6 戦火に散る
戦いに乱入したスピルナーの対応で、お互いに戦闘継続が厳しくなってくる。そんな中、意外な人物が通信を入れる。
ミルディアとイナンアとの決戦、その場に嫌われ者の虫達が乱入してくる。
戦場は混乱し、最早敵味方等関係なく、スピルナーの上空からの攻撃を、両部隊の兵達はひたすらに回避していた。
「くっ!! やはり、またか……!!」
そんなスピルナーの機体を見て、またその異変にオルグが声を出した。
今度は蛾や蝶の様な羽根を持った、トンボみたいな機体が上空を飛んでいるが、やはりその頭部から、菌糸のような濃い紫色の物が機体全体に、血管の様に張り巡らされている。
『何か知っているのかな? 黒い凶星よ』
そんなオルグの声を聞いたゲルシドが、彼にそう聞いてくる。
「悪いが、敵に情報を売るような真似はーー」
『このままでは両部隊が全滅するかも知れないのにか?』
「…………」
現状、今回の機体はかなり高性能であり、こちらの攻撃はヒラリヒラリと上空で交わされており、向こうからの攻撃は、まるで鳥が強襲するかのようで、空からの滑空によるガトリング砲と、広範囲にわたる対地ミサイルを組み合わせた、本当に隙の無い攻撃のレパートリーであり、両部隊の兵達は次々と倒されている。
このままでは、全滅である。
オルグも、このスピルナーの攻撃にギリギリで対処している。ゲルシドも、尾のビーム砲や腕のビームサーベルで対抗しているが、片方の脚がグランツにやられ、動かせはするものの機動力が落ちており、そしてあまりの数の多さに何回か被弾している。しかし、それでも殆どダメージがない。
それに対し、オルグの方は被弾すると、恐らく戦闘不能にはなる。グランツの様子も見ながらなので、かなり苦戦を強いられている。
『すまんな。大将』
「君は気にしないでいい。戦艦に帰還出来る方法を考えるんだ」
『あぁ、そうだな』
そう返したグランツだったが、何かを決意したかのような口調だ。
「グランツ君?」
『気にするな。大将。あんたはあんたのやるべき事をやるんだ』
グランツの態度も気になるが、今のオルグに出来るのは、スピルナーの攻撃を避け続け、隙あらばゲルシドを狙う事だが、スピルナーの機体を落とすだけで精一杯である。
『オルグ、グランツ。2名は直ぐに戻れ』
「ギルム様?」
そんな中で、ギルムが通信を入れてくる。それは当然、グェンヤーガにも聞こえている。
『ギルム。私が指揮をしている。割って入るのは許されん』
『はいはい。そうですか。いや、こんな所で親子喧嘩なんかしませんよ。あんたの勝手な意地で、そいつらを失う気か? 俺は許さねぇぞ』
そんな通信の中、グェンヤーガは気になる部分を口にした。弾薬もそろそろ厳しそうな状況であり、スピルナーの攻勢も緩まない。このままイナンアと戦闘を続けるのは危険である。
だからこそ、この状況を誰が生み出したのか、知らないといけない。それがハッキリしなくても、せめてその尻尾は掴まないと、これではただいたずらに兵を消耗させただけになる。勝ち負けの付かない最悪の結果にだけはさせまいと、グェンヤーガはギルムに問い正す。
『この状況を生み出したのは、お前か?』
『……悪いが親父、スピルナーは俺も予想外なんだ。なぁオルグ、あのスピルナー達は普通じゃないのだろう?』
そう答えたギルムの言葉に、動揺の様なものは感じられない。オルグもそう思い、自身で気付いた事を言おうとする。しかし、敵にも聞かれてしまうと、こちらが有利な状況に持ち込めなくなるかもしれない。
よって、オルグはギルムへの返事が少し遅れてしまった。
『オルグ? 何か不味い事が起きたか?』
「いえ、すいません。状況的に有利な状態に持っていける可能性もあるかと思い、敵に聞かれる訳にはと……」
『あぁ。そういうことか。ただな、もうそっちも弾薬ヤバイだろう? そんな事を考えても、その状況に持ち込めない事態なのは、分かっているだろう』
「えぇ。それでもその後で……我々がここで倒れても、先の者達がーー」
『ふざけるな! オルグ! 貴様、自分がどれだけ有能か分かっているのか?! 親父側だろうと、俺はそこは認めているんだ!! 有能な兵士を生きて帰す。自軍の犠牲は最小限にだ! 違うか!? 俺は、お前達2人を失う事が、どれだけの損失になるか分かっているんだ! だから、そんな自己犠牲等は考えるな!』
まさかのギルムからの檄に、オルグは開いた口が塞がらなかった。
やはり、親子だ。そう、オルグは感じた。
「分かりました。ギルム様。私の考えが甘かったです。兵士たるもの、如何なる場合でも、上司の言葉は絶対です」
『そうだ。分かったなら、無事に帰還してこい。良いな、親父。もうこうなったら、イナンアとの戦闘は中止。スピルナーの討伐に切り替える』
『良いだろう。イナンアが、邪魔をしなければ……だがな』
『それはさせない』
そうハッキリと言うギルムが逆に怪しく見えてくるが、今はとにかくスピルナーの討伐を優先で切り替える。オルグの目は、空を飛び交う虫へと向けられる。
「スピルナー達は恐らく、寄生されている」
『寄生だと?! おいおい。そこまで虫の特徴を再現しなくても……』
ギルムが驚きそう言うと、続けてゲルシドが言葉を発した。
『なるほど。いや、最初からそういう風に作られていたとしたら?』
