迫りくる脅威
狭間の家。その家主は武器商人だとモニカは考えていたが、実際は違った。
先代が住んでいた場所を、武器商人が引き継いだのだ。
武器商人の私物と考えていたあれやこれも、先代の物である可能性が高い。
その最たるものをモニカは見つけた。
一冊の手書きの本。すっかり古びており、何度も読み込まれている。
パラパラとページをめくる。
本には、ざっくりとした指針のようなものが書いてある。
だが詳細には書かれていない。書く必要がなかったのだろう。
先代は武器商人に、いや、誰にも自身の方論を教えるつもりはなかった。
しかし、そのメモ書きを参考に、武器商人は成功させてしまったのだ。
「拮抗状態を維持せよ。話はそれからだ……?」
一番読まれていると思しきページが勝手に開いた。何の話なのか。
それをモニカは考察できる。
「平和――」
武器を商品として扱いながら、平和を求めている。
その行為はとても矛盾しているように見える。
だけど、それが武器商人。モニカが一番信頼する、親愛なるひと。
「平和は敵の殲滅で確立するほど単純ではない……武器によってもたらされる抑止力は不安定……」
これは経験談なのかもしれない。
本の中身にとても興味をそそられる。
いや、それ以上に惹かれるのはこの本を読んだ武器商人が何を思い、何を感じたのか。
そんなことを考えると、箱が目に入った。
「これは……」
箱の中身を開く。装飾が施された青いクリスタルが入っていた。
その正体はすぐに思い当たる。
ディースシステムと類似した兵器。
救世主の、武器。
ヴァルキュリアシステム。
「……どう、しよう」
悩んだ。これをどうするべきか。
これがなければ、武器商人は戦うことをやめるかもしれない。
デイスが似たような妨害をしにきても、潔く諦めるかもしれない。
けれど、あの時、武器商人はこうも言っていた。武器があるから戦うというわけではない、と。
だから、これがなくなったからと言って、武器商人の方針は変わらない。
むしろより危険になる可能性を孕んでいる。
もし自分が武器を捨てたことで、武器商人に危険が及んだら本末転倒だ。
そもそも、武器商人という仕事は危険がつきもので、いざという時の保険は必要である。
その葛藤に意味はなかった。答えなど最初から出ている。
「……武器商人様……」
箱のふたを閉じて、元あった場所に戻す。本もしまった。
そろそろ、武器商人が次の仕事を選び終える頃だ。
武器商人は過去を話してくれた。
それを聞いた自分はいったいどうすればいいのだろう。
その答えは、まだ出ない。
――モニカ。君に残念な知らせだ。
君は精神感応能力を持っている。
他者の思念を知覚し、精神の波長を同期させ、作用するものだ。
だが、数多の深淵生物をコントロールするほどの力はないことがわかった。
私は君を、世界の治療人……救世主として購入した。
しかし、私は君の期待に、君は私の期待に応えることができなかった。
君の安全は保障する。然るべき時が来るまで、ここに住むといい。
私が同時存在できる限度は36体。世界崩壊まで残り三年だ。
それまでに治療法を導き出そう。
「そうか、聞いたのか。奴の話を」
工房で武器商人が武器を選択している間、再びデイコックと会話をする。
彼の反応はなんとも言えない、微妙な表情をしていた。
怒っているようで悲しんでるし、嬉しそうで憎んでいる。
「奴はルールを守り、また彼女を守る選択を取った。自死すればルール破りの責務を果たせ、また少女に武器を売って死んだ自分勝手な奴という印象を与えられると考えてな。問題は、あの子がそんな風に思うような人間じゃなかったってことだ」
そのような人間なら、救世主になどならなかった。
「バカな奴だよ。うまく立ち回ろうとするなら、スカラを武器として回収したことにして、信頼できる買い手に売ってしまえばいい。だが、奴は僅かでも彼女が兵器として利用される可能性を恐れた。それで一か八かの賭けに出て……失敗だったのか、成功したのか。今でもわからん」
