいらん。にしても随分丸くなった」
「太ってませんよ?」
「そういう意味じゃないさ。ほら」
缶ジュースを渡されて、お礼を言う。甘いジュースだった。
少し考えて、モニカは疑問の解消を始めた。
「質問いいですか?」
「いいぞ」
「ここってルールがなかったって本当ですか?」
「そうだ」
即答にモニカは驚く。
「今はあるが、それも自分たちで決めたお約束事だ。ここの創造者はな、唐突に場所を与えた。人々に力を作るための知恵を授けたが、それをどうするべきかについては何も語らなかった、とされている」
「目的がわからないんですか?」
「目的はあったのかもしれないし、なかったのかもしれない。……とにもかくにも、無法ってのは大変だ。ルールはいろいろ面倒事や問題もあるが、それでも円滑に生きていく上で必要だからできあがるものだ。いわゆる無法者でさえ、自分自身の流儀だったり手法だったり、なんらかのルールを作って生きている。野生の動物でさえ、本能という名のルールに従っているんだ。だから、ここの連中もまずルールを作ることにした。賢明な判断だったと思う」
「もしルールがなかったら……?」
「ここは存在してないだろうな。あれを見てくれ」
デイコックが指した先には巨大な剣が横たわっている。明らかに人間用ではなく、ロボットか、或いは巨人か。大きな存在による運用を目的とした武器だ。
「あれは星砕きの剣だ」
「星砕き……」
「あれで惑星を一つ、いとも容易く砕ける。最初は驚いただろうが、今は不思議でも何でもないだろう?」
「そう、ですね」
あまり見慣れないのは確かだ。武器商人はそのような武器を極力扱わないようにしていた。
しかし、デイスは違った。
頭の悪い武器。
イァクァミルのおぞましい異形を思い出す。
「そして、これがただの散弾拳銃だ」
デイコックが取り出したのは護身用であろう武器だ。
普通の銃より強力かもしれないが、それでも常識的な範囲の武器。
「このように、な。ここでは多種多様の武器を開発できる。何か物語を見たことあるか? 本でも映画でも、ゲームだっていいさ。たまにいるだろう? 圧倒的な力を持って、どのような手を使っても勝てない恐るべき力を持った存在が。そんな存在も、この工房と武器について知っていれば、ただの強大な力を持つだけの存在になり下がる」
「ここの武器があれば、勝てるから?」
デイコックは斜め前の巨大な戦艦を指さした。
「あれは惑星を三つ同時に破壊できる艦砲を搭載してる」
「でたらめですね」
「そうだな。だからこそルールが必要だった」
「不干渉、ですか?」
「そうだ。職人は武器を作り、商人は武器を売るだけ」
「けれど武器商人様は……」
「あいつはかなり危ない橋を渡ってる。正直なところ……いや……」
言い淀んだ先をモニカは想像できた。
「私、ですか」
「もし君を代価として受け取っていなかったら、まずかったな」
「ルールを破ったら?」
「そこは一般社会と大差がない。執行人が取り締まるか、或いは……。まぁ、とにかくルールを破って意気揚々としている奴は滅多にいないから安心しろ」
モニカはショックを受ける……かと思いきや、そんなことはなかった。
むしろ嬉しいくらいだった。奴隷で良かった、なんて思ったのは初めてだ。
と、そこで新たな疑問が生じる。
武器商人はなぜここにいるのか?
