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救世主として

「これ、最高ですね!」


 嬉々として笑う少女と、それを見守る大人たち。

 それだけ聞けば微笑ましい光景だろう。

 全員がコンバットスーツを装着し、周囲に大量の死体が散らばっていなければ。


「適当に引き金を引くだけで、敵性存在へ弾が吸い込まれるなんて」

「グングニルマシンガン……らしいよ、これ」


 若い男が補足する。

 とてもいい天気だった。太陽は晴れ晴れと輝いて、青空が広がっている。

 自分たちの世界ではとっくの昔に失われてしまったもの。

 それが、この世界ではありとあらゆる場所にある。

 自然がある。生き物がいる。空気がきれい。

 住むにはとても良さそうだけれど、障害はある。


「あらかた殺せば、我々を上位存在として崇めてくれますよね? この人たち」


 外国人などの、外から来た人々を毛嫌いする人間は存在する。

 同じ惑星の中でも、生まれた国が違うというだけで揉めることがあるのだ。

 他の世界から来た人間であればなおさらのこと。そうなると交渉にはどうしても難儀する。

 生活に人的資源は欠かせない。如何に命を奪わず精神を屈服させるか。

 それが大事だとウィルゼムはよく言っていた。ただ殺すだけなら誰でもできる。

 けれど、生かす方はそうはいかない。

 だから、手始めに侵入地点付近の住民を皆殺しにしてみた。


「どうだろうね。もしダメだったら、頷くまで殺せばいいよ」

「でもそれってバカっぽくないです?」

「仕方ないよ。僕たちは隊長と違うからね」


 それはそうだ、と少女は納得する。殺されるしかないあの世界で、自分に居場所をくれたあの人。彼は常人とは違うビジョンの元動いていた。

 みんなが苦しんでいた世界で、唯一心の底から楽しんでいた人。

 その姿がとても眩しくて、憧れた。だから、あの人みたいに。


「あれ?」


 少女はふと違和感に気付く。生体反応を検知した。

 どうやら瓦礫に埋もれていたせいで、センサーに引っ掛からなかったらしい。

 しかも少女がクリアリングした辺りだ。なんとなく居たたまれなくなって、その付近へと歩を進め、瓦礫をどかす。


「あちゃー……やっぱり」


 重傷を負った、自分と同い年くらいの血まみれの少女と。

 それを守るように庇う年下の男の子。

 たぶん少女の方がグングニルバレットを余分に受け、それで男の子が無事だったのだ。

 精度に難があるな、と思いながら拳銃を抜く。


「お姉ちゃんに手を出すな」

「ふーん」


 ああ、姉弟なのかと思う。自分にも姉がいた。

 敵に捕まってレイプされた後、殺されたっけ。

 ちょうど次は自分の番ってところでウィルゼムに拾われた。

 だから、あの人みたいに――。


「残念、ご愁傷様」


 その眉間に銃口を突きつけて、


「何してんだ?」

「ッ!?」


 物凄く強い力で拳銃を掴まれた。

 脈略もなく湧いた黄色い女は、容易く拳銃を奪い、両腕を掴んで拘束した。


「だ、誰だ?」

「名乗るほどの者じゃない。今、何をしてたのかって聞いてんだよ」


 強気な女はドスの利いた声で訊ねてくる。

 まるで自分が有利な立場にいるみたいに。

 その態度にどうしようもなく腹が立った。蹴り飛ばして拘束から逃れる。

 しかし女の方は蹴られても平然としていた。むかつくことに、グングニルマシンガンを向けてもなお。

 黄色いアーマーにそれほどの防御力があるのか? 分析しながら応じる。


「何って? ただ殺そうとしただけ!」

「なんでだ?」

「はぁ? そりゃ、皆殺しにしないと説得力ないじゃん!」

「皆殺しねえ。そもそもそんな交渉術使ってるのがバカだろって点は置いておくとしてだ。殺したことにして匿ったりとか、人質にするとか、いろいろ生かす手段はあるんじゃねえのか? いや、生かしたところで悲惨なことには変わらないか。……どうやら手遅れみたいだな」

