15 空から降る惨火
ジャンク・ルックアレードの隠れ家を襲撃され、それの撃退に動いていたクレナイから、不意の一撃を受けたバルドザックの機体は、最早戦う事が出来ない状態になる。このまま去ってくれればと、コノエもバルドザックの前に立つも……。
クレナイからの予想外な攻撃で、バルドザックの機体は宙を舞って転倒した。
ただ、クレナイの機体は既に片脚が損傷していて、バランスも取りにくい状態になっている。だから、攻撃の勢いでそのまま転倒してしまった。
『くっ。ごめん、コノエ』
「大丈夫。僕も、完全に予想外だった。こいつが襲ってくる事、少しでも考慮していれば……」
とはいえ、こいつと会うのはこれでまだ2回目。そうそう行動なんて読めない。オルグから情報を出されていなかったら、こいつだとも思わなかったと思う。
『大丈夫、皆はアレックさん達が逃がしてるから。私は足止めだよ』
「そっか」
良かったとは思うけれど、だからって無茶なんだよ、クレナイ。
「とにかく、後は任せて。僕がこいつを追い払うから」
今の状態は、起動の制限が無いけれど、ずっとこの状態のままではいられないんだ。だからそれまでに、こいつと決着を着けないと。と言っても、相手の方がもう割りとボロボロだけど。
右腕は僕が切り落として、残った左腕もクレナイの攻撃でひしゃげている。
『…………』
「降参したら? と言っても、君は何処かの軍に引き渡すよ、危険だからね。何なら、PNDでもいいよ」
『あんな高圧的な天使共の所など、御免被りますね〜と、地球では言っていたのですよね? 地球から来た、コノエさん』
「っ……!!!!」
『え?』
バルドザックからの意外な一言で、僕は一瞬硬直してしまった。
そんな事、誰にも言っていない。知っているとしたら、僕の身体をケモナーにした母。コート女医くらいだ。まさか……いや、そんな。
もう一つ考えられるのは、こいつも地球から? って、その可能性は低いはず。いったいどこで……。
「……誰からそれを?」
『んん。否定も肯定もしない、と。なるほど。まぁ、情報元は秘密としましょう。ただ、地球からの来訪者等、ここユグドルでは聞くことすらない、太古の埋もれた存在だ。新たな争いの火種にも、なるんじゃないですかぁ?』
それはどうかな……と思うけれど、クレナイの反応から見て、あながちって感じだ。
何せユグドルでは、地球人は更に野蛮で、残酷で争い好きの危険な人種とされている。
って、太古の歴史学に書いてあったね。出会う事はないけれど、今の戦争の火種ともなったとか書かれている場合もある。だから多分、いいイメージは持たれていない。
ここに居る人達だって、ルーツは地球だろうけれど、それすら霞む程の年月も経っているんだ。
なるほどね。僕達の仲を引き裂く作戦か。
流石は拷問、尋問を得意とした一族だ。瞬時にそっちに切り替えるなんて。
「クレナイ。今は集落の子供達を。アレックさん達と合流して」
『あ、うん。でもコノエは……』
「大丈夫。何とかする」
そんな事を話している間に、レーダーに機影が現れた。こっちに向かって来ている。
一瞬ガイナバさんかとも思ったけれど、登録情報がない。つまり、仲間とか何処かの国の部隊とかではない。
バルドザックの味方部隊だ。
こいつ1人で襲っていたから、こいつ1人かと思わされていた。
だけど実際は、こいつだって仲間を集めて部隊にしていて、そして様々な所で戦争の火種を落としている。
『ふふふふ。流石にそろそろこの機体も限界でしたからね。ですが、最後に大きな花火でも打ち上げますか。あなた達にとっての、とてもとても綺麗な花火をねぇ〜』
「ん?」
ギギギギと軋む音を出しながら、バルドザックの機体が立ち上がり、そして肩口の大口径ライフルを空へと向ける。
いったい何を……って、ちょっと待って。このレーダーの機影って?!
『コノエ! レーダーの敵影が散ってるよ!!』
この辺り一帯に散らばる様に広がっている。この統率された動きは人でも出来るけれど、1つ最悪な事もある。
それは、この機影が無人機であり、オートパイロットモードで、最初からこの辺りを旋回する様に設定し、時間差で何処かから発進させていたとしたら。
そしてもし、その機体に大量の爆薬とかを積んでいたとしたら。この辺り一帯が……アレックさんと子供達が……。
「クレナイ!! 上空のを!!」
『ごめん、無理……嫌、嫌……なんとかしてコノエ! ねぇ!』
「うぐっ!?」
『さ〜せません〜』
今の状態のシナプスなら、超スピードで何とかと思っていたけれど、バルドザックの機体の胸辺りから、高強度のワイヤーロープが飛び出し、僕の機体に絡みついた。しかも、そのままワイヤーに電流まで流されてきた。
「うあぁぁぁ!!!!」
『あっはははは〜!! 苦しいぃ〜ですかぁ? そして更にぃ、もっともっと苦しい事をお見せしましょうかぁ!! 私はねぇ、あなた達等どぉ〜うでもいい〜んですよ〜! ゴミ掃除をしたかったのですからねぇ!!』
「バルドザックぅぅ〜!!!! お前は、どれだけ戦争をしたいんだ!!」
『えぇ! えぇ、えぇ!! したいですねぇ!! それこそが私の生き甲斐! 阿鼻叫喚の地獄絵図! 拷問、尋問やりたい放題! 最高じゃぁなぁいですかぁ!!』
そう叫ぶと同時に、バルドザックの機体背部から、大量の誘導ミサイルが撃ち出される。
