シーン9-2/仮説と検証
「冗談は止めて下さい! ダリル先輩が裏切り者だなんて、そんな……」
「オリエさんの捜査状況を把握可能かつ、捜査現場で細工や根回しに動ける同行者、そして捜査失敗の後始末をする立場にいる人物。
これらの条件に該当するのは、彼しかいないんじゃないですか?」
「ですがそれは、もしも裏切り者がいたらという仮定の話でしょう!」
首を横に振って応じるオリエさんだが、ここで止めるわけにはいかない。心を鬼にして、次の判断材料を提示する。
「思い出して下さい。貸し倉庫群で敵に見つかった時、連中は「お前ら、お客さんがいたぞ」と言っていた。
普通は誰かを偶然見つけたら「誰々がいるぞ」という表現を使うと思います。実際に、放免された連中も「お前ら、美人さんがいるぞ」という表現を使っていた。
この違いが生じた理由は? 何も説明していないのに俺達を「お客さん」――この場合は招かざる客の意味合いでしょう――だと断定できた理由は?
あの場で別行動を取っていた裏切り者が、連中に俺達の情報をバラして、口封じをしようとしたからだ」
畳み掛けるように表向きの説明を終えると、1つ息を吐いてオリエさんからの反応を待つ。
表情を困惑から迷い、そして渋面へと変化させ、彼女は問いかける。
「……証拠は。何か物理的な証拠はあるのですか?」
「いえ、ありません」
嘘だ。実のところ、証拠となりうる情報は既にディーチェが手に入れている。
俺の頼みにより、放免された連中を尾行した彼女が危険を承知で一体何を達成したのか。
それは、「連中の警戒をすり抜けようと行動した際に、判定が発生するか」という事実の確認だ。
結果から言うと、判定は発生した。倉庫群で発見された時は判定が発生しなかったにも関わらずだ。
カフェでの休息時に覚えた違和感の正体。囮捜査中のオリエさんを尾行した場面で発生した警戒をすり抜けるための判定が、敵の警戒をすり抜けるという点で同じ目的の行動を取った倉庫では発生しなかったという矛盾。
その矛盾が偶発的なものかを確認するため、潤沢な【革命力】によりダイスロールを増加させれば、ほぼ確実に判定を成功させて隠密行動を取れるディーチェに尾行を依頼したのだ。
倉庫群で判定が発生しなかったのは偶発的な現象ではない。予め相手に捕捉されていたからこそ、判定を挟まずに敵とのエンカウントが発生したのだ。そして裏切り者の正体はこの時点で、俺達の捜査範囲を把握し、それをその場で敵に伝えられる唯一の人物であるダリル・ギャレットと特定される。
とはいえ……これはTRPG世界のルールを熟知し、判定のダイスロールを認識可能な俺とディーチェの間でしか意味をなさない証拠だ。
「証拠もなしにダリル先輩を告発しようというのですか!? そんな無謀な……犯行を断定できなければ、逆に訴えられますよ!」
「――その通りだ、オリエ」
俺達の会話に割り込む野太い声。
その方向に視線を向ければ、詰所の扉を押し開けて、裏切り者の巨漢が姿を見せるところだった。