生きてはいるが、それは望まれた形ではなく。
しかし、武器商人本人がそう望んだことだ。
変えられない。
彼女本人が、変わりたいと思わない限り。
「だけど、これはチャンスかもしれない」
「チャンス……」
変わるチャンス。変わりたいと思わせるチャンス。
「――準備ができました」
武器商人が武器を携えてやってくる。
次の仕事の時間だった。
※※※
鋼鉄の箱が下降していく。
しかしそれは自然な落下ではなく、人工的に制御されている。
「この世界はなんていうか、科学的、ですね……」
「座標X軸5はいわゆる近未来、ですから」
近未来というのは武器商人の主眼である。未来、現代、過去。
その感覚は結局のところ、その人次第なのだ。
「この世界は私の世界よりも発達しています」
エレベーターの外に広がる景色は、そのどれもが科学的……機械によってコーティングされている。
自然なものはなく全てが人工物。
酸素も機械化された装置で循環されている。
徹底的に自然を排除した社会。
否……そうせざるを得ない事情がある。
「度重なる戦争で、自然はとても貴重な物になりました。宝物庫に保管され、滅多にお目にかかれるものではなくなっています」
だから一面の機械。唯一道を歩く人々のみが自然な存在。
そしてその人間も機械によるコーティングを免れていない。
「一般人はプロテクトスーツによる保護。作業員はパワードスーツ。そして――」
「あれがコンバットスーツですね」
モニカの視線の先には緑色のスーツを着た兵士が立っている。
その歩哨が守っている先にある基地。
そこが今回の取引場所だ。
※※※
鋼鉄に包まれた街を通って、基地のゲートを潜る。
アーマーを装備していない自分たちのことを不審がる人もいるが、咎めはされない。
馴染んでいる。
この世界は武器を必要としている。
武器をこの世界の人間はどうするのか。
それはこれから明らかになる。
「では、こちらに」
案内されたのは応接室ではなく、ガレージだった。
工房を彷彿とさせる雰囲気だが、管理されている武器は異なっている。
そのほとんどがコンバットスーツだ。事前の調査では、典型的な強化型だ。
アーマーで全身が保護され、あらゆる筋力が強化されている。
しかしその性能はディースシステムやヴァルキュリアシステムには劣る……とモニカは考えている。
両システムは全環境対応型だが、コンバットスーツは拡張パックを装備しなければ空を飛ぶことも、海に潜ることも、宇宙に出ることもできない。
自動修復機能はなく、使用されているエネルギーもフォトンではなくグリジスエネルギーのため、光学兵器は基本的に使用不能のようだ。
「お待たせしました」
ガレージ内に声が反響する。商談相手がやってきたのだ。
黒みを帯びた赤色のコンバットスーツに身を包んでいる。
ヘルメットは外されており、その端正な顔立ちが露出している。
黒髪で清潔感があり、人目を引く男。
年齢は三十代くらいだろう。
軍人特有の荒々しさや粗暴さ、敵愾心はなく、柔らかい印象を覚える男だった。
(うまくいきそう)
そんな風に思える男。この男になら、武器を売っても問題ないだろう。
「あなたが連絡をくれた武器商人様ですか。お初にお目にかかります、ウィルゼム・オクトバーと申します。このような場所で申し訳ない。あまり注目されたくなかったものでね」
ウィルゼムと名乗った男は恭しくお辞儀をした。モニカも慌てて礼を返す。
武器商人はそのままだった。
「それで? どのような武器を――」
「……少し、お待ちを」
武器商人は端末を確認する。ウィルゼムはモニカに話しかけてくる。
「どうかしたのでしょうか?」
「た、ただの確認ですよ」
このような反応は初めてだ。戸惑うモニカをよそに武器商人は端末に記された情報をチェックしていく。
あらかた見終わった後、武器商人は端末を仕舞った。
「失礼しました。商談を始めましょうか」
