大好きすぎる彼女に ないがしろに され続けた 俺は・・・
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2023.2.6 日間3位、ありがとうございます。
俺、桂木和哉には自慢の彼女がいた。
彼女の名前は若尾千春。元町高校1年3組。卓球部。
ショートカットがよく似合う美少女。
勉強もスポーツも抜群で、人当たりも良く、誰にでも凄く優しくて、
リーダーシップもあって、クラス内でも大人気らしい。
幼なじみで小学生の時はずっと同じクラスで、登下校を一緒にしていて、毎日のように二人で、
みんなで遊んでいた。
中学に入ってクラスは別々になったけれど、二人とも卓球部に入った。
当然、男女の練習は別々だった。
男女とも練習は厳しくて時間も長かったけれど、男女の同じクラブは互いに仲が良くって、
時々は一緒に帰っていた。
どんどん、大人っぽく、綺麗になっていく千春のことが好きになった。
だけど、一番親しい男友達、幼なじみというポジションに満足していた。
3年生になって同じクラスになった。
クラブを引退し、いよいよ高校受験が目の前に迫ってきた。
二人とも成績はトップクラスだったので、家から歩いて15分、一番近くて、
公立では市内一の進学校である元町高校に行きたかった。
2学期の最初の日、担任の先生の言葉が俺の意識を変えた。
「みんな、受験、頑張ろうね。
同じクラス、友達に同じ学校を目指す人がいると思うけど、
その人たちはライバルじゃなくって、一緒に戦う仲間なんだよ。
だから、みんなで仲良く高めあって、目指す進路に向かって行こうね。」
千春をちらっと見てみると視線が交錯して、千春がほのかに笑った。
「ねえ、一緒に勉強しない?」
千春と一緒に帰る途中、勇気を振り絞って誘ってみた。
「いいね。一緒に元町高校に行こうよ。」
「うん!」
毎週、土曜日は千春の家で朝から一緒に勉強した。
千春のお母さんの作ってくれた昼ご飯を頂いてから、
卓球場へ行って、1時間ほど打ち合った。
心地よく疲れて我が家に戻り、お菓子とジュースで休憩してからまた勉強した。
一緒に模試を受けに行って、その模試や中間、期末試験のその成績に一喜一憂した。
入試前で毎日、勉強、勉強なのに、凄く楽しかった。
一緒に初詣に行って、二人しておみくじを引いたら、
俺が大吉だったからひどくうらやましがられた。
バレンタインデーには、家までチョコレートを持って来てくれた。
期待してドキドキしていたけど、ホントにもらえたら嬉しくって挙動不審になってしまった。
一緒に受験会場へ行って、互いに励まし合って、試験を受けた。
そして、一緒に合格発表を見に行った。
二人とも合格していたから嬉しすぎて、手を取り合ってはしゃいでジャンプした。
二人とも合格した喜びでフワフワとしながら帰っている途中、
吊り橋効果?なんとか効果にどっぷりと罹っていた俺は、
「千春、好きだ。付き合ってくれ。」
つい言ってしまった。
「いいよ。和哉、よろしくね。」
千春は頬を染めながら、優しく微笑んでくれた。
春休みは最高に楽しかった。
三日に1度、朝から卓球に行って、昼ご飯を食べて俺の家でイチャイチャしていた。
お互い、初めてのキスは俺の部屋で、嬉しくって何度もキスしてしまった。
その三日後、やっぱり俺の部屋で初めてのエッチをした。
千春も幸せそうでとても嬉しかった。
高校では俺は6組で千春と違うクラスになった。
千春は春休みに髪の毛を少し茶色にして、少し化粧をして
垢抜けていたから、すっごく可愛くて、凄く目立っていた。
毎日一緒に登校していたから、すぐにクラスメイトに千春と付き合っているのか
尋ねられた。俺は笑顔でそうだよと答えた。
得意顔を押さえるのが大変だった。
お互い恋愛初心者なので、別のクラスの恋人と一緒に昼ご飯を食べるのは
無理だったので、お互い、自分のクラスの新しい友達と食べることにした。
またお互い卓球部に入ったんだけど、2年の先輩が役に立たないシゴキを
連発していたから、俺はもう一人の男友達とすぐに退部してしまった。
だけど、毎日一緒に登校して、クラブのない火曜と日曜はデートしていた。
日曜はどちらも家に親がいたので、エッチは出来なかった。
5月の祝日が俺の誕生日で、その日は朝から、千春と水族館へ行った。
イルカショーでは二人してかぶりつきに陣取って、ポンチョを装備して、
水しぶきを浴びてはしゃいだ。
アザラシをおっかなびっくり撫でる千春をからかった。
ランチを食べてから、ショートケーキを持って初めてラブホテルに入った。