「何甘ったれたこと言ってんの? 戦場ではこんなこと日常茶飯事でしょ! 死ぬ方が悪いんだよ!」

「……甘やかさなくて、いいんだな?」


 女の眼光が鋭くなる。

 慌ててマシンガンの引き金を引く。この銃はどんな方角から射撃しても確実に対象に命中する。


「コマンドライトニング」


 なんらかのコマンドを入力した女が忽然と姿を消した。

 そう思った矢先、血が迸る。

 自身の腹から。


「え……かふっ」


 血を吐き出した少女は、信じられない面持ちを作る。


「バカ野郎が」


 少女の背後から女の声が聞こえた。

 高速移動し、グングニルバレットを少女に全て肩代わりさせたのだ。

 ちょうど、弟を庇った姉と同じように。

 

「私たちは、生きるために、殺しただけ……正しいことを、しようとして……」

「理由があるから何をしてもいいなんて奴、嫌いでね。アタシ自身にも当てはまることはわかってるけどな」


 マシンガンが地面に落ちる。その上に覆いかぶさるようにして少女は絶命した。

 困惑する子どもに目を向けたフレデリカは、後方の動きを察知した。

 拳銃を抜く。仕事の時間だった。


「ちょっとだけ待ってな。すぐ終わらせるから」



 ※※※




『聞こえるか、武器商人』

「……フレデリカ、ですか?」

『なんだ? 取り込み中か?』

「しばしお待ちを」


 青空の中、スカラは通信の邪魔をする相手に集中する。

 ウィルゼムの手下は厄介な性質の武器を使用していた。

 時間を止める腕輪だ。負けはしないが勝てもしない。膠着状態が続いている。

 眼下には街が広がっていた。絶望に打ちひしがれた人々がこちらを見上げている。

 この男が時間を止め、街で暴虐の限りを尽くした。赤色のコンバットスーツと対峙するスカラは拳銃を撃ち、また時間が止まったことを自覚する。

 敵の位置が変わっていた。


『パターン分析完了。作戦を実行可能です』


 システム音声の報告を聞き、スカラは行動を開始する。

 ナイフを投擲する。敵の腕輪が発光した瞬間、転移コマンドを入力した。

 時間停止の瞬間、スカラは世界から消失する。

 スカラからしてみればただの転移だが、敵は困惑したはずだ。

 案の定、敵はこちらを見失っていた。スカラは武器庫からフォトンライフルを転送し、スナイパーモードに切り替える。銃身が伸びて、スコープが拡大。弾種もライフル用へと変更された。

