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契約動機

 煌びやかな装飾に、贅沢を尽くして作られた料理の数々。

 高級な椅子に座り、上質な衣類に身を包む、役人や貴族、裕福な人々。

 その光景を見て、ミクンは吐き気を催す。


「ここは我らの土地だぞ……」


 他所からやってきて、自分たちの土地を奪った簒奪者。彼らは天罰を受けなければならない。

 そのはじまりになるのは、隅に座り眉間に皺を寄せている男だ。


「こんなんじゃ足りないってか。汚らしい詐欺師め」


 オーブルという名の先住民監督官は、ノシャ族に対し安全と権利を与えると約束した。それをまんまと鵜吞みにした結果がこのザマだ。忌々しいことに、奴は人を騙す能力に長けていた。実際に身銭を切り、土地を購入して守ったこともある。

 当時は自らの資産を使ってまでなんと誠実な男かと思ったが、奴からしてみればはした金で信頼を勝ち得ただけだった。

 なんとしても奴は殺さなければならない。だというのに、一番の戦士は動かなかった。

 ゆえに、自らが動く。このパーティーの中で、堂々と、この土地はノシャ族のものであると宣言する。


「やってやろう」


 政府高官や、軍の関係者も、豪華絢爛な会場の中ですっかり腑抜けになっている。

 それに、オーブルは政府の中でもあまり好かれていないらしい。警備が真っ先に駆けつけるのは、オーブル以外の者たちにだ。

 この好機を逃す理由はない。斥候として有能であるミクンは得物であるノシャ族伝統のナイフを手に取った。

 毛皮でできた民族衣装に身を包み、二階から飛び降りる。当然注目を集めるが、それが狙いだ。

 慄いた群衆が悲鳴を上げる。が、近寄ってはこない。

 警備の兵士が声を荒げたが、逃げ惑う人々に押されて近づけないでいた。

 オーブルがこちらに気付く。すると、彼は呆れたような顔を作った。


「なんだその顔は!」


 叫びながら突撃する。

 オーブルは帯銃していた。質素なデザインのリボルバーの撃鉄を起こす。

 そして、狙いをつけた。が、その意図を読みかねて走力が落ちる。

 オーブル自身の側頭部に銃口をつけていた。


「何が――ぐおッ!」


 背中に衝撃が奔り、バランスを崩す。視界がぐにゃりと歪む。

 俺は、死ぬのか。

 それがミクンの最後の思考だった。



 ※



「流石あたしだ」


 見事標的を狙い撃ったワプはご満悦に、二階から飛び降りる。

 ぴかぴかの、美しさの集いのような場所に、民族衣装で降り立つ。

 兵士に囲まれたが、ワプは余裕だった。

 その気になれば簡単に脱出できる自負があるし。

 それ以外の理由が、銃を片手に戸惑っている。


「なぜ、君が……」

「久しぶりだな、オーブル。相変わらず辛気臭い顔だ。流石は貧乏くじのオーブル」

「君ほどではないよ……」


 オーブルが兵士たちを制した。軍の高官らしきパーティーの客が抗議したが、ワプが睨むと委縮する。もし撃たれてもお前だけは殺すぞ、という凄味があった。

 戦闘経験を積んだ兵士たちがたじろぐ中、オーブルだけは平常心を保っている。


「悪いな、こっちでこじれちゃってね」

「だろうな……。しかし、撃ち殺す必要はなかった」

「どうかな? みんな、納得しないだろう?」


 ノシャ族がデンリィーノ人を殺そうとした。それは十分に戦争の動機になる。

 だが、デンリィーノ人を殺そうとしたノシャ族を、同じノシャ族が止めたとなれば話は別だ。


「そういう話じゃないだろう」

「そういう話さ。わかるだろ。しかしこの男はわからなかったし、たぶん、こっちでも何人か、或いは何十人かはわからないだろうな」


 オーブルはワプに近寄って声を潜めた。


「私の力不足は謝罪する。だが……」

「いや、君はよくやってるよ。デンリィーノ人からはなんでノシャ族を擁護するんだと疎まれ、ノシャ族からはなぜ我々が迫害されるんだと責められる。見事な板挟みの中で、懸命に立ち回ってる。尊敬に値するね」