「ええ」
ケースから出てきたのはコンバットスーツ対応型のアサルトパックだ。
アサルトライフルに高機動スラスターバックパック、超電磁ブレード。それらが一纏めになっている。
「このアサルトライフルは反応性を重視したもので、不意の接敵時にもスピーディに対応できます」
「シンプルですが、いい銃ですね」
見分したウィルゼムが満足気に頷く。
武器は高性能であればよい、というわけではない。
使いやすさも重要な要素だ。高性能だが使いづらい武器よりも、低性能で扱いやすい武器の方が優れた結果を残すケースがままある。
そして、このライフルはそのいいところ取りをしていた。
高性能で使いやすい。
「スラスターも俊敏性が高い。ブレードの切れ味も申し分ないですね」
ウィルゼムがスラスターを吹かし、前後左右に移動する。上昇しながら空中に浮かぶ人形を斬撃。急降下して背後へ振り向き、人形の頭を狙撃した。
「見事だ。匠の仕事ですね」
「いい武器ですよね!」
最小の性能で最高の結果をもたらす。
それがいい武器の条件だ。装備の一つ一つに明確な特徴はないが、優れた戦士の手に渡れば、途轍もない成果を生み出す。
そしてウィルゼムは優れた戦士だ。もうすぐ仕事も終わるだろう。
……早く仕事が終われば、また前回みたいな寄り道もあるかもしれない。
などと期待を寄せていると。
「一度、返却をお願いします」
武器商人はウィルゼムに装備を外すよう促し、彼は従う。
モニカは違和感を覚えた。
このまま売却するなら返してもらわなくていい。
売る気がないのだろうか。志立という侍の時のように。
しかしウィルゼムは武器が本質的にどういうものなのか、理解しているように思えてならない。
「気に入ったのでこの武器を買いたいのですが」
「その前にいくつか質問があります」
「質問――ええ、当然でしょう。武器の売買というものは、えらく神経を使いますから。相応しくない者の手に渡れば、よからぬ結果をもたらしかねない」
了承を得た後、武器商人は質疑応答を開始した。
「まずあなたは武器をどういうものだと考えていますか?」
「人を守る力、というのが大抵の人間の考え方でしょうか。本質的には殺しの道具ですが、ほとんどの場合、自分が殺人者と呼ばれることを忌避するケースが多いですね。どれだけベールを覆ったところで、その本質に変わりはないのですが」
「……では、敵のことはどうでしょう」
「あくまでも相対的なものです。歴史を紐解けばかつての味方が敵であったり、今の仲間が昔の宿敵であったりすることなど、よくあることですからね。人々が持つ敵対感情や仲間意識は自らが獲得したものではなく、国などの帰属する集団からもたらされた刷り込みに過ぎません。まぁ、そうする理由は集団に馴染みやすい……つまり、生存しやすいからというわけですが」
「なるほど……」
武器商人が相槌を打つ。完璧な答えのようにモニカは思える。
「では最後の質問です。あなたにとって戦争とは?」
「人間が原初より持ちうる呪いのようなものでしょうか。戦争は負の面があまりにも大きいですが、正の面も確かに存在する。世界の発展は戦争なくしてあり得なかった。悲しいことですが、事実ですね。ですが皆、その呪いを克服できると信じている。そのために人々は――」
「あなたの言葉で答えてください。他の誰かではなく」
「え……?」
当惑するモニカ。回答の最中に投げられた言葉にウィルゼムは口を閉ざした。
武器商人は問いただすように鋭い視線を向け、
「うわッ!」
モニカを突き飛ばした。
瞬間、スローモーションのように何が起こったのかを把握する。
武器商人はコートの内側に手を伸ばした。懐から漆黒のリボルバーを取り出す。
モニカは視線をゆっくりとウィルゼムに移す。
彼は拳銃を抜き、狙いを定めていた。
だぁん。
そんな風に聞こえた。
その音と同時にモニカはしりもちをつく。
「く……ッ」
