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混線する正義

「起きてください! 武器商人様! 武器商人様!!」


 目を開く。状況確認。

 体当たりされた。

 奇しくも、二回目だ。

 自分を助けるための突撃は。


「何やってんだ、あんた!」


 馬乗りになったライトニングが怒鳴る。その背後の天井には弾痕が見えた。

 顎は無傷。今頃、脳症をまき散らしていたはずが、血の一滴もこぼれていない。


「これが望みだったのでは」


 その問いにライトニングは、フレデリカは逡巡したように視線を動かす。


「アタシ、アタシは……」


 フレデリカは武器商人の上から退いた。モニカが駆け寄ってきて、手を差し伸べてくる。少し迷って、その手を掴んだ。


「そんなの、意味ないだろ……」


 武器商人の銃を、フレデリカは指し示す。懐へとピースメーカーをしまい、帽子の位置を直した。


「何がしたいんですか!」


 目じりに涙を溜めたモニカが糾弾する。


「何が、何がって……」


 フレデリカは混乱している。握っていた拳銃を再び構えようとして、廊下へ叩きつけた。咄嗟にモニカを自身の後ろへ隠す。

 暴発によって壁に穴が開いた。


「何を……?」

「わかんねえんだよアタシにも!」


 フレデリカが怒鳴る。自らの感情を発露していく。


「言い返せよ、八つ当たりだと! どうしたらいいのかわからないんだ! 世界を滅ぼされたこの憤りは、悲しみは、どうすればいいんだよ!!」

「知りません!」


 モニカが武器商人の背中から言い返す。フレデリカは睨んだが、モニカは全く怖じる様子はない。

 歴戦の戦士が、ただの少女に言い負けている。

 もはや癇癪を起こした子供のように見えた。


「私は答えを持ち合わせません」


 武器商人は正直に答える。何かを言える立場ではない。


「あなたは全くもって正しいのですから」

「正しい、だと……?」

「あなたのおっしゃる通り」


 武器商人はフレデリカに歩み寄る。床が軋んで音を立てる。


「私たちの世界が滅んだのは」


 途中で拳銃を拾う。フォトンバレットが排莢部に挟まっている。


「全て、全て。私が原因です」


 スライドを引き直して、銃身を掴む。


「自殺されるのが嫌ならば、撃てばよろしいかと」


 フレデリカは拳銃を掴んだ。モニカが驚く。

 彼女は拳銃を握りしめ、苦悩し、セーフティをオンにした。


「くそッ!」

「どう、されるので?」

「少し頭を冷やす」


 フレデリカは音声認識で転移システムを起動した。


「わかってると思うが、もし」

「私は、逃げも隠れもしません」

「そうか」


 フレデリカの姿が消失。


「……食事に、しますか?」

「はい……」


 二人は壊れたドアへと入っていった。



 ※※※



 詳しく話を聞くべきだったのか。

 あの後も、今こうして工房で武器商人の傍らにいる時も、モニカは同じ考えを逡巡させている。

 武器商人はいつもと変わらず、デイコックが商品を持ってくるまで待っていた。

 待機時間に流れる沈黙。

 モニカは迷いに迷っている。

 やはりここで聞くべきかもしれない。

 口を開き、


「久しぶりじゃないか、武器商人」


 派手な装いの男に遮られる。

 まさに成金といった風体だった。金ぴかのスーツに、金色の装飾が施された帽子。