「……武器商人様はどうしてここに?」
「それは……」
さっきまで饒舌だったデイコックが静かになる。
「武器商人様はディース……でしたか? フレデリカさんと同じような武器を持っているはずです。それはこの工房の武器で、武器商人様は自分と同じような商人から購入したんですよね?」
思い出すのはあの銃だ。ずっと肌身離さず所持している拳銃。
シングルアクションアーミー。
ピースメーカーという愛称を持つ銃。
「平和を作るのは武器ではなく。……あの銃の持ち主と関係があるんですか?」
「そいつは」
「――どうかしましたか?」
その声音にモニカの獣耳がぴんと立つ。
「い、いえ、私は……」
「いろいろと教えてやってただけだ。この、工房についてな」
デイコックが誤魔化した。この話はタブーなのだ。
「あまりいい興味だとは言えません。ですが、知識は糧となります。無駄と思えるようなものでも」
すらすらと紡がれる武器商人の言葉に、モニカとデイコックは顔を見合わせる。
「武器は調達しました。帰りましょう」
「はい」
モニカはその手を迷いなく掴む。
武器商人もしっかりとその手を握り、腕時計が機能を果たす。
「言うべきだった、かもな……」
デイコックの独り言は、当然のように届かない。
※
「今度の仕事はなんですか?」
「……実は、ただの補給の依頼なんです」
「補給依頼……」
「以前取引したクライアントから、再度同じ武器の申請がありました。なので、ただ運ぶだけで今回の仕事は終わりです」
そんな説明を受けてモニカたちが訪れたのは、都市部の真っ只中だった。
高層ビルが立ち並ぶ場所を訪れる機会はそうそうない。
武器商人が商売するのは主に戦場で、そうでなくとも少なからず危険が同居する場所だ。
行き交う人々の波を潜り抜けて、シャッターが下りている店の前で立ち止まる。
「こちらです」
地下へと降りていくと、閑古鳥が鳴いているバーに辿り着く。
「来ましたね」
応対したのはスーツ姿の男性だった。
物腰柔らかな印象で、誰とでも打ち解けそうな雰囲気の人。
「例の物を持参して頂けましたか?」
「こちらに」
武器商人は小型のアタッシュケースを取り出し、カウンターに置く。
ケースを開くと中身が顔を見せた。
拳銃だ。自動拳銃。
「前のが破損してしまったもので」
苦笑しながら同じ拳銃を取り出す男性。
「お気に入りでしたから、ぜひ同じ物を、と」
「オーダー通りの品です。寸分違わぬ調整をしております」
「さて」
男性は拳銃を手に持つ。
スライドは強力な弾薬も使用可能にした強化型。アクセサリーパーツを装着可能としたもの。マズルにはコンペンセイターが装着され、反動制御に一役買っている。グリップ部分は特殊加工により滑り止めが施されており、マガジンの装填口も職人芸によって、スムーズな装填及び排出が可能となっている。
だが、一番目を引くのはアンダーレイルに装備されているもう一つの銃口だろう。
スーツの男は慣れた手つきでカウンターに手を伸ばしボタンを押す。
「射撃場……?」
酒類が並んだ棚が格納され出現した射撃場の的へ、男が引き金を引く。
まず火を噴いたのはメインバレル。的の真ん中に穴が開く。
すかさず男はサイドの可変スイッチを動かし、発砲。
的が粉々に砕け散った。
「これですよ、これ」
「ご満足頂けましたか?」
「もちろん」
そう言って壊れたハンドガンを武器商人に渡した。
武器商人は流れるように回収。そのやり取りにモニカは疑問を覚える。
「予備は買わないんですか?」
一度壊れたのならまた壊れても不思議ではない。武器とは基本的に消耗品。
すると男性は穏やかに答えた。
「ダメ元、でしたからね。正直なところ、無理なら無理でも問題はなかった」
男性はマガジンを排出。スライドを引いて薬室の弾薬を取り出し、セーフティをオンにした。最後に二番目の銃身をアンダーレールから外した。
「バグズロイドの上位種を始末して、今や繁殖能力のない下位種が残るのみ。その殲滅が確認できれば、この銃を破棄する予定でした。軍があまりにもうるさくてね。銃を解析させろと」
「解析……量産するつもりだったんですか」
「どうやらそのようですね。しかしこれはバグズロイド相手には良いが、人間相手には強力すぎる武器です。そんなものを軍に渡せば、どうなるかは目に見えている。せっかく敵に勝利しかけてるというのに、人類同士の揉め事で酷い目に遭うなんてことは避けたいですからね。全員が全員分別を弁える大人ならいいですが、それほど理性的な人間はこぞって武器など求めないものです。私も含めてね」
