14 戦争を好む者
いつまた戦争が起こるか分からないという状況を知り、今すぐにでも何か起きそうな予感がしたコノエは、急いでクレナイ達の下へと戻る事にした。
それから料理屋を出た僕は、オルグに頼み込んで、この地帯から抜け出す手伝いをしてもらった。
何せ、例の奴が事件を起こしているなら、必ず近い内にまた何かしでかすだろう。皆の所に早く戻って、あそこからの移動をしないと。あの場所は、アルツェイトからもミルディアからも近い。
幸いシナプスはだいぶ離れた所に隠して来たから、僕1人で抜け出す事が出来れば、何とかなるんだ。例の部隊からと、検問だね。そこさえ何とかなればだった。
オルグの個人的な知り合いとして、すんなりと通して貰えたよ。また借りが出来ちゃったよ。
「借りなら、そうだな。今度はちゃんとしたデートをしてもらおうかな」
「ぐっ。お互い敵同士じゃなかったらね」
「期待しておくよ」
僕とオルグの関係は、何ともおかしなものになってしまった。敵なのか味方なのか、本当にどっちでもないような……だけど、戦いたくもない。殺し合いとか、あんなのはもう勘弁だとさえ思う。だけど、ミルディアに行きたいとか、そういうのでもない。
複雑だよ、この感情は。いったい何なのだろう。
そう考えている内に、もうだいぶ歩いた。シナプスを隠している場所、その目印の小高い岩山が見えてきている。急がないとね。
そこからは特に問題もなく、シナプスの所まで戻って来られた。それに乗り込み、今度こそ見つからないよう慎重に移動する。
◇ ◇ ◇
しばらく走った後、荒野が目立ち始めた所で、遠くの方から砂煙を上げて何かがこちらにやって来るのが見えた。
望遠スコープで確認すると、見覚えのあるジープがこっちに向かって走って来ている。
ガイナバさんのジープだ。別に迎えに来てくれなくても良かったのに。
ただ、結構な速度なんだよね。どうしたんだろう? いったい何が……嫌な予感がする。
「ガイナバさん! ただいま。どうしたの?」
『コノエ! はぁ、はぁ……すまない、集落が、襲撃を……!!』
「えぇ!?!?」
何で? どうして? 誰が?
なんて考えも、直前までオルグと話していた事で、その犯人の顔が浮かんでしまった。一体なんのつもりで……。
『奇妙な機体が一機だが、異様に強くて! クレナイが戦っているが、押されだしている! 俺は、急いでお前を探していたんだ!』
そいつが犯人って断定出来ないのに、何でか断定してしまっている。
いや……だって、この状況でそんな事するの、あいつしか思い浮かばないんだよ。最低だ、最低で最悪だ!
「ガイナバさん。僕が急いで戻る!」
『すまない! 俺も、辺りの知り合いに声をかけ、武器や武装をありったけ持っていく! 出来たら、応援部隊として行きたいが……』
「そこまで無理しなくて良いよ。PNDに目をつけられるでしょ?! 急ぐから!!」
レバーを一気に引き、最高速で駆ける。
間に合え、間に合え! 誰も死んでいないで! クレナイ、頼むから無茶しないで!!
集落までは、ここからなら飛ばせば半日もかからない。間に合ってと願いながら、機体の唸る音と振動を体に受け、鼓動もそれに合わせて早くなる。
「はぁ、はぁ……くっ。例の事件も、今回のも、ただの小さないざこざでも、両国を刺激するには十分? そんな事の為に、小さな命も犠牲にする? どれだけ戦争がしたいんだよ。あなたは!!」
これだけ怒った事なんて、いったいどれくらいぶりだろう。
集落に戻った瞬間、目に飛び込んできた業火を見て、思わず叫んでしまった。
「バルドザックゥゥ!!!!」
『おや。お早いお帰りで。そして、何故私と分かったので? 何故、私の仕業だと? あと、何故私の名を? ははぁ、ミルディアの例の方かな? なるほど。密会は彼ですか』
変に長く括れた腕を付けた、ミルディアのギアと呼ばれる機体。それが、燃える集落の前に立ち塞がっている。
クレナイは? 彼女の機体は……?
いや、バルドザックの機体の目の前だ。倒れている。嘘だ……クレナイ?
