シーン9-5/仮説と検証
「そういう事です。俺達だって、無策で告発に来たわけじゃない」
オリエさんに笑いかけた俺は詰所の敷地外に続く出入り口に向け、手を大きく3回打ち鳴らした。すると――。
「やっと出番か!」
「待ちくたびれたぜ!」
俺が送った合図を受けて、武器を構えた一団が詰所に踏み込んで来た。ダリルの顔から余裕が消え、焦りと疑問が色濃く浮かび上がる。
「な――なんだ貴様らは!?」
「ゼノさん、彼らは一体……!?」
「ギルドで雇った冒険者の人達です。上層部に伝手はなくても、正規の依頼人として人を集める事はできるので。
俺達の話を離れた位置から聞いてもらって、もし裏切り者が犯行を認めた上で抵抗するようなら、その時は踏み込んで手を貸してほしい――と依頼したんです。
助かったよダリル。お前が大声で罪を自白してくれたおかげで、こうして冒険者の協力も得られた。これで戦力は互角になったな」
「お、のれ……ッ!」
怒りと苛立ちに表情を歪ませるダリル。そんな彼を冷たく見据えながら刀の柄へと伸ばした俺の腕を、別の手が引き止める。
見ると、オリエさんが首を横に振り、一歩前へと歩み出るところだった。
「……ダリル先輩、どうか投降してもらえませんか。お願いです。これ以上……罪を重ねないで下さい」
「オリエ……お前……」
「騎士として、民を守るのが私の使命です。ダリル先輩が王都の民として罪を償うのであれば、望んで武器を交える必要はなくなります」
民を守る騎士として、あくまで説得による決着を試みるオリエさん。
……ほんの少しだが、彼女を疎んで誇りを傷つけようとした連中の気持ちがわかる気がした。
彼女の掲げる騎士の誇りは……眩し過ぎるのだ。
「ああ、そうだ……お前はそうやって……いつも……私を……ッ!」
ダリルの手が懐に伸び、液体で満たされた小瓶を取り出す。気のせいでなければ、囮捜査の時に見た違法ポーションを、更に濃い色にしたような――。
「……まさか、原液?」
ディーチェの呟きに、場の全員の表情が凍りつく。
魔力を込めて粗雑に精製された違法ポーションを摂取し続けると、魔族に堕ちる。では、もしその原液なんて代物を服用したら?
「マズい――取り押さえろ!」
冒険者の誰かが上げた叫び声に弾かれるように、俺達は一斉にダリルを止めようと踏み込む。
しかし……そんな俺達の焦りを嘲笑うかのように、伸ばした手の先でダリルの喉が大きく鳴り、違法ポーションの原液が飲み干された。
「……ああ、確かに不味い――だが、不思議と心地良いなァ!」
ダリルの全身から噴き上がる魔力が、俺達を吹き飛ばし後退させる。荒れ狂う力の波動の中心に立つダリルは、もはや騎士団の裏切り者ではなく。
「フゥゥゥ……これが魔道の力か。素晴らしいィ……!」
アーレアルスに生きる人類種族の天敵である魔族へと堕ちた巨漢が、俺達に向けて嗜虐的な視線をギラつかせていた。




