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存在の意義

 モニターに映る光景を見て、もはや驚きも浮かばない。

 土台無理な話だったのだ、としか思えない。悲痛な空気が司令室を漂っている。


「敵は強大で我らは脆弱。いかに優れた作戦を立てようとも、勝ち目はないか」


 総司令官は絶望的な言葉を紡ぎ、それを窘める者は誰一人いない。

 オペレーターのピプルも何も言えなかった。気の利いたことも、皆を鼓舞するセリフも。そもそも権限がない。このまま敗北を待つだけだった。

 嫌な思いが脳裏を巡る。十六年ぽっちの人生がもうすぐ終わるかもしれない。

 同じように未成年の子どもたちがこの司令室にはたくさんいた。人材不足という理由で徴兵されたのだ。

 そのこと自体に恨みはない。なぜなら、敵は自分たちオリフロン人を全滅させに来ていたから。


(でも、嫌だ……)


 何か悪いことをしたのなら、仕方ないのかもしれない。

 でも、何もできていない。自主性は全くない。

 時代が悪いからの一言で片づけられるほど、自分たちの命は安いのか。


「もう嫌だ……」


 誰にも聞こえない声量で呟く。懐には拳銃がある。なんのために入れてるのかよくわからない代物に、今、意味を与えられるかもしれない。

 どうせ殺されるなら。

 自分の命くらい、自分で終わらせる。その自由くらい、あってもいいか。


『……えますか』


 拳銃を取り出し、セーフティを外す。スライドを動かし薬室へ弾薬を装填。


『聞こえますか! 司令室! こちらエルド・ミライ!』

「ミライ君……!?」


 ハッとして自分用のモニターを見る。そこにはなじみの顔が写っていた。自軍のエースとされ……数か月前の戦闘でMIAとなっていた青年だ。

 拳銃をデスクに置き、慌てて識別信号を確認。しかし、奇妙だった。

 アンノウン表記の機体から味方用の信号が発信されている。

 さらには、その周囲に敵艦がいた。しかしその敵艦すらも味方だと信号が主張していた。


「どういうこと……?」

『ピピル! 司令官に繋いでくれ!』

「う、うん!」


 ピピルの独断で司令室の巨大モニターに彼の顔が映し出される。動揺が奔った。

 さらに彼はこう告げたのだ。

 自分はハインオルフの非戦派に保護されていたこと。

 今回の戦争はハインオルフ皇帝の独断であり、次期皇帝候補であるポリチャ王女は和平を望んでいること。

 ハインオルフ王国民も戦争継続派と反対派で割れていること。

 自分はポリチャ王女の理念に忠誠を誓っている。どうか戦争を止めるために力を貸してほしいとのこと。

 その言葉を聞いて、総司令官は。


「罠ではないか?」


 と疑いを漏らす。その考え方は理解できる。たぶん正しいのだろう。

 死んだはずの男が戻ってきて、今、自軍を援護してくれている。恐らく、乗っているのは新型機動兵器だろう。オリフロン軍主力人型兵器ビジンの性能では考えられないほどの機動性を保持している。

