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売買契約

 生きているはずなのに、死んでいるような印象を受ける。

 そこは実験棟とでも呼ぶべき場所だった。あらゆる薬品と器具が並び、巨大な水槽には得体の知れない生物のサンプルが浮かんでいる。

 本棚の蔵書は禁書の類……何の備えもなく読むと、発狂するものばかりだ。

 清潔すぎて人体すらも駆逐してしまいそうな部屋だが、商売に影響はない。


「これを」

「そうとも、これだ」


 ドクターミシェプは嬉々とした声音を上げる。表情はわからない。白面を付けているゆえに。

 彼女の注文に武器商人である少女は完璧に応じた。宇宙生物イツフェドルの脳を改造し、精神感応装置として設計したものだ。


「これが足りぬパーツだった。ようやく創造できる」

「必要な部品も取り扱っております……」


 時として提供するのは武器そのものに限らない。必須部品に満足した顧客は、早速実験に取り掛かろうとして、はたと気付く。


「おっと。うっかり支払いを忘れるところだったよ」

「クレジットはこちらに……」


 巾着を取り出した商人の手を、しかしドクターミシェプは制す。


「申し訳ないね。私は金銭を持たぬ主義だ」

「報酬は支払えないと言うことですか……」


 それは契約違反だ。厳正なる調査の結果、彼女に武器を売るべきだと判断したのは確かだが、報酬がなければ売買は成立しえない。


「いや、そうじゃない。そのような不誠実な振る舞いはしないよ」


 ドクターミシェプは指を鳴らす。死臭が漂う部屋の奥から、ゆっくりと何かが近づいてくる。


「奴隷ですか……」


 商人は大きな反応をしなかった。その生き物は死んだ瞳でこちらを見ている。

 武器商人と同い年か、一つ、二つ年下くらいの容姿の少女。

 茶髪で褐色肌、白いワンピースのようなものに身を包んでいるが、一番の特徴は頭部に生えるネコ科の耳だろう。


「市場で売っていた獣人でね。買ったはいいものの使い道がなかったのだ。命と、命。等価交換でどうだろうか。不満なら別のを用意するが」

「……構いません」


 契約は成立した。商人は獣人を観察する。

 無気力な様子だ。反発心は見られない。


「ありがとう、武器商人。これで世界は救われる」


 この世界、この時代において、ドクターミシェプは聖人と呼ばれている。

 獣少女の手を取ると、腕時計の座標軸を操作した。




 狭間の家に戻ると、早速持て余してしまった。

 一つの音しかない家に、もう一つ音が加わっている。

 リビングに入った途端、灰の瞳を持つ少女は、武器商人の前で跪いた。


「どういたしますか……」

「シャワーを浴びてもらえますか」


 ドクターミシェプの実験棟は無菌状態だが、返ってそれが毒々しい印象を与えていた。過度な汚れは衛生的ではないが、完全な清潔さも人体には好ましくない。

 こくりと頷いた獣少女はシャワー室へと足を運んだ。

 その間に、荷物を片付ける。所定の位置に銃を置き、安楽椅子へとたどり着く。

 そして、既定の通り眠りにつくはずが、正面に気配を感じて帽子をずらした。


「どうしましたか……」

「お勤めを果たしに」


 そう言って、武器商人のコートを脱がそうとする。


「ご安心ください。ミシェプ様は性に対する関心が薄く……幸いにして、未だ処女のままです」

「そうですか……」


 武器商人は手を伸ばし、少女の手を止めた。


「私には不要なことです」

「で、ですが……」

「私はあなたを、奴隷として購入したわけではありません」


 部品の対価として受け取っただけに過ぎない。


「どういう、ことですか……」

「そのままの意味です。空腹ではなさそうですから、まずは就寝してはどうかと。向こうに客間があります。長い間使われていませんが、汚れてはいないはずです」

「それでは、私の役目が……」


 獣少女は当惑している。死んでいるような瞳は生きていた。

 その反応に対し、商人は淡々と応じる。


「適度な休息は生命の義務です。不本意だと思うのなら、そのような命令、だと思ってください」

