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第14話 こいつぁヤバい。

 鍵のかかる防音完備の小部屋を出て、カウンターの裏へ出るドアを抜ける。途中、ジュエリーヌさんの同僚受付のリリウラージェさんに『いらっしゃいませ』の笑顔と会釈をいただきました。そのまま右折して、真っ直ぐの通路を抜ける。


 少し広いホールが出てきて、左右と突き当たりにドアがある。その突き当たりのドア前でジュリエーヌさんは足を止めた。ドアをノックする。すると中から落ち着いた感じのする女性の声。


「入っておいで」

「では、失礼します。どうぞ」

「は、はい」


 俺はジュリエーヌさんに、支配人、いわゆるギルドマスター的な人の執務室へ案内された。そこにいたのは、四十代くらいの落ち着いた女性だった。


「おや? 彼は、どなたかな?」

「支配人、とにかくこれを先にみてください」


 ジュエリーヌさん、アポなし突入ですか? それってなんとなく、飛び込み営業的な怖さを感じるのは俺だけでしょうか?


「何か理由がありそうだね、どれ?」


 ジュリエーヌさんは、手袋を取って指先を見せる。ギルマスと思われる女性は、眉をひそめる。


「……これはどういうことだい?」

「現在は、痛みもありません。お風呂に入ったり、お酒を飲んだりして血の巡りが良くなっても、痛みはまったく出ないんです」

「……なんてこった」


 ジュリエーヌさんの指と俺の顔を交互に見て、頭を抱える。その場を立ち上がる、応接間のような場所へ歩く。


「悪いけど、座ってもらえるかね?」

「あ、はい」


 俺は支配人らしき女性の向かいに、ジュリエーヌさんと並んで座ることになった。


「私はね、ここの支配人を任されてるリズレイリアというものだよ。あなたの名は何というのかな?」

「はい。俺はタツマといいます」

「そうかい。タツマさんでいいんだね?」

「はい」


 よく見ると、リズレイリアさんも手袋をしてるんだ。おそらく、見た目の問題もあるんだろうけど、痛みを軽減させるような保護の目的もあるんだろう。


 彼女は、ジュリエーヌさんのように手袋を取ってみせる。すると、こいつぁヤバい。第一関節近くまで黒ずみがあるじゃないか?


「こりゃ酷い……」

「あぁ、長年患っているからね。痛み止めを毎日気休め程度に飲んでる。もう、慣れたもんだよ」


 そう言って笑うんだよ、この人。本当なら、動かすのも辛いはずだ。いや、手でこれだけなんだから、歩くのも辛いどころの話じゃないんだよ、間違いなく。


「で、秘密は守ってもらえるんですよね? 個人情報みたいに」

「あぁ。冒険者ギルドって奴はね、ダイオラーデン王国の機関じゃない。何かあっても、ここへ逃げ込めば、籠城戦だってやれるんだよ」

「わかりました。まずは痛みを抜きましょう。なぁに、すぐに楽になりますよ」


 俺は見た目が痛々しい手を取る。少し息を吸って、気持ちを落ち着ける。こうした方が、魔法の効果が高いことは昨日検証済みだ。


「『ハイ・リカバー(上級回復呪文)』」


 効果が出た瞬間、一瞬驚いた表情をするんだけど、すぐに穏やかな感じになった。


「ほほぉ。これはこれは……、なんとも懐かしい感覚だね」


 痛みがない状態、もう何年、いや、何十年も前のことを言ってるんだろうね。どれだけ長い間、我慢してきたんだろう?


「まだですって。これから治療してきます。『デトキシ(解毒)』、『ミドル・リカバー(中級回復呪文)』』――」


 俺の魔素が尽きるか、魔素毒が散ってくれるか。根比べみたいな状況が続いた。けれど昨日の教訓で、常にミドル・リカバーを使ってる。予想からいえば、数十分ってところだろう。


 治療を始めて、小一時間は経ったと思う。見た感じ、黒ずみもないように思えるんだ。


「ジュリエーヌさん」

「はい」

「両手を手首までつけられるくらいの容器に、熱めのお湯をお願いします」

「はい、いますぐに」


 ややあって、ジュリエーヌさんの持ってきたタライのような容器には、湯気の上がる程度のお湯が張ってある。さぁ、これからが勝負だ。痛みが出るか出ないか?


「これにしばらく手を温めてください。だいじょうぶでしょう? おそらくは」

「あぁ、そうさせてもらうよ」

「ジュリエーヌさんは悪いですけど、リズレイリアさんの――」

「足の指ですね? ちょっとすみません」

「はいはい」


 リズレイリアの声は、なんとも穏やかな感じ。


「あぁ、しみるね。実に、気持ちよいものだね。もう何年も、湯に浸かることはなかった。洗ったあとに、流すことしか、できなかったんだよ……」


 足先の確認が終わったんだろうね。ジュエリーヌさんは、リズレイアさんに靴を履かせると、俺の顔を見て笑うんだ。


「おそらくは、大丈夫かと」

「そっか、よかった……ふぅ」


 俺はソファに深く腰掛ける。天井を見て、深呼吸した。いや、疲れたね。


「タツマさん、あんた、何者なんだい?」

「あ、俺ですか? ちょっとしたトラブルに巻き込まれて、故郷を追われた、ただの聖職者くずれですよ。もちろん、ここの神殿とは関係ありません」


 うん。間違っちゃいない。勇者召喚に巻き込まれた、MMOで戦う僧侶キャラを使う元ゲーマーさんだもんな。あのキャラとUMPC(ノートパソコン)がなければ、こうして回復魔法も使うことはできなかったと思うんだよ。


「タツマ殿。あなたの身元は秘匿させていただく。その代わりに――」

「かまいませんよ。できる限りのことは、したいと思っていますから」



お読みいただきありがとうございます。

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