さすらいの武器商人
武器とは何か。
戦うためのものか。守るためのものか。
殺すためのものか。生かすためのものか。
楽しいものか。悲しいものか。
必要なものか。不要なものか。
その全ては正しく、そして間違っている。
漆黒の中を動く影。月と星に照らされてなお朧気なその者は、システマティックな歩調で進んでいく。
ざり、ざり、という砂音。一面の砂漠だった。
その頭上に強烈な閃光が煌めいた。流星の如き通過点を照らしながら直進。放物線を描き着弾。
轟音と爆発。遠方ながら、こちらにも光が届いた。
露になるその者の姿。
暗闇に負けぬくらい黒色のトレンチコート。そして、同じくらいのダークさを持ったハット。
黒さに包まれる白き肌に白き髪。病的な純白さを持つ少女。
手にはこれまた黒のケースを持ち、しかし歩みは先ほどと変わる様子はなく。
前方に強さを持った光源が現れる。めらめらと強き意志を持つ炎。
その炎の周囲には、同じくらいの熱量を持った者たちが集っている。
「何者か!」
その者の一人が武器を向ける。筒状で両手で構え、引き金を引く機構を持つ……。
「アイノン工房製の新装魔銃ですか……」
少女が言葉を紡ぐ。透明感のある声で、聞く者を魅了してやまないはずだが、どこか淡々としていて一種の恐ろしさを感じる声音。
ただの声に、そして少女の青き瞳に、魔銃を突きつけた兵士は怯む。
星月と焚火の光を反射するその眼は、生気がすっかり抜けているようにも見える。
「何者だ」
別の男が声を掛ける。警戒はしているが、怖じていない。
このグループ……部隊の中で、一番のベテラン。
指揮官だ。
「武器商人でございます……」
ハットのつばに右手を添えて、会釈する。
「前線で戦う皆様に、商談をご提案したく」
「生憎だが、武器は足りている」
指揮官は部下が持つ魔銃を示した。
「スカイフォールは、魔弾を薬室に込め、点火装置に少量の火魔術を用いることで発射する火魔式のライフルです。威力は高いですが、単発式のため、装填と発射に時間がかかる。卓越した使い手ならば、隙を与えず連射するか、的確に攻撃を避け、装填することが可能でしょう」
恐らくこの指揮官はこの魔銃でも問題なく戦える。
だが、部下たちはどうか。魔術師としての個体差をなくすべく開発された魔銃。
魔力量が少ない者でも、編纂する魔術の質が劣る者でも、均一の戦闘能力を保持し、長期戦闘を可能にした優れ物だ。しかし、上記の欠点で余計な魔術行使が必要になれば、有能な魔術師の独壇場となる。
そうなれば、魔銃の優位性など無意味に等しい。
優秀な魔術師を多く抱える側の勝利となる。
そして、現状では彼らが魔術師として有能だとは言えなかった。
魔力枯渇症状の出ている者が見受けられる。
「魔力量の高低で市民を選別し、選ばれし上級国民が下級国民を迫害するオストリア帝国。全ての市民は平等である、と反旗を翻したあなた方ベスティーニ共和国は純粋な魔力量で負けている。その差を知恵で埋めたはずの魔銃のせいで、あなた方は敗北しますよ……」
「商人風情に何がわかる?」
怯えていた部下の一人が気力を取り戻した。だが、少女は取り合わない。
「あなたは気付いているのでは? イストガルドの悪魔様……」
「私が悪魔に見えるかね?」
「さてはて。私には人に見えます。そこの彼と。また向こうの彼と同じように」
呼吸が荒く、発汗が酷い魔力枯渇の者のようにも。主人を守るべく吠えている犬のような部下のようにも。
「そうとも。私は人だ。確かに悪魔などという大層な異名を頂いた。なるほど、戦闘ではその名にふさわしい戦いをしてやるとも。此度の戦闘も、私は勝利して見せよう。だが、貴君が言いたいのは……」
「戦争は一人では終わりませんので」
「この銃の欠点を埋める武器を貴君は持っていると」
少女はケースを開けた。そのケースよりも長い物が出てくる。
その異常な光景を、魔術師たちは驚かない。
彼らにとっては普通のことだ。大きい物を小さい箱にしまっておくことは。