「クレナイ。クレナイ!! 大丈夫?!」
通信で呼びかけるけれど、応答がない。嘘だろう……。
「なんで、ここを……!! 僕を狙ったのか?!」
『あぁ、いえ。あなたを狙ったのではないですよ。ゴミ掃除ですよ、ゴミ掃除』
「ゴ……なんて言い方を!!」
『いや、だってそうでしょう? 戦争によって生み出された者達、本来なら戦地で屍になっていないといけないところを、こうも意地汚く生にしがみついて生きている。ゴミ以外のなんて表現が?』
「…………こ、の!!」
頭に血が上るどころじゃない。このクソ野郎は、何で戦争の犠牲者をこうまで卑下出来るんだよ。
『まぁ、今の状況は私にとっては不愉快極まりない。だから適当に煽っておけば、また争いから争いを生み、戦争へと拡大出来るかと思っていましたが、如何せんあの羽根持ちが厄介過ぎる』
羽根持ちって……PND部隊の事か。そうだろうね、お前にとっては厄介この上ない相手だ。
あぁ、そうか。だからか。こういう集落は寧ろ、こいつにとっては格好の餌だ。
どこの国でも構わないから、その正義感に火をつけて、PND部隊に文句を言わせるか、もしくはこれを他国のせいに出来れば、そこの国を批判する国が出てくる。そうすれば、いがみ合いから争いに発展させやすくもなる。
こいつにとって、着火剤は何でも良いんだ。だから、手当たり次第だった。雑だろうと何だろうと、ぬるま湯に熱湯をぶち込むような乱暴さでも、今の状況を変えられたら何でも良かった。
でもだからって、ここを選んだのはーー
「失敗だったね、バルドザック」
『うん? あなたの実力は……っとぉ、忘れていました。ソレがありましたねぇ』
怒りは良くない。だけど、制御出来れば話は別だ。律するんだ。怒りを抑えるんじゃない、律するんだ。ただ、理性だけはしっかりと持ち、相手を見据えてーー
「DEEP ASCENSION。起動。目の前の対象を排除する!!」
赤い光を纏わせたレーザーの爪で、相手機の腕を切り落とした。
『なっ! 速……! くそ。何ですか、それは!!』
赤い光のラインが機体に走り、部分的に開いていき、エネルギーを解放していく。脚にも赤い光を纏わせ、超高速で動く。もちろん、こっちの身体にもそれなりの代償はある。
今回は、アルツェイトのクーデターで使った時よりも、更に一段階上げている。だから、身体が軋み痛みが走っている。
「ふぅふぅ……」
『おやおや? 少し驚きましたが、どうやら以前とは違うようですね? 怒りで、制御出来ないレベルまで引き上げましたか? 何て愚行な事を。武器というのは、使いこなせないと意味がないでしょう?』
そう言いながら、残った腕を伸ばしてきたけれど、リーチがある分見えやすいんだよ、それは。しかも、腕を戻すからインターバルまである。個人戦では不利のはず。
だけど、クレナイはやられた。つまり……。
「おっと!!」
『読みますか。なるほど』
肩口から、隠されていた大口径のライフルが見えていた。そこからの銃撃は避けたし、反対側のランチャーも避けるよ。
「ふっ……!! やぁぁ!!」
『ぬっ、ぐ……これはこれは、予想以上ですね。いやはや、やぶ蛇でしたかねぇ』
爆発と同時に前に飛び込み、相手の足元を狙って、こっちの脚に付けられている小型のレーザーナイフで斬りつけたけれど、ギリギリで避けられてしまった。
まぁ、そうだね。お前は突いちゃいけないところを突っついたんだ。だから、覚悟するんだね。
『しかし、これくらいで私をやれるなんて、思わない事ですね』
すると今度は、相手が残った腕を前に伸ばし、手のひらが赤くなっていく。あと、熱まで放っている。なるほど、そういうやつか。
「そんなの、距離を取れば……はっ、待て、そっちは!」
『ふふふふ。君達平和が大好きな人達は、こういう事をされると戸惑いますよねぇ』
その後、よりにもよってそいつはクレナイの機体の方に腕を向け、熱が放たれそうになっている手のひらを近付けていく。
「止め……!!」
『そこを、狙ーー』
『隙あり〜!!!! どっせい〜!!!!』
『ぶぎゃぅ!! な、なにぃ?!?!』
慌ててクレナイを助けようと動いた僕に向かって、肩口の大口径ライフルを向けて来たけれど、その次の瞬間、奴の機体が宙を舞った。
何が起きたの?
と思ったら、クレナイが機体を起こして、その巨大な腕から出る強烈なパンチを、相手の横腹に思い切り喰らわしていた。
というか、ちょっと待て。あいつ今「ぶぎゃぅ」って言った? ぶぎゃぅだって。そうそう聞かないよ、それ。
『へへっ〜ん!! このクレナイ様を舐めるなぁ!!』
『きゅ、旧式機械如きが、こっのぉぉ!!!!』
う〜わ。思った以上に飛んでいるのと、相手の機体にかなりの損傷を負わせられた。
ただ、クレナイの機体もかなり損傷しているんだよ。そんなので豪快に動いたから、脚の部分が一本折れてしまって、バランスを崩している。
『うわっと、くっそぉ。思った以上だった。ごめん、コノエ……皆が……』
「そうだ、皆は!?」
クレナイの機体も横倒しになってしまい、彼女が凄く悔しそうな声を漏らす。
まさか、集落の皆はもう……。
既に遅かった。
バルドザックは、ジャンク・ルックアレードの隠れ家を襲撃していた。ギリギリで間に合ったコノエだったが、他の皆の安否は分からない。無事でいて欲しいと願うも……。
次回 「15 空から降る惨火」




