シーン9-4/仮説と検証
「……どうしてですか、ダリル先輩! あなたが教えてくれた騎士の誇りも、全て嘘だったと!?」
悲痛な声で問いかけるオリエさんを冷たい視線で見下ろし、ダリルは告げる。
「嘘ではない。いや、嘘ではなかったと言うべきか。
騎士の誇りを掲げた頃も確かにあった。だが気付いたのだよ。騎士など所詮、誰かの理想を押し付けられる役回りに過ぎない……愚かで有能な後輩が、私に先達としての在り方を求めたようにな。
お前達にわかるか? 自分より優れた素質を持ち、騎士に夢見る後輩を持つ事が、一体どれだけの重圧となるか。
いずれは追い越されると理解しながら先達の役回りを背負う事が、どんなに惨めな感情をもたらすか!」
次第に大きくなっていくダリルの声。そこには、騎士の誇りを抱く有能な後輩――オリエさんへの嫉妬と敗北感が滲んでいた。
追い詰められ本性を顕にしたダリルに、ディーチェが怒りの表情を向ける。
「だから違法ポーションの流通に手を出したっていうの……そんな事したって、何も満たされるわけないでしょ!?」
「いいや満たされたさ! オリエの絶望を特等席で味わい、違法ポーションで利益を上げ、流通グループでの地位も、騎士団での地位も確かなものとなった!」
……そこに、オリエさんの語った王都を守護する高潔な騎士の姿はなく。ダリルはただ、欲望に塗れて血走った目をギラつかせている。
「全てが順調だった。オリエを囮捜査にかこつけて流通元に引き渡せれば、邪魔者は全て消えていたはずだった!
それを、お前達のような冒険者未満の流れ者が! 私の前に立ち塞がり追い詰めるだと!? 許せない、そんな事があっていい筈がない!」
「……残念だけど、それが現実だ。騎士団の詰所で騒ぎを起こせば、すぐにでも他の人が駆けつけて来る。もう逃げ場はないぞ、裏切り者」
ヒートアップするダリルとは逆に、あくまで冷静に事実を突き付ける。もっとも、これで矛を収めてくれるかというと……。
「逃げ場はないだと……? 逆だ小僧。状況を支配しているのは私だ! さあ来るがいい――"騎士団の同志達"よ!」
詰所に顔を向け、大声を張り上げるダリル。その言葉は、騎士団内部に裏切り者がまだ潜んでいるという宣言に他ならない。
僅かな沈黙の後、騎士団詰所の扉が押し開けられる。その奥からは、青の騎士団に潜みオリエさんの捜査を邪魔していた同僚達が現れる。彼らもまた、騎士どころか人としての道を外れ、違法ポーションの流通と捜査妨害に協力していたのだろう。
既に人数は敵が上回っている。ダリルは裏切り者達の近くに後退し、余裕の笑みを浮かべている。
「多勢に無勢だ。そちらに勝ち目はなく、こちらに慈悲はない。
残念だよオリエ。お前が早々に心を折っていれば、少なくとも彼らが巻き込まれる事はなかっただろうに」
「っ……ゼノさん、ディーチェさん。ここは私が――」
「自分だけ残って戦うなんてダメよ、オリエ。今度こそ口封じで殺されてもおかしくないもの」
「ですが……相手は外道とはいえ、騎士として訓練された者達なのです。この人数差で戦っても、勝ち目は」
「大丈夫よ。さっきゼノが言ってたでしょ。"騒ぎを起こせば、すぐにでも他の人が駆けつけて来る"って」