 だから、その危惧はわからなくはない。

 だが、それ以上に。

 ピピルはいらだっていた。


「何言ってんですか!」


 叫ぶと同時に拳銃の引き金を引く。天井に向けて。


「彼が戻ってきたんですよ! 起死回生のチャンスを連れて! なのに罠!?」

「し、しかしだねピピル君」

「さっきあんた言いましたよね!? 勝ち目ないって! なのにどうして勝ち目スルーしようとしてんの!? バカなの!?」


 ピピルの感情爆発に、大の大人たちがたじろぐ。何人かがピピルを座らせようとしたが、総司令官の笑い声に阻まれた。


「いやなに、失礼。そうだな。現状どうにもならん以上、ピピル君の言い分は正しい」

「わかったなら……あっ、な、何よりございますです」

「ミライ君に通信を繋いでくれ。此度の戦闘……勝つ……いや」


 総司令官はその場にいる全員の顔を見直した。


「生き残るぞ」



 ※※※



「同盟は無事、締結しましたか……」

『はい、あなたのおかげです』


 通信画面越しに応じる武器商人の瞳には、褐色肌の青年と麗しき王女殿下が映っている。

 異色の組み合わせだが、その色こそ、この世界の問題を根本から解決する糸口になるだろう。それができなければ……。


『あなたは私たちの英雄ですよ……』


 ポリチャ王女の言葉に、武器商人は淡々と応じる。


「いえ、私は武器商人です。……このことをお忘れなく」


 武器商人はただ武器を売った。仕事をしただけだ。


『そう、ですか。では、そのように。参りましょうか、エルド様』

『次の作戦がありますので。世界の平和のために。それでは』


 二人の英雄候補は消えた。この世界がどうなるのか。それは彼らの手に託されている。

 通信を終えて、背後へ振り返る。と、不思議そうにモニカが見ていた。


「どうかしましたか……」

「なぜ、彼らに武器を売ったのですか?」


 彼らに提供したのは新型巨人兵器バルティクス。この世界において一般的に使用されている巨人兵器の性能を大きく上回る機体だ。ワンオフ機であり、設計図も渡していない。

 緑色の、多目的戦略機動兵器はたったの一機で戦場を変える力を持つ。

 とても強大な力であり、間違った人間が使えば、瞬く間に世界の在り方は変わるだろう。


「これで、戦争は続きます」

「戦争が……続く……」

「パワーバランスが対等になりますから。武器商人が目指すべき状況は戦争の鎮静化ではありません。戦争が長引けば、それだけ儲かります」

「儲かる……?」


 モニカが訝しんで、巾着の中を見つめた。

 その中には一クレジットも入っていない。


「本当に、そうですか……?」

「戦争を終わらせる力など、武器商人がもっとも忌むべき力です。戦争を続けなければ、武器商人の存在意義がなくなってしまいます」

「ですが、武器商人様は……」


 モニカの反論は、予想外の影響を武器商人に与えた。


「私は、私の仕事をしているだけで……っ」


 武器商人はこめかみを押さえる。その“声”を無視して、現実に集中する。


「武器商人様……?」

「帰りましょう。この世界での仕事は、終わりました」

「は、はい……」


 程なくして、二人は世界から消失した。



 ※※※



 途轍もない恩義がある。

 あの環境から自分を連れ出してくれた。その一点だけで。

 ドクターミシェプは良い人間だった。あの世界基準では。

 しかし彼女は閉じ込めていた。無菌の牢獄の中で。

 外が途轍もなく醜悪であった、という理由があったのだろう。

 数多の深淵生物に、気が狂った人々。死臭に酔った殺人鬼に、快楽を貪る死人たち。

 蘇る夢囚人と、理を食べ壊す神々。

 その中で、一定の自我を保ち、ある程度の知識を与えられ、生かされていた。

 疑う余地のない幸運である。それでも。


「武器商人様……」


 安全な檻から自分を出してくれた人は、安楽椅子へ座り、拳銃を握りしめ、その銃身を額に当てている。

 どこか苦しんでいるようにも、戦っているようにも。

 はたまた、何も感じていないようにも――見える。


「お食事をお持ちしました……」


 料理と呼べたものではない。そのままで食せる保存食を皿に移しただけの物だ。


「私に食事は必要ありません。あなたが食べてください」


 このセリフを何度聞いたことか。モニカは一度も、武器商人が何かを口にした瞬間を見たことがない。

 そもそも、呼吸をしているのだろうか。息をしているように見えるのは、商売をする時に不要な誤解を与えないためではないか、とすら思ってしまう。


「質問よろしいですか……?」

「なんでしょうか」

「その銃は……?」

「……ピースメーカー、という名前で有名な物です」


 古めかしいリボルバーを、武器商人はモニカに見せてくる。

 黒い銃身に銀色で何か文字が書いてある。

