戦いの流儀
えい、えい、えい。
掛け声と共に風が斬る音が響く。それを不快と感じることなくモニカは眺めていた。
素振りをする志立の顔は、憑き物が落ちたかのように晴れやかだ。
「何か良いことでもありましたか?」
「思い出したのよ」
何を思い出したのかはわからない。しかしよほど良い思い出だったのだろう。
「いいですね……」
心の底からの羨望だった。モニカにそのような記憶は、ない。
むしろ、今だと言っていい。生きていただけの頃と比べて、今ほど充実した人生はないだろう。
それを与えてくれた人は、どこかに行ってしまった。
「ちょっと、探してきます」
「あの女を探しにか。……お主も難儀よな」
なぜ同情されるのかはわからないが、自分に思い出をくれる存在をモニカは探しに行く。
素振りの音を段々と遠ざけて。
※※※
「救いたいか?」
死んだ眼差しの、黒ずくめの男に問われる。
とても悩んだ。
しかし、放っておけなかった。
だから手にしようとする。
それは絶対に許容できない行為だ。
男から箱を受け取ろうとした少女。
その頭を、銃で撃ち抜く。
何度も、何度も。
「武器商人様?」
目を開くと、困惑した様子でモニカが覗き込んでいた。
武器商人は立ったまま硬直していた。厳密には寝ていた。
「どうかしましたか……」
眠れば回復することができる。ゆえに、武器商人は睡眠の形態にこだわらない。
「い、いえ、私は……」
特別な理由はなかったらしい。モニカは不思議だ。
なぜ自分のような存在に興味を惹かれるのか。
「あなたは、自由ですよ……モニカ」
「わかってます」
と答えるモニカだが、本当にその意味を理解しているのか。
武器商人は時々疑問に思う。彼女は自分の意志で着いてきていると口では言う。
心理的にもそう感じているのだろう。
だが、本当にそうなのか?
結局のところ、狭められた選択肢の中で、自分が選んだと錯覚している物に縋っているだけではないのか?
本物の自由を、彼女は手にできていないのでは?
彼女に自由の意味を教えること。
それも自らの責任であるのかもしれない。
「この世界は……美しいでしょう。自然に囲まれ、川も山も輝きを放っている。もう少し、散策すれば良いかと」
そうして、何かを見つける。モニカがそこで自由に選び取ることができれば、彼女を代価として得た自分の役割は終わる。
それで良い。自分が彼女に求めるのは商売相手の軟化ではない。
彼女に、本当の意味での自由を与えることだ。
「でしたら、いっしょに……い、いえ。出過ぎたことを……」
その提案に驚く。
「私と、ですか……?」
何かを誘われること。それは遠い昔、もはや朧気である記憶の中だ。
否。
その全てを、一切損なうことなく。
自分は覚えている。
「そう、ですか。そうです、ね……」
武器商人は言葉に迷った。久しぶりのことだ。
判断を迷う事象に巡り合ったのは。
ここ最近、そのように珍しい事態が連続している。
思案の果てに武器商人は口を開く。言葉を紡ごうとして。
「……来ましたね」
「武器商人様?」
モニカが疑問を覚える。その答えは遠方からもたらされる。
「鬼だ! 鬼が出たぞ!」
※※※
「心根……」
志立は先生の言葉を呟く。
心根があれば勝てる。いや、そうではない。
勝利が目的ではない。今、己がしたいことは何か。
刀を片手に疾走する。無銘の刀剣。
よく手入れはされているが、大きな特徴はなし。
これを持てば強くなる、ということでなし。
むしろ、持ち主の技能でその強さは左右される。
勇衆のほとんどは先ほどの襲撃で殺されてしまった。
鬼は村の中心で周囲を探していた。
まだ凶爪に斃れた者はおらぬようだ。
「狩りをするのは敵を屠った後でか」
としても、その時間は後少しであろう。敵が出てこぬとなれば、奴は思うがままに遊びに興じるに違いない。
そして散々遊びつくした後に、住処に戻って仲間に告げるのだろう。
あそこは良き遊び場だと。
「喧しいのは困る、か」
志立は刀を抜くと、鬼の真正面へ身を晒した。
「お主は食うに困ったわけではないのだろう?」
鬼を見るのは二度目だが、よく見るとかつて見た鬼とは差異がある。
