5話 異世界の村
木々の切れ間から、まぶしい陽光が差し込んだ。
湿った森の空気が次第に乾き、風が肌を撫でていく。
「……ようやく抜けたか」
リクが小さく息を吐く。
目の前には、のどかな村が広がっていた。
木の屋根、煙突から立ち上る白い煙。
どこか懐かしい、けれどまったく知らない世界の風景だった。
「……あれが、村?」
紗季が目を丸くする。
「見ての通りだ。食い物と情報くらいは手に入るだろ」
リクは淡々と言いながら、少しだけ肩を伸ばす。
「ただし、目立つなよ。お前の格好、この世界じゃ相当浮く」
「う、浮くって……そんなに?」
紗季は自分のスーツ姿を見下ろす。
泥や草で汚れてはいるが、現代日本の服装がこの村に馴染むはずもなかった。
「悪目立ちするってことだ。変な連中に絡まれても面倒だしな」
「うっ……気をつける」
リクはため息をひとつ吐くと、先に歩き出した。
(……俺がついてりゃそうそう危険はねぇが、面倒ごとはごめんだ)
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村に足を踏み入れると、土の匂いと焼き立てのパンの香りが鼻をくすぐった。
露店には果物や布、見たこともない薬草が並び、人々の笑い声が響いている。
だが、その視線の一部が確実に“外の者”へ向けられていた。
「……なんか、見られてる気がする」
「当然だろ。お前みたいな恰好の人間、そうそういねぇ」
そんな時、近くの露店の老婆がにこやかに声をかけてきた。
「おや、珍しい客だねぇ。旅の人かい?」
「えっと……はい。少し迷ってしまって」
「そりゃ大変だったねぇ。どこから来たんだい?」
紗季は一瞬、言葉に詰まった。
だが、勇気を出して答える。
「……日本、という国から……」
老婆は首をかしげる。
「ニホン? そんな国、聞いたことないねぇ。この辺りじゃ、北の帝国と南の連合くらいしか知らないよ」
「……そう、ですか……」
紗季の声が小さく沈む。
リクは横で腕を組み、ちらりと紗季を見た。
(……やっぱり、こいつの国はこの世界にはねぇってことか)
老婆は気まずそうに笑って続ける。
「ま、世界は広いからねぇ。遠くの国なら、わたしが知らなくても不思議じゃないよ」
「はい……ありがとうございます」
紗季は小さく頭を下げた。
「宿なら南通りの奥に《風車亭》があるよ。旅人もよく泊まるよ」
「助かります」
リクが軽く手を挙げて礼を言うと、老婆は満足そうにうなずいた。
「ふふ、気をつけてお行きよ」
「ありがとうございます!」
紗季が深く頭を下げると、老婆は穏やかに笑って手を振った。
村人たちの視線が少しだけ和らぎ、通りのざわめきも穏やかに変わっていった。
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風車亭へ向かう途中、紗季はふと空を見上げた。
(……やっぱり、ここは“日本”じゃない。帰る道、見つかるのかな)
隣を歩くリクは、そんな紗季の横顔をちらりと見やり、ぼそりとつぶやいた。
「ま、腹が減ってちゃ考えごともできねぇ。飯でも食おうぜ」
「……うん」
少しだけ笑みを浮かべる紗季。
二人は村の石畳を踏みしめながら、風車亭へと向かって歩き出した。