安めの部屋にしたら、全然普通で面白くなかった。
行為はすごく楽しくて、幸せだったけど。
これまでで一番嬉しい誕生日だった。
千春はクラスでも大人気みたいで、中間試験が終わると、
火曜はクラスメイトと遊ぶ日になってしまった。
毎日、登校しながらクラスメイトやクラブの話をにこやかに聞いていた。
見たこともない3組の生徒の特徴や性格をバッチリと覚えてしまった。
そして恋人のくせに、3組のヤツらに、女子も含めて嫉妬し始めた。
ある日、一人で職員室へ向かっているとクラブのパワハラ先輩と遭遇した。
「・・・よお、根性無しのだれだっけ?陰キャじゃねーか。
この前、若尾がさあ、カレシをほっておいて遊びに行っていいのって訊かれたら、
なんて返したと思う?」
意地悪な顔で、挑発的な態度だ。不快感、マックスだよ。
「さあ?」
だから、出来る限りそっけなく対応する。
「みんなと遊んでる方が楽しいんだってさ!クソ陰キャと遊んでもくだらないってさ!」
「へー、そりゃ、大変だ。
だけど、先輩はたった2ヶ月で1年生二人に振られたんだってね。
先輩も大変だね。」
瞬きを3回してから淡々と、でもきっちりとリターンしてやった。
「いつ、若尾に捨てられるか、楽しみだな!」
ヤツは嫌そうな顔になって捨て台詞を吐いて去って行った。
だけど、敗北感でいっぱいだった。
千春は俺のことを大好きだって言えなかったから。
いずれ、ヤツの言うことがホントになるかもって怯えたから。
夏休みになるとクラブが午前中だけなので、会う日は増えた。
その代わりに日曜はクラスメイトやクラブの友達と会う日になってしまい、
俺はヘコんでいた。
千春がプールに誘われて、日曜はちょっとと断ってみたら、
じゃあ、プールは止めようかってなったらしい。で、それから毎週。
責任感の強い千春は俺に何度も謝って、クラスのみんなと遊ぶことを優先した。
クラブの3年生が引退すると、千春はクラブの友達と遊びに行くことがより増えた。
月水金の午後に会っていたんだけど、いつも夏休みの宿題をしていた。
俺はヒマだったけど、千春は忙しかったからね・・・
夏休みに久しぶりにエッチしたんだけど、あんまり嬉しかったので、何度もしてしまった。
帰るとき、千春は「ちょっとやりすぎよ。」と苦笑いしていた。
フラれるんじゃないかと不安が急に大きくなって、もう誘えなくなってしまった。
だけど、一緒にいるだけでも充分嬉しかった。
ただ、1度くらい丸1日、遊んでくれって頼んで、二人っきりでプールに行ったんだけど、
その代わりに水曜は友達と遊ぶ日になってしまった。
徐々に不安が大きくなっていった。
だから、クラスメイトやクラブの友達と遊びに行っている時に、
チャットで何度か連絡してしまったけど、そんな時でも千春はすぐに返事を返してくれた。
しばしば写真付で。
いつも女の子が側にいたけれど、ふざけた男が必ず端っこに写っていた。
嘘なんかない、浮気なんかないって真剣に思っているけれど、
いつフラれるかって不安は大きくなる一方だった。
8月下旬の水曜日が千春の誕生日だった。
1月以上前に、その日は絶対、お祝いは俺だけがするから一緒にいてねって頼んだら、
「もちろんだよ!」
って優しく微笑んでくれた。
千春の誕生日の1週間前の夜、千春から珍しく電話があった。
いつもはチャットなんだけど。不吉な予感に怯えた。
「あのね、私の誕生日なんだけど・・・
クラブが終わったら、クラブの親友3人がランチをご馳走してくれるって。
それからね、クラスの20人が誕生パーティを開いてくれるって。
カラオケに行って、焼き肉食べ放題に行こうって。
・・・いいよね?」
今までは心を押し殺して、「楽しんで来てね。」って優しく言えたけど、もう無理だった。
ひたすら黙り込んでしまった。
「・・・絶対、9時までに帰ってくるから。日が変わるまで一緒にいてくれる?」
「・・・わかった。」
誕生日の夜、イライラしながら待っていた。
10時にメンションが届いて、千春の家に急いでいくと、
「遅くなってゴメンね!」
千春が笑顔で抱きついて来た。焼き肉の臭いが凄い。
手を繋いで、千春の家に上がらせてもらった。
「遅かったわね。あら、和哉くん、久しぶりね。」
「お久しぶりです。ゴメンなさい。すぐに帰りますから。」
「夏休みだし、ゆっくりしてくれてもいいわよ。」
久しぶりにあった千春のお母さんはニコニコと歓迎してくれた。
千春の部屋に入るとすぐに誕生日プレゼントを渡した。
「誕生日、おめでとう!」