長き筒状のものは、スカイフォールと同じような魔銃に見えて、しかし明確にパーツが異なっている。
「これはレバーか?」
「ご推察の通りで」
最も目立つ部分を指揮官は見つめる。そして、さらなる違和感に気付く。
「点火装置が見当たらないが」
撃鉄や引き金は存在しても、スカイフォールのような点火装置はこのライフルには存在しない。つまるところ、発射できないのではないか、と彼らは考えている。
「ご指摘の通りでございます」
少女は弾薬を取り出した。
スカイフォールの弾丸よりもコンパクトだ。
「これにて自己完結をしております」
「何?」
怪訝な表情を軍人たちが作る。
「一度、試してみましょう」
少女は慣れた手つきでライフルを持つ。
レバーを起こし、右側面にある装填口に弾丸を滑り込ませる。ガチャン、とレバーが下げられた。
引き金が引かれる。青白い光線が砂を抉った。
「確かに銃声はした。しかし、魔術を使っていないな」
「構造を見ては如何でしょう」
少女は弾の一つを手渡す。イストガルドの悪魔はその弾丸を注視する。
魔術による解析を終え、理解した様子だった。
「この素材には見覚えがあるぞ」
「イストガルド産ですから」
「少量の刺激で爆発する厄介な鉱石だ。採掘作業の事故の元でね。……それを内包し、刺激させることで火魔術の代用をしているのか」
「ですが、口径がスカイフォールよりも小さいです。火力が出ませんよ」
部下の指摘は事実である。そこで少女は畳みかけた。
「この銃には七発装填可能です」
「七発……」
部下たちが自分たちの持つ魔銃を見る。
「火力が高くても、当たらなければ意味がないのでは?」
少女は部下たちへ銃を持って近づいた。
「装填に時間が掛かれば、反撃できないのでは?」
部下たちが怖じて後ずさる。
「一撃では倒れない敵もいるのでは? 殺されますよ……」
イストガルドの悪魔がその肩に手を置いた。
「待て」
「……失礼をいたしました」
「君の言いたいことはわかった。この魔銃の利点もな。欠点は火力不足だが、それを補うメリットがある」
「しかし、隊長」
「全てにおいてこの銃を使う、というわけでもない。長距離用の狙撃はスカイフォールを使用し、近接戦闘ではこちらを使うという使用法もある。戦場において選択肢が多いのは良い。ひとまず我々がこの銃を使用し、その有用性をテストしよう。それで? 見返りは何かね」
「弾丸の素材に用いられる鉱石。その一部をお譲り頂きたいのです」
「……弾丸を製造するためかね」
「いえ。私はあくまで商人ですので。設計図はこちらに」
「なぜだ?」
設計図を手渡された指揮官は訝しむ。
普通の商売では考えられない取引内容ではあった。
事実上売買されたのは武器そのものではなく製造方法だ。
「理由は単純です。あなた方ならすぐに構造を解析し、量産可能ですから。とすると、自前で用意して売るよりも、設計図で多めの報酬をもらっておく方が得です。そして、この魔銃が出回れば件の鉱石の価値は跳ね上がります。その前にいくつか入手しておきたいのですよ」
「それを売って儲けると?」
「まさか。私は純粋にあの鉱石が欲しいのです」
嘘偽りのない言の葉を少女は紡ぐ。指揮官はそれが嘘ではないと見抜いている。
「用途は何かね?」
「それを私に聞きますか?」
「……なるほど。交渉成立だ。後で嫌だと言っても聞かないぞ」
「当然でございます」
少女は部隊人数と同数の魔銃を手渡す。ストームブレイカーと呼ばれた銃を全て提供し終えると、帽子に手を当てて会釈した。
「では、私はこれで……」
「待て」
「まだ、何か?」
イストガルドの悪魔は疑念をぶつけてきた。
「君は本当に武器商人かね?」
「もちろんでございます……」
少女は再び砂塵を踏み鳴らし始める。
その後姿を見送る悪魔が呟いた。
「奇妙な。武器商人は戦争を愉しむものだと思っていたが」
それはどこでもない場所。境界の狭間。