「……わかりました……」


 獣少女は戸惑いを含みながらも客間へ向かおうとして、振り返る。


「あの……」

「なんでしょう」

「あなたのことは、なんとお呼びすれば」

「……武器商人、と」

「武器商人様……」

「そうですね。あなたの名前は?」

「私は、モニカと言います」

「そうですか。おやすみ、モニカ」

「おやすみなさいませ……武器商人様」


 モニカの背を見送った後、武器商人は安楽椅子に座りこむ。

 脳裏に頭痛が奔る。“再接続”を拒否して生命の義務を果たした。




 置いていくのは危険、という判断だった。

 広大な箱はまだかまだかとそのスペースが埋まる時を待ちわびている。

 二人分の余裕を失っても不満げで、ひたむきに。


「依頼した物は……」


 単刀直入に本題に入ろうとする武器商人に対し、


「お、とうとう連れ合いを作ったのか!」


 製造業者は不要な会話を捩じり込む。


「そのようなものではありません……」


 デイコックは新入りの獣少女に興味津々だ。幸いにして、その瞳に宿るのは純粋な好奇心であるため、無用なトラブルは避けられそうだが。


「名前はなんだ。名前は」

「私は……」


 ちらり、とモニカは武器商人の顔を見る。

 許可を求めているのだ。首肯に応じて、彼女は自己紹介を始める。


「モニカと、言います。武器商人様の――」

「おいおい、名前じゃなくて職業名か? どんだけ自分が嫌いなんだよ」


 モニカのセリフを遮って呆れるデイコック。

 戸惑うモニカを後目に、武器商人は目当ての品を急かした。


「品物を」

「いや、ちょっとした交流をだね」

「品物」

「……はいはい、今持ってくるさ」


 デイコックは事務所へと向かう。武器商人は自分の手を見つめた。

 手を握り、開く。違和感はない。


「あの」


 モニカへと視線を移す。彼女は何かを言いかけ、


「いえ……失礼しました」

「……ここは、製造工場のようなものです。工房、と呼ばれています」


 真意を読み取った武器商人に目を見開く。


「あらゆる時代、あらゆる世界の武器、装備、弾薬が、ここでは製造可能です。私のような……ライセンス持ちは、ここで武器を仕入れ、それを顧客に売却します」

「ミシェプ様のように……」

「ドクターミシェプは深淵生物を統制するための装置を欲しがっていました。私は顧客が望むものを発注、工房が製造したものを、彼女に売っただけにすぎません」

「なんて、謙遜をしているがね。お前、どうやってあの素材を入手したんだよ」


 割り込んできたデイコックへ、武器商人は応じない。

 相変わらずだな、スカラ嬢。しぶしぶデイコックは薄い板状の箱を渡した。


「それでは」


 なんでも仕舞える魔法のケースへ仕舞い、腕時計の座標軸を調整する。


「おい待て」


 X軸を固定。Y軸を可変。


「お前、まだあの銃、持ってるのか」

「……ええ。今も」


 目標座標セット完了。転移開始。

 空間から光が消え、再び二人分の余裕ができた。



 ※※※



 赤い長髪が特徴的な女性が、声を張り上げていた。


「だからよぉ、避けろって言ってんだろ! 防いだところで死んじまうんだって!」

「とは言うけどよぉ、姉御。連中にそんな神業は不可能だぜ」


 ツテンベルグ兵団の守護団長アウルトゥリテの悩みは尽きない。今も、うっかり腕を落とされた部下に説教しているが、彼は痛い痛いと情けない悲鳴を上げるのみだ。


「腕落とされたぐらいでぎゃーぎゃー騒ぐなって」

 

 そんなんで泣き叫ぶくらいなら戦場に出てくるなよバカ。

 ある種非情な物言いに、しかしベッド上の部下は反論しない。

 やめておけば良かったと、心の底から後悔しているのだろう。


「死んでないだけラッキーと思いな」


 アウルトゥリテはため息交じりに病室を後にした。


「ほんと、女神のようなお人で」


 副団長である男がにやにやと笑っている。言葉こそ辛らつだが、ほとんどの指揮官は部下が腕を落とされた程度では見舞いに来ない。ゆえにいつの間にかツテンベルクの女神などと呼ばれるようになってしまった。