 眼差しは軽薄そうで、言葉に付随するのは他人を見下す匂い。


「相変わらず、貧乏か? でも、いっちょ前に女を作ることにしたわけだ。同性愛者とは知らなかった」


 男がモニカを見る眼差しは、昔馴染みであり、今は無縁のものだった。

 商品として見ている。目当てはモニカ当人ではなく、その一部。

 性器としてしか、見ていない。そのように、不快な。


「こいつの具合はどうなんだ、名無しの武器商人。一流武器商人である、デイス様に教えてくれよ」


 無視する武器商人を横目に、悠々と接近してきたデイスがモニカの肩に触れる。


「もし素晴らしいのなら、俺様にも貸してくれ。売ってくれても、いいんだぜ?」


 これほど下劣な人間に会うのは久しぶりだった。強く実感する。武器商人が武器を売った人々は、問題ある者もいれど、最低限度の品格は持っていたと。

 かつての所有主ミシェプも、やはり、人格者ではあったのだ。


「今度の品は特殊だからな。存外手間取って――何してる?」


 戻ってきたデイコックが語調を強めた。


「何って、世間話さ。デイコック。武器商人同士の当たり障りのない話さ」

「いいからどっか行け。お前に用はない」

「酷いな。また会おうぜ、名無しのお嬢さん。奴隷ちゃんも」


 デイスは性悪さを滲ませながら立ち去る。デイコックはモニカに微笑みかけた。


「血で汚れなくて良かったな、お嬢ちゃん」

「え……?」


 慌てて武器商人を見るが、何も変わった様子はない。


「しかしスカラ嬢にしちゃ、またけったいな代物を。こういうの、嫌いじゃなかったか?」

「時間があまりありませんから。貴重な時間を、予期せぬ訪問で無駄にしてしまいました」

「そうか、そうだな」


 厳重に保護されたケースをデイコックから受け取り、武器商人は腕時計をいじり始める。


「デイコック様」

「なんだい?」

「もし、ライトニングという通称を耳にしたら便宜を図ってもらえますか?」

「……いいぜ。それとな、撃鉄は戻しとけ。あいつの武器は古すぎて、いろいろと危ないからな」

「わかっています」


 武器商人は懐に手を伸ばす。カチリと小さい音がした。


「今の音は……?」

「ああ――それは撃鉄の音……って、いやしねえ」


 デイコックの説明は、モニカの耳に届かない。


「成長はしてるか。だが……」


 デイコックは複雑な表情を浮かべて、工房の奥へ戻った。



 ※※※




「これは戦争を始めさせない力。抑止力だ」


 白い建物の、白い集会室。初老の男の説明を今か今かと待ちわびる人々。

 コルドバン設計局長は、確固たる信念と自信に満ちた表情で演説を始めた。自らと同じ清廉な白を身に纏う者たちへ……大帝国クエラティラの精鋭たちに。

 背後にそびえ立つのは、巨大な球体だった。

 新世代結合兵器。

 起爆コードを入力すると、化学結合を起こしボルズミアが精製される。

 その余波で50キロ近くが消し炭となる大量破壊兵器だ。

 それを、コルドバン率いる第13特別設計局が開発に成功した。

 これほど絶大な威力を持つ兵器は、この世界に現存しない。

 コルドバンはベレー帽の傾きを直し、同胞たちを力強く見つめる。


「この力に対し、敵国はひれ伏すしかない。圧倒的な武力を持って、戦意をゼロにすること。それがこの兵器のもっとも素晴らしいところだ。さしずめ平和の創造者とでも呼べばいいか。ピースクリエイターと」