武器商人は腹部を左手で抑えていた。指の隙間から赤い液体があふれ出している。
怯みながらも狙いをつけようとする。
「フッ」
が、勝ち誇った笑いと共に放たれた銃弾により頭部を貫かれ、仰向けに倒れた。
「え……?」
事実を受け入れるのに時間が掛かる。
一瞬の出来事で、何が起きたのか理解できない。
それでも、わかった。気づいた。
「武器商人様……? 武器商人様!!」
慌てて駆け寄り何度も名前を呼ぶ。
しかし武器商人は反応しない。
反応することが、できない。
※※※
武器商人様、という呼称が繰り返されている。
リピート機能を使用しているみたいだな、とウィルゼムは思う。
拳銃の狙いをモニカに定めた。
「さてとお嬢ちゃん、君にはいくつか質問がある」
情報源として有能なのはモニカという少女よりも、自身が撃ち殺した武器商人の方だろう。
しかしあの女はコントロールできない。
初対面からそう感じていたが、先ほどの問いで確信した。
ならば、情報の質が落ちるとしても確実に入手できる方を選ぶべきだ。
「よくも武器商人様を!」
憎悪の眼差しで睨み付けてくるが、その視線に攻撃力はない。
人を殺して、その身内に恨まれるなんてことは至極当然のこと。
自然の法則に対していちいち感慨を覚えるほどロマンチストではない。
「その武器商人とやらだが、この世界の人間じゃないな」
風体に違和感はあったが、それはせいぜい変わっていると思う程度のこと。
商売人が自らの印象を植え付けるために、風変わりな服装を取ることは珍しいことではない。
そして扱っている武器も質は良いが、現代技術で作成可能なものだ。
だが、話しているうちに気付いた。
あれはいくつもの戦争を見てきた目だ。
そんな瞳を作るには、この世界の戦争経験値だけでは絶対的に足りない。
「他世界理論は机上の空論とされてきたが、実物を見たのなら話は違う」
世界は一つではない――それはとても素晴らしいことだ。
一つの世界にこだわる理由がなくなる。
古来より行われてきた未知なる土地の開拓。
その選択肢が無限大に増える。
それに、それ以上に素晴らしいのは。
「武器の数も無限だ。量だけではなく質もな。入手ルートと移動手段。特にその二つについて詳しく聞きたいのさ」
「……なぜ!」
「思考は常に回すものだ、お嬢ちゃん。今は俺の質問タイムだぜ」
頭部に被せられた帽子。その膨らみに照準を定める。
あれは変わったファッションではなく、偽装措置だと見抜いている。
ファンタジーか何かの、動物的な耳の可能性が高い。
会話を行う上で、必要なのは片耳だけだ。
「ふざけないで! 誰があんたに話すもんか!」
「なら聞き分けを――何」
飛来した弾丸をギリギリのところで回避する。
次弾も躱し、三発目はナイフで切り落とした。
射撃方向は真正面。
「デタラメだな。やはり読みは当たっていたか」
だとすれば不利。
即座に判断したウィルゼムは、スラスターを吹かし撤退した。
※※※
しばらく周囲を警戒した後、銃をデコックした。
久しぶりの感覚に深く息を吐き出しつつ、彼女の様子を確認する。
「大丈夫ですか、モニ――」
「大丈夫ですか!?」
同じ問いだが、情念の質が違った。
モニカは武器商人に抱き着き、涙ぐんだ状態で確認してくる。
「問題ありません」
これが普通の反応か。
武器商人は改めて自らの異常性を感じ取った。
「でも、お腹を……! 頭を、撃たれて……!」
「大丈夫ですから」
ハンカチを取り出して、顔についた血を拭う。
「傷が、ない……」
「修復しましたので、問題ありません」
頭部と腹部の銃創は完全に治っている。
ヴァルキュリアシステムのリジェネレーションは不具合なく機能した。
幸いウィルゼムの銃弾はただの実弾だ。
フォトンクラスのエネルギーでなければ、肉体の欠損は瞬時に回復する。
「ぶ、武器を……ヴァルキュリアシステムを使ったんですか……?」
「これは私の身体に施された……祝福のようなものです。オートで発動するので、使ったというニュアンスとはまた別ですね」
