11 複雑な心境
シンティア皇国が怒っている。アルツェイト側は、ミルディアのメイン機体であるハコ機が使われていた為、ミルディアのせいだと訴えている。ミルディア側も、これには反発し、その為の証拠を集めていた。
この2年で、基地内の空気は様変わりした。
総督がギルムになったのもそうだが、PNDの部隊が小競り合いを制しているからだ。束の間の平和というのは、確かに良いものかも知れない。兵士達も、命のやり取りをする事がない為、安堵の表情やリラックスした様子まで伺える。
ただ、恒久の平和ではない。力によって無理やり力を押さえつけた平和だ。それはいつか爆発する。その事は、兵達にも勿論分かっていた。
ミルディアの男性兵士が、走りながらある部屋へ向かうのも、緩んだ空気がピンと張る瞬間でもある。ミルディアの軍の人々は、まだ戦争は終わっていないと感じていた。
「オルグ准将! 調査報告です!」
扉の前でピシッと姿勢を正し、その中にいる人物に向けて兵が話しかける。
「入りたまえ」
「失礼します!」
オルグはこの2年で准将になった。ギルムの補佐を熱心にしており、その為この昇進も必然だった。
男性は少し緊張していたが、それでも普段聞き慣れた上司の言葉の為、必要以上に構えてはいない。ただ、大きめの執務室で、机に座って書類を書いているオルグの方の雰囲気には、少し圧があった。それは責任なのか何なのか、良く分からない空気を纏っている。白い仮面に黒い軍服は変わらずだが、口元はにこやかではない。
「バッゲイアの件ですが、我々が領有する島の基地では、ハコ機の発進記録はありません。勿論、独断や無断もないです。機体が発進した跡も無く、こちらも裏が取れています!」
「ふむ……ご苦労。ということは、アルツェイトの言い分は完全に難癖だな。ありがとう。下がってくれ。あぁ、それと。君もゆっくりと休息したまえ。働き詰めだったろう?」
「あ、ありがとうございます! では、失礼します!」
書類に目を通したオルグはそう言い、男性に労いの言葉をかけた。
口ぶりからして、以前のオルグと変わらない。いや、むしろ、以前よりも部下への配慮が細かくなっている。もう二度と、何も失わないと誓うかのように。
その後、彼は透明なディスプレイを机に映し出し、誰かに連絡をし始める。相手は当然、ギルム総督だ。
「俺だ」
「ギルム総督。調査の件で、バッゲイアの事件には我々が関与していない事が分かりました。確実かとは思われます」
「そうか。分かった。となると、アルツェイトの言い分は……」
「完全に難癖です。ただ、ハコ機を見たという発言だけは、どうにも引っかかります」
「そうだな。まぁ、ハコ機なんて色んな所で使われているし、我が国固有の物とは言えない。当然良く使用しているのは我が国だし、軍にも使っているが、ゲリラや他国の軍以外でも使われている。確定するのは、少々言いすぎだろう。まぁ、そうまでして弁明したいんだろう。あのキレ方はヤベェしな」
「そうですね。何としても無実を証明したいでしょうが……」
「アルツェイトの軍マークがあったんだよな、ハコ機に。それもおかしな事だし、誰かの策略だと思うだろうが、PNDというか、シンティア皇国は我々の戦争には興味無しだった。そこが、痛いな」
「実力あれど、我々の軍背景や各国の機体状況等は把握していない。いや、情報は渡されているでしょうけれど、浅い」
「まぁ、その情報を出しておけ。あと、アルツェイトへの助け舟も必要ねぇからな。勝手にやっとけだ。俺達はーー」
「はい。宇宙の方ですね。そちらはまだ時間がかかります」
「よし、分かった。オルグ、お前も休息しとけよ。最近ピリピリしているだろ? それは良くない」
「バレていましたか。お恥ずかしい。しかし、気が抜けないものでして」
「分かっているが、たまには肩の力を抜け。良いな?」
「分かりました」
そう言って通信を切ると、オルグは仮面を取り、背もたれに深くもたれかかった。