誰にも気づかれず。誰かに語り掛けることもできない。
「……」
静寂が支配する家の中に、音が侵入してきた。それを誰かが出迎えることはない。
帰宅した少女は木造の床をゆっくりと歩む。リビングへと進むと、申し訳程度にちくたくと時計が自己主張をしてきた。
戦利品は既に転送を終えている。仕事道具であるカバンを仕事部屋へと運ぶ。
薄暗い部屋の中に明かりが灯る。仕事部屋の中には商品がいくつか転がっている。
西洋の剣。東洋の刀。古風な銃。SFチックな銃。
魔術書に、洗脳用の機械。騎士の甲冑にパワードスーツ。
机の上にある一冊の本を少女は手に取る。
開くと、一番読み込まれているページが出てきた。
――拮抗状態を維持せよ。話はそれからだ。
少女は本を戻し、コートの内側にしまっていたリボルバーを本の隣に置いた。
黒の銃に銀の装飾が施されている。銃身には文字が見えた。
そして、隣に置いてある箱を見る。ゆっくりと開く。
青色のクリスタルが入っている。
中身が無事なことを確認すると、箱を閉じた。
少女は踵を返し、リビングへ。
部屋の真ん中にある安楽椅子へ吸い込まれていく。
帽子をずらして目を覆った。
「誰か! 聞こえますか!?」
喉が張り裂けそうな勢いで叫ぶ。
「応答してください! 誰でもいいから返事を!」
しかし聞こえるのは。
自身から発声される涙交じりの声のみ。
「誰か……誰か! こちらはスカラ・アドミラ! 誰か、返答を――」
「……」
ジリリリリリ、という音で少女は覚醒する。寝起きでも表情は一切変わらず、慣れた手つきで黒電話を取る。
「はい……」
聞こえてきた声音は初めてだが、されど、いつもと同じ内容だった。
ゆえに、こちらも普段通りに応対する。
「ええ、私は武器商人です。剣に槍、弓に銃。甲冑からパワードスーツ。魔術から科学まで、全ての武器を取り揃えております。いつでも、どこでも、商談にお伺い致しますよ……」
※
無駄に広い空間、という印象を覚える場所だった。
広さの大部分を持て余している……ように見える鋼鉄の箱の中に、少女は立っている。
いつも通りに。普段通りの恰好で。
「スカラ嬢は相変わらずで」
「……」
応対している中年の男は後頭部を掻く。名はデイコック。職人の一人だ。
「そんなに自分の名前が嫌いかね。武器商人って呼び方だと紛らわしいんだよ。ここにはあんたのご同類がたくさん来るから」
「目当ての品さえ受け取れれば。早急に、立ち去りますよ……」
「あんたが材料を持ってきて設計した奴ね。こっちとしちゃ楽でいいが、工房の名が泣いてるぜ。俺たちの仕事を取るんじゃねえよってな。ライセンス持ちの中では、ある意味あんたが一番武器商人してるよ」
少女は手を差し出す。早く寄越せ、と言わんばかりに。
「ほらよ」
「ありがとうございます、デイコック様……」
受け取った品をケースの中に仕舞う。デイコックは話を続ける。
「それで? 誰かに依頼されたのか? それともまた押し売りにでも行くか?」
「守秘義務、がありますので。それでは……」
「おい、まだ行くな。これを見てってくれ」
呼び止められた瞬間、空間が歪んだ。
無駄に広い空間が、有効活用される瞬間を目の当たりにする。
巨大な戦艦がスペースの一部を占領していた。
「宇宙用の戦艦だ。新作でね。今、ちょうど試験航行を終えたところだ。どうだ? 良かったらあれも」
「検討しておきましょう」
少女は間髪入れずにゼンマイ式の腕時計を操作する。
通常の腕時計にはない座標軸を設定し、するりと消失した。
「あっ……くそ。ビジネスチャンスを逃しちまったぜ。全く、相変わらずだな」
※※※
――密命。同志よ。我々は雷を入手した。平和というぬるま湯で茹で上がった愚劣な者たちへ神罰を与えん。目標地点までにこれを輸送。あのあばずれ姫を始末せよ。
オークンは定刻通りに会場へと到着した。ケースには神の雷が格納されている。
例のあばずれ姫はスケジュール通りに会場入りする予定だ。