「だが、成果を出せなければ意味がない」

「成果は出るさ。これからな。……必要なのは実績だ」

「何を考えている?」

「あたしたちを雇えよ。兵士として」

「何をバカな」


 オーブルが驚愕する。その感情をワプは好ましく思う。良くも悪くも、このような人格者だからこそ、こういう選択肢もあり得る。


「それで君たちが幸せになれるとでも?」

「このままだって恐らく、幸せになることなんかないさ。あたしたちは敗北者だ。そりゃあ、もしかすると何百年か後にはあたしたちのこと気遣ってくれる人も現れるかもしれないが、それじゃあ、随分と遅すぎる」

「最善の選択だというのか」

「それはないな。良いってわけじゃない。けれど、最悪にはならない」

「だが、私は君たちの安全と権利を守ると誓った」

「言っただろ? 十分やってる。けど、逆に言えば頑張っていたのは君だけだ。だから、今度はあたしたちも手伝うって話さ」

「ワチが死んだから自暴自棄になっているわけではないのだな?」

「薬をくれた礼も結局できていないしね」

「もう十分果たしてくれたぞ。それに、素直に受け入れられるとは……」

「そこは君に頑張ってもらう。じゃ、そういうことでね」


 ワプはミクンの死体を担ぐ。兵士たちは銃を向けてきた。


「おいおい、邪魔だろうから代わりに捨ててやろうってだけさ。殺気立つなって」

「彼女を通しなさい」

「しかし、オーブル殿」

「彼女は……私の護衛だ。私が雇った。こうなることを予期していたのでね。実際、役に立ってくれた。すっかり間に合わなかった兵士諸君よりも有能だ」

「どういうことかね?」

「これはミサント将軍。ちょうどよかった。今日はまさにこのことについて提案をしようとしていたのですよ。ノシャ族を軍に雇うという話でして」


 オーブルが軍の高官と交渉を始めた。それを背中で聞きながらワプは立ち去る。


「頑張ってくれよ、貧乏くじ」




「ふぃー、疲れた」


 集落に戻ったワプは死体を無造作に野原へ置く。

 すると、怒り心頭な者と、悲しみに暮れた者と、困惑する者たちに囲まれる。


「何があったのです?」

「いや、こいつがオーブルを殺そうとしたからさ」

「だから殺したのか!」

「まさか。ほら」


 ワプはミクンの頬を叩く。

 ペチン。

 ペチンと。

 びくりと身体が跳ね上がるとミクンは目を覚ました。


「お、俺は……撃たれて……?」

「仮死薬な。死んだように見せるやつ。もう次はないけどね」

「……あなたが俺を?」

「まさか自慰じゃなく強姦する気概があるやつがいるとは思わなかったよ」


 あっけらかんと笑うワプに意表を突かれる同胞たち。


「で、だ。あたしはオーブルに提案してきた。あたしたちを軍に入れろって」

「略奪者のために殺しをしろと?」

「そうだ」

「汚れろというのか?」

「そうそう」

「ふざけ――ぶっ」


 ワプはミクンの顔面を殴った。


「何も全員軍属になれってことじゃないよ。戦士だけね。他の方法も、きっとあいつなら考えてくれるだろうし」

「そんな屈辱を受け入れろと?」

「別に受け入れなくてもいいけど。考えなしに戦いをふっかけようってんなら次は殺すかな」

「ノシャ族のためで――ぐ」


 ワプはリボルバーをミクンの額に突きつける。


「で、罪のない奴を何十、何百人か殺して、何千、何万の怒りを買って。奴らの目論見通り正義の戦いで全滅させられる悪役になれっての」

「そ、そんなことは……ない。現に」

「現に、ノシャ族のことを考えて動いている男を殺して、ノシャ族のことを考えていない奴に戦争の口実を与えようとしたね。連中はオーブルを殺されても痛くもかゆくもないどころか、頭の回る厄介者が死んで万々歳さ。すっかり標的を間違えたお前に、そんなことはないとか言われてもねえ」