 モニカはじっと眺めた。懐にしまってあるお守りが反応する。

 読解不能の文字が理解できるようになる。これも武器商人からの施しだった。


「平和を作るのは武器ではなく……?」

「昔、ある人が持っていた銃です」

「その人は……」

「死にました」


 武器商人はそれ以上答えずに、拳銃を懐に仕舞った。


「食事を終えたら、また別の商談があります。準備をしておいてください」

「お、お待ちを、武器商人様……」


 テーブルに皿を置いて、武器商人の裾を掴む。死んだような眼差しで武器商人は見返してくる。その瞳の中には、何の感情も伺えない。


「私にも、何か、仕事を。なんでもいいのです。恩を返したいのです……」


 食事はとらず、掃除をする必要もないほどに、狭間の家は清潔。

 仕事の手伝いもできず、貢献奴隷であった自身のかつての方法すら必要とされない。

 雁字搦めのモニカの手を武器商人は静かに取る。


「あなたがいるだけで、商談相手の警戒が解けます。それは十分な貢献です」

「ですが……何か、お役に……」

「でしたら、今は食事を。不健康な状態では、無用な警戒を招きます」


 そう告げて、武器商人は仕事部屋へと入っていった。

 残されたモニカは保存食を食べ始める。お菓子のような、不思議な味わいだった。



 ※※※



 ――デウスエクスマキナシステム、アクセス成功。データベース検索、成功。

 世界座標数値X軸2.5342Y軸0.5342。

 推奨兵装刀剣類。火器、科学兵器等を提供すると、オーパーツが発生する可能性あり。世界影響の予測可能範囲を超越。推奨兵器の売買を提案。

 

 モニター上に表示される情報の羅列を、武器商人は違和感を持つことなく把握できている。

 これも日常の一つだ。いつものこと。だから、重要事項へと速やかに移行できる。


「対象者のプロフィール……武士、ですか」

「これで、何がわかるのですか……?」


 準備を終えたモニカが画面をのぞき込んでくる。


「武器を売る時は、相手を選ばなければなりません」


 画面をスクロールさせ、リストの人物を順番に見せていく。

 容姿も年齢も所属もバラバラな人々。無差別のように見えるそれは、しかし一定の条件を満たした者たちで構成されている。

 

「ただ売れば良い、というわけではありません」


 売るべき人間とそうでない人間。それを見極めなければ。


「……悪用されるから、ですか」


 その質問には答えず、武器商人は一人の人間を画面に映し出す。

 モニカと大きく年の離れていない若者だ。


「この方、ですか」

「行きましょう」


 椅子から立ち上がり、武器棚へ歩み寄る。

 そして、布に包まれた刀剣を手に取った。



 ※※※



「出たぞ! 出たぞ!」


 それはまるで、火が燃え広がるかのように。

 人々の恐怖は村中に伝播した。村人たちは木造の簡素な家屋から転げ出て、皆が逃げる先へと我先にと走り行く。

 赤子を抱いた女が走る。子どもを背負って男が駆ける。

 その中を何名かが逆走していた。恐怖の中心へと勇み行く。

 池道志立(いけみちしたつ)も、その勇衆(いさみしゅう)の一人だ。


「此度こそ止めねば!」


 若人たちの中でも年上の方である男が吠える。

 彼らは一つの想いでまとまっていた。村を守る。人を守る。

 そのための武器である刀を引っ提げて、恐怖を断ち切るためにいざ行かん。

 そうした強気想いは。


「ぐぎゃあ!」


 先陣を切っていた男が血しぶきを上げたことでくじけそうになる。


「真中殿!」


 志立はその光景に慄いたものの、他の勇衆よりは動けた。

 修業の成果だ。鍛え上げた実力を発揮するために刀を抜く。

 名もなき剣。名のある刀剣というわけではなく、貧者であっても容易に手にできる類の刀。

 それを握りしめて、振るう。その巨体へと。

 紫の体表を持ち、頭部に二つの角を生やした――悪鬼へと。


「ぬおッ!」


 刃が皮膚を裂く前に、鬼が左腕を強引に振るう。その圧で押された。背後に回り込んだ仲間が不意を突こうとして蹴り飛ばされる。

 そして、飛ばされた先にあった家屋の残骸に腹を貫かれた。


「琥珀殿ッ! うおおおッ!」


 志立は折れず、刀を鳴らす。しかし風は切れても肉は切れぬ。

 巨体に似合わぬ軽快さで斬撃を避け、鬼は近くの岩を手に取った。

 標的は、心折れ逃げ出した仲間の首。

 狙い通りに、その首が潰れた。


「阿加井殿! 良くもッ!」


 勇衆はすっかり数を減らし、このままでは全滅する。

 その危機感が志立の動きを鋭敏にした。敵の動きを読み――勝機を見出す。

 刀の刃が、悪鬼の左足を抉った。

 この世の物とは思えぬ悲鳴が響き渡る。しかし、勝ったとは露ほど考えぬ。

 志立は一撃を食らわした後、走り出した。

 逃げるため?