愚かな民衆たちは煌びやかな服を着て、その演説を待ちわびている。
ホログラムによって派手に装飾された会場で。お祭りか何かだと勘違いしているだろう。
日和った人々。平和だの愛だの、そんなものは幻想にしか過ぎないことを自分たちは教えなければならない。
(バカな奴らにお仕置きしてやらねば)
オミスタ公国は和平条約などというまやかしに甘んじるのではなく、敵国ミラフォを殲滅せねば。
オークンは偉大なる使命を胸に会場入りを果たした。ケースの中身にはミラフォの紋章を刻印してある。
これで姫を始末できれば、ミラフォへの憎悪は膨れ上がり、あの輝かしき戦争の日々へと還れるはずだった。
しかし、そう簡単に公国の指導者を暗殺できるほど、オミスタ公国は日和見ではない。
会場のゲートには当然ながらセンサーがある。
あらゆる武器を検知し、即座に警備隊へ通達する厄介な代物が。
(しかし、反応するのはあくまでも武器)
武器、と。危険物と認識されなければ、そのゲートもただの煩わしいだけのガラクタと化す。
オークンはこの祭りを楽しむ平和ボケしたアホのふりをした。
ゲートを通過したが、セキュリティはにこやかな顔で告げてくる。
「どうぞ楽しんで」
「ええ、楽しみますよ」
間抜け面が恐怖に染まる様を。
オークンは邪悪な思想を内面に秘めながら歩を進めようとして、
「わっ!」
「くっ!?」
危うく子どもとぶつかりそうになる。
普段なら、少々危ないと思う程度だ。大したことはない。
しかし今は違う。なぜなら、このプレゼントの性質状、振動はご法度だからだ。
「てめえ、何しやがる」
オークンは頭に血が上った。思わず子供を怒鳴る。
「ご、ごめんなさ……」
「ふざけるなよ! お前は! いけないことだと親から教わらなかったのか!」
その姿は、祭りを楽しむ人々の中では異様に見えた。
周囲の注目を引いたことに気付いたオークンだが、時すでに遅し。
「少し良いかな」
声を掛けられて、慌てて笑顔を作る。
「い、いえすみません。ちょっと、気が立っていて……」
「このように晴れやかな場所でかね」
「それは……ッ!? カリスト将軍閣下……」
慄くオークン。自身を呼び止めた存在は、姫を守る騎士として、またかつての戦争で英雄と呼ばれた男だった。
豪華な黄色の軍服に身を包む男は部下を数人侍らせている。
「随分神経質なようだ。せっかくの平和式典だというのに、そのような状態では楽しめなかろう」
「す、すみません……でした」
なんとかして会話を切り上げ、この場から去りたい。その想いは。
「妙なケースを持ち歩いているな……原因はそれか?」
目ざといカリストの前にむざむざと打ち砕かれる。
「いえ、その……」
「見当違いであれば謝罪しよう。だが、中身を確認させてもらおうか」
「そのような手間は。セキュリティにも引っかかりませんでしたし」
「やろうと思えば、人は素手で他人を殺せるものだ。さて……」
「く、くそったれが! この売国奴ごッ」
カリストの拳がオークンの拳にめり込んだ。ケースが地面に落ちる前に確保し、チェッカーデバイスで簡易確認を行う。ケース自体に細工はないとして中を見た。
不可思議な宝石のようなものが入っている。ケースの内側にはミラフォの刻印が刻まれていた。
「なんでしょうか?」
「こんな見た目をしているが、爆弾や、毒物の可能性があるな」
一通り見分した後にケースを閉じ、部下に手渡した。
「こいつが子供に対して過剰に反応したのは、恐らく振動に弱いからだ。杞憂かもしれないが、丁重に扱え」
「わかりました」
部下の一人が慎重にケースを運んでいく。
「ミラフォの復戦主義者でしょうか」
「さてな。我が国の過激派によるマッチポンプの可能性もある。いずれにせよ困ったものだ。手段を選ばない過激派などというものは」
尋問のため、カリストたちは警備室へと男を連行した。
※
同志が捕まったことは嘆かわしいが、想定されていたことだ。