それよりも今は退避しましょう。
武器商人の提案をモニカはすんなりと受け入れてくれた。
「襲われた……!? 大丈夫だったのか?」
工房へと帰還しデイコックに経緯を説明すると、彼は驚愕する。
今回はレアケースだ。交渉に難儀することはあったものの、襲撃される段階にまで至ったことは滅多にない。
「彼女は問題ありません」
武器商人は隣のモニカを一瞥する。外傷なし。あるとすれば精神的な傷だけだ。
「私じゃなくて武器商人様です! 撃たれたんですよ!」
「あの程度の損傷は、私にとって道端で転ぶより軽いんですよ」
「でも!」
「落ち着けよ、お嬢ちゃん。スカラ嬢の言う通りだ。気にかかるのはマキナの様子だな。バグでも起きたか?」
「全世界統合データベース、デウスエクスマキナに不具合は見られません。どちらかというと彼の方でしょう」
「その、ウィルゼムという男か」
「彼は機械仕掛けの神すら欺きました。私の世界にいた、あの男のように。私自身、あの経験がなければ見抜けなかったでしょう」
「あの男……?」
「とにかくだ」
武器商人が説明しようとしたところ、デイコックが遮った。
「世界座標をくれ。立ち入り禁止にする。お前が無理だった以上、誰が入ってもロクな結果になりゃしない」
「そんなこともあるんですか?」
「あるなしじゃないぜ、これは。冗談抜きでヤバい手合いだ。ここの武器が如何に不条理かは説明したろ? 悪意のある人間がここにきて好き放題したら、一つの世界が終わるなんてレベルじゃ済まない。全ての世界が滅びるんだ」
「全ての世界が……」
「もっとも、それは想定されうる最悪のケースだが、そうなる可能性は潰しておきたい。全世界と言わずとも、いくつかは間違いなく滅びるからな」
「だったら……始末、してしまえばいいんじゃないですか?」
モニカの言葉に、武器商人は思いのほか衝撃を受けた。
押し黙っていると、デイコックが親身に説得する。
「気持ちはわからなくないさ。だけど、あれはあくまで俺たち……他所の世界の人間にあてられたがゆえの行動だ。俺たちの介入がなければ、そんなことはしなかったかもしれない。実際、マキナの情報を得て分析したスカラ嬢は、奴を候補に選んだ。それがどういう意味かは、お嬢ちゃんもわかってるんだろ?」
「……すみません」
モニカは謝罪し、俯く。
その様子を見て、自身の胸元に手を置く。
痛い。痛くて、どうしようもない。
「武器商人様? やはり傷が疼いて……!?」
「いえ、これは違います。……デイコック様、後はよろしくお願いします」
「ああ、任せとけ」
武器商人たちは狭間の家へと帰宅する。
「へぇ、いい話を聞いたな」
金色のスーツを着た男には気付かずに。
※※※
「ったく、上物を逃がしちまったぜ」
「うまくいかなかったんですか?」
拠点へと戻ったウィルゼムの愚痴に、手下が反応した。
「俺の想像よりやり手だった。ありゃあ、もうここには来ないな。それどころか、まともな神経をしてたらお仲間たちも来ねえだろ。惜しかったな」
「珍しいこともあるんですな」
ざっくばらんとした部屋には無造作に銃器や端末、整備用の工具が置かれている。
部下たちはめいめい自分のしたいことをしている。およそ軍人とは思えないフリーダムな環境だが、それも当然だった。
ウィルゼムは傭兵だ。報酬次第でどんな依頼も引き受ける。
そしてよく勘違いされるが、その報酬とは金銭ではない。
金も受け取るがそれ以上に大事なものは一つだけ。
「でも、それなりに楽しかったから、良しとするか」
何も成果は上げられなかったものの、こちらも無傷だ。それも初見の相手……殺しても死なないゾンビのような相手から生き延びたことは誇っていい武勇伝だろう。
それに、奴らの介入を防いだという事実は巡り巡って得になる可能性もある。
(手に入れられなかったのは残念だが、それはどっかの陣営に渡らないってことでもあるしな)
