16 ただ、守りたかった
戦艦ジ・アークが目の前に。更に、バルドザックをも登用し、別人の様に豹変したレイラ=バルクウッドも現れ、コノエに憎しみをぶつけるサーリャまでやってくる。危機的状況化の中で、コノエ達は一旦逃げるしかなかった。
ガイナバさんに言われ、大きな牽引機でクレナイの機体を引き走っている後ろを、僕も感情を抑えながら続く。皆が無事なのか気になる。
今はただ、それだけだ。
『待ち、なさ……! あん……わた……』
サーリャの声がするけれど、距離が離れて聞こえなくなってくる。ガイナバさんが用意した部隊が相手しているんだ。どれたけの数か分からないけれど、無茶なのは無茶だ。
「ガイナバさん。あなたが呼んだ応援部隊って……」
『元軍人。もしくは傭兵上がりが殆どだ』
そんな人達だからって、今のアルツェイトの軍とぶつかるのはマズいんじゃ……それに、実力的にも。
『コノエ。心配するな……と言っても無理だろうな。だから今は、子供達の方に集中してくれ』
そう。そうだよ。僕は、あの子達を助けないと。
また戦争でなんて、どれだけあの子達に酷い目を見せれば気が済むだよ。
そうしている内に、広範囲に渡って燃え広がる炎が僕達の前に現れた。もちろん、放置された建物も爆発で粉々にし、そのまま盛大に燃やしていて、ここには最初から何も無かったかの様にする為に、派手に燃やし続けている。
この星で見つかった、延焼力がケタ違いの液化燃料。化石燃料では比べ物にならないレベルだ。それを使っているんだ。
ジ・アークから落とされたハコ機。恐らくアレは、撃墜した敵機のハコ機で、そこにあらかじめ積んでおいていたのだろう。
『くっそ。これは……』
「…………」
言葉が出ない。この先に進もうとすると、機体が熱でやられて爆発してしまう。これ以上、進めない……。
先ずは消火? いや、でも……この液化燃料は特殊な薬剤じゃないと消えないんだ。だからこそ、こんな量を使う事は出来ない。
いったい、どこから掻き集めたの? 規定で一定量の販売は出来ない程に、ここでは厳しく制限されている物を、この為だけに? それだけの危険分子だって、僕達をそう判断した訳?
なんてことを……!!
そこで立ち止まっていると、ガイナバさんが牽引していたクレナイの機体から、彼女が飛び降りて炎に向かって駆け出そうとする。流石に止めるけどね。
「クレナイ! いくらなんでも無理だから! その体でも……」
「それじゃあどうするの! あの子達、まだ生きてるかも知れないじゃん! 炎の熱で苦しんでるかも知れない! 直ぐに助けないと!」
分かっているよ。僕だって分かっている。だけど、だけど……そこに辿り着くまでに、僕達の方が先に死んでしまうよ。
賭けるしかない。あの子達の生命力とか、アレックさん達の機転とか!
それでも、何とかする方法はないかと考えていたら、燃え盛る炎の先から誰かが歩いて来た。もちろん、燃えながら。
「誰! え……ジャン君? 嘘!! ジャン君!!!!」
慌ててクレナイさんが走り出す。僕も、シナプスから降りて彼の下に駆け寄る。
だけど、彼の身体は既に広範囲の火傷を負い、髪の毛もまだ燃えていて、しかも左腕が……燃えて皮だけで繋がっている様な、っていうか、何でそれで生きて歩いて……あぁ、そうか。もう、意識まで朦朧としていて、痛みも熱さも無いんだ。つまり、彼はもう……。
「クレナイ……ジャン君は、もう助からないよ。そんなレベルの火傷だよ。外に居たんだ……だから……」
火傷のレベル的にもⅢ度、皮下までいってる。というか、誰が見ても助からないレベル……それでも、彼は振り絞って声を出す。
「……ヒュ……ヒュー……ご、め……なさ、ヒュー……い。み、ん、な……を、俺の、せい……」
「ジャン君、喋んないで! 水! 水持ってきて!」
「だから、ダメだってクレナイ!!」
「うるさい!! それじゃあ、どうやって助けるの!」
「……くっ……ガイナバさん」
ガイナバさんもジープから降りていて、こちらに走って来ている。表情は変えていないけれど、それは努めて冷静にしようとしているだけで、握る拳に力が入っているのが分かった。
「……ジャン。一体何があって。いや、それ以上喋るのは……」
それでもジャン君は、僕達に皆を助けて貰おうと思ってなのか、涙の出なくなった瞳で、ジッと僕を見ながら言う。
「……みん、な。おっ、きな……音で、びっ、くりして……俺が、何とか……って、だけ、ど……その、後に……空から……みんな、の、かくれ、ていた、ばしょ……もえ……て……」