このような時のためのセカンドプランを、我々は用意していた。
「哀れだな、カリストめ」
カリストの部下……として、長年仕えていたボロンドは絶好の機会を前に興奮を隠せない。博愛主義者共による吐き気を催す理想論。子供じみた夢物語に、わざわざ耐えてきた甲斐があったというものだ。
後はこれをステージにセットすれば、演説中に爆死する姫という最高のショーが見られる。警備隊は危機を乗り越えたとして安堵しきっている。一番厄介なカリスト本人が尋問のため出張っている。これ以上のチャンスはない。
偽装用の予備ケースを取りにボロンドは向かう。誰かに見つかるという失態は犯さない。
人気のない場所を選定しておいた。笑みをこぼしながら倉庫へたどり着き、ダミーケースと交換しようとして、
「む……?」
ちくたく、という音が聞こえる。時計かと訝しむ。
そして、即座にこれが罠であることに気付いた。
「まさか――カリスッ」
最期の言葉は、誰の耳にも届かない。
※
翌日、悲劇的だが、しかし最悪の事態を免れたというニュースに両国の国民は安堵した。
カリスト将軍が発見した爆発物が、輸送中に爆破してしまったというものだ。
良くも悪くも軍関係者一名の犠牲で済んだこの事件は、後の調査でオミスタ公国内の過激派による自作自演と発覚。対テロ特殊チームによる速やかな対応で、程なくして壊滅させられた。
両国はテロリズムに対する断固とした決意を表明。国を跨いだ対テロ組織を発足させることに同意した。
「ふう……」
カリスト将軍は情報端末を閉じ、目頭に手を当てた。通信が入り、姿勢を正す。
秘匿通信。記録には残らず、傍受も不可能。
「ご期待に添えたようで何よりです」
「武器商人か」
黒のハットを被る少女の顔がそこに映し出されていた。
「君お手製の爆弾のおかげで、テロ組織を一つ片づけられた。これで両国の結束も増すだろう。助かったよ」
「おめでとうございます、閣下」
「……汚い人間だと誹らぬのか」
「私はあくまでも武器商人。中立の立場ですので」
「汚さを非難することはできぬと。奇妙なものだ。まぁなんにせよ、君のおかげで平和は保たれた。そして、汚れに塗れるのは私だけでよい。このことは口外しないように」
「もちろんでございます……」
「願わくば、君が平和を脅かす存在に武器を売ることがないように。それでは」
通信を終えたカリストはノックに応じる。現れた存在を前に立ち上がり、敬礼した。
茶髪に、豪華なドレスを着こんだ女性だ。
「姫様」
「楽にして、カリスト将軍」
エト姫は真剣な眼差しをカリストに向ける。カリストは穏やかな笑みを浮かべたままだ。
エト姫は目を伏せた。そして笑顔を作った。
「お茶にしましょう」
「良いですね、姫様」
この計画は全てカリスト将軍による独断であり、政府関係者は誰もその事実に気付いていない。
……ということに、なっている。
※※※
カリスト将軍の要望通り、テロ組織に接触。以前から要望のあったセンサーに引っ掛からない特殊兵器を売り渡した後で、情報提供を行った。今はまだ露見していないが、典型的な自作自演に手を貸したとなれば、武器商人の名に傷がつく。最悪の場合、商売ができなくなる可能性もある。
この世界では。
しかしそうならば、別の世界に行けばいい。
「汚いことをしても、戦争をするよりはまし、ですか」
幸いにして、カリスト将軍は自らを必要悪などと謳い、正当化するような男ではなさそうだ。
よって、しばらくの間平和は続くだろう。この世界の人々は平和のために努力を惜しまないようだ。
しかし、他の世界はどうだろうか。少女は鐘の音で振り返る。
教会があった。迷いなく吸い込まれる。
「迷える子羊よ。何か御用ですか」
「寄付を」
「それではこちらへ」
少女は端末を操作して躊躇いなく金額を入力。
「こんなに、ですか……?」
画面を見て困惑するシスターは、少女に今一度確認しようとして、
「いない……?」
少女が忽然と姿を消したことに驚いた。