 その後は理論の説明だった。

 ミカントロイムとホリトス、そして新物質ステアノが兵器には組み込まれており、それらを結合させて精製されるのがボルズミアと呼ばれる物質。

 その精製のための結合反応は、甚大な被害をその空間にもたらす。

 さらなる副作用も見込まれた。

 ボルズミア自身が強力な毒素であり、起爆した周辺地域を汚染する。その様を見て、敵は諦め、嘆き、首を垂れるしか選択できなくなる。

 コルドバンの説明に、精鋭たちは大いに沸いた。既に軍上層部にも報告は行っている。後は、この兵器の存在を喧伝するだけだ。

 そして、多種多様の国々の反抗心をへし折る。

 世界の覇権を、クエラティラは名実ともに手に入れる。


「そして、これが実験映像だ。瞬きをせず、その脳裏に焼き付けたまえ」


 幕が下りてきて、映像が投影される。そこには、地面に設置された球体の結合兵器が起爆し、周囲一帯が焼け野原になるシーンが鮮明に映し出されている。




 全ての説明を終え精鋭たちの退室を確認したコルドバン。

 彼が最初にしたのはため息を吐くことだった。

 安全を確認し、控えていた女に声を掛ける。


「もう大丈夫だ、出てきたまえ、武器商人」

「コルドバン様」

「相変わらず、君の容姿は、どうしてかこう、胸を締め付けられるな」


 死人めいた白肌に、黒一色の装束。凍てついた眼差し。

 対照的に、その従者は活力に溢れている。猫のような耳が生えているのもまた、愛らしさを増している。

 彼女がいなければ、コルドバンはまともに取り合わなかっただろう。

 いや、その話を聞けば納得したかもしれないが、このようにスムーズにいかなかったかもしれない。

 コルドバンは早速、本題に入ることにした。


「ありがとう、武器商人。レンタル料はいくらだろうか」

「レンタル……?」


 モニカと名乗っていた従者が疑問を呟く。当然ではある。

 大々的に披露した兵器は、武器商人から購入したものだ。あのように認知させたのだから、そのまま購入したと考えるのが自然だ。


「そうだ。説明していなかったのか。私はこんなものいらないからな」


 厳密には、我が帝国には不要だ。


「でも、いえ……」

「発言を許可する。話し合おうではないか」


 モニカは迷うように武器商人を見上げた。が、彼女は何も言わない。

 モニカは自ら問いを投げた。


「どうして、ですか?」

「一言で言うなら、我が国は最強だからだ」

「えっと……」

「ふっ、愛国主義者の世迷言と思うか? 否、統計的に考えてそうだ。あらゆる国の装備、戦術、練度などの……軍事力を総合的に鑑みても、我が国は世界で一番強いのだ。もちろん、戦争となれば少なからずダメージは受けよう。しかし、勝利するのは我々だし、敵もそれをわかっている。ゆえに、小競り合いはあっても、大規模な武力衝突には発展しない。敵は経済的な戦略で、優位に立とうと必死だ。つまるところ、それを平和と言うのだ」

「平和だから、抑止力は必要ない、と?」

「現状の戦力で十分に効果を発揮できている、と言うべきかな」

「でも、これがあればあなたの演説通りに……」

「なれば良いな」


 コルドバンは結合兵器……ピースクリエイターを見上げた。


「実際、短期的には効果はあるだろう。多くの国々は驚き、ひれ伏すだろう。だが、長期的にはどうだろうか」

「長期的……」


 モニカは腕を組んで唸った。そして、言葉を捻り出す。


「対抗されるってことですか?」

「そうとも」


 コルドバンは懐から拳銃を取り出した。


「この銃は我が国のオリジナルだ。その仕組みも、我が国が開発した。だが、今や全ての国が同じ物を使っている。厳密に言えば、デザインは違う。仕組みも異なる場合もある。だが、みんな銃を持っている。もちろん、その理由は多種多様だ。先代たちは儲かるという理由で銃を売ったし、技術供与を願い出た友好国に技術を伝達した。自力で開発した国もある。それでも幸い、我が国はこの世界において、頂点を維持することができた。金のために優位性を手放した、とも言えるし、力を持つ者の責任を果たした、とも言える。そして……」

「もし独占したら……問題が起きるから」

「そういう見方もできる。当時、我が国は多くの国家に脅威と思われていた。そして、複数の国家に連合を持ちかける指導者がいてね。……恐るべき力を持った脅威として、弱者の集合体である連合国家に正義の戦いを挑まれる寸前だったのだよ」


 身を守るための力が原因で滅ぼされる。コルドバンは拳銃を仕舞った。


「銃は暴発もあり得る。安全装置はあるが、それでも事故は起こる。取り扱いに気を付けても、外的要因で誤作動を起こす可能性もある」


 コルドバンは部屋の隅に置いてあったケースを取り出し、中身を検める。

 用意した金がしっかりと詰まっていた。


「私は愛国者だが、それがために、我が国の悪い部分もよくわかる。国の指導者が過ちを起こさないと断言できないのだよ。なぜなら、人は間違う生き物だからだ。そうして、それは私も同様だが……これで、私が原因で世界が滅ぶことは防げる」