「オルトスの方ではフツーだよ。お前らが異常なだけ」

「異常かどうかなんて、自分じゃわかりませんからな」

「そんなもんか? わかるだろフツー」


 女神はツテンベルグ砦内を進む。廊下では酷くやつれた兵士たちが多数見受けられた。

 栄光の証である白い軍服もそのほとんどが汚れている。土や泥で汚れているならまだマシ――赤い汚れが最悪。


「やっぱ機械獣の光線。あれがネックだな」

「そりゃ、光ですぜ。音ですら避けるのは至難なのに、光を避けろとは無理難題で」

「だから、避けなきゃ死ぬんだよ」


 アウルトゥリテは当たり前を告げる。なんでこいつらは光を避けらんないのか。

 本当に意味が分からない。

 支給された防具は光を容易く貫通する。

 七砦のうち、二つは陥落。

 三つは犠牲をいとわない突撃戦法。

 敵襲が少ない平和なオルトス砦と、もっとも攻撃が苛烈なツテンベルグ砦だけが、まともに対抗できている。


「どうにかしないと、このままじゃ――」


 と議論を始めようとした時、警報が鳴り響く。


「姉御」

「しゃーねえな。出るとするか。槍を用意しといてくれ」

「即応部隊は?」

「今日はステーキ食いたい」

「了解」


 対抗できている要因は、出撃ハッチへと向かった。




「標的は三体……レーゼ級か」


 三本足の節操動物……肌――装甲は白く、胴らしき部分には眼球と思しき部分がある。体躯は20メートル超えの巨体であり、ただの歩行で人や建物を容易く破壊できるほど。

 だが、もっとも注目すべきは、その大きさではない。


「やっぱこれ邪魔」


 紅白の装甲服に身を包んだアウルトゥリテは、ヘルメットを投げ捨てる。

 赤い長髪が空気に触れる。戦場において不自然なほどに美しいその容姿に、しかし機械の獣たちが見とれることはない。

 一番に警戒するべきものが来る。

 女神の直感に外れはない。

 それは眼球から放たれた。

 一筋の光線。光の槍とでも言うべきそれを。


「なんでこれが避けられねえんだか」


 アウルトゥリテは紙一重で避ける。右腕には巨大な機械槍。敵性運動物体遮断結界を解析し、それを無効化したもの。

 わかりやすく言えば、敵に効く槍だ。


「さて、行くか」


 アウルトゥリテが疾走する。無論、傍観するレーゼ級たちではない。

 出来損ないのクモのような機械たちが、レーザーを発射する。

 それを見て、眩しいな、と女神は思う。

 眩しいだけだ。当たりはしない。

 敵勢との距離が徐々に狭まる。狙撃有効距離から近接有効距離に移行するまで、女神は息一つ乱さず、汗一つ搔かなかった。

 日課のジョギングのような気楽さで肉薄。放たれた人間を軽く捻りつぶす足撃をひょい、と避ける。跳躍で足に乗った。脚部に搭載された自衛用砲台が火を噴く。


「あらよっと」


 それを命中の直前に避けると、軽く笑いながら槍を投擲。槍を回収しながら胴体へと疾走。


「おねんねしてなぁ!」


 槍で目を潰す。鬱陶しい輝きが一つ減った。

 残り二体。手間は変わらず処理できるだろう。



 ※※※




「彼女ですか……」


 武器商人は双眼鏡を離し、モニカに首肯した。


「あれが今回の交渉相手です」


 その驚異的な戦闘能力を目の当たりにしても、武器商人は驚かない。日常のように淡々と応じる。

 唯一違うのは、話し相手がいることだった。買い手ではなく、作り手でもなく、無関係な他人とも違う相手。

 彼女がいることで商売に影響が出るのか。

 それはこれからわかることだ。


「戦闘が終わりました。行きましょう」


 三体目の沈黙を確認すると、顧客へと歩を進ませた。




