8 鮮烈なる平和の使者
颯爽と現れたシンティア皇国の使節団は、あっという間に停戦へと持っていく。それは、確かに平和をもたらすもの。人々が望む平和だった。
アルツェイト側にとっても、今回の事態は把握していなかった。それだけ、国連が秘密裏に動き、各国から採択を取っていたことになる。
戦争をしている国々を差し置いて。
それこそ、面目丸つぶれである。当然、パーツ大臣も国連に遺憾を示そうとしたのだが……。
「どのような理由だろうと、私のリッヒ・ヴァイツァーで潰しますよ。軍どころか、国ごとね」
多数の天使の様な機体と、この冷徹非情な麗しい女将校を前に、パーツ大臣の体重が2キロ減った。
よもや、国連があの国に協力を依頼し、彼女を派遣するとは思わなかったのだ。
シンティア皇国の中将、アデーレ=シャイン。
世界でも5本の指に入る、大財閥のシャイン家のご令嬢であり、5人兄妹の次女として、そして有り余る戦闘能力を生かし、軍の中将へと、若干二十歳の若さで上り詰めた、異例の存在である。
その鋭い眼力にかかれば、どんな者でも萎縮してしまう程であり、各国から恐れられる存在である。
ただ、シンティア皇国はその特性上、ミルディアとアルツェイトの戦争には関与もせず、止めようともしなかった。
シンティア皇国には「下に揃えば下に落つ」とされる考えがあり、自分達よりも下だと認識した国と関われば、自らもその国と同類になってしまうのだとされている。つまりシンティア皇国からしたら、アルツェイトもミルディアも下とし、関わろうともしなかったのだ。
それが一転。シンティア皇国でも有名な彼女が、国連の使節団として登場したのだから、それはもうパーツ大臣だろうと泡を食うのは仕方ない事だ。
「なななな……何故、あなたが? シンティア皇国が、国連に協力を?」
「そんな所です。最早この戦争を止める術など、国連には無かったのです。我が国に泣きつくのは仕方ないのですが、下の国が揃って泣きつかれても、我々にとっては知ったことでは無いのです。ただし、良い条件を提示してきたので、下だ下だと吐き捨てるのを止めたのです。聡明な我が国の殿下の元、国連はシンティア皇国の一部になりました」
「…………」
それを聞いたパーツ大臣は、そのまま椅子にドカッと座り込み、愕然とした様子のまま項垂れた。
「残念でしたね。あれだけ国連をよいしょしていたのに、裏切られましたね」
「どれだけ費やしたか……それら全ても……」
「まぁ、戦争をする国など全て悪。全てが下。我々が管理しようというのですよ。世界の全てをね」
それをさせまいと、あの手この手を使っていたのに、本当に全てが水の泡となった。
「シンティア皇国にはすがるなと、あれだけ……」
何せシンティア皇国は、どの国よりも機体開発が進んでおり、スピルナー対策の為にと飛行機体のテストを繰り返していた。大財閥をいくつも抱える国であり、豊かな資源と有り余る財力で、例の天使の様な機体の開発を行ったのだ。
そして恐らく、新たな国連の組織を発足するために、その部隊も用意をしたのだろう。
それらが遂に完了し、動き出したのだ。
ミルディアとイナンアが激突し、ミルディアの総督が亡くなった報せを受けた直後であり、これからアルツェイトがミルディアに攻め入り、この戦争に決着を着けようと、そう画策していた時の事だった。
そして、ミルディアに彼女がやって来る、2日前の話。ここから、この星を巡る様々な国の思惑や事態は急変していく。
◇ ◇ ◇ ◇
2ヶ月後。全ての事を話し、ミルディアの新総督となったギルムと、アルツェイトのパーツ大臣が、国連の指定した国、バッゲイア諸島国の島にやって来て、様々なメディアのレンズが向けられる中で、停戦の署名にそれぞれサインをし合った。
立ち会いは当然アデーレ中将であり、会場の周りにはズラリと天使の機体が並んでいた。まさに圧巻の光景でもあり、今後の国連に対しての強力なイメージ付けと、戦争をしていた両国がそれに屈したというメッセージを、世界へと発信したのである。
署名と記者会見を済ませたギルムが、不機嫌になりながらツカツカと廊下を歩いている。その後ろにはオルグが居た。
