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第53話 ホームシックみたいなもの?

 俺はこっちの世界に来てそれなりに経つけど、あっちに帰りたいという感じはないんだ。そりゃ父さんと母さんの墓参りはできない。親不孝になっちゃってるのはごめんなさいとしか言いようがない。


 コミックスの新刊は読めないし、日課のMMOで遊べない。アニメは見られないし、ラノベの新作も読めないんだ。


 黒ビールは飲めない。コンビニホットスナックや、ファーストフードのハンバーガー。牛丼に天丼、親子丼にカツカレー。あぁ、未練があるものはほぼほぼ食べ物ばかりだわ。


 ダイオラーデンの、というより人界の料理はとにかく淡泊で薄味なんだ。うまいことはうまいけど、旨い、という感じじゃないんだよね。もちろん、セテアスさんの宿のご飯はうまいよ? でもさ、串焼き屋のおやじさんが焼いた肉も、負けないくらいに旨かった。


 今はさ、強めに塩と香辛料を振って焼いてもらったのを買い込んで、インベントリに入れて持ち歩いてるから、まだ我慢はできた。それでも何か、物足りなかったんだよね。


 その点、魔界と人界の合間にあるワッターヒルズでは、魔界の味付けが楽しめる。人界が繊細な味付けと例えるなら、魔界はこってりガツンな味付け。俺としては、魔界の味付けのほうが好みに合ってるんだよ。


 ロザリエールさんの料理はとにかく美味しい。魔界の料理だから味付けも濃厚で、俺が好きそうなものをアレンジして、毎日飽きの来ないものを食べさせてくれてる。


 それでもさ、あのジャンクな味付けが恋しいわけよ。だから仕方なく、現代知識(チート)を利用して実現させなきゃいけないわけだ。


 俺は仕事の帰りに、材料を入手した。料理はほら、一人暮らしだったからそれなりにできるんだ。ただ普段は、惣菜とビールと買って、MMOにどっぷりだったから、あまりやらなかったけどさ。


 屋敷に戻れば、調理器具はあるけど、どうせ少ない量。色々買ってきたんだよね。ここは火が使えないけど、流し台はあるんだ。さて、テーブルの上でさっそく作ろう。なーに、あっちで何度か作ってるんだ。失敗する要素はどこにも、ないっ!


 おーあるある。金属製のボールふたつ。泡立て器はみつからないから、フォーク2つ使えばいいと思って買ってきた。ひとつのボールにはこれまた買ってきた氷を少し入れて。水も少しいれて、その上にボールを重ねる。


 卵1個割って、きっちりかきまぜる。うん、フォーク2つあればそれなりになるね。次に、砂糖少々、塩ちょっと多め。酢を入れて。確かこれくらいの分量だったよな?


 ひたすらかき混ぜる。もちろん、冷やしながら。こんな感じでいいか? 最後に、植物性の油。これが大事。


 細かく少なめに入れて、ひたすら攪拌(かくはん)。細かくちょっと入れてはまた攪拌。疲れてきたら『リカバー(回復呪文)』、これで腕に乳酸が溜まらないから、ひたすら続けられる。


 細かく入れては攪拌を繰り返してると、徐々に乳化してくるんだ。おぉ、ちょっと重くなってそれっぽくなってきた。も少し細かく入れて攪拌。うん、もったりしてきた。そろそろ完成か?


 よし、完成。じゃじゃーん。やればできる、さすが現代知識。ちゃららん、マヨネーズぅ!


「おし、インベントリに確か、生でも食べられる根菜あったよな? うん、これこれ。これを細く切って、野菜スティックっぽくして。つけてぱくり、……うんまー」


 市販品には負けるけど、これぞマヨネーズ。『マヨラー』と呼ばれる強者は、容器から直接飲む者までいるというほど、ジャンクフードの頂点、魔法の調味料。


「んま、んまっ、……ふぅっ。余は満足じゃ」


 ベッドにころん。満足度100だね。さてと食器を洗って、調理器具も洗ってと。


「ロザリエールさんに迷惑をかけないよ――よ、ちょっとまてーっ!」


 俺はトイレに急いだ。目と鼻の先にあるのに、こんなに遠く感じるのは、このゴロゴロ鳴る、お腹に力をなるべく入れないようにしてるから。男の尊厳を守るために、慎重に前に進むしかなかったんだ。


 なんとか粗相をしないで、トイレに入って、深呼吸。


「――間に合ったぁ……」


 じゃばーっ。


 ここって水洗なんだよね。ワッターヒルズ(あっち)も、こっちも、何気に発展してるんだよ。とにかく水を流して事なきを得、……駄目だこりゃ。またお腹の中で雷鳴ってる。


「あ、そっか。俺、魔法使えたんだっけ? 腹に手をあてて、『デトキシ(解毒)』、……ふう。治まったよ」


 けどさ、この魔法。二日酔いのときもそうだったけど、『飲んだことがないことになるほど、アルコールを分解』してくれるんだ。ということはおそらく、俺が作ったマヨネーズも、なかったことになるんだろうな。もったいない、しょぼーん。


 中途半端だった後片付けをしなければと、トイレから出てきたら、あれ? 誰かいるっぽい。


「あ、ロザリエールさん。ごめん、出しっぱなしで」

「いえ、別によろしいのですが。何があったのですか?」


 俺は素直に話したんだ。そしたら、材料を説明していたところで、ロザリエールさんは前によく見せた『駄目な子を見るような目』をして、すぐにふにゃりと笑みを浮かべた。


「あのね、タツマさん」


 あ、俺をたしなめるときにこう呼ぶときがあるんだよな。ロザリエールさんって。


「はい」

「卵を生で食べたら、こうなるに決まっているではないですか?」

「はい?」

「あたくしが、卵を料理する際、しっかり熱を通しているものだけお出ししているのを、お忘れですか?」


 あー、そういえば。目玉焼きも両面しっかり焼いてあったっけ。半熟な卵料理って出てきたことないわ。


「あー、そういえば確かに」

「言ってくださったのなら、同じような味でお作りするのに……」

「ごめんなさい。今度からそうします」


 こっそり食べて、満足しようとか変なこと考えてたから痛い目に遭ったんだ。こっちの地産材料の特性を知らないで料理するのって、危険なのかもしれないわ。


 ちなみに後日、同じ作り方でソース材料として、しっかりと熱を通してもらったら、同じような味になって、お腹は痛くなりませんでした。まる。


お読みいただきありがとうございます。

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