 ※※※




「殺すぞ?」


 なぜそのような脅し文句になったのかは、自分でもわからない。

 しかし、女神の直感は外れたことがない。

 よって、いつもの調子で告げた。


「死にたくなかったらそれ以上来るんじゃねえ。誰だお前たち」

「私は武器商人です」


 そう名乗るのは男装の女だった。見目麗しい。この世の物とは思えないぐらいで、

だからこそ異物感が強かった。

 瞳に宿る生気が限りなく薄い。生きているのに死んでいる。

 いや逆だ。死んでいるのに生きている。そんな印象を覚える。


「商談をさせて頂きたく」

「いらねえ。以上」


 さっさと帰りやがれ。

 という女神の要望は。


「まぁ話だけでも聞きましょうや」


 副官の提案によって打ち砕かれる。


「メリットなんてねえぞ」

「そりゃあ、あなたにはね。ですけどねぇ、俺たちにはあるかもしれない」

「んなわけ」

「私が今回持参した品は、アウルトゥリテ様以外の運用を目的としております」


 ほらね、と言わんばかりの副官の顔を殴るのは控えた。


「絶対ろくでもないぞ」


 迎えの軍用車へと振り返り、訝しむ。

 座席は四つ。迎えに来た部下は三人。


「席、足りなくね?」

「そりゃあ、そうですな。急でしたから」

「でしたら私は徒歩で参りましょう」

「……ちっ、乗れよ」


 舌打ちする。どう見繕ってもこうするのが最善だ。


「そのような――」

「いいから乗れっての。仮にも客人を歩かせるわけにはいかんだろ。それに……もし、なんかあったら躊躇いなく殺すことできるしな。あんたの上に、その縮こまってる嬢ちゃんを乗せれば乗れるだろ。もっとも、私の汚い部下たちの上に乗りたいってんなら、別に遠慮することはないが」


 汚いは失礼ですよ、と部下たちが不満を述べる。事実だろうが、と言い返す。


「ほんと、女神のようなお方で」


 副官の嬉しそうな顔は妄想の中でしばき倒すとして。


「じゃあ、私は先に行ってるから」


 アウルトゥリテは軽いジョギングをしながら砦へ向かった。



 ※※※



 交渉では、時として相手の要求通り行動することも必要になる。

 武器商人は厚意に甘え、軍用車でツテンベルグ砦へと向かった。

 膝の上に座るモニカは、顔を青ざめて何かに耐えている様子だった。


「車酔いですか……」

「い、いえ……私如きが、武器商人様に座るなど……とても、恐れ、多く」

「以前にも言いましたが、私とあなたに主従関係はありませんよ……」

「なんだ、その子、元奴隷なのかい?」


 アウルトゥリテの副官が話しかけてくる。モニカは許しを得るかのようにこちらを見つめた。首肯するとか細くはいと答える。


「そうかい。ツテンベルグにもまさに奴隷主人のようにふるまってたクソ軍人がいてな」


 ピクリとモニカが震える。


「その方は今も?」


 仕入れた情報では、そのような人物に記載はない。


「いるにはいるが。女神様に殴り飛ばされてからは掃除係だ。非効率的な働き方をさせてんじゃねえよバカ、ってなぁ。ま、それは方便で、単に気に入らなかったから殴っただけだろうけどな」

「気にいらなかった、のですか?」

「そういうお人だからな。そんなに畏まらんでもいい。むしろ変に畏まると機嫌を損ねるから気を付けろ」

「助言、感謝いたします」


 荒野を車が進んでいく。そのように殺風景な景色でも、モニカは目を輝かせていた。




 到着後、多数の好奇な眼差しで出迎えられた武器商人たちは、執務室へと案内された。豪華なデザインの机の上で、その持ち主は胡坐を掻いて座っている。行儀が悪いにもほどがある行為を、ここにいる誰もが咎めない。


