6話 風車亭
村の入り口から少し進むと、ゆっくりと回る風車が見えてきた。
木の梁が組まれた大きな建物――《風車亭》。
中からは笑い声と焼き立てパンの香ばしい匂いが漂ってくる。
「ここが宿か。悪くねぇな」
リクは腕を組み、低く呟く。
「……わぁ、落ち着く匂い」
紗希は小さく息をつき、扉を押し開けた。
カラン、と鈴の音が鳴る。
木造の空間には旅人たちの笑い声と暖炉の赤い灯りが広がっていた。
「いらっしゃい! 二人旅かい?」
カウンターの奥から女将が顔を出す。
「はい、一晩だけ泊めてほしいんです」
紗希は頭を下げる。
女将はリクの手首に目を留め、ふと呟いた。
「あら、その印ってどこかで見たことあるわね」
リクは軽く肩をすくめ、視線をそらす。
(……あまり突っ込まれたくねぇな)
「まぁ、あまり詮索するのは野暮だったわね」
女将は笑顔で宿代の話に切り替える。
「一泊は銀貨三枚、食事付きよ」
「……銀貨?」
紗希は固まる。
「この国の通貨のことだ。ちなみに俺は持ってねえぞ」
リクが淡々と答えると、紗希が慌てた。
「えっ……どうするのよ、それ!」
「何か訳ありみたいだし、悪い奴ではなさそうだね。ま、働けば帳消しでいいわよ」
女将は笑って言った。
「ありがとうございます」
紗希は頭を下げる。
「明日、仕事を言うから、今日はご飯食べてしっかり寝な」
女将は優しく続ける。
⸻
夜、二人は部屋に荷物を置き、食事の席についた。
木製のテーブルにはスープやパン、焼き肉が並ぶ。
紗希はそっとリクに尋ねた。
「ねえ……その印って……」
リクは窓の外に目をやり、言葉を選ぶように答える。
「まぁ、お前にも関係ある話だからな……」
リクは印を見せながら真剣な表情で続ける。
「これはテイムの印だ。簡単に言えば、魔物と契約する術だ。契約した魔物は主の許可なく攻撃できない」
「リクは誰かにテイムされてるってこと?」
紗希は手元のパンをつまむ指を止めた。
リクは口ごもり、少し肩をすくめる。
「それは……お前とだ」
紗希は目を見開く。
「……は? 何言ってるの?」
リクは怒鳴りながら答える
「お前と俺がテイム契約されてるってことだ!」
「えーーーーーー!どういういこと?いつ?なんで!」
紗希は驚きを隠せない
「出会った時、お前の魔力が触れたことで封印が解けて、俺は従う形になった」
リクは少し肩をすくめ、言葉を濁す。
「まって! だとしたらリクは魔獣ってこと?」
紗希が声を潜める。
リクは眉をひそめた。
「おい、誰が魔獣だ。俺は魔人だ、魔獣なんかと一緒にするな」
紗希はまだ状況を完全には理解できず、目を丸くする。
「とりあえず、俺はお前の許可なしに力を使えない。それだけは覚えておけ」
リクは静かに、でも強い口調で言った。
⸻
そのとき、外から犬でも動物でもない遠吠えが聞こえた。
女将は戸を押さえ、小さくつぶやく。
「またか……この村の近くに来なければいいけど」
リクの目が細く光る。
「……面倒なことが始まるな」
その光は――猿の魔人としての血が静かに目覚めたことを告げていた。