「俺は……ただ……」

「せめて、勝機があるならまだ戦うって意見はわかるよ。しかし勝ち目もない。得る物もない戦いをしようってのはバカ……いや、大悪党だね」

「だから、奴隷になれと」

「……勝ちたいんだろ?」

「そうだ! なのにあなたは……」

「勝ちってのは幸せになることだとあたしは思ってる」


 ワプは銃を下ろし、ホルスターに仕舞った。


「信頼を得て奴らの世界に溶け込むんだよ。そして地位を得る。あたしたちという血筋を遺す。文化を遺す。ノシャ族を世界から消させないこと。それがあたしたちの戦いだ。そして、子孫を幸せにする。それで勝利だ」

「それで納得できると……」

「別に納得しなくていい。理不尽だと憤るのもいい。ただ、無謀なことはするなってだけさ。お前の無謀でノシャ族が絶滅するようなことがあったら、あの世で何千回とお前を殺しまくってやる」

「……俺は」

「ノシャ族のことを本当に考えてるのなら、プライドは捨てろ。思考を柔軟にしろ。復讐ってのはただ殺すだけじゃない。いろんな方法があるのさ」

「……考えて、みます」

「それでいいさ。たくさん考えな。あ、それと一つだけ」


 ワプはこの場の全員を見回し、


「オーブルを殺したら殺す。んじゃね」


 自分の棲み処へと戻る。が、そこには誰もいない。


「突然現れて、突然消える……ね」


 テーブルの上に手紙があることに気付き、目を通す。ワプは文字が読める。

 オーブルに教わっていた。


「ありがとうございました……ねぇ。こっちも言いたいぐらいだ。いや、自分で決めたから言う必要はないってことかな?」


 風変わりな武器商人とその従者だった。本当に武器商人なのかは謎だ。

 一息入れようとして、気づく。

 テントの入り口に誰かがいる。


「何者かな?」


 返答はない。しかし例の二人ではないことは確かだ。


「答えてくれないと撃つしかなくなるけど?」

「……あんたには関係ない。これはアタシとあいつの問題」


 聞き覚えのない声だ。


「ふぅん。何してるの?」

「座標データの取得だ。もう終わる」

「あっそ」


 すっかり興味をなくしたワプは寝床に寝転んだ。


「いいのか?」

「いやそのざひょうでーたってなんだか知らないし。あたしに関係のないことならいいよ。たださ、無関係で無意味な殺しは許さないけど?」

「アタシは意味のあることしかしない」

「ならいいじゃない。どうせ、この世界の人間じゃないんでしょ? あの武器商人たちと同じように」

「……気づいてたか」

「なんとなくね」

「……深く関わらないことをオススメする」

「しないしない。何より疲れちゃって。ねむいねむい……すぅ」


 無防備に寝息を立て始めるワプ。

 彼女に危険は訪れない。静寂がテントを支配していた。



 ※※※




『こ、これは……非常に、非常に、バカげた話のように聞こえますが、落ち着いて聞いてください。宇宙人……宇宙人です。宇宙から来た何者かに、地球が攻撃を受けたとのことです……米国のいくつかの基地が――』