「で? 何を売りたいって?」

「こちらです」


 武器商人はかねてより準備していたプレートを見せた。

 銀色の盾。表面を見てアウルトゥリテは顔をしかめる。


「眩しいな」


 光が反射しているのだ。


「で、その鏡をどうしろって?」

「機械獣との戦闘で一番危険と思われる攻撃は、光線と存じております」

「んで、それで防げるって?」

「防ぐ、だけではなく」


 武器商人は天井の明かりをうまく反射させ、任意の位置へと動かす。

 副官が反応した。


「反射もできる……と?」

「ご想像の通りでございます……」

「材料は……どうなってるんだ?」

「機械獣の残骸から回収した部品です」


 副官たちが沸き立つ。もしそれが本当ならば、状況は一変する。しかしツテンベルグ砦の主は不満を隠さない。


「なめるなよ。武器商人」


 アウルトゥリテが机から飛び降り、武器商人へと近づいてくる。


「あたしたち人間を舐めんじゃねえ。そんなもんに頼らなくても勝てるさ。なぁ、お前ら」


 軍人たちが顔を見合わせた。異論はあるが言えない様子。


「確かにこいつらは訓練が足りないから、あたしよりは弱いけど」


 副官が苦笑いを浮かべた。武器商人はその理論を一旦受け止める。


「なるほど。では、質問です。あなたは北歴何年生まれですか?」


 アウルトゥリテは疑問符を浮かべながら。


「3146年だが?」

「今は3255年。つまり、109歳というわけですか」


 モニカがえ、と声を漏らす。武器商人はアウルトゥリテを直視する。

 アウルトゥリテも負けじと見返していた。


「レディの年を言うんじゃない。恥ずかしいだろ」

「レディ……?」


 疑問を覚えたモニカが睨まれて震える。


「この世界の人間の平均寿命は87歳です。最高年齢も120歳程度でしょうか」

「何も問題ないだろ。あたしは後10年足らずで死ぬってだけだ」

「見た目は20代前半ぐらいですが」

「昔からよく外見は若いって言われるんだ」


 アウルトゥリテから嘘や演技、妄信の類は感じられない。

 純粋さがそのまっすぐな瞳から滲み出ている。沈黙が場を支配し始めた。


「で、ですけど……それって変では……」


 我慢できなかったモニカが疑念を吐き出す。と、アウルトゥリテはつかつかと彼女の前へと歩み寄り、


「変って? どこが?」

「それは、その……」


 困り果てる様子のモニカ。武器商人は核心を突く。


「変ですよ。あなたは」

「はぁ? だからどこが――」

「もちろん、それは人間とみればの話ですが。アンドロイドとして見た場合なら正常でしょう」


 アウルトゥリテは硬直し、しばらくして大笑いを始めた。


「何言ってやがるんだこいつ。私ほど人らしい人もいねえよ!」


 響き渡る笑い声は一人分のみ。ツテンベルグの女神は、普段ならいっしょに大笑いするであろう部下の様子に戸惑い始めた。


「おい?」

「私が言うのもなんですが……他の皆様は気付いているかと」

「……本当か?」


 アウルトゥリテの問いかけに、副官は頭を軽く掻き始めた。


「まぁ、その、なんですか。ここで姉御が人だと思っているのは姉御だけかと」

「マジ……?」

「マジです」


 アウルトゥリテはショックを受けたように座り込む。


「は? 人間じゃない……?」


 茫然自失のアウルトゥリテに副官が近寄る。


「いつも言ってたでしょう? 自分が異常かどうかなど、自分じゃわからないと。まぁ正直なところ、姉御は鈍感過ぎたきらいはありますが……」

「騙してたのか?」

「騙すも何も。俺たちは姉御が人間だから従ってたわけじゃありませんからな」

「アンドロイド……だからか?」

「いやいや。姉御だから、ですよ」

「どういう意味だ?」


 部下たちは再び顔を見合わせ、肩を竦めた。なんだ、そんなこともわからないのか、という風に。


「俺たちはあんたに惚れたんだよ」

「ほ、惚れ……?」

「あんたは俺たちを、男も女も、その魅力で骨抜きにしちまったんだよ。だから、この砦の奴らはな、不満や文句があろうとも、裏切ることだけは絶対にしない。忘れましたかい? あの高慢な前任者。成果を上げない部下を奴隷のようにこき使ってた男。あの男ですら、掃除係の立場のことは愚痴ろうとも、あんたを裏切ろうなんて考えちゃいない。前いたオルトス砦だって、そうだったんだろ。人か人じゃないかなんて、俺たちに取っちゃあ些細なことなのさ」


 面食らった表情で固まるアウルトゥリテ。しばらく放心していたが、我に返って立ち上がる。


「くそ、そうかい。参っちまうね、モテモテで」

「ただ皆口を揃えて言うのは、けど恋人にするのは勘弁、ですけどね」

「んだと? ったく……」


 事態を静観していた武器商人から、アウルトゥリテは盾を取った。


「防いで、反射できるんだってな。事実か? 例の防御も突破できるのか?」

「理論上では。敵性運動物体遮断結界は外部からの攻撃に作用します。反射は、他者からの攻撃とはカウントされません。自分自身によるものとなりますから。信用できないなら、試してみてはいかがでしょう」