 ケースをモニカが受け取る。この金がどうなるのか。コルドバンは知らない。


「オリジナルがなければコピーは作られない。バカが抑止力をただの兵器として扱うこともない。しかし、あの精鋭たちに紛れ込んでいたスパイは本物であると誤解するだろう。この国の指導者も満足するはずだ。水面下では、あらゆる情報戦が繰り広げられることになる。ありもしない兵器のためにな。しかし、所詮は水の中。地上に出なければ何も問題はない。みんなが偽物に踊らされて、間抜けなダンスを披露している間、市民は平和を謳歌する。それでいいんだ」

「でも、誰かが独学で作ってしまうかも……」

「無理だな。そうだろう? 武器商人」

「ステアノはこの世界に存在しませんので。過去にも、未来にも」

「その言葉を信じるとしよう。異世界からきた、武器商人」


 武器商人たちが集会室を後にする。コルドバンは深く息を吐いた。

 これから自分が抱える秘密の重さを恐れて、長話をしてしまった。

 武器商人が用意してくれた商品の中には、ダミーの結合兵器がいくつかある。これを使って世界を騙し、人々が幸福に暮らせるよう手を回さなければならない。

 その困難な道のりを思うと気が滅入ってくる。

 それでも、世界を滅ぼすほどの兵器に振り回されるよりはマシなはずだ。



 ※※※

 


「最初、コルドバン様に大量破壊兵器を売るという話を聞いて、身構えてしまいました」


 道すがら、モニカは武器商人に話しかける。澄んだ青空に、点々と浮かぶ雲。待ち歩く人々は朗らかに談笑し、商店からは人を呼ぶ声が聞こえる。少し離れたところからは楽器を演奏する音が響いてくる。