貯金を叩いて買ったアメジストのネックレス。
アメジストの意味、効果は「大切な人との真実の愛を深めたい」だそうだ。
どうか、パワーストーンの意味を調べて欲しい。
「ありがとう!着けてくれる?」
千春は首筋が大きく開いているTシャツを着ていた。
背を向けた千春にネックレスをドキドキしながら、少し苦労しながら着けた。
「どう?似合っている?」
千春がすごく嬉しそうな笑顔を向けてくれた。
「うん。元がいいから、なんでも似合うね。」
「ありがとう。大好きだよ。」
千春は俺をふわりと抱きしめキスして、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「・・・焼き肉のにおいがするね。」
「バカ!」
千春は臭いと言われたと怒って、すぐに追い出されてしまった。
ホント、間男みたいだ・・・
これが千春の部屋に入った最後。
2学期になると、会えるのは毎日の通学と日曜だけになった。
通学の時は不安を押しつぶすべく、いっぱい話をして必死で笑っていたけど、
学校に着いて別れるとたちまち不安でいっぱいになった。
表情がどんどん暗くなって、数少ないクラスの男友達に何度も心配された。
だけど、必死で強がっていた。
9月の日曜日、2週に1度デートする予定だったんだけど、
2度目の日曜、親友がカレシと別れたそうで、急に慰めにいってしまった。
ラインで通知だけして、俺の答えをまたず、行ってしまっていた。
絶望して、泣き続けた。
その次の日の朝、いつもの待ち合わせ場所に千春が来ると、
俺は渾身の笑顔をつくって「おはよう!」って言うと、
千春はいつもの優しい笑顔だった。
いつもどおり、千春から手を繋いできて、歩き始めた。
千春は一昨日、昨日の話を色々としてくれたんだけど、
昨日のショックが大きすぎて生返事となってしまった。
そのことに気づくと千春は手を離し、クラスチャットを始め、もう話すことはなかった。
教室に入ると高校で仲良くなった大原良太が近寄って来た。
「おはよう、和哉。お前、ますます酷い顔してるぞ。大丈夫か?
彼女と何かあった?」
毎日一緒に登校しているから俺たちが付き合っていることは割と知られていた。
良太だけには何度か千春との関係を伝えていたから、正直に答えた。
「いや、2週間ぶりのデートをドタキャンされちゃってね。浮気じゃないんだけど・・・」
「え~っ、2週間って、浮気じゃなくってもツラすぎるだろ。
一度、よく話した方がいいぜ。」
これまで、カッコ良く見られたい!おおらかに見られたい!という事で、
もっと会って欲しいって伝えることがあんまり出来なかった。
やっぱり話さないと、気持ちなんて伝わらないよな。
次の日の朝、千春にお願いした。
「千春、最近、ヒマで困っているんだ。もうちょっと遊んでよ。」
なるべく冗談っぽく言うと、千春は少し考え込んだあと、
「うん、そうだね。全然遊んでないよね。絶対に時間取るからね。」
優しく微笑んでくれて、どこに行こうかと相談してくれた。
9月の終わりに体育祭があったけど、俺が見ていたのは千春だけだった。
千春は1年3組の真ん中で輝いていた。
周りの人たちと抜群の笑顔で話していて、端っこにいる連中にも声を掛けたりしていた。
テニス部の女子だけじゃなく、男子や他のクラスのヤツらとも楽しそうに話していた。
恋人が輝いていても喜びなんてなくて、もう、俺の心には不安しかなかった。
10月になったら二人で遊びに行こうねって言っていたのに、
10月の前半はクラブの試合が入っていて、日曜は遊べず、
一度、夕食を食べに行っただけだった。
だけど、だけど、千春は火曜と土曜の午後はクラスメイトやクラブの友達と遊びに行っていた。
登校しているとき、クラスメイトやクラブの話をされると反応出来なくなってしまった。
だから千春はグループチャットばかりしていた。
また大原良太から心配されてしまった。
「おはよう、和哉。お前、ホントに酷い顔してるぞ。
彼女とちゃんと話したか?」
「いや、冗談半分でお願いしたんだけど、変わらなかったね・・・」
「彼女のことがホントに好きなんだろ?真剣に訴えた方がいいんじゃないか?」
「・・・そうだね。やってみるよ。」
その日の夜、千春を呼び出した。
突然の、初めての夜の呼び出しだったので不審そうな千春に
俺は感情が高ぶりすぎて、号泣しながら無様に哀願した。
「ち、千春。俺は千春が大好きなんだ。
お願いです、も、もっと一緒にいてください。
お、お願いします、クラブやクラスメイトじゃなくって俺を、俺を大事にしてください!