 否、逃がすためだ。


「皆を頼む!」


 悪鬼は志立に腹を立てていた。鮭で遊んでいたおり、予想外の反撃を受けて面食らった熊の如く。

 その背中を追いかける。

 思い描いた通り、鬼を村から引きはがすことに成功した。


「さて、次はどうする?」


 志立は駆けながら独り言ちる。元より単独では勝てぬから群れた。

 が、見事に返り討ち。

 志立はあの方の修業によって、そこらの剣士よりは戦える。

 だが、その程度では届かぬのだ。


(あの方が生きてさえおれば……)


 しかし、自身の知る最も強き剣士は死んだ。

 あの方の技を継ぐのはもはや自分のみ。

 ならば、自力で倒すしか道はない。

 いや……。


「もはや誰でもいい。どのようなものでも良い。誰か奴を始末できるだけの力を――うッ!?」


 などと、他力に願ったからであろうか。

 縄のように生えていた雑草に足を取られ、無様に転んだ。

 慌てて立ち上がろうとするが、もはや遅い。

 笑い声が聞こえた。嗜虐的な声が。

 もはや立つこと叶わず、しりもちをついた形で鬼と相対する。

 刀の切っ先をその顔に向け、両手で柄を握る。

 その程度の抵抗しかできぬ。万事休すとはまさにこのこと。

 そう思った矢先。


「む?」


 鬼が、怯えた。何かに。自分ではない別の物に。

 そして、一目散に逃げていく。何か恐ろしい物を目の当たりにしたのだ。

 しばらく茫然として、はたと気付く。背後に何かがいる。

 否、ある。得体の知れないものが。

 立ち上がり、剣を向けた。


「何者か! 姿を見せよ!」


 それは薄暗い木々の中を縫うようにして現れた。

 異国風の風貌をした、生気の感じさせぬ少女。


「私は武器商人でございます……」

「何……?」


 その後ろで、妖の如き獣の耳を持つ少女が会釈した。



 ※※※



 モニカと武器商人は志立と名乗った青年に村へと案内された。

 村では好奇な視線に晒された。武器商人といくつかの世界を巡って、気づいたことがある。

 自分たちを異物として扱う世界と平然と受け入れる世界。

 その二つが存在している。


「異邦人と妖とは、また珍妙な組み合わせだな」


 この世界はその半分といった様子だった。

 奇異に思いながらも、拒絶はしない。


「あやかし……」


 獣耳が生えているという理由で殺されかけた生まれ故郷に比べれば、扱いは抜群に良い。

 しかし、重要なのは自身の扱いではない。

 恩義のある方。

 武器商人の扱いの方だ。


「……しかし、やはりお主は妙だ」


 和風建築とされた家屋に案内された後、囲炉裏というものを囲いながら、志立は武器商人を警戒する。

 モニカは無理として楽に座っているが、武器商人はしっかりとした正座だ。

 死神めいた衣装以外、その場に馴染んでいる。その世界のその一国家……さらには、一地域の模式に精通している。

 だがその完璧さこそを、現地民は警戒する。馴染むからこそ、怖いのだ。


「武器商人と言ったな。武器を売ると」

「左様でございます……」

「なぜ俺なのだ」


 志立は自分が選ばれた理由を訝しんでいる。

 それはモニカにもわからないことだ。わかろうとしているが、今はまだ。


「力、をお望みでしょう」

「……なぜわかる?」

「村の現状を鑑みればわかります……」


 確かに、これほどわかりやすい状況はない。

 鬼、と呼ばれる上位生命体に心身を脅かされている。

 交渉の余地はなく、また共存のための策はない。

 対象は生存のための食料を求めているのではなく。


「ただ、殺している。恐らくは、遊びでしょう」

「遊び……ですか?」


 モニカは驚愕の表情で武器商人を見るが、


「さして驚くことではありません。同族ではなく、別個の生命体に対しての理不尽な暴虐は、ある意味では同種族相手に乱暴を加える人類よりも理知的であるかもしれません」

「……本気でそう考えるか? お主は」

「あくまで仕組みの話です」

「不快だな」

「そう思うこと自体を否定しません」


 という話の流れを聞いて、モニカは違和感を覚える。


(少し……冷たい……?)


 武器商人の声音は、言動は、まさに氷のように冷たい。

 それは感情を感じないという無機質な冷たさだ。

 しかしあえて冷たい印象を覚えるということ。

 それは、別の意味を持つのではないか?