 レンガ調の街並みは幸せにあふれていた。

 もちろん、この世界においても貧しい者や犯罪者、悲劇は存在するだろう。

 だが、コルドバンの計略によって、新たな種別の悲劇が増えることはないはずだ。


「でも、やっぱり、武器商人様は、いい人です」

「私はいい人ではありません。善人ならこの世界にもたくさんいるでしょう」

「そうかもしれません」


 武器商人は納得したように歩み続け、


「でも、あの場にいたのは武器商人様です。他に適任者はいませんでした。だったら、やっぱりいい人ですよ。世界を救う手助けをしたんですから」

「……ミショット――」


 何かを思い出したかのように立ち止まる。


「武器商人様……?」

「いえ、何も。そうですね。あの場にいた武器商人は私だけです」

「そうです。もし、あのデイスとかいう男だったらどうなっていたことか」


 モニカはデイスのことを良く知らないが、何をするのかは容易に想像できる。


「あの男と比較されるのは勘弁願いたいですね」

「でしょう?」


 モニカは微笑む。武器商人は笑わない。

 だけど、笑っている。

 そんな気がした。

 二人並んで歩いていく。今回の報酬を寄付するために。



 ※※※



「いや大したもんだ。こんなもの、誰も買わないと思ってたんだがな」


 結果を聞いたデイコックはご満悦だった。

 一番のお気に入りが売れ残りの欺瞞兵器を見事売ってみせた。


「奴が賭けに出た理由もわかるってもんだ。おお、そんじょそこらの武器商人とは、ましてやあの成金野郎とは大違いだ」


 酒を煽り、画面に表示されるデータを眺める。

 武器商人。スカラ・アドミラ。自分を嫌い過ぎた少女。

 ひとしきり喜んだ後に、ジョッキをテーブルに置く。

 そして、取り出した散弾拳銃で粉砕する。


「どうして、あんなに……才能があるんだ……」


 散乱するアルコールとガラス片。


「頼むぞ、お嬢ちゃん……」


 あの男と同じく、デイコックも賭けている。

 何の前触れもなく舞い降りた、無垢なる少女に。



 ※※※



「なんと丈夫な剣であろうか! これは素晴らしい!」


 騎士団長ジャック・バリウスは驚嘆している。

 白銀に輝く剣。マダ合金を使用した旧来の刀剣よりも強固で切れ味の鋭いものだ。

 バリウスは剣を全軍に配備することに決めた。

 優れた武器があれば、それだけ敵に有利になる。

 戦術、戦略、兵士、そして武器。

 純粋に戦いのみを考えれば、どれも欠けてはいけぬものだ。


「これで奴らの息の根を止めてくれようぞ!」


 豪胆に笑うバリウスの言葉は、酷く野蛮なものだ。

 しかしその発言を咎める者はこの場にいない。

 武器商人も何も言わない。モニカも咎める気はなかった。


「どうかね? ここは最前線ゆえ、大したものは振る舞えぬが、食事など……」

「結構です。報酬をここに」


 武器商人は袋を差し出した。





「弓も弾き、投石器すら……直撃しても砕けぬとは」

「流石に直撃すれば重傷は免れませんが、それでも優位に立てるでしょう」


 武器商人のデモンストレーションを観覧したエフテ王は驚嘆し、拍手を始めた。

 人々の前には投石をぶつけられても傷一つついていない鎧が転がっている。衝撃こそ殺し切れなかったものの、中に入っていた人形は形を保っている。

 これは単純な防御力の話だけでは終わらない。兵の士気向上にも繋がる。

 旧来の鎧では矢を完全には防げず、また、投石が命中したら命はなかった。

 しかしこれは直撃しても死ぬことはない。なれば、怖じることなく突撃が可能だ。


「これで我々は神地を守ることができるぞ」


 強力な武器は士気を高める。

 それよりも士気に繋がるのは安全性だ。

 無敵の鎧があるという噂が広まれば、志願兵も増加する。

 兵が死なずに帰還すれば、次なる戦いに繋がる経験値となる。

 出来上がるのは死なずの兵団。エフテ王はご満悦。

 その様子を見ても、武器商人は真顔だ。モニカは愛想笑いを浮かべる。


「さて、この偉大なる発明をもたらした武器商人を歓待しよう――」

「お心遣い感謝いたします。しかし、我々は急いでおりますゆえ」


 武器商人は丁重に断った後、報酬を手にその場を後にした。



 ※※※



「これで一体何が起きるのでしょう」

「戦争の泥沼化、です」


 恐ろしいことを口にした武器商人を、しかしモニカは恐れない。

 二人は素朴な家のリビングに通されていた。

 テーブルを挟んで座っていると、その話題とのギャップに温度差を感じる。


「最強の武器を持ったオロラールと、無敵の鎧を手にしたエフテ王国。その両者が神の土地であるオバディアで衝突する」


 目の前に広がる地図の上には、二つの勢力が睨み合っていた。

 その二つの勢力はお行儀のよい戦争をずっと繰り広げてきた。

 拮抗する両国が正面から殴り合う。

 当然、どちらが負けることもなければ、どちらも勝利することはない。


「けれど、鎧を持った方が強いのでは?」

「あの二つは……剣と鎧を同時に装備することで最大の効果を発揮します。片方だけで成果を上げることは難しいでしょう。オロラールの攻撃は、エフテの鎧を、何度か斬りつけることで破壊できます。しかし、その間エフテ軍は攻撃を受け続けるわけもない。エフテの防御はオロラールの攻撃を少しの間耐えることができるでしょう。ですが、剣は防御もできます。エフテの貧弱な武装では、オロラール軍に大打撃を与えることは叶いません」

