シーン2-2/授業料
小走りで去っていく獣人族の男を見送り、俺とディーチェは露天商に向き直る。
「いやー、助かったわ! ありがとう、親切な露天商さん!」
「ありがとう、おかげで変なのにたかられずに済んだよ」
俺達の感謝に、露天商は気のいい笑顔で応じる。
「ああいやいや、別にお礼なんていいさ! 困った時はお互い様ってやつだよ。けどそうだな、もし俺に感謝したいっていうなら……な?」
露天商は、自分が広げる商品にちらりと視線を送る。感謝の気持ちは形で示せ、といったところだろう。商魂たくましいとはこの事か。
「ちゃっかりしてるなぁ……わかったよ。オススメは?」
「まいどあり! そうだな、ペアの腕輪なんていかがかな? 2人旅の絆も深まるってもんだぜ?」
「却下で。こいつの悪運が移ったら困る」
「ちょっとー! 私の扱いどうなってんの!?」
隣でディーチェが騒ぎ出すが、転生でファンブルを振った出目芸人に弁明の余地はないと思う。
「お、おう……割と辛辣だな……? じゃあまあ、個人用のミサンガにでもしておくかい」
「あら、素敵なデザイン。私これにするわね」
「はい、どーも」
ディーチェがミサンガを買うと表明した直後。露天商はニヤリと笑い、商品を丁寧にラッピングしていく。そして、その作業が終わってからこう言ったのだ。
「ミサンガ1点で、1000ティアになります」
「「1000ティア!?」」
「ティア」というのはティアストール王国で流通している貨幣単位だが……ルールブックには日本円に換算すると1ティア=10円のイメージと書かれていた。
つまりこの露天商は、ミサンガ1本を10000円で売りつけようとしているのだ。
「ちょ、冗談じゃないわよ! いくらなんでも高すぎるでしょ!? だったら買うの止めるわ!」
「いやー、そう言われましても。お客さんが買うって言うから、もうラッピングまでしちゃったんで……無駄になった包装代、500ティアの請求になりますぜ?」
「えぇー!?」
「うわぁ……」
やられた……怪しい案内人を追い払ってもらって気が緩んでいた。まさか、こんな展開になるとは。
ディーチェは何か言いたげに口を開閉しているが、有効な反論は思いつかなかったらしい。両目に涙を溜めて、財布を取り出している。
それを楽しそうに眺めていた露天商は、我慢の限界といった様子で吹き出した。
「ぷっ、はっはっは! すまんすまん、ちょっとした露天商ジョークってやつだよ。別に泣かせるつもりはなかったんだ」
可笑しそうに頭を下げてくる露天商をたっぷり数秒間は見つめてから、ディーチェは怒りに頬を紅潮させた。
「冗談だったの!? 全くもって笑えなかったんですけど!」
「はっはっは。だから言ったろー? 対価の確認はしっかりってな。お代は授業料も込み込みの15ティアで大丈夫だから、涙を拭きなよ」
「ななな、泣いてないですー! 目にゴミが入っただけですぅー!」
安堵と怒りと羞恥で目まぐるしく表情を変えた後、ディーチェは請求された代金を支払って品物を受け取る。
「ったく……いい授業料になったな。次から気を付けようぜ」
「そうしてくれや。素敵な旅を、旅人さん」
「いい話っぽく終わらせようとしないでほしいんですけど! 泣いてる美少女だっているのよ!?」
「やっぱ泣いてたんじゃねーか。それじゃ俺達は行くよ。ありがとな露天商さん」
ひらひらと手を振る露天商に見送られ、俺はディーチェを引っ張って冒険者ギルドを目指すのだった。




