9 このつかの間の平和に
一旦危機は脱した。遠回りし、工作をし、コノエ達は隠れ家に戻って来た。そこには、いつもの平和な日々が続いている。
『神がいると思うか? だと。さぁね、居るか居ないか等、暇な人達が論じていればいいさ。何せそれは、科学的に証明出来ないからだ。だからそんなもの、私達が興味を持つ訳ないだろう? それでも聞いたのはナゼだ? ふむ、私達がやっている事に、神が怒らないか。だと? はははは。それならとっくに人類は怒られているさ。そうだろう? それでも、科学では説明出来ない現象があるのも確かだ。しかしそれは、我々がまだ発見出来ていない未知の物質、もしくは未知の原子物質による活動かも知れない』
だからあなた達は、こんな事をするの?
『あなた達……か。私達を両親とも思っていないわけだ。あぁ、そうだとも。私は私のやり方で、このクソッタレな運命を捻じ曲げて変えてやる。神などいるか、いるものか。いたら何故、こんな人々にした? あぁ、何かしらの概念的なもので存在していても、そいつらは何も出来ないだろう。見守るだけさ。創造神たる何者か、は。存在しないと私は断言しよう』
だから、あなた達は同じ人をーー
『あぁ、だが人ではない。私は、お前達も他の奴等も、人として見ていないよ。私か、私以外だ。原子から作られた物、としか言えない。更に言うなら、宇宙誕生のビックバンでバラ撒かれたーー』
もういい、それ以上はもういい。いつものだ。
『そうか。ではおやすみ。睡眠も、ヒトにとっては大事だからね』
…………。
「ーーエーーノエーー」
「…………」
「コノエ!!」
「うゃい!?」
しまった。考え事をしていたら、昔の嫌な会話を思い出してしまった。
というか、少し遠回りし過ぎてしまったのか、集落に戻るのも遅くなってしまっていて、ようやく戻れたと思ったら、何かがプツンと切れちゃって、ぐったりと疲れ果ててしまったよ。気も使いすぎたかも。
だから多分、僕からの応答がなかったから、こうやってコクピットを開けて確認したんだね。
「ごめん、クレナイ。大丈夫だよ」
「本当にもう……ちょっとというか、割りと心配しちゃったよ。それに、顔色も悪いよ?」
「はは。ちょっと嫌な事をね……」
「嫌な事ね。そういう時はしっかりと休む! いい!?」
「あ、はい」
めちゃくちゃお姉さんっぽくクレナイから言われてしまった。いや、まぁ……スタイル的にはお姉さんとかなんだけれど、何だろうなぁ。こう、なんていうか、負けてるな〜って思っちゃうのは、女としてーーいや、誰が女だよ。いや、今は女性だけれど……くそ。ここ最近は、どうも自分の性別が違う事で、色々と戸惑う事が多くなった。
アルツェイトに居る時は、色々とドタバタ続きだったから、そういうのを感じる暇も無かったけれど、今は時間があるから、自分に向き合う時間も増えてしまった。
そのせいで、自分が女性だということに、今更ながらに戸惑っているし、なんというか……オルグに対しても、スッゴイ事言ったよな? って、思い出してはこう頭がグルグルするというか。
「あぁぁぁ……!!」
思い出したらまたこうだよ。恥ずかしいったらありゃしない!