椅子に寄りかかる。酒を煽りながら手に入るはずだったものへ思案する。
しばらく考え込んでいると、不意に手下に呼びかけられた。
「見てくださいよ、隊長!」
「なんだよ、いい感じに哀愁を漂わせてんだぜ?」
「きっと気になりますよ! 武器売買の情報です!」
情報端末を手に取って確認する。一気に酔いが醒めた。
「バクォジにそんな余裕はねえよなぁ」
上機嫌で立ち上がり、格納庫へと移動。
長距離移動用のスラスターを装備し出撃した。
※※※
デイスは常に成功と共に生きている。
武器の商売では時折、難航することがある。
ほとんどの場合、平和主義的思想が原因だ。
下手に武器を持てば争いの種になる。
抑止力としての効果が疑問視される。
威力が高すぎて敵国のみならず自国にも災いをもたらす。
そんな風に言い返してくる為政者がいる。
それに対して、究極の、魔法の言葉があった。
「なるほど。では、今回は引き下がりましょう。代わりに……」
――あなた方の敵へ売りますよ。
その一言で、どんなに高潔な為政者も、知略に長けた軍師も、将来を危惧する学者も、全てを思い通りにできる。
これほどの快感はなかった。どいつもこいつもデイスの前では骨抜きになる。
デイスが敵国に武器を売らないよう、報酬だけではなく財宝や権利、国民、挙句の果てに自身の娘すら差し出した為政者もいた。
激情し襲い掛かってきた者もいたが、デイスには自前の魔術と、工房より入手した自衛用の武器がある。武器の使用は最終手段であり、その段階に行く前に魔術で返り討ちにすることができていた。
よって、デイスのライセンスは数多の成功によって輝きを増している。
そして今回もまた、その例に漏れなかった。
「し、しかしこの武器は……強力すぎる」
「ですが代表! 敵がこれを手に入れてしまえば我らに勝ち目はなくなります。適切に管理し、運用すればいいのです。我々ならそれができます!」
バクォジの代表は苦悩していたが、承諾するのは時間の問題。
その、はずだった。
「なんだ?」
轟音と共に壁が崩れ去る。
目に入ったのはどす黒い赤色の装甲服と、その手に握られる大型のライフル。
襲撃者は瞬く間にバクォジ代表の護衛を瞬殺。驚愕する代表の身体は微塵もなく吹き飛んだ。
代表はプロテクトスーツ、護衛はコンバットスーツを着用していた。
つまり対大型兵器用の大火力武装を使用している。オーバーキルだとしても、確実に殺す。殺意の塊。何らかの敵を予期した装備。
そうだとしても。
「人間如きに俺様は倒せん!」
デイスは左手を翳し、前面に障壁を構築。右手で閃光を放った。
文字通り光の速度の光線。無知なる箱庭の住人に避けられる道理はない。
はずだったが、
「下手くそが!」
紙一重で光線を躱される。
黒赤のコンバットスーツはライフルをデイスに向けて撃つ。障壁は問題なくその大火力を防御した。
が、敵の本命は銃撃ではなかった。
「何ッ!? ただの人がこのデイス様に敵うはずが」
そこでデイスの言葉は途切れた。
肉薄され、無防備な側面から放たれた蹴りが彼の首元に炸裂したからだ。
「拍子抜けだぜ。武器商人と言ってもピンキリかよ。てっきりみんな、あの女と同じくらいやると思っていたが」
ここまで貧弱な男も混じっているとは。
血みどろの死体を見下ろしながら、ウィルゼムは独り言ちる。
しばらく観察していたが、この男は蘇生しないらしい。複数世界が存在するのなら、その住人も、また法則も多種多様と推測できる。
実際、このデイスとかいう雑魚が使った力をウィルゼムは知らない。
未知の敵。その響きにとても心が躍る。
既知の敵はつまらない。殺し方などすぐ思いつく。
しかし未知の敵は違う。わからない。知らない。考えないといけない。
それを突破する快感をウィルゼムはずっと求め続けてきた。
未知の敵と対峙し、生を獲得する、あの素晴らしい感覚を。
「生きてるぜ、俺は」
そして手に入れる。
特異な武器商人の持つ、特別な武器を。