「最後の仕上げ、というわけですか?」
「その通り。後は突然変異種などが現れなければ万々歳ですが……ふっ、あなた方がここに来たということは、その可能性があるのかな?」
「私には判断しかねます」
「そうでしょうとも、武器商人」
男が代金を支払い、モニカたちはバーを後にした。
「この後は、家に?」
武器商人の、またモニカにとっての、家。
帰る場所があるというのは思いのほか居心地がいい。
例え武器だらけであり、殺風景だとしても。
しかし武器商人は返答に詰まっていた。
「どうかしましたか?」
「……少し、寄り道をしようかと」
「調達ですか?」
武器商人は武器の素材を回収しに自ら赴くことがある。
いつもは何かのついでが多かったが、今回は違うのかもしれない。
モニカは結論を出そうとする。
「いえ、そういうわけではありません」
「そうですか……? 私は大丈夫ですよ。どこにでもついていきます」
武器商人は奇妙にも、安堵したような表情を浮かべた。
疑問を覚えながらもその手を握る。
座標が設定され、二人分の命が消失する。
※※※
ここを選ぶのは、とても苦労した。
何せ、初めてのことだった。いつも向かう世界とは、何もかも違う。
世界の法則が異なるというわけでも、生きている人々に差異があるわけでもない。
その程度の変化など、変化のうちに入らない。
世界は数多存在する。
こうした世界も希少ではないが、やはり珍しく思えた。
「都会、ですね……?」
隣ではモニカが不思議そうにしている。
武器商人は改めてその世界を見渡した。
高層ビルが立ち並び、多くの人々が行き来している。その点は先ほどと変わりがない。
遠方に立つ巨大なタワーは電波塔だ。その存在に一種の錯覚を覚える。
「さっきとあまり変わらない場所ですね?」
「そう、ですね。世界の在り方とは千差万別です。大きく異なる場合もあれば、僅かな差異しか感じないこともあります」
異世界というより並行世界と呼ぶべき程度の微小な違い。
そのために発生する、既視感。そして、違和感。
するはずのない勘違い。
武器商人は深呼吸をする。
「武器商人様?」
「大丈夫です。少し、歩きましょうか」
それは散歩とでも呼ぶべき目的のない散策だった。あてもなく歩く隣で、モニカが困惑している。
彼女は耳隠しのハットを被っている。武器商人はいつも通りの服装だ。
しかし、その恰好を見て何人かが呟く。
「あれ、コスプレかな?」「あんなキャラいたっけ?」
「……コスプレってなんでしょう?」
「物語のキャラクターとおそろいの恰好をすること、でしょうか」
「普通の服ですよね?」
「ここでは違うのでしょう」
「でも、変ですね。いつもなら……いえ……」
「服装こそ目立てど、その世界に完璧に溶け込む、ですか」
車道を走る車や、線路を進む電車など、各種の騒音に負けないように言葉を交わす。
世界の全てに邪魔をされてるように感じる。
「そうです。こんなことは初めてで……」
「私もです。……どうしても、ここでは私たちの存在は浮いてしまうようです」
「どうしてですか?」
問われて、武器商人が立ち止まる。遠くから歩いてくるのは女子高生のグループだ。
放課後の寄り道とでもいったところだろう。
しかしその中に。
見知った、顔が――。
「武器商人様?」
「……すみません、なんでもありません」
言葉通りだった。見知った顔などいない。
他人の空似ですらなかった。全くの知らない顔だ。
「少し、疲れてますか?」
「そうかもしれません。そこの店に入りましょう」
無作為に選ばれたのはハンバーガーショップだった。
まずカウンターでメニューを選択する。と、モニカが固まっていた。
「どうかしましたか?」
「い、いえ……。あ、私はこれで」
店員に注文を終えて商品を受け取る。
テーブルに移動すると、モニカがそわそわと落ち着きがなさそうにしている。
帽子を外した武器商人は反対にリラックスしていた。
「なんていうか、不思議ですね」
「そうですか? 普通のファストフードチェーンかと」
「ファスト……?」
「すぐ出てくるんですよ。ある程度の準備をしてあるので」
「詳しいんですね」