 そんなニュースを、パジャマ姿の少女は寝ぼけ眼で見ていた。母親は早く支度しなさいと急かしてくる。


「でもいいの? これ」

「学校があるでしょ。お母さんも仕事だから」

「……わかったよ」


 朝食を食べて、歯を磨く。顔を洗って、青色の髪の毛を解かす。

 身だしなみを整えた後、制服に袖を通して登校を始めた。

 一人で歩いていると、あちこちで大人が集まり話している声が聞こえてくる。


「どういうことなんだ」「政府から何も発表がないんだ」


 何気なくスマートフォンをチェックする。が、電波が立っていない。


「あれ……?」


 と訝しんだ瞬間だった。

 どかん。

 そんな風な感じで。

 映画とかなら、おお、と感嘆するような感覚で。

 街の一部が爆発した。


「な、なに……?」


 爆風が身体を殴りつけてくる。ただの風で凄まじい威力だった。

 本能的に理解する。

 このままじゃまずい。

 そして、それを感じ取ったのは自分だけではなかった。

 周りの大人たちも。子どもも、老人も。男も女も。みんな無我夢中で逃げ出した。

 逃走先は単純。爆発があった反対側。だが。

 また、ぼかん。

 建物が吹き飛び、人体が破裂し、地面が抉られる。

 今度は、右か、左か。どちらを選ぶか。

 そんな風に迷っていると、またどっかん。

 よりにもよって、真ん中で、爆弾がさく裂した。





「う……?」


 少女は目を覚ます。

 近くで爆発が起きたのは覚えている。

 じゃあ、どうなったのか?

 その答えは目の前に広がっていた。

 絵具を画用紙にぶちまけたような感じで。


「ひっ……」


 煤だらけの身体で、後ずさる。

 と、何かに当たった。

 男の人の、死体だった。


「いやっ!」


 立ち上がって叫ぶ。どこもそんな感じ。

 右を見ても、左を見ても。

 前を見ても、後ろを見ても。

 誰かの死体が転がってる。


「お、お母さん……お父さん……!」


 こういう時に真っ先に思いつく人を呼ぶ。そして、探し始める。

 だが、瓦礫の山でどこがどこだかわからない。

 爆弾の威力はすさまじかった。あらゆるものを木っ端微塵にしていた。

 その中で生き残っただけでもだいぶラッキー。

 めちゃめちゃついている。

 そんな風に考えられたら良かったけれど、全然そんな気にはなれなかった。

 瓦礫に埋もれた道なき道を強引に進んでいく。

 服が破れて、左胸の下着が露出している。けれど、恥ずかしいなんて感情はさっきの場所に置いてきてしまった。

 そもそも誰もいないのだから、見られる心配はない。

 と思っていたのに。


「くせとなふなうろく」


 そんな声が聞こえた。

 誰か生きている人がいるのかな。

 そう思ってしまった。意味がわからないのは、苦しくて、朦朧として、変な言葉を口走っているだけか。

 或いは、外国人で、その言語を知らないだけか。

 実のところ、後者は半分正解していた。

 なぜ半分なのかというと。


「ひっ!」


 人とはかけ離れた顔を持って。

 人とは思えない銀色の肌で。

 人の言語ではない言葉を話していたから。

 外国人ではなく、異星人。


「もちゃなかのほら」


 こちらを指して何か言っている。パーツこそ人のそれだが、見た目が違う。

 しかし、見た目が違うだけで敵対心を抱くのは、正しいことではないだろう。その対応次第で本来敵ではなかった相手を敵にしてしまうことを、人類は幾度となく繰り返してきた。