かつての鬼はやせ細っていた。そして、人を襲うのも不慣れであった。
しかしこやつは違う。体躯は太り、人殺しにも慣れている。
何より、表情が違う。
楽しんでいる。
快楽に、身を任せている。
嗜虐的な笑みを見せた。良い遊び道具を見つけたと。
コマか何かだと、思っているのだ。
「良いぞ、来い」
紫の巨体が駆けてくる。志立は、刀を構えた。
避けろ、と全身全霊で自らに命令する。紙一重で巨腕を避けた。
攻めたい気持ちを抑えて回避に徹底する。
どれもこれも寸前で躱した。と聞けば達人のような気がするが、狙ってできたものではない。
鬼が訝しみ始めた。逃げるだけ、やみくもに斬るだけだった相手が、急に攻め方を変えたのだ。
それでいい、と志立は気張る。戦いとはそういうもの。
避け、屈み、飛び、ひたすらに観察する。
勝機を待つ。ひたすらに。
「今か!」
鬼が何かに反応した。誰かが来たのだ。その隙に斬撃を放つ。
狙いは一点。先日、自身が斬った部位。
鬼の左足。
悲鳴を上げて、不規則に腕を振り回す。
乱雑な攻撃は、統率の取れた攻撃よりも予測しづらい。
不覚な打撃を腹に受け、志立は宙を舞う。背部を強打し、空気を吐き出す。
視界に映ったのは黒い帽子と手に持たれる刀だった。
「この武器が入用ですか?」
鬼を倒せる刀剣。妖刀、魔剣の類。
しかして、皆を守りたいという気迫あらば、その力に惑わされることなく御することが可能かもしれない。
――本当に必要なものは、心根よ。
志立は刀に手を伸ばし、
「いらぬ」
その手を振り払う。
「そこで見ておれ」
立ち上がり、再びただの刀を構える。
切っ先を鬼に向ける。ちょうど、奴も立ち上がったところだった。
憤慨している。怒りは冷静な判断を失わせる。
案の定、もっとも簡易で、しかし破壊力のある選択を取ってくる。
突撃だ。
志立は息を吐き出す。目を閉じる。
迫りくるのは鬼ではない。
がむしゃらに刀を振るおうとするかつての自分。
――力があるから、勝てるのではない。
一閃。
志立の右脇腹に激痛が奔る。
だが、表情を変えずに振り返る。
足を斬られ、動けなくなっている鬼を見下ろした。
「あの方ほどの強さを、俺は持っておらぬ」
鬼の頭部へ巨体を迂回して回り込む。暴れる腕を、刀の切っ先でけん制する。
そして、恐れおののく悪鬼の眉間へ、刃先を向けた。
「しかし、それでも勝てるのだ。心根さえ育て上げれば」
心根とは、そのままの意味ではない。
もっと複雑で崇高であり、しかして身近に備わるもの。
「さてはて」
眉間へと刃の先端を、ゆっくり近づけていく。そうして、皮膚を裂き、血が刃を伝い始めた。酷く怯えた声を漏らし、凶悪だった眼差しが恐怖に染まっている。
志立は背後へと振り返った。武器商人ともにかが状況を見守っている。
「ふん。……はぁッ!」
そのまま刀を右斜めへ振り下ろした。血が飛び散り、悲鳴が空を裂く。
志立は刀の血を飛ばすと、納刀した。
「武器商人! 頼み事があるのだが」
「その鬼を生きたまま運ぶことも、可能でございます」
顔に傷が入った鬼が弱弱しい声を漏らす。
「真か」
「私は嘘をつきませんので」
「では頼む。……身支度をせねばならぬのでな。銭は……」
「移動のついでですから。不要です」
「そうか。かたじけない」
志立はお辞儀をし、立ち去る。これからどうなるかはよく知っている。
しかし憑き物が落ちたかのように晴れやかな表情であった。
「これが……心根か」
※※※
「志立様はあの後、どうなったのでしょうか……」
「恐らく、放浪の旅に出たのでしょう。あの場所にはいられませんから」
「皆を救ったではないですか」
「人それぞれに救いの在り方は違う、ということです。村人のほとんどは、その死をこそ、鬼殺しをこそ、望んでいたはずでしょうし」
鬼を棲み処の近くへ転送し、武器商人は何かを探していた。恐らく、次なる武器の元になる素材だろう。
モニカには何が武器の原料となるのかわからないが、武器商人は迷うことなく歩を進めている。
この竹林の中にある何かが、また誰かを殺す武器となる。
「……それは、武器商人様も、ですか」
「私に救いなど不要です」