お願いです!」
頭を下げ続けた。
「ちょっと、和哉。ゴメンね。クラブを優先しちゃって。
来週から中間試験でクラブが休みだから、毎日、一緒に帰って勉強しよう。
まずはそれでいいかな?」
慌てふためきながら千春は優しく俺の頭をあげて、抱きしめてくれた。
だけど、不安は一向に消えなかったから、泣き叫んだ。
「寂しいんだよ!もう、ホントに限界なんだ!もう、最後のお願いなんだよ!」
「最後のお願いって、大げさなんだから。ほら、泣き止んで。
そんなに思い詰めていたなんて、知らなかったよ。ゴメンね。」
「う、うん、お願いだよ、頼むよ、千春・・・」
泣き続ける俺を千春は抱きしめ続け、背中を優しく撫でてくれた。
次の週になって、放課後になると千春がすぐに迎えに来てくれ、一緒に帰った。
イチャイチャするわけでもなく、面白い話をするわけでもなく、
ただただ、二人で勉強しているだけなのに俺は凄くホッとしていた。
「ありがとう、千春。一緒にいてくれて。」
「恋人なんだから当然でしょ。」
千春は優しく微笑んでくれた。
次の日、良太に感謝を伝えると、よかったなあと心底優しく言われ、
他のクラスメイトからも「何かいいことあった?」って聞かれて凄く嬉しかった。
たった2日だったけど。
3日目、20分待っても千春が迎えにこなかったので、3組に千春を探しに行った。
「千春ならもう帰ったよ。」
残っていた女子が教えてくれた。
慌ててスマホを見てみたら、
『ゴメンね、急用が出来たの。1時間ほどしたら、和哉の家に行くね。』
ってメッセージが届いていた。
俺の表情があまりに酷くなったのだろう、
その子の顔は悪いこと言ったなっていう後悔がアリアリと見えた。
ほんの1分、歩いたら俺がいるのに!
あんなに頼んだのに、直接言ってくれもしないのか!なんで?
絶望しながら家に帰った。
もう無理だ。俺が持たない。
1時間30分後、家のチャイムが鳴った。
泣きはらした顔で、チェーンを掛けたまま玄関を開けた。
笑顔の千春だった。
「遅くなってゴメンね!ええっ、どうしたの?」
俺の酷い顔と警戒心丸出しの対応を見て、千春は慌てふためいた。
「もう無理だよ。ゴメン。」
「いや、ゴメンって。親友の元カレが復縁したいんだけど、明日、親友の誕生日だから
プレゼント選んで欲しいって。だから急いで選んで、急いで来たんだよ。」
「試験前は俺を優先するって言ったよね?
ほんの少し歩いたらいるのに、なんで直接伝えてくれないの?
いや、ゴメン。連絡くれていたよね。
俺の心が狭いんだよ。もう我慢出来ないんだよ。
毎日、不安ばかりで、やっと晴れたかって思ったんだけど・・・
俺が女々しいんだ。俺がバカなんだ。
嘘なんてないし、浮気なんかしてないって分かっていても、
もっと会って欲しいんだ。俺だけを見て欲しいんだ。
他のヤツを優先する千春を許すことが出来ないんだ。
俺がダメなんだ!ホントにゴメン。」
激情をぶつけながら、涙が止まらなかった。
「和哉、ゴメンなさい!明日からは絶対、和哉を優先するから!絶対だよ!