「だから、泥沼化……」

「結局、今までと同じように。彼らは戦争を続けます」


 そうして、勝者のいない戦争は続いていく……。

 しかしそれは両国だけを見ればの話で。


「お待たせしたね。奇妙な武器商人さん」


 現れたのは眼鏡をかけた女性だった。

 白衣を身に纏い、ぼさぼさ頭で、一言で言うなら学者然とした女性。

 名前をイータルと言い、その印象通り発明家だった。


「例の合金を調べてみたよ。素晴らしい物だ。これがあればいろいろな品を作れるだろう。感謝するよ」

「例えば……武器とか?」


 というモニカの発言をイータルは、


「は? これほどの合金を? そんなもったいないことに使わないよ」


 とあっけらかんに笑って否定する。


「武器は確かに作れるだろうけど、それ以上にいいものを作れる」

「いいもの……?」

「丈夫な家とか」


 イータルは自室の天井を示した。


「食器もいいな。落としても割れないぞ」

「それは便利ですね」


 武器商人が同意すると、イータルは喜んだ。


「いいな、君は。やはり面白い。武器商人なら彼女のように、まず武器を提示するはずなのに、いわゆる愛国者たちが顔を真っ赤にして怒りそうな話題でも、それほどに嬉しそうな顔を作る」

「……嬉しそうに見えますか?」

「少し、ですけど」


 武器商人は珍しく顔をしかめた。しかしほんの些細な違いであり、モニカも出会った頃ならわからなかっただろう。

 それを一瞬で見抜いたイータルは、やはり選ばれし者なのだ。

 武器商人が選び抜いた逸材。


「私が発明品を披露すると、大抵の人間は笑うか、怒るか。嘆く人もいたな。そんな才能がもったいないと。しかしどうだろう。私はこの方が儲かると思うし、国のためにもなると思うんだけど」

「弱小国家であるウイワが小手先の軍備増強をしたところで末路は知れています」


 武器商人が地図を見つめる。

 ウイワは両軍が睨み合うオバディアの上方にある国だ。彼女が説明した通り、規模は小さい。軍事力も低い。オロラールにも、エフテにも負けるだろうが、両国が攻めてくることはない。

 戦争をしているからだ。他国にかまけている余裕はない。


「だから、これを使って儲けた方が断然にいい。そういうことだろ? わかっているよ。……ツボもいいかもな」


 イータルは考え込んでいる。この発明家の家にある品々はありふれたものだが、それが不足するのが戦争だ。

 イータルがマダ合金で作った丈夫な日用品は、物資不足にあえぐ両国に天啓をもたらすだろう。


「おまけにこの合金の材料、我が国のものだろ。以前調査をした時見かけたんだけど、その時は別のことが気にかかっててさ。我ながら節穴だな」

「でもそれって、危ないのでは? ほら、どちらかの国が……」

「そんなことをしたら、背中から敵に刺されると思うけどね。うん。王もそれで説得できるね。下手に武器を売ると危険ですよってね。小さな戦いは防げないだろうけど、戦争にはならないだろう。よほどのバカ者ならしょうがないけどね」


 その時は観念するさ、と朗らかに笑うイータル。


「まぁ、最低限の武器は作ることになると思う。自国の分だけね。けどま、それ以上に多くの生活必需品を発明する。それで儲ける。そうすればみんなばかばかしくなって戦争なんてしなくなるでしょ」


 それじゃあ、商談に入ろうか? いくら欲しい?

 これでこの世界での仕事は終わり。

 今までの世界と同じように、入手した報酬を寄付して終わる。

 モニカは安心して出されていたお茶を飲もうとして、


「――ッ」


 既知の感覚に身を震わせる。

 これは遠い昔に味わったものだ。

 ここではない世界。今まで行ったことのあるどの世界とも、違う。

 かつていた世界の物。


「武器商人様!」

「モニカはそこで」


 武器商人も何か感じ取ったらしい。

 しかしモニカは耐えきれず立ち上がり、武器商人の後に続く。

 そして、見た。

 空に浮かぶ海生物を。

 深淵に生きる、暗き絶望を。


「なんで……イァクァミルが……」


 深淵生物イァクァミル。

 時間と場所を凌辱し、あらゆる文明を崩壊させる恐ろしき神の幻影。


「デイス――」


 その巨大な体躯を見た武器商人が、犯人の名を呟いた。

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