「詳しいわけではありません。私もそれほど入ったことはありませんから」
「……それは……?」
武器商人は包みを手に取る。何の変哲もないチーズバーガーだった。
専門店には負けるものの、素人が自宅で作るよりは味が保証された品。
モニカのところにはハンバーガーが置いてある。
包みを解いて口に運ぶ。セット品であるフライドポテトに手を伸ばす。
そのありきたりな動作を目撃したモニカが再び硬直した。
「食べてる……」
「変、でしょうか?」
「いえ! 私も食べます! あっつ!」
「冷ましながら食べないと、熱いですよ」
「すみません……えっ」
「どうかしましたか?」
「……いえ」
驚いたモニカが穏やかな顔を作る。
その理由は、武器商人の顔に出ていた。
※※※
「何か買い物でもしましょうか」
満腹になったモニカに武器商人は提案してくる。
それと似たようなことを、かつてモニカは提案しようとして失敗した。
武器商人という仕事は多忙だから。
厳密にノルマと呼べるものはない。
されど、武器商人は武器を売ることそのものがアイデンティティなのだ。
「でも、お金は……?」
「クレジットには余裕があります」
武器商人は毎回寄付をしているが、金銭的に困窮している様子はない。
必要最低限の資金はあるのだろう。しかしこれは無駄な消費だ。
そして、その無駄こそをモニカは武器商人に求めている。
「……行きます!」
幸せを言語化しろと言われたら、それは今としか言いようがない。
モニカは自分でも驚くほど充実していた。
これほど楽しいとは。
大切な人と街を歩き買い物をするという行為が、これほどの幸福感を与えるとは。
手に持つのはよくわからない雑貨だったり、本だったり。
服なんてものも少し見てみた。しかし見るだけで買うことは止めた。
ここで目立たない服は、他の世界ではきっと目立つ。
だから、これを購入する時はきっと。
(……目立つ必要がない時に)
「本当に良かったのですか?」
隣を歩く武器商人。彼女は不思議そうな顔をしている。
表情がある。そのことが嬉しくて。
「はい! 大丈夫です!」
「少しおかしいですね」
「そうですか? そうかもしれません」
すっかり日が落ちてきて、世界がオレンジ色に輝き出している。
人々はそれでも多い。これほど活気があふれる街は初めてだ。
今まで訪れた世界も、多くの人々が生きていた。
それでもやはり、この世界は毛色が違う。
そんな風に思いながら歩き続けて、立ち止まった。
「武器商人様?」
楽しいと思い、また、考え事をしていたせいだろう。
気づけば郊外に出ていた。街を見下ろせる高台の上だ。
武器商人はじっと人々が行き交う都市を見つめている。
「どうかし――」
「ここは、武器商人がいらない世界です」
その言葉を咀嚼するのに時間がかかった。
「平和で争いがない、ということですか?」
武器がいらないのなら、武器商人は不要。
しかし、モニカの予想は外れた。
「いえ。争いはあります。戦争も。当然武器は存在し、人は死んでいるでしょう。今この瞬間もどこかで」
「それなのに、必要ないんですか?」
意味がわからないモニカに、武器商人は優しい顔を作る。
「一般的な職業としての武器商人は存在しているでしょう。しかし、私のような……特別な商品を扱う武器商人は必要ないんです。この世界は、人々は、自らの手で戦争を行い、平和を作り出している。武器商人は……私は、異論の余地なく邪魔者なんです」
「異論の余地なく……」
「武器は所詮武器です。人々が理性と感情を正しくコントロールし、武器を所持しても争いが起きえない世界では、そもそも武器は不要です。ですが、そのような世界は存在しえない。それでも、この世界のように独力で存続する世界があります。そして、私たちが介入するべきと判断する世界も。この二つの違いは、ただのボタンのかけ合わせです。ほんの少し歯車がズレるだけで、大きく様変わりします」
そうして、一呼吸置いた後に。
「――ここは、私が生まれた世界とよく似ているんです」
衝撃が全身を駆け巡る。
「武器商人様の世界と……それは……」
言葉を選ぼうとするモニカより先に、武器商人は続けていく。
「私の世界は滅びました。私は世界を救えなかった」
「それは武器商人様だけの責任では」
「そうかもしれません。それでも、託されたのは私です」
「託された……」
誰に?
