5 いつか来る時の為に
ジャンク・ルックアレードには、沢山の戦争孤児がいた。その中でも、1人の少年の事をコノエは気にしていた。とは言え、自分に出来る事は殆どない。この子がこれ以上戦争に巻き込まれないよう、祈るしかなかった。
夕食を食べ終え、片付けを子供達と一緒にやった後、僕は1人である所へと向かう。格納庫として使っている、洞穴の様な所だ。
ここなら、前を岩に模した鋼鉄の扉で閉めてしまえば、カモフラージュも出来て軍にバレにくい。良いところを拠点にしているよ。
毎日シナプスの点検はしておかないと、荒野地帯は砂が舞うしね。防塵はしているけれど、それでもこまめな掃除も欠かせないんだ。
そして中に入ると、いつも通り整備にいそしむ老人の男性がいた。長い髭を生やし、体格の良い屈強そうな雰囲気の彼は、このジャンク・ルックアレードの整備士だ。
「今晩も来たか。たまにゃ俺に全て任せて休めば良いだろうに」
僕が来たことに気付き、その人は声をかけてくる。
今は丁度、シナプスの腰の辺りをチェックしてくれていたよ。足場を手元のレバーで操作して、細かな所までじっくりと見てくれている。
彼はロット=ベ=ダングといって、実はアルツェイト軍の元整備士だ。だから、ビースト・ユニットの整備も出来るんだ。
この人がいたから、シナプスを使える。いなかったら、ちょっと大変だったかもしれない。
「そうしたいけれど、ダングさんずっとここにいるでしょ。ご飯もここだし、いっつも泥だらけ。せめて、出来る事くらいはと思ってね」
「ふん。システム調整はそんなに毎日は要らねぇだろ?」
「そうだけどね。今日、ちょっと動作で不安なところがあって……」
「あぁ、駆動部の一部サスペンションが破損してた。もう少し着地を丁寧にしてやれ」
「あぅ……既に見つけてたんだ……気を付けます。それなら、再調整もこめて、ちょっと全体を見て貰いたいんだ」
「……しゃ~ねぇな」
そう言いながら、ダングさんはレバーを使ってこっちまで足場を動かし、そのままゆっくりと降りてきた。
「それとだ。あの武器は、シナプスにはちと不釣り合いだ。何で近距離武器乗せてんだ?」
「それは、アルツェイトの整備の方が」
「ちっ。全く……相変わらず近接特化を狙ってやがるか。ミルディアに先越されたからって、いったい何年ひきずってやがる。そんなのだから……って、まぁ良いか。それなら、あの武器を逆に利用してやるか。いいか?」
「はい。それはもう、願ってもないです。確かに、シナプスなら何とかなるけれど、それでも無茶させているような感覚でもあるんだ。シナプスのしなやかさは近距離よりも、中・遠距離を保つため、相手から距離を取るためのもの。だと思うから」
「正解だ。その辺りは戦争中だと霞むからな、しゃ~ないところだが」
何て事を話しながら、僕はシナプスのコクピットに乗って準備をする。その時、この格納庫の入り口からクレナイの大きな声が響いてきた。
「ダングのおっちゃ~~ん!! 私のやつ、整備してくれる!?」
「あぁ。うるさい娘が来た。燃料切れだから、アレはしばらく動かせねぇだろうが!」
「あ、その燃料なら沢山買って来ました」
「なんだと?! そうか。それなら、また動かせるのか。またあの娘を危険な所に……」
「危険かどうかは僕が判断するし、クレナイにそこまでの無茶はさせないよ」
「その分てめぇとシナプスが無茶するだろうが! ったく。俺はどっちにも無茶して欲しくねぇし、危険な目にはあって欲しくねぇ。もう何があっても、あんな悲劇だけは避けないといけねぇ」
もちろん彼も、戦争で家族を失っている。彼の場合は、息子夫婦だそう。しかも新婚だった。その旅行先で突然戦闘が始まり、巻き込まれてしまったようだ。
旅行先はまだ安全で、ここ数年の間に動きはないとされていたのに、それなのに……戦闘が勃発し、戦争にまで発展した。
「何ともやるせなくなるんだよ。戦争で命を失われるとな、遺族としてはどう感情を整理したら良いんだってなるんだよ。どこに、この怒りと悲しみをぶつけりゃいい。っと、すまんな。コノエの嬢ちゃん。つい愚痴っちまった」
「ううん、いいよ。そういうの聞きたかったし。そう言いながらも泥だらけで整備してくれている。今も、話しながらもね」