 敵の索敵範囲外からの狙撃だが、それだけでは回避されるとわかっていた。

 照準を定める。重力で落下するナイフに向けて。

 発砲音が響いた瞬間、また敵の位置が変わった。

 狙撃で軌道が変わったナイフが飛来する先へと。

 刃先が敵のアーマーを貫いた。


『敵対象の生体反応消失』

「フレデリカ、もう大丈夫です」

『……デイスとかいう奴の武器の反応があちこちにありやがる。その感じじゃ、あんたも何か知ってるんだな?』

「デイスの武器が奪われました。複数の世界に拡散しているようです」

『緊急事態じゃねえか。なのに、なんで動いてるのがあんただけなんだ。いや……なんとなく事情はわかるけどな。こちらでも対応するが、無茶するなよ』

「協力感謝します」

『ところで、あいつはどうしたんだ?』

「誰のことですか?」


 誰を指すのか知りながら、あえて問う。

 フレデリカは察しが良かった。


『ちっ、そういうことかよ。アタシが合流するまで相手にするのは雑魚だけにしとけ! 強敵に』


 通信を切ったスカラは再び索敵を開始。次の敵の元へ移動する。



 敵は宇宙にいた。真下の惑星へ侵略を開始しようとしている最中だ。

 メタルドールという有機金属を用いて作られた無限生成可能の人形を用いて、単独での惑星征服をするつもりのようだ。


『標的は大群の中に存在している可能性大。捕捉に時間が掛かります』

「続行して。時間を稼ぐ」


 フォトンライフルをアサルトモードへ。銃身が縮んでスコープがホロサイトへと変わる。

 シングルショットで銀色の人形を撃ち抜く。フォトンバレットなら破壊可能だが、数があまりにも多い。

 この世界の軍事力では瞬く間に占領されてしまうだろう。

 本来なら一刻も早く所持者を見つけ出し、倒すのがセオリーだった。

 しかしそうすれば人形が惑星に到達してしまう。

 ゆえに、スカラはひたすら敵を倒し続けた。その時まで。


『解析完了。敵の位置特定』


 フォトンブレードで人形を切り裂き、敵の位置を確認する。

 直線上に敵はいた。だが、大量のメタルドールが壁になっている。


「警告と、フォトンブラスターの用意を」

『非推奨行動ですが、よろしいですか?』

「やって」

『状況に最適化。翻訳し、対象へ送信します。こちらは武器商人スカラ・アドミラ。敵対者に警告。これより当機はフォトンブラスターによる砲撃を実行する。ただし、貴君が現行動を停止し、武器を返却するならばこれを見逃す。こちらの目的は武器の回収であり、貴君の抹殺ではない。返答を待つ』 

 

 出現したフォトンブラスターキャノンを構える。セーフティモードはオンだ。

 誰も殺したくないし、殺させたりしない。

 その想いも虚しく、返答はメタルドールの銃撃だった。

 それを避けながら充填を開始。

 人形の攻撃は届くことなく、カウントは進んでいく。


『フォトンエネルギー充填率80……90%。91、92、93』

「ごめんなさい」

『98、99……充填完了』

「ファイア」


 宇宙に一筋の光が煌めく。とても巨大な閃光が。

 全てのメタルドールを巻き込みながら直進。

 ウィルゼムの手下ごと武器を蒸発させた。


「……次の敵は……くッ!?」


 ブラスターを手放す。狙撃によって撃ち抜かれたからだ。


「俺の部下たちを倒したな? ほんと上手に殺すんだな、見惚れたぜ」

「ウィルゼム・オクトバー……」


 狙撃元には黒赤のコンバットスーツが浮いている。高機動仕様だが、見慣れぬ装備をしていた。全体的にアーマーの質が変わっている。


「正直、来るか疑ってたぜ。もし来てもお友達といっしょか、或いは、デタラメ装備を持ってくるとかな。だが、まさか自前の武器のみで、しかも単独行動とはな。流石の俺も、デタラメ武装されてる相手に正面切って戦うつもりはねえ。それを見越したか。俺にとっても、お前にとっても、この戦いはチャンスってわけだ」


 スカラはウィルゼムを止めたい。ウィルゼムにとってスカラは邪魔だ。

 両者の目的は一致していた。戦って相手を排除する。

 そのためのバトルフィールドとしてこの場所は相応しくない。


「移動しましょう」


 スカラは転移した。自身が思いつく限りの、もっとも理想的な戦場へと。

 ウィルゼムも転移して追ってくる。

 その赤い空には、割れた大地には、汚染された空気には見覚えがあった。

 自然と液体が頬を伝う。

 正面で向き合うウィルゼムが訝しんだ。


「涙だって? そうか、ここはお前のふるさとか! 滅んだ惑星で戦えば、巻き添えの心配もないからな!」


 合点がいったウィルゼムは笑みを浮かべる。


「いいぜ、ここをお前の墓場にしてやるよ」

「最後に警告します。武器を返す気はありませんか?」


 スカラは最後の警句を投げた。意外なことに、ウィルゼムはしっかりと応対した。


「今更だな。律儀なことだ。俺はお前たちの武器の虜になった。デイスとかいう男の武器はどうにも美しくなくてな。俺という脅威を理解しているお前を殺して、戦力を拡充し、工房を奪いに行く。そして最高の武器を手に入れるのさ。わかるだろ? 俺は武器のなんたるかを誰よりも理解している。お前と同じようにな」

