シーン3-2/怪しい薬
路地裏を進んだ先には、2人の人影が立っていた。片方は先程のフードの人物。もう片方は、額の角を見るに鬼人族の男性だろう。
息を殺して物陰に隠れる俺達の視線の先で、鬼人族の男が口を開く。
「誰にも見られてねぇだろうな?」
「問題ない。周囲には気を配ってきた」
バッチリ見られてるんだよなぁ……なんかすまん。
内心でフードの人物に詫びながら、いよいよ怪しさを増すやり取りを観察していると……鬼人族の男が何かの液体が入ったビンを取り出し、フードの人物に見せた。
「……これが約束のブツだ。見た目は普通の薬と変わんねぇから、余程の目利きでもなければ簡単に騙せるだろうぜ」
「これが噂の……量も間違いないな」
「おっと、先に金を渡してもらおうか。元々そういう話だったろ?」
「わかっている。これでちょうどだ」
「取引成立だな。言うまでもないが、誰にも喋るなよ」
「当然だ。そんな事をすれば、一発で青の騎士団に捕まる羽目になる」
そんな会話を耳に、俺とディーチェは顔を見合わせる。
「怪しい薬の取引現場、だな」
「予想以上にガチなのに遭遇しちゃったわね。それじゃ、予定通り踏み込みましょうか」
「わかった。戦闘になったら支援を頼む」
お互いに了承の首肯を交わし、同時に身を潜めていた物陰から飛び出す。
「待ってもらお――」「ちょっと待ちなさ――」
「「…………」」
張り上げた第一声が見事に被り、お互いに遠慮して言葉を区切る俺とディーチェ。
路地裏に、いたたまれない沈黙が満ちる。
「……な、なんだお前達は!?」
あ、拾ってくれた。意外と優しいなフードの人。というか、声から判断すると女性だったのか。
「ありがとうフードの人! 私達はただの通りすがりだけど、こんな場所で怪しい薬の取引なんて許さないんだから!」
「そういう事だ。大人しくしてもらおうか」
気を取り直して身構える俺を前に、鬼人族の男はフードの人物を睨みつける。
「てめぇ、つけられやがったな! くそっ、捕まってたまるか!」
言うが早いか、男は路地裏に立てかけられていた廃材に手を伸ばす。恐らく廃材を引き倒して追跡を妨害するつもりだろう。
相手の動きと、俺の踏み込み、どちらが速いか――足を踏み出すと同時、相手と俺の頭上で判定のダイスロールが跳ねる。
【敏捷】判定/難易度:12
ゼノ:【敏捷】+2D6 → 2+8[出目4、4] → 達成値:10 → 失敗
最短距離で踏み込んだ俺の指先が、鬼人族の男の上着を掠める。しかしそれ以上の成果は得られず、俺は男が倒した廃材に巻き込まれ動きを止められた。
「くっ、データ持ちか……! ディーチェ頼む!("お前も手伝ってくれ"の意)」
「OK、任せて!("出目に全てを委ねましょう"の意)
いっくわよー! いざ、《運命のダイスロール》!」
《運命のダイスロール》 → 4[出目1、3]
なんで判定じゃなくて権能でダイス振った!? しかも出目が酷い!
愕然とする俺の眼前で、倒れる廃材がフードの人物の頭上に影を落とし――痛そうな衝撃音と共に、フードの人物の頭に廃材が直撃した。
「ぁ……!」
小さな悲鳴を上げ、フードの人物がその場に昏倒する。一方の鬼人族は、そんな事など知らんとばかりに路地裏から飛び出し、そのまま逃げ去って行った。
「売人の方には逃げられたか……ってかディーチェお前、なんでさっき権能でダイス振った?」
「え? ゼノが「頼む!」って言うから、てっきり権能でなんとかしろって意味だと思ったんだけど、違ったの?」
「あ、はい……具体的に言わなかった俺が悪いのか……?」
ボヤきながら廃材を押し退け、ディーチェと、その近くで昏倒するフードの人物に歩み寄る。
「取り敢えず、薬の買い手は捕まえられたな。後は青の騎士団に引き渡して、必要な取り調べを受けてもらう事にしよう」
「それがいいわね。でも頭ぶつけてたけど、大丈夫かしらこの人……うわぁ、立派なたんこぶ……」
心配そうな声音で相手のフードを剥がし、怪我の具合を確認するディーチェ。
フードの下から現れたのは、墨を流したような黒髪と凛々しい顔立ち、そして顔の一部に竜の鱗を持つ、竜人族の女性だった。年齢は、見た感じ現在19歳の俺よりも少し上くらいだろうか。
「こんな綺麗な人でも、怪しい薬に手を出して……悲しい話だわ」
ディーチェの呟きに重なるように、廃材が倒れる騒ぎを聞きつけたのだろう。青の騎士団の巡回警備が駆け寄ってくる。
俺達はやって来た騎士に事情を説明すると、気を失った竜人族の女性を引き渡し、今度こそ冒険者ギルドに向かうべく、路地裏を後にするのだった。




