7 使節団と新たな制度
スピルナーを一層するため、自爆に近い形でグェンヤーガは戦艦もろとも散った。その後始末を、ギルムが代理で行っていたが、父の最後の行動に思うところがあるようで……。
ミルディアの首都は、混乱を極めていた。
何せ総督が亡くなったのだから、様々な揉め事が発生している。元々グェンヤーガは、圧倒的な力とその圧によって、反乱分子等を押さえ込むタイプだった。
息子のギルムはそれを見ていたから、そんなやり方だけではいつか父親が亡くなった時、この押さえ込まれていた反乱分子達が、爆発する不満と共に、一気に国を乗っ取るのではないかと、そう考えていた。
そして、実際そうなりつつある。
民主的な団体等は、数々の民主的な国の事例を例に上げ、軍の弾圧を止めろと声高らかに叫ぶ。
かたや、そんな圧力は無かったと必死に押し止めようとする。そんな板挟みの中で、ギルムは対応を迫られていた。
「くそくそ……俺の考え通りにいっていれば。いや、今更だ。結局、俺の予感的中じゃねぇか。何て事をしてくれる」
豪華な飾りのある自分の執務室の中で、ギルムはあっち行きこっち行きと、まさに右往左往しながらブツブツとこの現状の分析をし、対策を考えていた。
「そもそも今回の激突は、双方痛み分けにするつもりだった。ディア・イフリートの戦闘データを集めつつ、あのAIシステムに学習させるためでもあったんだ。クソ親父もゲルシドも、両方を失うというのは想定外だ。クソ親父だけならまだしも、俺の会社の得意先になりつつあるゲルシドまでも失うのは、正直やべぇ。これを分かっていてか? 頼むから、生きていてくれよ」
ゲルシドは脱出していた。ただ、あのスピルナーの数と爆発だ。生還は絶望的ではある。しかし、そこはゲルシドの能力を信じ、連絡を待つしかなかった。
それともう1つ。
「おい、俺だ。早く撃墜されたディア・イフリートを秘密裏に回収……なに?! 既に本国の別部隊が回収していった?! オルグか!?」
ゲルシドにこっそりと横流しをし、その戦闘データとあるシステムの向上を計っていたギルムは、通信機に向かって焦りの声を発する。
アレを他の者に見つけられてしまっては、あまり好ましい状況にはならない。よって、何とか秘密裏に回収をしたかったのだが、どうやら一足遅かったようだ。戦闘が終わったと同時に回収に向かわせたのだが、他の部隊の方が、オルグの方が早かったのだ。
「あぁ、くそ! 先を越された! オルグ……クソ親父に何を言われた。言われたとして、あの場で疑心暗鬼を植え付けておけば、多少は動きも鈍るだろうに。なんて忠誠心だ。あ〜!! 俺には分っかんねぇ!」
何もかも一歩先を行かれてしまう。追いつこうとしても追いつけず、何とか必死にしがみつき、追い越してやろうと試みても、この有り様である。
結局、1つも認めて貰えず、父は去っていった。ギルムに一言も残さずに。いや、あの最後の行動こそが、父親としての最後のメッセージかも知れない。
「…………あぁ、ちくしょう。そうだよ、結局俺も人の子だよ。あ~だこ~だやったって、1人じゃ何にも出来やしねぇ。親父の後を追うことしか出来ない。それがこの先、飛んでもない過ちになろうとも、それで上手くいっていたなら拍手喝采、万々歳……かよ。ムカつくんだよ、あ~ムカつくよ!! だけどそれすら見抜かれていた!!」
ダン! と力強く机を叩くギルムは、幼き日に見た、大きく果てのない父の背中を思い出していた。
いつかきっと、自分もこんな風に……と。
「……オルグと繋げ」
項垂れながら、また通信機に話しかけ、今度はオルグと話そうとする。
「あぁ、オルグか。俺だ。どうだ、怪我の程は? 通信できっか? わりぃな、聞くの忘れた。混乱してるもんでよ」
そう付け加えた後、通信機の先からオルグの声が聞こえてきた。
『ギルム様。まだ気持ちの整理が出来ていないでしょうに、無理はーー』
「そりゃお前だろ。つ~か、お前親父から、俺の事を信じないようにとでも言われていたのか? と言っても、親父に報告してねぇみたいだったから、杞憂かとも思っていたが、その忠誠心は何なんだ。ディア・イフリート、回収したのお前の部隊だろう」
『……………』
少しの沈黙が続く。それは恐らくオルグの方も、ギルムのこのらしくない反応に戸惑っているからだろう。
ただ、もういつものギルムではないと判断したのか、オルグは話し始めた。
『はい。ディア・イフリートは、私達の隊の、無事な者達で回収しました。もちろん、スピルナーは既にいなくなっており、追加の襲撃もない事を確認してですが。他の機体は残骸しかなく、遺体もーー』
「あぁ、そうか。んじゃ、親父の葬儀は遺体無き葬儀だな。せめて盛大に執り行い、送り出そう。それで、ディア・イフリートからは何が?」
『……はっ。何と言いますか、対峙してあり得ないと思ったシステム、DEEPの起動。これが、何故ゲルシドが使えたのか謎でして、探ってみたところ、飛んでもないシステムを見つけました』
「おぉ、そうか。どんな?」