「鬼の愚劣さと人間の愚かさは別のことだろう」

「私の立場からすれば。大きな違いはありません」

「……なんと?」

「武器商人ですから」


 と言った武器商人は商談の破談を予期したのか、志立が話す前に物を差し出した。

 紫の筒状の袋。その紐を解く。


「妖刀――荒魂滅殺(あらだまめっさつ)。使用者を絶大的に強化する魔剣の一つです。これを使えば、例え訓練を受けていない一般市民と言えども、あらゆる敵を瞬く間に屠れます」


 その武器を見て、先ほどまで怒りすら覚え始めていた志立の表情が一変する。

 欲している。力を。

 例え気に入らない相手でさえも、それが受け取れるなら構わないという風に。


「この力があれば、鬼を倒せる、と」

「もちろんです」

「ではこの武器を俺に」

「……」


 武器商人は刀を見せながら静止している。


「……どうした? 武器商人」

「あなたに、この刀は必要ですか?」

「何をバカな」


 荒唐無稽な物言いを志立は一蹴する。


「だからお主は持ってきたのであろう」

「少し……検討して頂ければ」


 それは買い手が紡ぐはずの言の葉。

 疑念だけを残して、武器商人は志立の前から立ち去った。




 ※※※




「意味がわからぬ!」


 志立は憤りを隠さずに吠える。敵を倒せるはずの武器を持つ商人は、わざわざそれを見せびらかした後に考えよ、とのたまった。

 思考の余地など微塵もない。今すぐにでもその武器を取り、忌々しき悪鬼を叩き切るべきだと言うのに。


「落ち着いてください……」


 妖混じりの少女が志立を宥めようとする。されど、聞く耳を持ってはならぬ。


「あれは本当に人か!? 手段を見せびらかし、欲しいと望んだ我らをもてあそぶ悪女の類なのか!」

「そのようなことは、ありません……」


 もにかと言う名の女は弱弱しく反論する。その態度も気に入らぬ。

 これではまるでこちらが悪者のようである。ただ正論を述べているのみぞ。


「では真意は何か! それとも、銭が払えぬだろうと足元を見られたか!」

「武器商人様には武器商人様のお考えがあります……それに」


 もにかは探るような眼を向ける。何か、と志立は問うと、


「あなた様は……どこか、狂気に取りつかれているようにも見えます」

「狂気だと? 戦人ならば当然のこと!」


 気圧されるもにか。しかし彼女は言葉を止めなかった。


「私は……まだ回数こそ少ないですが、武器商人様が武器を売った人たちとあったことがあります。でも、私が思うに……あなたと他の人たちには差異があります」

「差異とは!」

「その人たちは……武器が、力がどんなものか、きちんと理解しているようでした。ですけど、あなたはただ力を求めているだけです。それがどんなものなのかも考えずに」

「俺がバカ者だと言いたいのか!」


 志立が詰め寄るともにかが後ずさり、壁に背中をぶつけた。酷く怯えた様子。

 志立は興奮していたが、今の自身を顧みれるほどの冷静さは持っていた。


「くっ、なぜだ……。俺はただ、守りたいだけだ」

「ありがとう、ございます。その言葉は……本当でしょう。ですけど、今のあなたはたぶん、理解できていないと思います」

「何故、そう思う」

「武器商人様は妖刀っておっしゃっていましたよね。魔剣とも。恐らく、ただの武器ではないのでしょう。ですけど、あなたはそんなことを気にせずに力を得ようとした。武器は、恐ろしい物です。使い方次第で人を救うことはできますが、同時に殺すこともできます。大抵の場合、武器による人の救済は、人殺しを耳障りよく言い換えただけです」