武器商人が目を付けたのはキノコだった。毒キノコであろうそれを、丁重に回収する。
武器は自分の知らない、興味のない、しかし近くにあるもので作られている。
世界は見方を変えると、酷く恐ろしい場所へと変貌する。
そんな風に考えて、しかしモニカがその思考に囚われることはない。
それよりも。
(でも、あの時確かに)
志立の背中を見送る武器商人を横目で見ていて、気づいた。
(喜んで、いらっしゃったと)
しかし、そのことを口には出せない。それを言うことで、何か致命的なことが起こる気がした。
それでも、モニカは改めて認識した。武器商人様は人間だと。
誰よりも、下手をすれば、いや、真実として、自分よりも人であると。
「何か?」
モニカの視線に気づいた武器商人が訊ねる。
「い、いえ。……なんでもありません」
「商談が終了した以上、長居は無用です。帰りましょう」
「はい……!」
モニカは武器商人へと駆け寄り、その手を握る。
いつも冷たいその手が、今日は温かく思えた。
「標的を補足。……見つけたぞ、クズが」
転移後に漏れた誰かの呟きに、気づくこともなく。
※
全体パーツを確認し、設計図と見比べる。細かな部品や工具の使用が必要な場合もあるが、結局はパズルと大きな違いはない。実際やっていることは、家具を組み立てるようなことだ。
ゆえに、銃の組み立ても、武器商人は戸惑うことなくやってのける。
「すごい、ですね……」
「説明書を読めば、誰でもできることです」
設計図通りに切り出してある木製の銃床にバレルや内部装置などをつけていく。
差し込んだボルトを引き、戻す。薬室に弾丸を入れてから、もう一度同じ動作。
跳ね飛んだ弾丸をキャッチし、作業台の上に置いた。
「なぜ、自分で武器を作るのですか?」
「可能な限り、工房は利用しないようにしているのです」
武器商人は余分なオイルを取り除くため、銃全体を布で拭う。
「どうしてですか? ……節約、というものでしょうか」
「これは私の物、ですから」
「私の物……?」
モニカが疑問符を浮かべている間に武器商人はライフルの仕上げを終えた。
狙撃用のボルトアクションライフル。
それを箱に仕舞おうとすると、モニカが傍らに置いてあるスコープを指した。
「つけないんですか?」
「私が使うわけではないので、調整は現地でします」
「……そうなんですか? でも……」
「ああ、そうですね。先ほどの言葉は、私の商品、という意味です」
モニカの混乱を鎮めて、商品をしまう。長方形の箱に仕舞い、さらにそれをより小型のケースに収納する。
モニカはその光景を驚かない。最初からそうだった。彼女の世界では不思議なことではないのだ。
しかし、これから会う相手は違う。志立と同じように。だから、武器を出すタイミングも、出現する位置も、全てその世界のフォーマットに合わせなければならない。
「行きましょう」
武器商人はモニカに手を差し出す。モニカは躊躇ないがらもその手を掴む。
※※※
「殺しで解決するほど、単純な話かね?」
すっかり酒に酔ったノシャ族のワプは、自分と同じ紫髪と灰肌の、血気盛んな者たちの話を聞いていた。
殺すべきなのです、と皆口を揃えて言う。
「あなたは我らの誰よりも殺しがうまい。あなたならば!」
「で、あの小生意気な役人と、異種族の奴らを撃ち殺せば、万事解決、と」
ノシャ族が統治していた領地はすっかり端の、恵のない場所へと追いやられていた。これもそれも、文明が進んだよそ者たちのせいであり、今や、生殺与奪の権利は向こうにある、と言い切ってしまっても過言とは言えない。
そこで、ノシャ族で一番強い女戦士のワプに殺せ、と言っているのだ。
自分たちが返り咲くために。
「気乗りせんなぁ」
ワプはノシャ族を愛している。しかしこの問題が一人を殺せばどうにかなる、と言う話ではないともわかっている。
十人殺しても変わらないだろうし、百人殺しても変わらないだろうし、千人殺しても、良い状況になることはない。
それを伝えると奴らは口を揃えて言うのだ。では代案は? と。
そもそも土台無理な話をやれと強要して、拒否するとじゃあお前が考えろ、と言ってくる。正直、こいつらを殺した方がまだノシャ族のためになるような気がしないでもない。