だから許して!」
千春は真っ青になって叫んだ。
「お願いです。わ、別れてください。お願いします!」
言葉を絞り出した。
「えっ!う、嘘だよね?」
「別れてください。」
「待って!和哉!」
「ゴメンね・・・」
千春はまだ何か言っていたけど、静かにドアを閉めた。
自分の部屋でずっと泣いていた。ホント、ダサいわ・・・
夕食の時、あんまり酷い顔だったので、親から心配された。
千春と別れたことを伝えるともっと心配そうになったけど、
根掘り葉掘り訊かれることがなくってホッとした。
22時、千春からメッセージが届いた。
『和哉、ゴメンなさい!一度、冷静になって、何度も考え直してみたよ。
やっぱり、和哉のことが本当に好きなの!
一番大切なの!
だけど、周りから頼られると応えないといけないって思っちゃって。
みんなの盛り上がりを消したらハブられるんじゃないかって怖かったの!
和哉のことをないがしろにしていてゴメンなさい!
和哉に甘えていたの。
和哉なら許してくれるって。
ゴメンなさい!
もう1度だけ、許してください!
お願い!別れるなんて言わないで!』
またまた涙があふれ、胸が痛んだ。
別れるか、別れるのを止めるか、何度もメッセージを書き換えた。
『別れてください。お願いします。明日から登校も別々でお願いします。
ホントに勝手でごめんなさい。』
ブルブル震えながらメッセージを送った。
涙がこぼれ続けていたけど、大好きだった千春と別れることになって
悲しすぎたけど、不安は一掃されて、心が少し軽くなった。
だけど、泣き疲れて眠ると千春が俺を無視して友達と遊びに行く夢を見て、
何度も跳ね起きた。
次の朝、千春に会わないよう、いつもより30分早く登校して、机に突っ伏していたが、
気配を感じて顔をあげると、大原良太が俺の顔を見て絶句した。
「・・・」
「おはよう。」
「・・・おはよう、和哉。また、何かあったのか?」
「うん。昨日、千春に別れてくれって言ったんだ。」
良太は息を呑んだ。
「・・・そうか。大変だったな。大丈夫か?眠れたか?」
「いや、悪夢にうなされ続けた。」
「そうか。重症だな。寝る前に運動でもしたらどうかな?
体を疲れさせた方がいいんじゃないか?」
「そうだね。そうしてみるよ。ホントにいつもありがとう。」
中間休みに3組の男子に呼び出しを受けた。
ソイツは俺の顔を見てぎょっとしていた。
二人っきりになるとソイツはビシッと頭を下げた。
「スマン。昨日は、俺が千春に無理を言ったんだ。
千春は、一度は断ったんだ。
だけど、どうしても元カノともう一度、付き合いたくって無理を言ったんだ。」
真剣な謝罪なのだろうけど、やっぱり千春って名前呼びするんだなって
だけしか入ってこなかった。
「君は悪くないよ。俺が悪いんだ。
千春を許すことが出来ない、俺が悪いんだ。
もう限界だったんだ。
昨日のことが無くっても、きっと別れていたと思う。
嫌な思いさせちゃってゴメンね。」
俺の言葉を聞いてその男の顔は悔しそうになった。
「千春、お前のことが好きなのに。ずっと泣いてるぞ。許してやれよ。」
「ありがとう。ゴメンね。」
俺の返事を聞いてその男は怒りを現した。
「千春のこと好きな男はいっぱいいるんだぞ!盗られてもいいのかよ?」
「・・・しょうがないよね。ありがとう。ゴメンね。」
千春が誰かに抱きしめられていることを想像して胸が痛んだ。
だけど、もう一度、付き合いたいとは思えなかった。
放課後になるとすぐに千春がやって来た。ホントに酷い顔だった。
でも、俺は昨日よりはずいぶん落ち着いていた。
「一緒に帰ろ?」
「・・・うん。」
周りのヤツらは俺たちを心配そうに見ていた。
学校を出るまでは何も話さなかった。
「酷い顔だね。ゴメンね、俺のせいで。」
学校を出てしばらくしてから話しかけると、
俯いていた千春は弾けるように顔を上げた。
「ううん、私のせいだよ。それより和哉も、酷い顔だよ。」
「あ~、何度かクラスメイトに指摘されたな・・・」
「ゴメンなさい!和哉が苦しんでいたのに、今まで全然気づかないで!」
「いや、俺って演技派だから!うまく隠していたんだよ。ゴメンね。」
冗談を入れてみたけれど、当然、全く反応は変わらなかった。
「ずっと隣にいてくれるだけでホッとしていたんだ・・・
ゴメンなさい・・・」
千春の指が俺の指をそっとつまんだ。
だけど、出来るだけそっと離した。
千春は立ち止まって泣きだした。
「千春、ゴメンな。
昨日、別れてくれって言ったら、今日は心が少し軽くなったんだ。
大好きな千春と別れた悲しみよりも、ホッとしたことが大きいんだ。」
千春がハッと顔を上げた。
「・・・わかったよ。しばらく時間をおくね。」
「元通りになるかは分からないよ・・・」
無理だろうなと思いながらも、千春を出来るだけ傷つけたくなかった。
涙を流しながら千春はキッと俺を見た。
「私、モテるんだよ?何度も告白されたんだよ?」
千春の声は震えていた。
「知ってる。ちゃんと教えてくれたよね。」
「あんまり寂しいと他の男の子と付き合っちゃうよ?」
「・・・しょうがないよね。」
俺の冷たい返事で号泣した千春が泣き止むまで傍らでじっとしていた。
背中や頭を撫でてやりたかったけど、必死で我慢した。
夜8時、俺は中央公園の外周園路をたった一人走っていた。
走っている間は千春のことを忘れていられたので、ひたすら走っていたら、
「うぉっ!」
大型犬が隣で走っていた。ゴールデンレトリバーだ。
男の子で、1歳くらいだろうか?