「ギルム様にも分かる……か。いやはや、本当にどうにも。あれから気を張り詰め過ぎ、か……ふう」
目の下には多少隈が出来ており、あまり寝ていないのも分かる。それでも今は、こうやって執務をこなす事しかする事がないのだ。
軍事訓練等はやっており、トレーニングも欠かさず行っている。戦闘が起これば、いつでもあの「黒い凶星」として動ける。
新総督のギルムも、父を越せなかった腹いせで何かやらかすのかと、国民からは不安があったが、寧ろ治世を行う事で父を越えようとしていた。その姿に、多くの国民が涙したという。
ただ、ギルムいわく「あれで真人間になっていなきゃおかしいだろう? 己の命をかけた、決死の更生術ってやつだな。怪しまれたら動き辛いだろう? 真人間になっておかないとな」と話していたので、まだ油断は出来ない。
何せ、裏で手を組んでいた人物が人物だからだ。
「…………あっけらかんと話したが、それは計画が凍結したからだ。世界の情勢によっては、再び繋がる可能性もある。それなら尚更、私が目を光らせておかないとな」
とは言え、それで心労が溜まっていたら意味がない。
「休息と言ってもだ……ふぅ。そういえば、彼女はどうしているのやら。風の噂では、シナプスはアルツェイトから奪取されたとか。もし、彼女が自ら離脱したのなら、何処かで生きているかも知れない。しかし、そうでなければ」
なんてことを考えて頭を振る。信じる信じない以前に、未だに敵として自分の前に立ち塞がる可能性はある。それでも、気付けば部下にシナプスの捜査を指示していた。
因みに直近の報告は『目下捜索中』
「全く情報が無いのだから、致し方ない」
ただその報告も、1ヶ月前のもの。席を立とうとしたオルグに、通信が入る。
「私だ。何?!」
それは、バッゲイアに続く道で、シナプスに似た機体を見たとの報告だった。
ようやく動いたのかと思ったオルグだったが、ふと脳裏に過るのはバッゲイアでの出来事。PNDの部隊が消息を経った事件。それがアルツェイトのせいだと決めつけ、シンティア皇国がアルツェイトを潰そうとしている事。
彼女がアルツェイトの内情を知ったのなら、バッゲイアに向かって調べる事なんてしないのではと思うが、まだ仲間がいる場合、接触を試みる可能性はある。
そしてこれは、彼女がシナプスを持って逃走したという事が確定した動きでもある。奪取だった場合、わざわざ見つかる様な真似も動きもしない。
「ふふ。そうか。彼女は生きていたか。が、その行動は駄目だ。どうする……」
今、バッゲイア諸島国は危険過ぎる。それと、ミルディアが宇宙開発に乗り出し、その為の動きもある。アルツェイトとまだ繋がっている可能性もある彼女に、それは見せたくなかった。
何はともあれ接触したいところだが。
「ケプラーでは、アルツェイトを刺激してしまうな。空いているハコ機は……いや、それも危険か。やれやれ。グランツ君がいたら、ラフ・ティガーに乗せてもらいたかったが……」
今は亡き戦友に、少し思いを馳せたオルグは、スッと席を立ち、執務室を出る。
「仕方ない。休息として、コッソリと向かうか」
そう呟き、また仮面を付ける。部下達に、こんな顔を見せられる訳がない。嬉しいのやら、困惑したのやら、何やらよく分からない感情が渦巻き、よく分からない表情になっている自分の顔等、部下に見せられる訳がない。
彼女の近況次第では、もしかしたらこちらに引き込めるか、保護出来るかも知れない。しかし、戦わなければならない状況であれば、彼女が兵となっていれば、逃げられない運命が2人を引き裂くだろう……と、劇場好きの彼ならではの考えが頭を巡っていそうなほど、足取りもそう軽くは無かった。
結局の所、事実は分からず仕舞い。シンティア皇国の出方次第となった。流石に疲れが溜まっているのか、ギルムからも心配されたオルグだったが、シナプスが動いたという情報を手にし、彼女と接触する為動き出す。
次回 「12 偶然の遭遇」