「こいつらを、自らの意のままに操れる兵としてか? そうだとしたら、いったい誰が?」
そんな中でも、次々とスピルナーの機体を落としていく。それでも、更に次々と様々な方向から飛んで来るので、このままではキリがない。流石に両隊とも弾薬の数が尽きかけていく。
『オルグ、グランツを連れて何としても帰還しろ。これは何か不味い予感がするな』
そうギルムが言うが、先程からグェンヤーガからの通信がない。不思議に思ったオルクが、そのグェンヤーガが乗る大型艦を見ると……。
「なっ!! 総督!?」
その大型艦が謎の羽虫に纏わりつかれ、その場から動けなくなっていた。
『親父!? 何やってんだ! そんな呆気なく動きを封じられて、それでもーー』
『ゴホゴホ……黙れ。いくら私だろうと、ここまで体が蝕まれれば、全盛期のようにはいかん……』
『親父……持病が。いや、完治したんじゃねぇのかよ』
『はぁはぁ……くく。ふふふふ。ギルムよ、非情になっているつもりでも、お前もやはり人の子だな』
『何を……』
『これは、別だ』
『……なっ、まさか?!』
どうやらグェンヤーガは、息子を試すためなのかは分からないが、もう1つ病を隠していたようだ。
この戦いで最後と、最初から決めていたのなら、ギルムの策略をも纏めて見抜き、その命を散らすつもりだったのだ。それは当然、オルグや他の者にも伝えていない。
そうこれは、総督としての、最後の仕事なのだろう。
内部分裂を起こしそうになっている国を、また1つに纏め、強大な敵に立ち向かって欲しいという、総督の願い。
「……総督」
その意志を感じたオルグは、スピルナーを撃墜しながら、グランツの機体を抱えて後退していく。
『最後まで食えん男だ、グェンヤーガ。この私をもだしに使うとはな。それなら、最後は私がーー』
『ふふ、ゲルシド。我々は敵同士だ。情をかけるつもりではないようだが、それでも自身の事くらい見ておかねばな』
『うん? なっ!?』
グェンヤーガからのまさかの返答に、ゲルシドが何の事かと辺りを見渡すと、彼に向かって手足を失ったラフ・ティガーが、獣の形態に変わり、矢の様な速さで突撃していた。
『無謀な!!』
『無謀? はっ! ミルディアの虎は、最後まで獲物から目を離さねぇ! 覚えときな!!』
『うおっ!!』
グランツの突撃は、コクピットを狙っていた。だが、ギリギリでコクピットへの直撃は交わされ、反撃をされるも、何とか尾の方に噛みつき、そのままの勢いで引きちぎった。
『くっ、向こうで担がれているのは……デコイか!? いったいいつの間に?!』
『やられた時からだ。その時から、既にデコイを出して身を隠していたのさ』
グランツがそう言った後、オルグはグランツの機体に見せていたデコイを解除し、今度はバズーカ砲を構え、ゲルシドの機体に狙いを付けた。
『あぁ……これは参った。若き兵の底力。確かに見せて貰ったよ』
尾がやられ、スピルナーからの攻撃の対処も遅れていき、被弾をしていく中、オルグのバズーカ砲はコクピットに直撃した。が……直前でゲルシドは脱出をしており、空高くに脱出ポットが飛んでいく。
「逃がしたか」
とは言え、スピルナーが大量にいる中でとなると、生還出来る可能性は限りなく低くなる。それでもそうしたということは、逃げられる算段があるということ。そう考え、オルグは辺りを警戒しながら、戦闘の激しい場所から少しずつ離れていく。
『ごほ、げほ。オルグ、バカ息子の事……頼んだ』
「総督。分かりました。あなたに受けたご恩も忘れません。かの国の者であるにも関わらず、私を兵として使っていただけたこと、感謝します」
『あぁ、では少しでも多くを巻き込むか。虫の性質があるなら、これにたからない訳にはいかないだろう』
そう言った総督の大型艦は、徐々に熱を帯ながら高度を上げていく。更には、光を発する部分から強く発光もしている。
『さ~ってと、大将。あの調子じゃ、あんたを安全に逃がせられないかもな。だから俺も、ちょいと暇を貰うぜ。最後まで付き合えなくて悪かったな』
「グランツ君。すまないな、2度も……」
『な~に、俺が好きでやって来ただけだ。あんたが気にする必要はねぇ。むしろ、この先が大変だろうぜ。なぁ、大将。休めると思った時には、休んで良いんだぜ』
「肝に、命じておくよ。ありがとう。我が戦友」
そしてグランツの機体も、残り僅かな燃料を使い、グェンヤーガの大型艦の元へと向かって行く。
あの大型艦の熱量と光だけでは、全てを引き付けられていない。せめて追加で、少量でも熱量と光を増やせばほぼ全てを引き寄せられそうではある。
つまり、そういう事だった。
スピルナー達は、眩い光と熱を放ちながら上がっていく大型艦と数機の機体へ、吸い寄せられるように次々とそっちへ飛んで行く。当然、攻撃をしながら。
被弾して火を放ちながらも、それでも上がっていく艦を、オルグはただ眺めていた。
それから、動ける者達が何とか安全圏まで退避したのを見計らってか、グェンヤーガの乗る大型艦は大爆発を起こし、ここにやって来ていたスピルナー達の大半を巻き込んだ。
ミルディアとイナンアの決戦は、後味の悪い結果で幕を閉じた。
双方被害が出て、ミルディアは総督を失い、オルグは戦友を失った。痛み分けというには程遠い、お互いに後味の悪い幕切れとなった。
次回 「7 使節団と新たな制度」