 しかしそれは、向こうが銃らしきものをこちらに向けて。

 発砲してこなければの話。


「うわあああああ」


 酷く情けない悲鳴が漏れたが、それを情けないと思う感覚は捨ててしまった。

 がむしゃらに走る。光線のような何かが左太ももの皮膚を裂いた。

 だが、痛くない。そしてそれはまずいとまた理解する。

 痛みを感じる余裕がないほどに追いつめられている。

 死ぬ。

 死ぬ死ぬ。

 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ殺される。

 しかして、逃走する時というのは、冷静でなければアウトなのだ。

 獲物がパニックであればあるほど、狩人は追いやすくなる。

 不規則のような規則的な動きで、逃亡者は逃げてしまう。

 思考を回し、相手の判断を鈍らせ、先を読んで動く。

 そんな風に逃げなければ、あっという間に追い付かれる。

 このように。


「……あ」


 気づけば、袋小路。宇宙人が目の前にいた。

 どうせなら景気よく全てを吹き飛ばしてくれれば良かったのに、妙なところで塀が残っていた。乗り越えてる間に殺される高さ。

 それに、それを言うなら。


「あの爆発で殺してくれたら良かったのに」


 へたり込む。そうすれば、こんな目に遭わずに済んで良かったのに。

 そう思ってしかし、やっぱり死にたくないと思っている自分に気付く。

 そして、これは自分だけではないとも。

 今瓦礫の中で亡くなった人たちも、誰も死にたくなかっただろうし。

 そもそも、本質的に死を望む人間などいないのだ。

 例え自殺者であろうと、世の中に救いがなかったから死を選ばざるを得なかったのだろうし。

 病気で亡くなった人だって、死にたくなかっただろうし。

 事故だってそう。災害だってそう。

 老衰だって、別に死にたかったわけじゃない。

 なら、殺しなんてもってのほかだ。

 死にたくないし。

 死なせたくない。


「嫌だああ!」


 最後に吠える。これぐらいさせろ、とばかりに。

 だが、思いのほか許されていた。目の前の宇宙人はこちらを観察している。

 サンプルか何かだと思われているのか。ただの興味本位か。

 それとも、より酷いことを、するつもりか。

 それでもいい、と泣き叫んで。

 銃声を、聞いた。


「え……?」


 自分の身体をまさぐって気付く。

 撃たれてない。

 そもそも、銃声は初めて聞くものだ。

 いや、聞いたこと自体はある。映画の中で。

 視線を前に戻すと、宇宙人が紫色の血を頭から吹いていた。

 足音が響いてそちらに目を移す。

 黒いハットに、漆黒のトレンチコート。

 死神のような風貌の。

 ――男性。


「しに、がみ……」

「俺は武器商人だ」


 無精ひげの男は淡々と応じる。

 手には黒いリボルバーを持っていた。それを宇宙人の死体、その頭部に向ける。

 再発砲。銃口から硝煙が漂った。


「たすけて、くれた……?」

「……時間を稼いだだけだ」


 もう一発、撃つ。なぜ死体を撃つ必要があるのかという問いの答えが、その宇宙人の身体から発せられる。傷が塞がろうとしていた。


「データ通りの再生速度か」

「再生……殺せてない?」

「その通りだ」


 死んだ眼を少女に向けた武器商人は、こちらへと近づいてくる。


「現代火器では太刀打ち不能。猶予があれば対抗できるだけの兵器を創造できるはずだが、それは連中もわかっている。反撃の余地ない殲滅。それが連中の戦術だ」

「連中……」

「こいつらだ」


 また撃鉄を起こし、引き金を引く。西部劇の銃だ。


「残り二発。それまでに答えを出してもらう」

「こ、答えって……?」


 男は左手に持っていたアタッシュケースを開いた。そこから手のひらサイズの箱を取り出す。

 青色のクリスタルが収まっている。


「救いたいか?」

「救うって……?」

「全てだ」


 少女は周囲を見渡す。一面の瓦礫の山。


「すべ、て……」

「賭けではあるが」

「賭け……ッ」


 銃声が轟いて肩を震わせる。

 後一発。


「逃げ……るのは……」

「言っただろう。俺は武器商人。不干渉だ。この弾が尽きれば、商談は失敗だ。……俺はこの場を去る。君を置き去りにしてな」

「そ、そんな……」

「アンフェアだと思うか? ……フェアなんだ。俺が干渉できる事象は限られる」


 撃鉄が起こされる。


「今走り出せば、今回は逃げ切れるだろう。次はどうだかわからないが」

「つ、次……」

「侵略戦争だ。明日どころか、今日の保証もない。だが、それはこれを手にしても同じだ。強力な兵装があるから勝てる……などというのは、素人の考えだ。生存戦略上、強大な力が悪手になった文明や国家はいくつも存在する」

「……でも、戦わなければ……死ぬ人が出る」

「戦っても同じことだ。どのみち人は死ぬ。結果は出てみなければわからない」


 試されている、と感じる。

 武器商人が言うことは真実だろう。

 戦ったところで、どうなるかなんてわからない。

 正しい戦いをして、正しく負けた人たちもたくさんいる。

 そもそもこれがなんなのかもわからない。

 そして、自分がどうにかできるかも知らない。

 まさしく、賭け。

 でも。


「死にたくないし……死なせたくない」


 少女は、そのクリスタルを手に取る。勇気と決意をもって。


「契約は成立だ。スカラ・アドミラ」


 最後の銃声が響いた。

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