「癖だな、こりゃ」
葛藤しながらも、この人はこういう機械や戦車、戦闘機等の整備をしている。手が空いたら、どうしてもやってしまうそうだ。職業病なのだろうけれど、本人が一番苦しいだろう。だから僕がやるのは、早く戦争を終わらせてあげること。それが一番難しいんだけどね。
そんな会話をした後に、クレナイがヒョコっと覗かせてきた。
「コノエも来てたんだ~♪ 毎日だって? 熱心だねぇ。んふふ~♪」
「楽しそうだね。クレナイは」
「そりゃあね! 久しぶりに紅機人器が使えるんだから~♪ これ以上コノエに負担をかけさせなくてすむよ~」
実はクレナイにも、彼女専用の機体がある。ただし、例のスチーム・エンジン搭載機なので、燃料用の特殊加工されたガソリンが必要になってくる。
この前それが手に入ったので、何とかそれも動かせるようだけど、エンジン音もうるさいし、あんまり隠密には適さないんだよ。だから、使っているだけで直ぐにバレるし、何なら軍にも睨まれてしまう。
「今の状況だと、その機体は使えないかな……」
「まぁまぁ、予備だと思ってさ」
予備って言われても……。
「ふぅ。全く……クレナイ。あの機体はだいぶ錆び付いてる。言ったろう? 恐らく、スチーム・エンジンの燃料は、もう手に入らないだろうと。今回手に入ったのでどれくらいだ? それもいつまでも持つ訳ではない。それならーー」
「おっちゃん。私言ったよね? 私には死に場所がない。だからせめて、あなた達を守らせて。それで死んだとしても最高じゃん♪」
「…………」
おっちゃんは黙ってしまったし、僕だって何て言ったらいいのか分からなかった。当然、クレナイの身体の事はこの人にも黙っている。
そもそも、ケモナー施術の失敗者の事は、一般にはあまり広まっていないから、きっと混乱をしてしまうだろうし、気味悪がってしまう。
「……仕方ねぇ。コノエの機体の後に見てやるよ」
「やった♪」
今の所は、目立った大きな戦いは起こっていない。例の組織が抑えているって事なんだろうけれど、水面下では何が起こっているか分からないんだよ。
僕は僕で、この星で起こっている戦争の裏を探ってみたけれど、だいぶ昔の事まで遡らないといけないから、直近の戦争を調べていた。
ただその全ては、あれやこれやとややこしい事になっていて、色んな国と宗教、思想の違いやちょっとしたすれ違いで起こっている。
困ったことに、もう力によって抑えつけるしか方法がなかった。
「一番面倒くさいものを使われていないだけマシか……クレナイ、厄介な戦闘になりそうだったら、直ぐに逃げるんだよ。君の機体じゃ戦えないと思うから」
「はいはい~♪ それはコノエから良く聞いているよ。だけど、私の機体の性能はまだ見てないでしょ~」
「確かにそうだけど、相手の兵器や武装は相当なものだからね。僕はまだ、そこまでの大規模な戦闘には参加していないけれど、資料は見せられているんだ。それと、核兵器の事もね」
核兵器で思いだしたけれど、以前ミルディアが宣言していた、核兵器の事に関しても、今のところは動きがない。というより、アレがブラフだったことも回ってきていて、いったいどれが本当なのか分からなくなってきた。
もし今、国連の軍を出し抜き、核兵器とか使おうものなら、その軍の人達がミルディアを殲滅してくるだろうね。だから、核兵器はまだ使えない。
それでも虎視眈々と狙うのなら、そろそろなんじゃないかな。って、殆ど勘だけれど。ここまで何も無いっていうのも、何だか不安になってくる。
完全な停戦ではないんだよ。何時なんどき、また戦争が始まるかもしれない。
今度は、最低最悪な展開をしていくかもしれない。だから、今の内なんだ。
この星の事、この世界の事。知らないことを知って、確実に戦争を終結させる。その手段として、四皇機を使わないといけないかもしれない。
まだ、シナプスのオリジナル機体の情報はない。
シナプス・オメガ。いったい今どこに? それとも、壊されて破棄された? いや、アレは壊れないし壊されないはず。
だから、きっと何処かにある。
シナプスに続き、また1つ戦力が増える。しかし、それは良いのか悪いのか……この先の彼女達の行動次第だった。
次回 「6 怪しいケモナー部隊」