成犬ではあるものの、走ることが楽しくって、
俺と遊びたくって仕方がないようだった。
首輪はあるものの、リードはなかった。
辺りを見回すが、飼い主とおぼしき人はいなかった。
立ち止まると臭いを嗅ぎに来たので、よしよしとなで回すと気持ちよさそうに、
しっぽをブリンブリン振り回していた。おう、可愛いな、コイツ。
そういえば、どこかにボールが落ちていたよな。
突然ダッシュすると「ワン!」と一声吠えて飛び上がるようにじゃれついてきた。
ボールを見つけ、手にして差し出すと、かぷっと口にした。
俺はボールを引っ張ったけど、返してくれない。
やっぱりしつけが出来ていないみたいだ。
優しく言い聞かせながら、ぐいっとボールを取り上げると、
「グウッ!」
って少しうなられた。
何度か、ボールを噛ませ、それを取り上げることを繰り返した。
そして、ボールを軽く投げると、猛烈にダッシュしてボールをつかむと
ちゃんと持って帰ってきた!
「賢いな、お前。」
微笑んで、優しく撫でまわすと凄く喜んでいた。
しばらくボール遊びをしていたが、飼い主は現れなかった。
どうも逃げ出してきたようだ。
多分、このワンちゃんは家には帰れるだろうけど、交通事故の危険があるよな・・・
家につれて帰ることにしたんだけど、首輪を持って歩いて帰ったので大変だった。
ワンちゃんは走ろうとしたし、どこに帰るか分かってないからね。
でも、何度か隣で歩くように促すと、すぐに隣で歩調をあわせ歩いてくれた。
「お前、ホントに賢いな!」
優しく声をかけ、よしよしと撫でてあげると凄く喜んでいた。
まあ、遊び疲れたのもあるだろうけど。
疲れ切って家に帰ってなんとかSNSに迷い犬をアップすると、
まったく夢を見ること無く爆睡した。
次の日の朝、教室に入ると大原良太が近寄って来た。
「おはよう、和哉。ずいぶん、顔色がよくなったな!」
「ありがとう。アドバイスどおり、夜にランニングに行ったら爆睡だよ。
で、そのときに、迷子のゴールデンレトリバーを保護したんだ。」
「ええっ!それ、ホントなの!」
隣の席で何故かヘコんでいた松宮志保が大きな声を出して食い付いてきた!
松宮さんはいつも凜としている、長い髪と小さめのメガネが似合う知的美女だ。
何人かに告白されたらしいけどみんな断っていて、男嫌いらしいとの噂が立っていた。
たしかに、男とは挨拶しかしていなくて、当然、俺も挨拶しかしたことがなかった。
「ああ、うん。この子。」
スマホで写真を見せると、
「うちのラッキーだよ。保護してくれているの?ケガはない?