「敵が出ないことにはな」

「いえ、あのガラクタで試すのはどうでしょう」

「ガラクタ?」


 部下の提案を副官が補足する。


「例の砲台ですよ。バリアを貫けなくてお蔵入りになった奴です」




 実験室へと案内されると、早速試験プロセスへと取り掛かり始めた。と言っても、商品は盾なので、ただ命中させればいいだけだ。砲台のセッティングもすぐに終わった。

 防弾ガラス越しに実験設備を見下ろす。支給された耐光グラスを、武器商人はモニカへと手渡した。


「これを」

「武器商人様は……」

「私は大丈夫ですから」

「へぇ、お前もしないのか」


 アウルトゥリテもグラスをしていなかった。

 準備完了との知らせが届き、副官が指示を飛ばす。

 眼下で閃光の充填が始まる。それを目を逸らすことなく見続ける。

 死人のように色白の肌を光が照らしていた。


「ひっ!」


 モニカの悲鳴とほぼ同時に轟音が鳴り響く。

 結果は、一目瞭然だった。

 盾で反射した光線が、砲台を破壊している。


「なるほどね」


 歓声で沸き立つ部下たちを横目に、アウルトゥリテが手を差し出してきた。


「守護団長として礼を言うぜ、武器商人」

「……私はただ、商売を行っただけです」


 武器商人はその手を取らない。しばらくして、アウルトゥリテが諦める。


「やっぱりお前変だよ」

「……」


 武器商人は反論しない。アウルトゥリテはモニカの肩を叩いた。


「この小さいのに感謝するんだな。この子がいなかったら、私はお前を信用しなかった。殺し合いになったかもしれん」

「殺し合い、ですか?」


 モニカが慄いている。ちらりと主を見上げるが、武器商人は何も言わない。


「アウルトゥリテ様」

「なんだ?」

「代金はこちらに」

「ったく、お祝いに水を差しやがって」


 と言いながらも、彼女は笑顔のままクレジットを巾着に入れた。


「行くのか?」

「用は済みましたので。設計書は既に科学者に渡しておきました」

「ゾンビだな」


 武器商人の歩みが止まる。アウルトゥリテの呟きに。


「なんでしょう?」

「ゾンビだよ、お前は。名前もわからない、武器商人さん」

「そうですか……」


 簡易な別れを済ませ、実験室を後にする。と、そういうことに興味のある年頃らしい子どもと出くわした。実験室に入るなと言われたので、外で待っていたのだろう。

 子どもが武器商人を見て後ずさる。武器商人はモニカに巾着を渡した。


「武器商人様?」

「これの中身をその子に。私では怯えてしまうようですから」

「……いいのですか?」

「問題ありません」


 指示通りにモニカは、この世界のクレジット……データチップを子どもに全て渡した。


「独り占めせず、皆と分け合うように」


 武器商人の言葉に子どもは笑顔で頷くと、早速仲間たちの元へ走り去っていく。

 その背中を見送って、腕時計を操作する。が、その手を止めた。


「どうかしましたか、武器商人様……」

「いえ、確認しておこうと思いまして。モニカ」

「はい」


 モニカが背筋を伸ばす。彼女はまだ奴隷気質が抜けていない。


「正直なところ、この仕事が終わった後に、あなたをどこか別の、安全なところへ送り届けようと考えていたのです」


 わかりやすくモニカの表情が曇った。怯えている。

 捨てられる、と。

 武器商人は言葉を紡いでいく。


「しかしそれは、責任を放棄しているのではないか、という懸念が生まれました」


 命を預かったことに対する責任放棄、ではないかと。


「ですから……あなたさえ良ければ、もうしばらく、いっしょにいますか?」

「はい……はい!」


 モニカは満開の花のような笑顔をみせた。




 同時刻。狭間の家内部。

 仕事部屋の中、封じられた箱の中で。

 青色のクリスタルが明滅を繰り返していた。

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