「鬼を殺すだけだ」

「鬼、そのものが悪ではないのですよね。中には良き鬼もいる、と聞きました」

「だから奴を許容しろと?」

「……そのような発想では、やっぱり、武器商人様は武器を売らないと思います」


 少し、頭を冷やした方がいいですよ。

 もにかは志立を気遣って退室する。

 何故だ。

 志立は苛立ちを募らせる。


「悪いのはあの鬼であろう。であるのに、なぜ……」


 ――なぜか、と問うたな。


 その声に慄く。周囲を振り返り、はたと気付く。

 これは今の声ではない。

 過去の声。

 記憶の声だ。




 ※



 その者は恐ろしく強かった。自身が知りえる者の中で、誰が一番強かったかと聞かれれば、いの一番に挙げる名だ。

 和服に身を包み、笠を被り、腰に差すは無名の剣。

 しかしてその技量、渡り合える者おらず。

 人のみならず、妖も。

 悪鬼でさえも。


「先生!」


 幼き志立はその勇姿に奮い立つ。恐ろしき鬼と対峙しても、流れ者である老人は、一切怖じることなかった。人里を襲いに来た鬼を鋭き眼光で威圧する。

 慄いた鬼が右腕を振り上げる。

 一閃。

 志立には老人が何かしたようには見えなかった。動いていないように見える。

 だが、鬼の腕が飛んでいるとなれば、やはり何かしたのだ。

 この世の物とは思えぬ絶叫の後、鬼は逃げ出した。

 しかし、老人は追い打ちをしない。背中を斬れば殺せるだろうに。

 否、最初から殺せたはずだ。なのに腕の一本で見逃した。


「なぜですか? なぜ殺さぬのです? あれは人を襲う悪しき鬼ですぞ?」


 帰路についた志立は、純粋に老人へ問うた。

 

「下手に殺せば、喧しいからよ」


 理解が及ばない。老人は達観した面持ちで歩を進める。


「ふむ、お主、わからぬか」

「わかりませぬ! それに、あなたが殺さぬとなれば、村人たちが黙っておらぬでしょう。いわれなき悪態に晒されるかもしれませぬぞ」

「構わぬ。その心根はわかる」

「私は納得いきませぬ」

「それもまた正しき心よ。心のありよう、一つである必要なし」

「またなぞかけでございますか」

「与えるのは至極簡単。しかしそれでは、心根は育たぬよ」


 しばらくして案の定、老人は住処を追われた。山奥に居住を移し、志立もそれに付き添った。親がいない志立は身軽であった。

 自身を迫害した村人も、老人は良き成長の糧よ、と言って認めた。彼が何を考えているのか、志立は全くわからない。

 だが、教えがないのかと言われれば、そうではなかった。


「殺せば、仇討ちが始まるからよ」

「鬼の、ですか?」

「あの鬼、人を襲い慣れているわけではなかった。つまり、何かに追われてきた。食うに困り人里を襲った、とすれば合点がいく。哀れではあるが、狼藉を許容するわけでなし。ゆえに、腕のみで許したのだ」

「ですが……」

「腕を失い、鬼里に帰ったあの鬼は、警句を投げるであろう。人を襲うな。腕をなくすぞ、とな。となれば、もう襲ってはきまい」

「必ずしもそうなるとは」

「やはりお主、わかってなかったか。儂は腕を切り落としたが、同時に心も斬ったのよ」

「心を……?」

「鬼とて心ある者。その心を斬れば、片が付く」

「わかりませぬ……」

「今はそれでよい。しかし、忘れるな」


 老人と共に過ごしながら、志立は育った。彼が教わったのは心根だけではない。

 当然の如く、剣も学んだ。と言っても、老人は木の枝で良いと言って譲らなかったが。


「志立よ、勝つためには何が必要か?」


 枝を素振りする志立へ老人が訊く。


「強い剣に技、そして力です」

「そんなものは飾りよ」

「飾り……?」

「本当に必要なものは、心根よ」

「しかし心では人を守れませぬ」


 という志立の反論を老人は笑った。


「お主はいつもそうだな。なぜ一つの考え方しかできぬのだ。心根を鍛えよ。さすれば、道も見つかろう」

「ですが、力なくば敵を!」

「力があれば勝てるか? ふむ、あまり語り過ぎるのは育みの妨げになるが……お主には少し語ってもよいだろう」


 老人は刀を取ると志立に渡した。そして、枝を受け取る。


「力は大切。否定はせぬ。しかして、力だけでは何も守れぬ」


 枝を構える老人。構えよ、と言われ志立も慌てて刀を構える。


「むしろ、力あるが故に害を成そう。力とは、所詮そのようなものよ」


 来い、と言う老人。志立は困惑しながらも駆け出した。


「しかし、そこに心根が交われば――」


 志立は刀を振るう。老人は刀が皮膚を裂く直前まで不動だった。

 一閃。

 志立が腕に痛みを感じた直後、地面に刃先が突き刺さっていた。


「なぜです……」

「なぜか、と問うたな」


 老人は刀を抜き取ると、鞘に仕舞う。そして、刀を志立に渡した。


「くれてやろう。その先は、お主が考えればよい。……否、もうわかっておるかな」


 数日後、老人は病死した。

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