(いや、そんなこともないな……)
結局のところ、この問題は殺しが効果がない、という一点に尽きる。
奴らは立派なことを考えながら、つまるところ自慰にふけってるだけだ。そして、それを怒りやら義務やら責務やらで無理やり強制しようとしてくる。
殺したいだけだ。ワプは殺しが苦手ではない。むしろ好戦的な類だった。
だが、意味のない殺しはしない。それが優れた戦士の証であるからだ。
「少し吞み過ぎた」
ワプが立ち上がると、期待を込めて何人かが見上げてくる。自分と同じか、それ以上に若い奴らばかりだ。若くて魅力的なワプに向けられる視線は二通りある。
性的なものか、暴力的なものか。どっちにしろろくでもない。
「風に当たってくる」
そのまま家に帰る、とは言わずに集会所の外へ出る。
満天の星空がワプを出迎えた。こういうのでいいんだ、と独り言ちて。
「いくらここでも、無許可で入っていいわけじゃないぞ」
背後にリボルバーを向ける。他所から持ち込まれた忌むべきはずの文明を、ワプは巧みに、下手をすれば異邦人たちよりも使いこなしていた。
銃口をぴたりと向けた上で、ゆっくりと振り返る。精確に狙いはつけられていた。
確認しなくても、わかることだが。
「女か。いいのか? ここの奴らはお前たちみたいに文明的じゃない」
白髪と白すぎて不健康に見える肌を持つ女。
黒い服装に身を包むその姿は、異人のそれと遜色ない姿だ。
対照的に、傍らに立つ褐色肌の少女は不自然に大きいハットを被り、おどおどとした様子だった。
すっかり毒気を抜かれた。これで騙し討ちされるならそれもいいか。
「もし殺すんなら痛くないようにしてくれ」
あっけらかんと笑いながらガンスピンをし、ホルスターに納める。一連の流れを見て、気弱そうな少女はおお、と目を輝かせた。
「食うに困ったらこれをするか」
案外それも悪くないかもしれない、と思った後、
「で、何者かな」
只者でない雰囲気を醸し出す女に尋ねる。
「私は武器商人でございます……」
「つまりくそったれってことか」
と煽ると大抵の奴は憤慨するか、にこにこするか。そのどちらかである。
だが、この武器商人は違った。真顔だ。感情なんてものを全て捨てているらしい。
だからこそ、警戒心が強まる。なんだこいつは、と思う。
「目的が、わからないな」
「名乗りの通りでございますが」
「いや、あんたの目的は違うね」
武器を売る以上の意味がこの女にはある。そういうタイプの武器商人を、ワプはかつて見たことがあった。武器を供給することで、自分の思い通りにコントロールしようとする。便乗で儲けるのではなく、端から争いを起こそうとするタイプ。
「隠し事は嫌いなんだ。うっかり事故が起きちまうかもね」
類似型の武器商人は、“事故”でこの世を去った。
「あんたはどうなんだか」
武器商人は語らない。しばらく睨み合う。
否、一方的にこちらが敵視している。
「あ、あの!」
この場に似つかわしくない少女が口を開けた。
「とりあえず、話だけでも、お願いできませんか……?」
そうやって、上目遣いで頼まれると。
「……参ったねえ」
つい態度を軟化させてしまうワプであった。
※※※
家というよりもテントという表現が近い建物にモニカたちは案内された。
ワプと名乗った女性は、モニカと話す時と武器商人と話す時で明らかに態度が違う。
自分のいる意味、を発揮できているのか。モニカにははっきりとわからない。
「あたしにどんな武器を売ろうって?」
本題がテーブルの上に置かれる。
「ライフルね」
ワプはそれが何なのかよく理解していた。この世界のあらましをモニカは聞いている。先住民族のノシャ族は他国から来たデンリィーノ人に迫害されている。ここがデンリィーノの領土になるのも時間の問題らしかった。
だが、忌避すべき文明の価値を、ワプは正しく理解できている。
「最初からコレがあたしたちの手にあれば、勝ち目もあったかもなぁ」
そのライフルを手に取る。アイアンサイトを覗き込み、狙いを武器商人につけた。
「ばぁん」
引き金を引く。空撃ち。
「なんだよ、少しは動揺しろよ。武器を無闇に人に向けるなとか、もっともらしいことを言わないのか?」