元気かな?ホント?ありがとう!よかった~。
昨日の夕方、ちょうど来客が玄関を開いたらラッキーが逃げだしちゃったんだよ。
あっ、ラッキーってこの犬の名前ね。」
一瞬、ホッとした顔を見せてくれたあと、一気に、楽しそうに説明してくれた。
今まで見たことのない年相応の可愛らしいカンジだ。
「そうなんだ。昨日の夜、中央公園でランニングしていたら、この子が走って来てね。
30分ほどそこで遊びながら待ってたんだけど・・・
賢い子だから、自分で帰れるかなって思ったんだけど、交通事故にあったらって思って、
家に連れて帰ちゃったんだ。ゴメンね。」
「いや、事故に遭わなくってホントによかったよ。
それに保護してくれなかったら、他の人に誘拐されちゃったかもだし。
ホントにありがとう!」
「全然だよ。俺も久しぶりにワンちゃんとたっぷり遊べて楽しかったし。」
「放課後、すぐに迎えに行きたいんだけど、いいかな?」
松宮さんの家を尋ねたら、彼女は電車通学らしい。1駅だけど。
「俺の家に行ってから、松宮さんの家に行くと1時間くらい歩くことになるよ。
お互い、家に帰って、真ん中くらい、そう中央公園で待ち合わせはどうかな?」
「う~ん、でも、一応、早く本物か確認したいから、桂木くんの家に行っていいかな?」
「そうだね、そうしようか。」
「やった!よろしくね!」
松宮さんは手を叩いて喜んでいた。
放課後になると千春がすっ飛んで来た。
昨日より顔色がずいぶんマシになっていて、落ち着いていた。
「和哉、一緒に帰ろ。」
「悪い、今日は松宮さんと帰るから。」
「えっ、ちょっと、ちょっと。」
廊下へ引っ張り出されると耳元で囁かれた。
「メチャクチャ綺麗な子ね。・・・もう付き合っているの?」
「まさか。昨日の夜、迷子のワンちゃんを保護したら、松宮さんの犬だったみたい。」
「そうなんだ。うん、邪魔しないでおくね。頑張って。」
ツラそうに、でもホントに頑張ってっていうカンジで、笑顔をつくって背中を押してくれた。
千春は、ホントに良い子で俺にはもったいない彼女だったよ・・・
松宮さんと並んで歩き始めた。
千春以外の女の子と並んで歩くのは不思議なカンジがした。
松宮さんは背が高く、手足が長く、姿勢がよかった。
「松宮さんって、歩き方がモデルみたいでカッコいいね。」
沈黙が怖くなったので、とりあえず褒めてみた。
「うふふ。ありがとう。
他の男の子は顔が綺麗って褒めてくれるけど、桂木くんは違うんだね?」
松宮さんは少し微笑みながら、からかってきた。
「それはゴメン。えっと、彼女と別れたばかりで、可愛いとか綺麗って言うのは
ちょっと下品っていうか、節操がないかなって。」
「ホントに別れたんだね。さっきのすっごく可愛い若尾さんだよね。
ねえ、理由を聞いていいかな?」
「うん。彼女はクラスでも、クラブでも大人気でさ。
よく遊びに誘われていたんだよね。困った友達は助けずにはいられないし。
だから、二人でいる時間がどんどん少なくなっちゃって。
それで、友達じゃなくって、俺を優先してくれって泣きついたら、
彼女は俺を優先してくれるようになったんだけど、
結局、ちょっと行き違いがあってね。
俺が我慢出来なくって、別れてもらったんだ。俺が悪いんだよ。」
「ふ~ん。やっぱり桂木くんは優しいね。」
松宮さんはうんうんと肯いていた。
うん?俺のことを見てくれていたのかな?
