第19話 山ごもりのような気持ちで。
ダイオラーデンから脱出した俺は、命の恩人さんが教えた方角へ街道をひたすら進んでる。今のところ追っ手の姿も見えないし、怪しい人物に追い抜かれることもない。
こちらの世界に来た日、王城を出て城下町へ降りて、すぐに食料と飲みものを買い込んだのは正解だった。おかげで今もこうしてなんとか、食いつなぐことができてるんだからさ。あのときの俺、グッジョブだよ、ほんと。
昼間は街道沿いにある、林の奥に身を潜めて、日が落ちたらひたすら走るという繰り返し。そうやって俺は逃亡中。暑い時期だったらたまらないけど、肌寒い時期だからこうして隠れていられるのは助かるよ、ほんと。目を覚まして身体が冷えていて調子が悪くなる程度なら、同じように一発解決できるし。
あの国から離れたこんなところでも、『個人情報表示』が使えるってことは、あの国特有のシステムってことじゃないんだな。目で見えるからこそ、常に『パルス』と『フル・リカバー』がぐるぐる無駄に循環してるのがよくわかる。なにせ、疲れがまったく感じられないからさ。
逃亡開始して、早三日目。誰にも会わないし、ずっと景色が変わらない。ちょっと寂しい。マップなんて便利な代物はないから、どこにいるかなんてこともわかりゃしない。幸い、水と食い物はインベントリの中にたっぷりあるから、行き倒れることはなかった。
冬が近くてこの肌寒い中、熱々の串焼きと、焼きたてのパンが食えるのは嬉しい。ほどよく冷えた水も喉越し最高。串焼き5本にパンを2つも食べたら、十分満足できる。冷たい飲み物飲んでるから、たまにお腹の調子が悪くなるけど、その程度だったら『ディズ・リカバー』で一発解決。小心者だったあのときの俺、改めてグッジョブだよ。大マジで。
あの夜、俺を殺そうとした奴らにかかっても死ななかったことから、状況的に考えて、同じように『パルス』と『フル・リカバー』をかけ続けていたなら、獣に襲われたとしても死ぬようなことはないと思ってる。食われ続けて、元に戻った俺を感じ取れば、本能的に気味悪がって逃げてくれるだろうからさ。そもそも、獣の歯が通るかどうか、わかんないんだけどね。
だからといって、楽観的な考えは危険だから油断しない。昼間は仮眠程度にしてるんだ。正直この三日、まともに寝られないんだよね。身体に疲れはないけれど、精神的な疲れは魔法ではどうにもなりゃしない。
ジュリエーヌさんにも、メサージャさんにも悪いことしちゃったな。支配人のリズレイリアさんに言われたけど、ギルド内に籠城すらする余裕もなかったな。今ごろ大騒ぎになってなければいいけど。
何はともあれどこでもいいから、国か町に出られたらギルドを探そう。そしたら、連絡取ってもらえばいいんだ。さてと、そろそろ日が落ちる。出る準備しようか。
動物性タンパク質、炭水化物、水分は摂れてる。足りないのはビタミン類なんだよな。甘いものも何か欲しいところ。その辺に生えてる『道草』を食べても、ビタミン類は獲れるかもしれない。腹壊しても治せるから、試すことはできるだろうさ。けどわざわざ、まずいものを食べたくはないんだよね。次のところへ行ったら、新規に補充しておこうかな?
こうして夜中に走るようになってもう七日目。日中は眠るようにしてるから、誰かが通ったかはかわからない。命の恩人にどれだけ行けば、次の国に出るか聞いておけばよかったとつくづく思うところだわ。
七日の間、服は着替えてるけど風呂には入ってない。それでも、頭や身体にかゆみは感じない。強制的に『フル・リカバー』をかけ続けてるからかな? 水浴びくらいはしたいと思うけど、途中川にも出くわさなかったから、どうにもならなかった。かゆみも痛みに似てるから、かき消されるのかもしれないね。でも、風呂、入りたいわ……。
なんだあれ? 遠くで何かが光ったような気がするんだけど。明るいときには何も見えなかったから、もし何かがあるとしても、かなりまだあるんだろうね。それでも希望がやっと見えてきた。なにせ七日の間、景色が変わらなかったからさ。変化のない景色、いつまで続くかわからない状況。修行か何かで山ごもりをしてるんじゃないんだから、精神をゴリゴリ削られてさすがにきつくなってきたよ。
今夜もひたすら走り続けて、明け方になるまで結局『それらしい場所』にたどり着けなかった。何せ、明るくなるかなり前に、ちらちら見えてた明かりが消えちゃったみたいなんだよ。まぁ、仕方ないけどさ。一日中明かりがついてるところなんて、町中ならいざしらず、外側がそうとは限らないんだから。
でも、何かが近いというだけでも、モチベーションが少しだけ上がってきたんだよ。だから今日は、明るくなったあとも、もう少し走ってみようと思ったんだ。何より、早く風呂に入りたい。
こんなことならギルドに依頼を出して、浄化の魔法がありそうな魔道書を探してもらうべきだったよ。こっちの人が読めないような書物でも、俺は読めるみたいだから。手当たり次第に探してもらえば、いつかたどり着くと思ったんだけどね。
辺りが明るくなってから、二時間くらい走ったかな? 遠くになにやらうっすらと何かが見えてきた。あれ? こっちに向かってくる。あ、あぁ、何やら馬車っぽい。
走るのをやめて、歩くフリをして馬車が通り過ぎようとするのを待つことにした。もう少し、あと500メートルくらい。……あ、引き留めて話しかけて、怪しいと思われたらどうしよう? なんてあれこれ悩んでいるうちに、結局隠れちゃったんだよ。
あー、通り過ぎちゃった。行商人かな? かなり大きな馬車だった。仕方ない、走るとするか……。
途中、昼くらいになって、水と干し肉かじって補給完了。干し肉、案外美味しかった。また走り始めて、夕方過ぎ。暗くなり始めたあたりで、やっと町らしき所が見えてきたんだよ。
町というには大きい。こっちへ来る馬車の数も多くなってきた。あぁ、なるほど。この先の街道に、曲がり角があるんだわ。街道は国と国を結ぶ一本道じゃないってことかー。馬車はこっちに来ないで、右へ左へ曲がっていく。さっきのはたまたまこっちへ向かってただけなんだな。
おぉ、川がある。入りたい、入って身体洗いたいけど、町がもう見えてるんだよ。あの川越えたらもうすぐだから、ここは我慢するしかないんだろうな。そういや俺、臭くないのか? 外套の内側、めくってすんすん。うぇ……、これはやばい。汗臭いわ、まじで。服だけ着替えても、ダメなんだろうな。
とにかく、命の恩人に感謝。ありがとう。町の方向教えてくれて助かった。いつ終わるともしれない苦行よさようなら。うえるかむ・とぅ・新しい環境。お風呂が俺を待っている。
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