「あなたはそういう人ではありませんから」
「……なんで、あたしのことを知ってんのかねえ」
ワプはやはり武器商人のことが気に食わないようだ。そこは志立といっしょである。
だが、志立とは違い、武器というものの本質については理解できているように思う。
「あたしはな、なんていうか、誰かに指図されるのが嫌いなんだ。というかまぁ、誰だって嫌だとは思うけどな」
ワプはライフルを置いた。
「これで誰を殺せって?」
モニカの心臓が跳ね上がる。静かな問いかけだったのに、感情を荒げているわけではないのに、言葉では表現できないほどの殺気を感じる。
思わず武器商人を見つめるが、やはり、何の感情も抱いていないように見えた。
「あなたの自由でございます……」
「自由ねぇ……。弾は?」
疑惑の眼差しに武器商人は弾薬を並べ始める。
コトリ、と。たった一発。
「これだけか?」
「はい」
ワプは弾薬を鼻に近づけ、その匂いを嗅ぐ。
「ふぅん」
ワプはライフルを再び手に持って、
「工具、持ってるか? 後、試射用の弾薬は別だよね?」
スコープを付け始めた。
「報酬は、この子に良い食事を与えてください」
そう告げて、武器商人は出て行ってしまった。その条件を快諾したワプは民族料理を振る舞ってくれている。
焼き魚に穀物と野菜を煮込んだスープ。
「お前たち文明人には、こういう料理が口に合うってね」
どうやら数ある料理の中から、モニカが食べやすいであろう物をチョイスしてくれたらしい。
お礼を言って、食べ始める。携帯食料とは比べ物にならないおいしさ。
「おいしい、です」
「だろ?」
ワプは嬉しそうだ。失礼に当たるかとも思ったが、モニカは疑念をぶつけてみた。
「どうして、私に優しくしてくれるんですか?」
「……優しくしたつもりはないんだけど」
ワプはそう前置きした上で、皿に盛られている赤い実をつまんだ。
「まぁ、しいて言うなら、君が妹に似てるからかな」
「妹さん……」
「病気でくたばっちまったが」
「……すみません」
「いいって。しかし、少しでも長く生きられた理由が、異邦人たちの薬のおかげってんだから皮肉だよな」
「だから、あまり戦いたくないんですか?」
「そういうわけじゃないが、感情的理由ってだけで戦う気にはならないね。明確な目的があって、実行した後には何が起こるのか? そういうところ、しっかりしててくれないとね」
「気に入らないから殺すという理由はダメだと?」
「それならそうとはっきり言うんならまだ愛嬌もあるんだけどね」
どいつもこいつもカッコつけさ。ワプは呆れた。
「自分を悪者にしたくないんだよ。だから言い訳ばかり熱心にさ。もし本音が気に入らないからって、それでもこういう理由があるよ。そして、戦った後はこうなるよっていう根拠を提示すればいいんだ。だのに、中身スカスカなカッコいいセリフ言われて、殺してくれってねえ。だったら自分でやればいいじゃん」
「それは、そうですね」
「で、それを言うと連中は義務だの役割だのと。本当に切羽詰まった状況ってんなら、まだわからなくもないけど。……今って切羽詰まってると思うかい?」
「私からはなんとも……」
「ふん、教えてあげよう。ああやってぴーちくぱーちく他人に役目を押し付けて、自分だけ安全圏にいようって奴がいる時ってのは、割と余裕があるんだよ。本気でまずい時はそういう奴らも動くからな」
成否は知らないけどさ。ワプは口の中で果肉を潰した。
「利用されることは悪いことじゃない。けれど、利用しようとするだけの奴は悪い奴だ。それは覚えておいた方がいい。あの武器商人とやらは……」
「私の知る限りでは、悪い人ではないかと」
「信じてるんだね」
「はい」
即答だった。今聞いた話においては、武器商人は悪人ではない。
「じゃあ、なんていうか、性格的に。いや、性根は悪人ではないのかもね。けれどさ」
「なんですか?」
「悪いことを背負いこんじゃう性質、なのかもねぇ」
モニカはワプが食べている実が気になって、指でつまもうとする。
が、実は思った以上に果肉が柔らかく。
中身を飛び散らしてしまった。
まるで、血潮のように。