「今ある全ての力を使って、阻止します」

「望むところだ、始めようか!」

 

 同時に拳銃を引き抜く。最後の戦いが始まった。




 スカラはウィルゼムを決して侮っていない。

 自らが設定できる万全の状態を構築し、戦いを挑んだ。

 こちらの装備はヴァルキュリアシステム。

 一つの世界を単騎で救うことすら可能な、万能型神造兵器。

 フォトンリアクターによる半永久的なエネルギー供給。

 リジェネレイトによる驚異的な回復能力。

 フォトンエネルギーを使用した圧倒的大火力。

 人体融合型アーマーによる絶対的防御及び機動力。

 付属する多種多様の武器。

 他世界転移システム。

 必要なのは覚悟だけ。そしてスカラはその覚悟を持ち合わせていた。


「くッ!」「いてえな!」


 拳銃弾が互いに命中する。だが、あるのは痛みだけ。

 スカラは傷ができてもすぐに塞がり、ウィルゼムはアーマーが貫通を防いでいた。


(貫通力を強化してる)


 ヴァルキュリアアーマーが貫かれている。殺しきるほどの威力はなく、肉体はおろかアーマーも瞬時に回復するスカラにとってさしたる脅威ではない。

 だが、被弾すれば動きが鈍る。そこに本命を打ち込めばあっさりと勝敗は決する。


(それに、あの装甲は……硬すぎる)


 オペレーティングシステムが敵の装備を分析している。拳銃弾での破壊は困難という結論が出る前に、スカラはライフルを手にしていた。

 アサルトモードで射撃。

 ウィルゼムはバックパックを吹かして回避する。

 二つの羽が生えた、漆黒色の高機動追加スラスター。シンプルではあるが、彼の技量を最大限に生かせる設計がされている。

 深紅のアーマーも、彼が以前着けていたものに防御力強化と軽量化を施しただけのようだ。

 そのコンセプトには見覚えがあった。


「あのデイスって男、お前を殺すための武器を用意してたぜ。まぁ、一目でパクリだとわかったがな!」


 かつてスカラがウィルゼムに売ろうとした装備と同じだ。

 その両手に構えられるアサルトライフルと同様に。


『データ推察……装備の明確な脆弱性なし』


 連射される弾丸を避ける。その弾丸も単純なものだ。

 威力や飛距離こそ強化されているが、特殊な力はない。

 つまり、彼の手下たちのような、強すぎる装備ゆえに発生する隙がないのだ。


「そんな程度じゃないだろう、武器商人!」


 銃弾の応酬。射撃感覚をズラそうとすると、相手も同じタイミングで変化させる。

 赤い空の中で、読み合いが発生する。遮蔽物が一切なく、本来なら弾丸の着弾地点を左右する風や重力も二人の装備に影響を与えなかった。

 スペック通りの軌道で弾丸は飛んでいく。

 三点バースト射撃ではウィルゼムのアーマーを掠るだけ。ウィルゼムはギリギリのラインでこちらの攻撃を避けるため、隙がない。

 スカラは思い切ってフルオート射撃をし、マガジンを空にする。


「転移コマンド!」


 転移したスカラはウィルゼムの背後を取った――瞬間、ウィルゼムの姿も消失する。

 咄嗟にライフルの銃身を掴み、正面に向かって殴りかかる。

 それをウィルゼムが同じようにライフルで防御した。


「ほう、どうしてわかった?」

「あなたは実力者ですからッ!」


 一番危険な立ち位置こそ、彼にとって有利なポジションだ。

 ライフルで力比べをするが、拮抗している。

 先に動いたのはウィルゼムだった。


「そらよッ!」


 蹴りが放たれて、スカラは躊躇いなくライフルを捨てた。

 フォトンブレードを抜刀し、黄色い光の刃を縦に薙ぐ。

 切断したのはウィルゼムのライフル。

 受け止めるのは彼のナイフだった。


「このくらいでなきゃ張り合いがない!」

(このまま戦っても勝てない!)