まあ、隣の席に死にそうな顔のヤツがいたら気になるよね。
「松宮さんは男子とはあんまり話してないよね?」
「実は、中三の時、初めて男の子と付き合うことになったんだ。
カッコ良くて、カンジがよくってね、告白されて、はいって返事したんだけど、
次の日、他の女の子がその男の子と揉めていてね。」
松宮さんはイタズラっぽく、なんでかな~って言う表情で俺を見た。
「なんで?」
「実は、その男の子はその女の子と付き合っていたんだね。
なのに、ダメ元で私に告白したらOKだったから、その女の子を振ろうとしたんだ。
そしたら女の子が別れないって。
私は「泥棒!」とか「最低!」とか罵られちゃって。
それ以来、近づいてくる男の子から逃げ続けているの。」
「そう、大変だったね。初めてのカレシがそんなんじゃ、トラウマになっちゃうよね。
でも、俺はいいの?」
「なんで?桂木くんからじゃなくて、私から近づいているけど。
桂木くんが私に興味ないって分かりきっているし。
それより、ずいぶん顔色がよくなったけど、もう彼女のことは吹っ切れたの?」
「それは少しだけ。それよりも昨日、ワンちゃんと遊んだのが大きいよ。
ホント、可愛くて、賢い子だね。」
松宮さんは最初の言葉で何故か少しがっかりして、
最後の言葉に可愛らしく首をかしげた。
「えっ?賢い?あれ?おかしいな?ラッキーじゃないのかな?」
玄関を開けるとラッキーがお出迎えしてくれた。
「ラッキー!」
松宮さんが名前を呼ぶとより嬉しげになって、
抱きしめた松宮さんの顔をぺろぺろとなめていた。
「あっ、こら。ラッキー、ホントに無事でよかったよう~」
松宮さんは大げさにラッキーを抱きしめ、なで回していた。
もう溺愛ってこんなカンジっていう見本みたいで、
教室では凛とした姿しか見たことなかったので、眼福、眼福っていうカンジだった。
私服に着替えて、松宮さんの通学鞄を載せて、古い自転車を押して歩くことにした。
松宮さんがリードを持って、外へ出るとラッキーがダッシュした!
「松宮さん、立ち止まって!リードを短く持って!」
「ハイ!」
立ち止まるとラッキーは不審そうな視線を松宮さんに向けた。
「松宮さんの家族はラッキーをとっても可愛がっているみたいだけど、
ラッキーには遊び友達と思われているみたいだね。
それもいいんだけど、散歩の時は、ゆっくりと隣を歩かせようね。」
再度歩き出すと、ラッキーは松宮さんの隣をちゃんと歩いていた。
「ラッキー、賢くなったね~。
桂木くん、ありがとう!でも一体、どうしたらこうなるの?」
松宮さんはホントに驚いていた。
教室の中では凜とした顔、愛想笑いみたいな表情が多かったけど、
今日だけで、ヘコんだ顔、驚いた顔、デレ顔と色々見たら、
松宮さんも普通の女の子だなって思って親しみを感じた。
「昨日の夜、初めて会った時はリードがなかったからね。
首輪を持つことになったから、ホントにゆっくりと歩いてもらったんだ。
ラッキーは賢いからすぐに、ゆっくり歩いてくれたよ。」
「ラッキー、ホントに賢いね~。桂木くん、ホントにありがとう!」
松宮さんの家に着くと、ラッキーとの別れが寂しくなって、
しゃがんでラッキーを撫でていたら、
松宮さんが俺にぴったりとくっついてきてラッキーを撫で始めた。
しばらくするとお母さんと妹さんが飛び出してきたので、慌てて立ち上がった。
ブリンブリンとしっぽを振るラッキーを抱きしめ、無事を喜んでいた。
そして、二人はニマニマしながら、俺と松宮さんを見比べながら、
ラッキーを連れてすぐに家の中に戻っていった。
夕日のせいか、松宮さんの顔が真っ赤に見えた。
「ラッキーを助けてくれて、ありがとうね。お礼をしたいんだけど・・・」
「俺はラッキーと遊べたから、すっごく楽しかったんだ。
だから、お礼なんていらないよ。」
「そ、それは悪いよ~」
松宮さんは俺の自転車を見ながら話し出した。
「あのね、私、ドッグランに行ってみたいんだけど、ちょっと不安でね。
もしよかったら、一緒に行ってくれないかな?」
「楽しそうだね!俺も行ってみたいな!」
松宮さんは顔をあげると満面の笑顔を見せてくれた。
「ホント!じゃあ、日曜日はどうかな?」
「うん、大丈夫。」
「じゃあ、ラインで繋がって!」
いそいそと松宮さんはスマホを出してきた。
俺のスマホに登録されている女子はたった二人だけど、千春と松宮さんか・・・
松宮さんと繋がっているのは男では俺だけだろうから、みんなには内緒だな。
「じゃあ、日曜11時30分に、まずは駅前で集まって昼ご飯をご馳走になって、
それから松宮さんの家に戻って、ラッキーを連れて、ドッグランへ行くってことね。」
「うん!桂木くん、気を付けて帰ってね。今日はありがとう!」
松宮さんは名残惜しそうなカンジだった。やだっ、誤解しちゃうじゃない。
「さよなら。」
幸せな気分で手を振ってから、自転車に乗った。
背中に松宮さんの視線をずっと感じていた。
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「悪漢どもから助けたすんごい美少女は、高1の時、俺の前から突然消えた大好きな幼なじみの娘だった。」