「ありゃりゃ。またいつものだよ。早く休みなよ〜」
「うぅ……はい」
ちなみにクレナイには何度か見られてしまい、洗いざらい白状させられたよ。目をキラキラさせていたし、何とかしてあげるなんて言っていたけれどね。こういう恋話には食いつくんだから、クレナイもちゃんと女性なんだよな。好きな人もいたんだろうなって思っちゃう。
「ほんと、今日はもう早く寝よう」
そして、僕はシナプスから降りて、夕食の支度をする皆の下へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、今日はガイナバさんに用事があるらしく、朝から出掛けていた。よって、集落の子供達の遊び相手になっている訳だが……。
「あはは! コノエお姉ちゃん弱〜い」
「イッテテ。油断したよ、もう〜」
ボールを使ってサッカーの真似事みたいな事をしていても、そればかりで遊んでいたからか、皆動きが良いんだよ。こっちが年上だから、少しは手加減をなんて思っていたら間違いだったよ。
以前はガイナバさんが良く相手してくれていたようだけれど、今は僕が相手をしている。何故か懐かれてしまったからね。というわけで、ゴール代わりのポール2本の間にシュートをされそうになり、何とか止めたけれど、踏ん張った場所が少しぬかるんでいたので滑ってしまい、尻もちをついてしまったんだ。格好悪い……。
「それでも、コノエ姉ちゃんの動きは凄いよ。流石ケモナーだね」
「たはは。あんまりその辺の能力は使っていないけれどね」
やっぱり本気でやっちゃうと圧勝しちゃうからね。だからって、この子達が機嫌悪くしちゃうから、手加減し過ぎもダメ。意外と子供と遊ぶのって大変だなって思っちゃったよ。
「その力も使えばいいのに」
そんな僕の言葉の後に、遠くから座って眺めているジャン君がそう言ってきた。
僕ばっかり見ているんだよね。何というか……殺気はないけれど、ピリついているのは、僕の動きからケモナーの人との戦い方をどうしようかって、そう考えながら見ている感じ。
「ん〜なんか、それはフェアじゃないような気がしてね」
「……そう。戦争とかでの戦いでは、遠慮なく使うのに?」
まだ子供だからね。この辺りの判断は難しい。もしかしたらこの子の将来は、僕の行動次第では……って、重く考えすぎた。単純でいいんだ、こういうのは。
「命の取り合いと、スポーツの様な競技は違うからね」
「…………」
その後、ジャン君は無言のままで、ずっとサッカーをする僕の姿を見続けていた。
途中からはアレックさんも合流して、子供達と楽しそうに遊び、エレナさんが呼んでくれるまで、皆疲れ知らずで遊んだ。ただ、僕にとってはこの光景は当たり前なんだけれど、この子達にとってはやっぱり特別と言うか、こんな日常を送れるなんて思っていなかった様な、そんな感じがする。
それだけ、この星での戦争が酷いものなんだって事が分かる。
あの国連が生み出した部隊は、確かにこの平和を生み出していて、子供達にとっては本当に信じられない程の、つかの間の平和。それを満喫しているんだ。
「…………」
僕は、何も知らずに。戦火に身を投じた。
ただ、言われたから。適正があったから。自分が特別なんじゃないかって、頭の片隅でそう思っちゃって。戦っていない、一般の人達がどういう思いでいるのか、それすら考えようともしなかった。
だからこそ、僕が踏み潰してしまったあの母娘の事が、こんなにも僕を苦しめる。あの時以上に罪悪感に駆られてしまう。
「コノエお姉ちゃん、大丈夫?」
「……あ。あぁ、ごめん。何でもない」
気が付いたら、目の前に置かれている夕食をジッと眺めていました。隣の女の子から心配そうに言われて、やっとぼうっとしていた事に気付いたよ。
本当に、僕は弱いな。
そんな僕の姿を、ガイナバさんが何とも言えないような表情で見ていて、ふと僕がそっちをチラッと見たら、視線を反らした。彼は軍にいたから、僕みたいな人達も沢山見てきたのかも知れない。だから、言いたいことがあるのかも。
ふと、窓の外からえる星空を見て、全く違う星の位置と輝きに、別の銀河で途方もない程の長い年月が過ぎている事を、また痛感してしまった。
ふけっている場合じゃない事も分かっている。
この集落で情報収集に使っている、ラジオの様な機器から、穏やかじゃないニュースが流れてきた。
『国連の和平中立宣告団「PND」のある部隊が、バッゲイア諸島国で消息を絶ちました。宇宙ロケットの発射基地が存在するこの諸島では、度々戦闘があり、PNDの部隊が鎮圧に向かっていましたが、先日の報告から連絡がなく、消息不明になったということです。PNDの団長アデーレ中将は、こう声明を出しています「我々に対する宣戦布告と捉えた。我がシンティア皇国への侮辱とも捉えた。一切許しはしない。天使の裁きにて、貴国を討つ。覚悟しておけ、アルツェイト皇国」』
「…………」
また、食事の手が止まってしまった。
戦争で失われた人々や孤児を見て、ほんの少しだが、この平和が続けばいいと願うコノエ。
ただし世界は、そう簡単ではなかった。再び戦火の火種が投下されようとしていた。
次回 「10 偵察へ」