 最初の撃ち合いの時点で、戦法は一つと決まっていた。

 スカラは何度か斬り合い、ハンドガンへ右手を伸ばした。

 その隙を狙ってウィルゼムが左手を掴む。ブレードによる斬撃を封じられた。

 彼が懐へ潜り込んでくる。

 ナイフが左胸に深く突き刺さる。

 歯を食いしばりながらウィルゼムの頭部に拳銃を向け、発砲。

 ヘルメットにひびが入る。左胸のナイフをウィルゼムが動かし始めた。

 文字通り身体が裂かれる。痛い。でも指は動いた。

 次弾はウィルゼムが首を右に傾け掠っただけだ。

 ナイフはアーマーと肉を、右に裂いていく。


「がはッ! まだ……!」

「死なねえのかぐッ!」


 ヘルメットに再度着弾。その衝撃でウィルゼムの右手が緩み、ブレードが彼の首に直撃する。

 が、首を刎ねる前にウィルゼムが力を取り戻し、再び拮抗状態に。

 ナイフが動く。スカラは照準を頭部に合わせる。

 ナイフの刃先が喉へと迫った。血を吐きながら、フォトンバレットを命中させる。

 ヘルメットが欠けた。ウィルゼムの左目が露出し、彼の戦う喜びに満ちた表情が僅かに見える。

 

 ――相討ちにできる。

 名前も知らない誰かを。

 死ななくてもいい人を。

 救える。

 誰にも感謝されない救世主に。

 いや、それでもいい。感謝されたくてやってるわけじゃない。

 ただの我が儘だった。

 誰よりも自分勝手だった。

 傲慢の極みでしかない。

 誰も殺したくないし、殺されたくない。殺させたりもしない。

 みんな生きていて欲しい。幸せに。

 そう想いながら殺して、死なせた。

 自己矛盾の塊。

 でも、それも、もう最後。これで、終わり――。


 そう思った瞬間、たったひとりの顔が脳裏をよぎった。

 モニカの顔が。


「遅いぜッ!!」


 逡巡の隙を、ウィルゼムは逃さない。

 引き抜いたナイフを、スカラの右目に突き立てた。



 ※



「不思議なんだよね」

「何が?」

「どうしてみんな、私を救世主って呼ぶのかって」


 友達と朝食を食べながら口にした、何気ない疑問。

 エレナはなんだそんなことか、と当たり前のように。


「だってあなたさ、自分のこと、二の次にしてるじゃん。そういう人のことを、聖人だとか……救世主だとかって言うんじゃない?」

「でもさ、私は……嫌な奴だよ。最低最悪の人間だと思う……」

「だからなんじゃない?」

「え……?」

「あなたはさ、戦うしかないって知りながら、戦いは悪いことだと知っている。必要だったとしても、殺人は悪だって思ってる。自分を悪人だと考えてる。けど、そんな風に自分を罰せる人なんて、そうそういないよ。みんなこれは正義だ、仕事だ、命令だ、なんて。何かに責任を押し付けて、自分は悪くないって言い聞かせてる。だからみんなからは眩しく見えるんだよ。とても綺麗に見えるんだ」

「そうかな……」

「けれど、私としては、もう少し自分のことを顧みて欲しいかな。なんていうか……消極的な自暴自棄にも見える。この命の使い道はもう決まってるから、自分を大事にしなくてもいい、みたいな?」

「それは……」


 結末はわかっていた。

 この戦いが終わって平和になったら、自分はただの武器として生きていく。

 誰のためでも、せいでもない。自分自身の選択だった。

 そのことは誰にも伝えていない。

 知っているのは武器商人と自分だけだ。


「もっと自分を大切にして、スカラ。世界の理不尽に怒って。……じゃないと、そのうち、私が世界に対して怒っちゃうよ?」


 エレナは笑う。

 スカラにもその笑顔が移った。


 

 ※

 

 

