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第7話 内緒にしてくれる?

 あっちの世界のままの俺だったら、せいぜい『カウンターで一、二杯飲んで帰るか』って思っただろうね。けれど酒を飲みに来ただけじゃなく、情報収集も兼ねてるんだ。旅の恥はかき捨てとでも言うのかな? せっかく異世界に来たんだから、今まで試せなかったことでもやってみようってなったんだ。


 黒を基調としたしっかりした服装。スカートも膝より下の丈で、好感が持てる感じ? ドレスじゃなく、わかりやすく言えば、女性のバーテンダーさんみたいな服装なんだよね。六人いた女性のうち、俺はその中でも一番笑顔が可愛らしい話しやすそうな女性(ひと)を指名することにしたんだ。


「この度はご指名、ありがとうございます。メサージャとお呼びください」

「あ、はい。俺は、タツマ、です」


 やばい、逆に緊張しちまった。メサージャさんは二十六歳。俺より五つ年下。話し上手で話題も豊富。うん、良い意味でプロだね。うまい酒、楽しい会話。思った以上に楽しんでいられたんだよ。


「――つっ! す、すみません」


 俺のグラスが空になったから、新しいお酒を入れようとしてくれたところなんだけど。メサージャさんは右手をグラスにでもぶつけたかのようにして、顔を少ししかめた感じだったんだ。その後すぐに、グラスを倒してしまって、グラスが割れちゃったんだよ。


「あ、触ったら怪我――」

「痛っ……」

「あぁ、」


「どうかしたの?」

「いえ、普段は大したことはないんですが、こう、長く患った持病みたいなものなんです。お酒を飲んで血の巡りが良くなるとですね、このあたりに痛みが出てしまって、痛みでつい、驚いてグラスを倒してしまって。すぐに戻りますので、……本当にごめんなさい」


 指先を切っちゃったのか、控え室があるのか戻ってしまったんだよね。入れ違いに、迎えに来てくれた青年が、グラスを処理してくれた。


 あのとき、店内が明るいからはっきりと見えたんだ。彼女の人差し指の先がまるで、入れ墨でも入れてるかのように黒ずんでいたのが……。


「ごめんなさい。もう大丈夫です」

「あのさ、ちょっといい?」

「はい。見ても面白くはありませんよ?」


 恥ずかしそうに手を見せてくれる。よく見ると、人差し指だけでなく程度の違いはあっても全ての指先が黒ずんでいた。


「そっちの手もいい?」

「はい、どうぞ」

「……この黒ずみってなんなのかな? 気になってたんだ」

「タツマさんは、ここよりもっと南の方から来たんですか?」

「どういうこと?」

「これはですね。悪素というものが、長い時間をかけて、身体に溜まってしまったものを『悪素毒』と言います。身体があまり強くない場合は、こうして指先に出てしまうんです」

「これが話に聞いた悪素なんだ?」

「そうですね。私は生まれも育ちもこのダイオラーデンなんです。あくまでも話に聞いただけですが、微量でも水や菜、肉からも身体に入ってしまうみたいなんですね」


 ネリーザさんは、言いづらいことは返答に困ってしまうタイプかもしれないけど、嘘を言う人じゃないとは思ってた。勇者を別世界から召喚するんだ。リスクもなしにできやしないだろうよ。この悪素問題は、根深いどころじゃないかもだな。


「この黒い部分って、治らないの?」

「わかりません。神殿で長い期間、治療にあたればあるいはと言われてます。ですが、寄付金がとても高くてですね、それができるほど裕福ではありませんから」


 そういやこの国には、それなりに回復が使える人もいるから、珍しくないって言ってたけどさ。


「常に痛みが酷くなってしまうと、数年持てばいいと言われてます。私の父も母も、悪素毒にかかって亡くなりました……」

「あのさ」

「はい」

「ここだけの話。内緒にしてくれる?」

「何をですか?」


 メサージャさんの手の甲を持って手のひらを上にした。彼女が、グラスで怪我をした指をじっと見て、『リカバー(回復呪文)』と聞こえるか聞こえないかくらいの(ささや)き声で唱える。そのあと、指先に巻いてある、細く切った布をほどいて見せた。


「このとおり。俺はね、こう見えても一応、魔法が使えるんだ」


 傷が塞がっているのを確認してもらったあと、声を低くしてこう答えることにした。


「……嘘みたいです」

「仕事が終わったら――なんて、酔った勢いで口説くような、野暮なことをするつもりは毛頭ない。明日、そうだね。お昼前くらいに、ここへ訪ねてくるといいよ。お客さんが来るかもしれないって、話しておくからさ。やってみないとわからないけど、もしかしたら力になれるかもしれないからね」


 俺は宿の名前を教える。


「は、はいっ」

「それにね、お酒を抜かないと、ちょっと自信ないんだよね」


 なぜこの場でやらないのか。それは誰に漏れるかわかったもんじゃないから。だから俺は、誤魔化すために苦笑することにしたんだよ。



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