その答えを、武器商人は口にする。
「私に武器を売った、武器商人に」
「武器商人……。武器商人様より前の」
デイコックに聞けなかった質問の答えが迫る。
タブーだったはずの話を、武器商人はすらすらと紡いでいく。
「そうですね、先代とでも呼びましょうか」
改められた呼称を聞きながら、モニカは身構える。
何が出てきても、その衝撃を受け止められるように。
「先代の武器商人は、自殺しました。私の命を救った代償を払うために」
絶句する。そんな備えなど無意味に等しい、回答に。
※※※
武器商人の目前で、スカラは敵を排除した。
ヴァルキュリアシステムは設計通りの性能を発揮し、ただの少女を最強の兵士へと変えた。
このような類の兵器に必要な資質は、優れた能力を持っていること――ではない。
優れた精神性。
戦いとは何か。武器とは何か。
感情に流されず、また理性だけで動くことのない矛盾したメンタリティ。
矛盾を避けられない人間という種だからこそ、誰よりもまっすぐにそれと向き合える人。
それこそが、力も知恵も与える兵器を扱うに相応しい資質だ。
「契約って、言いましたよね?」
荒い息を吐いていたスカラは、自らの状態を確認して驚く。
逃走途中にできた傷は癒えて、消耗した体力が回復している。
武器商人の男は、その様子を観察する。そうして思う。
――性能通りだ。
「もう、私は人じゃないんですね……」
「そうだな」
首肯する武器商人。スカラは深く息を吸って、吐いた。
「どういう契約ですか?」
「売買契約の経験はあるだろう」
「買い物、ですか」
「そうだ。商品を買ったなら、代金を払わなければならない」
「でも、お金、ありません」
「……物の価値を決めるのは売り手だ。たいていの場合はな」
武器商人はリボルバーのローディングゲートを開け、排莢。リロード。
シングルアクションアーミーはリボルバーの中でも装填に難がある。
パーカッションリボルバーほど不自由ではないが、最もポピュラーなスイングアウト式のリボルバーよりも時間が掛かる。
それでも、これを使い続けている。これに値段はつけられない。
「いくらですか?」
「……金銭ではない」
「お金じゃない?」
「君だ」
「私?」
スカラは驚いているが、自身が変身した時ほどではない。
わかっているのかもしれない。代償は何なのか。
「君は武器として、兵器として生まれ変わった。ゆえに」
――全てが終わった時、君を武器として回収する。
※※※
「――目を覚ませ……」
声を聞いて覚醒する。そして、即座に理解する。
自分が世界を救えなかったことを。
武器商人が目の前に立っている。しかし声は出ない。
涙も出ない。
もはや無気力だった。
彼は自分を回収しに来た。
「連れてって、ください」
ようやく捻り出した言葉は、不思議なことに、死を望むものではなかった。
自死するほどのエネルギーもない。
そのほとんどが文字通り吹き飛ばされたが、最後にたった一つ、役目がある。
自分は武器だ。
武器として、存在しよう。最期の時まで。
そんな風に朧気に考えていると、
「君は武器か?」
「はい」
即答できる。
他者がそう答えたのなら、そんなことはないと否定する。
しかし、他者にそう問われたのなら、迷うことなく即決できる。
「そうか」
武器商人は、まず身体を休めるようにと命じた。
この身体になっても、睡眠は必要だ。
逆に言えば、休むだけで通常の人間では回復できない部分も治すことができる。
いや、直せる。
武器の修復であって、修理であって。
治癒ではない。
「――後は頼んだぞ、デイコック」
修理を終えたスカラが目を覚ますと、武器商人が通話を終えたところだった。
売却先でも決まったのだろうか。
そう思い立ち上がろうとするとセンサーが反応した。
武器商人は銃を持っている。
シングルアクションアーミー。
平和を作るのは武器ではなく。