 目を覚ますと、ヘルメットを外したウィルゼムに見下ろされていた。

 スカラは地表に叩きつけられ、その衝撃でヴァルキュリアシステムが機能不全に陥っている。

 視界は半分。右目が貫かれたせいだ。

 左足の感覚はなく、オペレーティングシステムも90%が修復中と伝えてきた。アーマーは各部が破損し、ところどころ白い肌が露出している。

 戦闘行動不能。

 スカラはウィルゼムに敗北した。


「いい戦いだったな」


 ウィルゼムは試合終了後のスポーツマンのように口走った。

 左目から見える彼の表情に嘘偽りはない。本心だ。


「早く、殺してください……」

「そう焦るなよ。全回復には早いだろ?」


 ウィルゼムはスカラの隣に座ると、息を吐く。


「俺の生命維持装置もまだ持つ。時間はもう少しあるぜ」

「拷問でもしますか?」

「俺は戦うのは好きだが、弱い者いじめは好きじゃなくてな。むしろ、弱い奴が強い奴に勝つ瞬間がスカッとする。生存競争においてもっとも美しい瞬間だ。だが、それと同じくらい素晴らしい戦いも存在する」

「何が言いたいんですか」

「何って、感想だよ。楽しかったってことさ。これほど充実した殺し合いは初めてだった。盛大な拍手を送るぜ」


 パチパチパチパチ。拍手が響き渡る。

 困惑するスカラに、ウィルゼムはナイフをみせた。スカラの右目を貫いた物だ。


「最後、余計なこと考えたろ? だから負けた」

「今度は反省会ですか……」

「まぁそう邪険にするな。本気でリスペクトしてんだぜ? そして、律儀でもあった。俺は、そういう相手には誠意をもって接する。だからチャンスをやろう」

「チャンス……」

「俺を見逃せ。自由にさせろ。お前は、適当な場所を見繕って、そこで幸せに暮らせ。あのお嬢ちゃんといっしょにな。そうすればお前たちに手出しはしない」

「取引ですか……」

「取引、というより警告だぜ、これは。しかもかなりの好条件だ。お前との戦いはとんでもなく楽しかったが、二度とやりたくないって気持ちもある。次はたぶんどっちも死ぬだろ。もっといろいろやりたいことがあってね、人生終了にはまだ早いんでな」

「本気で、言ってますか?」

「嘘かどうか、お前なら見抜けるだろ。愚問だぜ」


 ウィルゼムは本気で提案している。スカラに得しかない条件を。


「どれだけの世界をお前の武器で救ってきたかは知らない。けどな、もう十分だろ。他人様の世界に世話を焼くのはおしまいだ。これからは自分のために生きるんだな」

「自分の、ため……」


 想像する。モニカと暮らす日々を。

 絶対に幸せだろう。

 スカラのことを本気で案じてくれた人がいる。

 みんな口を揃えて言うだろう。それでいいと。

 エレナ、ミシェット。デイコックにフレデリカ。

 モニカ。

 そして、先代武器商人――。


「……」


 スカラは身体を起こした。視線の先に過去を見る。

 顎に銃口を突きつけて、自らの脳症を吹き飛ばした男の幻を。


「承諾するか?」

「……はい」


 了承の意を伝えるとウィルゼムは喜んだ。


「良かったぜ。……救世主に成り損なったが、気にするな。誰も責めはしない」


 その通り。

 誰も責めはしない。

 たったひとりを除いては。


「じゃあ俺は去るぜ。後は好きに――何ッ!?」


 ウィルゼムが驚愕する。

 スカラに組み付かれたせいだ。


「お前――まさかそこまで!?」

「自爆シークエンス……起動……! パスコード入力……平和を作るのは武器ではなく――人間である!」

「チクショウが、お前は本物の救世主だよ!」


 ウィルゼムがナイフをスカラの腹に何度も突き立てる。

 痛い。

 肉体じゃない。

 心がとても痛かった。

 今、スカラの脳内を占めていたのは一つのことだけ。

 ――死にたくない。

 生きたい。

 モニカと幸せに暮らし、


『コード認証完了。自爆を開始します』

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