「とんだ恥晒しだぜ。やってくれる。今回のこれは、国連とシンティア皇国が仕組んだ、一大ショーだ。正義がやって来たっていうな。俺達は完全に悪役にされた」
「見事なまでに、世界に和平と調停の使者というイメージを植え付けましたね」
「こっからは、俺達の存続にも関わる。一手間違えると全てパーだ。そりゃ向こうも分かってるだろう。だからこそ、応じたんだ」
「その内、軍縮が求められるでしょう。そうなると、本当に私達が……」
「させねぇよ。まだだよ、まだ終わっちゃいねぇよ。このまま上前をはねられて、それで『はい、ごめんなさい。許して下さい。全て私達が悪かったです』って泣き寝入りなんか、俺の親父でも許さねぇし、俺達の国の奴等も納得しねぇよ」
「ミルディア内でも、和平に好意的な者もいます。その者達にとっては、今回の事は喜ばしい事でしょうが」
「そりゃ自らの生活の質が落ちてから判断しろ」
何をしてくるか分からない。今までの国連とは違う。一手間違えると国が危ぶまれる。
こんな中で総督となったギルムにとって、今や名総督と言われた父の名が重荷となっていた。
「国民から認められたが……くっそ」
そう呟くと、ギルムは小型の通信機を取り出し、オルグの見ている前で、ある者へと通信を入れる。ただし、それ以外は居ないと確認をしてからだが。
「俺だ。これはどういう事だ? 完全に予想外というか、俺達の描いた道からは、大きく外れたぞ」
『…………』
「何とか言ったらどうだ!? つ~か、お前今どこにいる!?」
『これは、私も予想していなかった。国連には圧をかけてはいたが、何故こんな動きをされたのか、全く分からない。私の力の及ばない所で、別の何者かが我々の存在を嗅ぎとったのかもな』
「おいおい。そうだとしたら、お前の落ち度だぞ。そもそも、俺がお前に協力しているのも、お前が俺に協力しているのもーー」
『あぁ、全てはこの星の全てを正し、あるべき姿へ、あるべき場所へと帰還するためだ』
「そうだ。お前の話が本当なら、デカいチャンスだ。それなのに、この有り様はなんだ!!」
『そうだな。うん。新総督おめでとう』
「ふざけてるのか、こら!! こんな早いタイミングは見越してねぇよ!」
『分かっているさ。私も、かなりの修正を強いられるし、またかなりの時間後退してしまう。今回は、してやられたよ』
「はぁ……そうか。お前も想定外なら仕方がない。それなら、一旦俺達の協定も無しだ。いいな?」
『分かっているさ。また、この計画を進められそうになったら、誘うとするさ。その時まで、君が生きていれば……だがな』
「ちっ。じゃあな」
そうして通信を終えたギルムは、オルグの方を向いた。
「って訳で、これで俺は晴れて何の隠し事もなくなった。身綺麗になったぜ」
「先程の通信相手が……例の」
「そうだ。あの野郎こそ、正真正銘の悪党ってものだろうな」
「捕らえなくても?」
「もうどこにいるか分からねぇよ。最後に会ってから、奴がどこに行くかも告げずにだった」
「なるほど。では、その者も警戒しつつ、しばらくは大人しくしておくしかないでしょうね」
ミルディアの輸送機に辿り着き、この先の事に憂いを抱きながらも、それでも2人の目はまだ死んでいなかった。
この星の覇権も、国の発展も、どこよりも強くなるためにも、ここで終わるわけにはいかない。
このまま、完全平和と言う名の発展なき牢獄に入れられる訳にはいかない。
人は発展してこそ先を見れる。この星以外の、更に別の星を見つけるにも、発展は必要だ。ここでこのまま朽ちるのは、是としない。それがミルディアの、グェンヤーガの意志だった。
そして、ある2人の男の野望は、再び世界に戦火をもたらす。
しかしそれは、今はまだ先の話。
停戦の署名を終え、誰もが戦争は終わったものと思い始めている。しかし、ギルムはまだ、その目に野望を灯している。オルグに隠していた事を話し、身綺麗になった今、総督として父を越えようと動き出す。
そして月日は流れ、2年が経つ。
次回 新章 「1 荒野の漁り屋」