そう銃身に刻まれたリボルバー。
こちらに気付いた彼が視線を送る。
力強い眼差しだ。何か強い決意を秘めた。
武器商人は撃鉄を起こし。
銃口を喉元に当てて。
躊躇いなく引き金を引いた。
「……え?」
どさり、と死体が倒れる。
外れた帽子が風に舞って、目の前に落ちてきた。
頭部からはドバドバと血が流れている。
スカラはフリーズしていた。どうしていいかわからない。
かつての自分なら治療を試みた気がする。
例えもう助からないとシステムが教えてきたとしても。
でも、動けない。考えられない。
そうやって機能停止していると、空間が歪んだ。
「バカ野郎が!」
怒鳴りながら誰かが走ってきた。作業着の男だ。
武器商人の遺体の傍に駆け寄って何度か罵倒した後、こちらへと振り向いた。
「君がスカラ・アドミラか」
「……はい」
「俺はデイコック。そこに転がってる奴の知り合いだ。君を保護しに来た」
「保護……いえ。私は武器です。武器に保護は不要です」
「違う、違うんだ。君は武器じゃない。……少なくとも、奴はそう判断した」
「武器、じゃない?」
改めて、武器商人の遺体を見つめる。一切の迷いなく自死を選んだ男。
しかし、本当の意味で死にたい人間は存在しない。
死ぬしか方法がないと思ったから選んだだけで、死にたかったわけじゃない。
人の死は必ず何かしらの不都合を引き起こす。
「……彼の役目は、誰か引き継ぐんですか?」
「役目? 武器商人のことか? いや、武器商人はなんていうか、不規則に選択される。自分からなりに来る奴もいれば、正体不明の何かに選ばれる奴もいる。って、今はそんなことどうでもいい。この世界の環境は最悪だ。あらゆる生命体が即死するレベルの大気だ。俺の生命維持装置も長くは持たない。早く行こう」
デイコックが案内した先は空間の狭間にある家だった。所定のルートを通らなければ辿り着けない場所。そこを知る人間は数少ないという。
「ここでしばらく療養して、身の振り方を考えるんだな」
「私に療養は不要です。肉体は完全に修復されています」
「問題は心だ。メンタルだよ。君にとってなにより重要なはずだ」
「問題ありません。身の振り方もわかっています」
「……もう一度言うが、君は武器じゃない」
「そのようです。私は武器に限りなく近くて、それでも、武器ではない」
「わかってるならいいが。一体何に――」
「武器商人に」
「何?」
驚くデイコックに、スカラは今一度告げる。
「私は、武器商人になります」
※※※
「これが武器商人になったいきさつです。武器の選び方と売り方はデイコック様と、先代が残した本を使って学びました。幸いなことに、先代は武器商人として優秀だったようで、活動するうえで滞りなく……モニカ?」
武器商人は異変に気付いて呼びかける。モニカは泣いていた。
どこか悪いのか、と問う。
「私はいたって正常です。正常、なんです……!」
「そうですか。そうかもしれませんね」
モニカにハンカチを渡す。と、彼女は涙をぬぐい始めた。
夕日で照らされる彼女の泣き顔は、とてもネガティブな情動をもたらすはずの光景だ。
しかし、奇妙な感覚を覚える。愛らしい、と感じる。
そこまで考えてさらなる疑問にぶつかる。自分が何かを感じている。
武器商人として生きる上で、感情に蓋をした。
活動に支障が出ると考えたからだ。なのに今は。
「私は……」
自分の、病的な白さの手のひらを見つめて。
チーン、という音を聞く。
「モニカ?」
「え、あ、すみません、つい……」
モニカはハンカチで鼻をかんでいた。
不意に汚い、と思い、次に面白い、と思う。
気づけば大声で笑っていた。面白くて、涙が混じる。
「ぶ、武器商人様!?」
「す、少し待ってください、あはははは!」
なかなか笑いが収まらない。
しばらく笑い続けていた。
昔、あのクリスタルといっしょに閉じ込めたはずの感情と共に。