『ケモナーの尻尾、の様な物です。それが既にテール・プラグに差し込まれており、それでDEEPを起動させていたのです。つまり、レプリカですね。ダミーシステムのような、そんな感じです。ちなみにですが、このレプリカの方には、ガンマ社のロゴが……ギルム様、これは』
「あ~そうだ。ゲルシドと協力して俺が開発したシステムだ。テール・レプリカ。ダミー・DEEPシステム。この2つがあれば、ケモナーを量産しなくても、ビースト・ユニットに乗れる。人が、ビースト・ユニットにだ」
『…………更に戦いが激化します』
「分かっているよ。こいつで親父を叩き潰す為のものだったんだ。戦闘でもだが、技術としても、軍事力としても俺の方が圧倒的だというのを知らしめる為にだ。それがこんな事になるなんて、全く思ってもいないし、完全な計算違いだ。今回は、俺の敗けだ。だから素直に伝えてやった」
『そうですか』
すんなりとそう吐いたギルムに、オルグの方もどう反応したら良いのかといったところだった。
越えるものが無くなった。自分がミルディアの総督を継がないといけないが、果たして他の者が認めるか。これからの難題は多々あった。
ギルムにはこの先、今までのツケとも言わんばかりの、最大の試練がやって来る。オルグも、このままギルムに仕えるべきか悩んでいた。
それを悟ったのか、ギルムはオルグに一言告げる。
「軍、抜けるなら今のうちだぜ」
『…………』
答えはなかった。
それを今のオルグの気持ちと受け取り、ギルムは通信を切る。
「…………」
そして、椅子に深く腰掛け、大きく溜め息をついた。
「あぁ、やってやるよ。クソ親父。俺は、ちゃんとあんたを越えてやる。だが、それは今の国民が俺を総督と認めたらの話だがな……はっ、今更になって怖くなってやがる」
人々から飛び交う罵倒、総督には認めないと言われるか、それとも今までやってきた事で、処刑でもされるか、はたまた更迭か。どうなるかは、最早ギルムでも分からなかった。
だが今はまだ、総督の息子であるギルムが、全てのトップである。
だから、戦いが終わった直後にこの国にやって来た、ある使節団達は、そのままギルムの元へとやって来たのだ。
戦いの後のこの慌ただしい中で、まるで見計らったかのようにしてやって来たのだ。
「ギルム様! 国連の使節団が!!」
「……はぁ!?!? 使節団?! 今?! 何のためにだよ!」
「わ、分かりません。ただ、異様な雰囲気でして、早急に総督に会わせろと。亡くなったと伝えたが『それなら尚好都合。代理でも良いから会わせろ』と。半ばゴリ押しで」
「な……なな……」
あまりの展開に、またギルムの頭は混乱していた。
形骸化していた国連が、何故こんなにも強気で出るのか、理解が出来なかった。いや、理解するにも相手の動きが早すぎた。
「失礼。あなたが、総督代理ですか?」
しかも、許可を出す出さない決める前に、既にギルムの執務室にやって来て、思い切り扉を開けてきたのである。
「お、お前等! 礼節ってものを知らないのかよ!」
「礼節? 戦争を起こす国々に、そんなものがありますか? まぁ、良いでしょう。この度国連で決められた、強制力のある停戦協定に、判を押して頂きたい」
「……へっ?」
このズケズケと物事を進めてくる女はなんだ? いや、女かも分からない。フードを深く被り、唯一目だけは見える。身体つきからは、女性のソレを感じられなくもない。ただ、声は低くも高くもない。
身体は神聖な様を見せるようにか、白くて複雑な紋様の入った軽鎧を見に纏っている。スカートではなくズボンでもあり、顔立ちが中性的な感じから、性別がハッキリとは分からなかった。
そんな人物が、容赦なく彼に話しかけてくる。ギルムは更に混乱していく。しかも、停戦とまで言ってくる。
「なに言っているんだ、お前は。そんなもの、国連が決められる訳ーー」
「出来るのです。この度新設された、中立和平宣告団から、我々の部隊は結成され、国連の採決で決まった停戦は、両国どのような理由があれ、停戦するようにとなりました。これは、国際法でも新たな解釈として入れられました。よって、我々がやって来たのです。さぁ、この書類に判を。それで停戦となります」
「待て待て待て待て。それは、アルツェイト側にもか?」
「えぇ、既にそちらの判は貰いました。よって後はミルディアだけです」
「んなっ!?」
元々アルツェイトは、国連をよいしょしているし、今でもその顔色を伺っているぐらいだ。反論も何も出来ないだろう。
だからと言って、こんな簡単にも停戦出来るものか? そう考えていたギルムだが、建物の外に見えた影を見て、思わず唾を飲んでしまった。
「失礼。念のため起動させています。私の目の黒い内は、いかなる戦闘も許しません。このリッヒ・ヴァイツァーで裁きますので」
そこには、大きな羽を備えた、天使の様な機体があった。
突然現れた国連からの使節団。それは、強制的に停戦させる、傲慢な天使の使いだった。このまま両国は、この星は、永遠の平和を手にするのか?
次回 「8 鮮烈なる平和の使者」




