4話 はじまりの森
朝霧がまだ森を包んでいる。湿った空気の中、鳥の鳴き声が微かに響く。
「……さて、と」
リクは腕を回し、深く息を吐いた。
(ふぅ……まだ体が痛ぇ……でも、何とか動けるな)
内心で舌打ちしつつ、顔には平静を装う。
「ねえ、リク……どこ行くの?」
紗季が不安そうに訊ねる。
「この辺り……人の気配がする。焚火の臭いも微かにするな」
「どうやって分かるの?」紗季が首をかしげる。
リクは軽く肩をすくめ、口元に笑みを浮かべる。
「村の匂いがするってところだな。まぁ……勘ってやつだ」
「勘って……」
「細けぇこと気にすんなって」
リクはくすっと笑い、紗季の後ろでゆっくり歩き始める。
(……離れたら、また痛みが来るかも……絶対に離れさせられねぇ)
紗季は少し迷ったが、他に当てはなく、ため息をついた。
「……じゃあ行くしかないのね」
⸻
しばらく歩いたところで、紗季がふと口を開く。
「ねえ、あなた、名前は?」
リクは振り返り、少し首をかしげた。
「……リク、だ。昔はそう呼ばれてた」
軽く目線をそらし、肩をすくめる。
(……まあ、いきなり名乗る必要もねぇか)
「“昔は”ってどういうこと?」
「長ぇ間、放置されてたもんでな……まあ、気にすんな」
紗季は首をかしげたまま、意味がよく分からない。
「で、お前は?」
「三倉紗季。普通のOL……だったけど、今は生き延びるしかないの」
「みくらサキ、ね。覚えとく」
リクは短くそう言い、再び歩き出す。
(……まずは、この世界で生き延びさせるのが先だな……)
⸻
森の奥で、突然木々がざわめいた。
「な、なに?」
紗季が立ち止まると、低い唸り声が響く。
数メートル先に、ウォーウルフの群れが現れた。
「ちっ、タイミングが悪いな……」
リクは歯を食いしばる。
(……まだ封印の影響があるのに、あの女が狙われてる……!)
魔力を拳に集中させようとするが――
「ぐっ……力が……出ねぇ……!」
封印の影響で魔力はまともに出ず、ウォーウルフの爪がリクを弾き飛ばす。
木に叩きつけられ、息を詰まらせながら顔をしかめた。
「くそっ……何だこの感覚は……!」
⸻
ウォーウルフの一匹が紗季に向かって飛びかかる。
「リクっ! 助けて!」
紗季の叫びが森に響いた。
その瞬間、リクの体が光に包まれ、封じられていた力が一気に解き放たれる。
(……なめやがって……!)
拳を握りしめ、地面を蹴る。
「犬ごときが、誰の獲物に手を出してやがるッ!」
怒号と共に飛び出し、ウォーウルフの群れを蹴散らす。
地面が裂け、木々が弾け飛び、轟音が森に響いた。
(……力が戻ってる……? どういう仕組みだ……)
⸻
戦いが終わり、静寂が戻る。
紗季は呆然とリクを見つめ、息を整えながら言った。
「リク……本当にありがとう」
リクは背を向けたまま、ぼそりと答える。
「別に、死なれたら面倒なだけだ」
(……それにしても、力の“鍵”は、やはりあの女か?)
森を抜けると、遠くに微かな灯りが見えた。
二人は互いに視線を交わし、ゆっくり歩みを進めた。