大きな音? ジ・アークがハコ機を落とす前に何かした? 場所を特定するために? いや……そんな無駄な事なんてーー
する奴だ。
あぁ……あぁ、そうか。なんて奴だ。あんなにおかしな言動をするのに、そんな切れた事までするなんて。
「クレナイ。あのさ……」
「言わないで! 分かってる!! 皆を逃がしたのは良いけれど、その前にも! 襲撃前にも大きな音があって、私もガイナバさんも、様子を伺いながら、皆を逃がす準備を急いでやっていたんだよ。やたらめったらと、色んな所に迫撃砲を撃っている機体だった。あれって要するに……」
「そっか、うん。反響音による防空壕の数、場所。それを、爆発した後の響き方で判断出来たんだ。おっそろしい能力だよ。だから、アイツは最初から分かっていたんだ! 皆が逃げた先も、どうやって痛ぶろうか、どうやって殺そうか、どうやって遊ぼうか。その算段をつけるために。レイラ隊長……いや、レイラ=バルクウッドに場所を特定させたんだ!」
そんな耳の良さは、レイラしかいない。そして背後からは、ガイナバさんの用意した部隊を撃破したのか、もしくは振り払ったのか、彼女の機体とサーリャの機体が走って来ていた。
「くそっ。皆、すまない……俺が、こんな不甲斐ない……」
ジャン君はもう、動いていない。息も、していない。最後に、ポツリとこう言ったのを僕は聞いた。
【は、は……ねぇ、コノ、エ姉ちゃ、ん……俺……も、ケモナー、に……】
「バカ。君はそれを望んじゃいけないよ。いけないんだけれど……」
脳裏に響く。ずっとずっと、そうしてあげたいなんて思っている。ダメだよって言う僕もいる。だってそれは、戦火に身を置くことになるんだ。
あぁ、どうしたら良いんだよ。
息を引き取ったジャン君を強く抱き締め、ただ一人クレナイだけ動かなかった。
そして、ガイナバさんはクレナイの機体に乗り、何かをいじっている。それはまだ動くの?
僕の方も、急いでシナプスに乗って準備をする。この騒ぎで、来ない訳がない。ジ・アークの方向から、東に30度。沢山の機体反応が出現した。
間違いない。PNDの部隊だ。それまでに、ジ・アークも決着をつけようとするだろうね。
良いよ。乗ってやろう。
ジャン君の、アレックさんの、皆の弔い戦なんて言いたくないけれど、せめてジ・アークだけには落とし前をつけないと。
そう、バルドザックなんかを味方に引き入れ、こんな事をした落とし前をね!
「ガイナバさん。それ動くの?」
『舐めるなよ。この機体を改造したのは、俺が信頼する奴だ。奴なら、こうするさ』
「ん?」
何てガイナバさんの方を気にしていたら、何と操縦席当たりの一画が急にバージして、上に飛び上がったと思うと、掘削用の腕とかもパージして飛び、操縦席と合わさって細い脚になると、ライフルやバズーカ砲も同じ様にパージし、小型になった機体の側面に引っ付いた。
いや、それはどっちかというと緊急避難用とか、そんなやつでしょ? もしかして、それで戦う気ですか?!
「ガイナバさん、それ……」
『舐めるな。見かけで油断して、こいつの性能を侮る。それも手だ。それと、こういう奴もいるという事を、コノエも知っておけ』
な、なんか雰囲気が……急に、軍人みたいな口調になってる。
『やっ〜と追いついたわ〜! って、レイラ隊長とバルドザック副長の作戦通りね。相手はもう戦意も喪失して、ボッロボロよ。もう後はなぶり殺してーー』
『やってみろ』
『ひっ!!』
はっや!! ガイナバさんの機体が着地したかと思ったら、もう目の前から消えていて、サーリャの機体の前にいた!
何て速さ……というか、脚にしたパーツが逆関節みたいになっているから、上がった跳躍力で距離を詰めたんだ。って、どうやって?! 機体を前屈みにしたところで、バランスが……。
『避けろ、サーリャ!!』
『あっ……ぐっ!!』
ただ、ガイナバさんの機体が小さなレーザーナイフを出して、サーリャの機体を斬りつけようとした瞬間、横からレイラの機体が体当たりしていて、無理やり刺されるのを防いでいた。
そのレイラに、僕もレーザーライフルを向ける。
『ふん。来い、危険因子が。私達を嘲笑い、のうのうと戦争の準備をするなんてな』
そして更に、上空からは天使の姿をした機体も沢山現れた。
ジャンク・ルックアレードの皆は助けられなかった。ジャンもまた、全身大やけどを負い、息を引き取った。ケモナーにしてと願いながら。その願いを、コノエは複雑な思いで受け取り、そしてシナプスで、サーリャとレイラ2人と対峙する。
次回 「17 甘さは捨てろ」