『ダメ、嫌ぁぁ!!!!』
クレナイが叫ぶと同時に、バルドザックの機体からミサイルが飛び、それを宙を舞う。
そして、遠方から新たにやって来た、古びた無数のハコ機をぶら下げている、巨大な戦艦まで姿を現した。
「なっ?! 戦艦!? あんなものまで! どこの国ですか!」
いったいどこの戦艦だ。このぶら下げたハコ機にも、爆薬が積んでいるのだろう。というか、レーダーの反応にも中々引っかかっていなかった。何で……? と思っていたのもつかの間、ぶら下げられたハコ機が次々と投下されていく。
そしてバルドザックの放ったミサイルも、同じ方向へと飛び、投下されたハコ機へと着弾すると、その機体からはありえない程の激しい爆発と、沢山の爆炎が辺り一面を燃やしていく。
その下はもう、爆撃と業火に晒され、一瞬で火の海と化した。
「あ、あぁ……ぁぁああ!!!! なんてことを!」
『ジャン君!! 皆ぁぁ!!!!』
思わず叫んでしまって、クレナイも悲痛な叫びを上げる。
アレックさん達が子供達を逃がした、避難用の廃墟や防空壕の様な穴蔵の位置は、丁度あの辺りなんだよ。嘘だ……こんな……。
あいつは……バルドザックは見ていたんだ。逃がしている所を。もちろん、クレナイやアレックさん達が見られない様にとしていただろうけれど、あの巨大戦艦は迷彩を駆使して、レーダーにも反応しないように細工していたから、気が付かなかった。そして、そこから確認をされていたんだ。
いったい、何処の国何ですか。こんな奴に力を貸すのは、いったいーー
『こちらは作戦通りだ。バルドザック少佐。機体の損傷が激しいな、一度帰艦しろ』
『えぇ。そのつもりで、レイラ大佐』
「……え? は?」
全身の血の気が一気に引いていく。
今なんて?
レイラ……隊長? え……?
あぁ、あの巨大戦艦。更に改良されていて分からなかった。見事に強力な軍艦へと仕上がっている。旅をするものじゃない、厳つくて強力に見える装備を幾つも備え付け、立派な戦力としての大戦艦へと生まれ変わった、ジ・アークだ。
そして、バルドザックを仲間と呼んだ。かつての僕の上司、隊長だった……レイラ=バルクウッドの声も、僕の耳に、嫌というほど響いて反響する。
それから、全身の血が沸き立つ程の怒りも湧いてくる。
「レイラ隊長ぉ!!!! なんで、なんであなた達が!!」
『…………』
ただ、レイラ隊長は無言だった。そして、代わりに聞こえてきたのがーー
『黙れ。反逆者であり裏切り者の極悪人が』
新たな艦長となった、ジュイル中将の声だ。
『その戦争孤児達を利用し、新たな部隊を作るつもりだったのだろう? 危ない危ない。先日のケモナー部隊もお前達にやられている。何て卑劣で卑怯な奴等だ。最早許しがたい』
「何言って……」
『既にPNDの部隊もこちらに向かっている。戦争の火種、その禍根は絶っておかないとな』
「だから、何を根拠に……」
何て言い返そうとしていると、遠くからランチャー方が撃ち込まれる。ただし僕の方ではなく、バルドザックの機体と、ジ・アークの方だ。それと、まだ下に爆炎を撒き散らしながら落ちていく、無数のハコ機の方にもだ。せめて少しだけでもと、抗うかの様に撃ち続けている。ということは、これは……。
『コノエ、クレナイ! 今は戦う場合ではない! アレック達を、子供達を!』
『モドのおっちゃん……む、無理。私、機体が……うぅ、うぅぅ……』
『専用ので牽引する!! コノエは来い! 今戦えば、お前は確実に負ける!』
ジープをかっ飛ばし、ガイナバさんがそう言ってくる。
僕まで戦ったらいけないって、いや……そうか。レイラ隊長の機体が降りてきたけれど、ケモノ型なのに、その兵装も機体の様子も様変わりしている。それと、緑色のラインみたいな光を目や爪、脚の接合部からも伸びていて、とてもじゃないけれど普通じゃないのが分かった。
そして僕の方は、そろそろ限界だ。反動で体が軋みだしている。関節を動かすと、痛みが……更にーー
『裏切り者の極悪人、戦争を再び起こそうとする、コノエ=イーリアを……殺せ。無惨に殺して、後悔させろ。我々に逆らったことをな!』
レイラ隊長の言葉で、彼女もまた普通じゃない事を悟った。
そうなると、コルクは? ツグミは? 皆も、何かされてしまっているの? アルフィングは……。
「くっ……」
ジ・アークからは、ハコ機に加え、無数の騎士の様な格好をしたユニット機が、そしてケモナーが駆るビースト・ユニットも多数降下してくる。当然、僕を目の敵にしている人もいる。
『コノエ=イーリア!! あなたよりも、私の方が適正があるって事を証明するわ! あなたを殺してね!』
シナプスのパイロットになる予定だった、サーリャだ。狐のビースト・ユニットに乗り、ケモノ型で背中に2本のロングレンジライフルを背負い、物凄いスピードで僕に向かって来ている。それと、腰にも長いレーザーソードを携えているね。刃先は後方だけれど、ヒト型になる時に、あのレーザーソードを使うんだろうね。
対して僕は、ガイナバさんの言う通り逃げるしかなかった。
惨劇は止まらない。
コノエにとって最低最悪の展開に、理性を保つ事すら難しくなっている。それでも、シナプスで戦うには限界がきていた。皆を助けられない、ただ逃げるだけなのか。
だが、事態は更に最悪な方向へと転がっていく。
次回 「16 ただ、守りたかった」




