1 大きな戦いの前兆
アルツェイトでのクーデター。コノエはジ・アークから降り、単独で何処かへ走り去っていく。
一方、ミルディアでも密かに動きがあった。
ミルディアのとある街、ある建物の一室で、ギルムが透明なパネルを前に、誰かと通信をしている。
「よう。とりあえず第一段階はクリアでいいか?」
『あぁ、概ね問題ない』
その声は、ラリ国で出会った男性の声と類似していた。また2人で現状を確認し、計画を進める予定のようだ。
「ただよ、ジ・アークが問題なんだが」
『そうだな。本来、クーデターと同時に君達ミルディアに介入して貰い、ジ・アークを奪取する予定だったが……』
「スピルナーだな。あれ、誰の差し金よ」
『私の方でも分からない。ただ、数百年前の状況に似ている……』
「記録である限りでは、アルツェイトとミルディアの全面戦争になる前に、スピルナーに介入され、双方に甚大な被害が出たんだったな。マジでなんなんだよ、あれは」
不服そうにギルムの表情と同様、パネルの向こう側にいる男性の声も、不服そうに聞こえる。
スピルナーの襲撃は、完全にこの2人の予定外の事だった。それでも、計画に大きな変更はないようである。
『多少のイレギュラーは考えているさ。あいつらの目的が分からない以上、現状では随時対処するしかあるまい』
「だな。ただ、そのせいでクソ親父が変な動きをしてやがる。おおかた、こっちを潰す気だ。首都の回りにある街を訪問しては、兵達を激励しているんだ」
『…………不味いな』
「あぁ、だからよ。クソ親父と決着を着けてやる」
そう意気込みながらギルムは言い、自身が考えた現総督の打倒案を提示しようとした。
『それはまだ待て。ギルム』
だが、男性からそれを止められた。
「あぁ? だがよ、クソ親父の動きは計画通りじゃねぇ。ここらで潰さねぇと邪魔だ。今も、外堀を埋める様な動きをしていやがる。正面からでは突破出来ねぇ。だから小細工でーー」
『いや、あのシステムが完成しそうなのだよ。新たに見つかった惑星から、そのシステムに必要な物質とエネルギー体を見つけた』
そんな男性の言葉を聞いたギルムは、先程までの切羽詰まったような表情から一変し、急に落ち着いたかと思うと、今度は溢れる喜びを抑えきれないような表情になる。
「マジか?」
『あぁ、マジだ。そうなると、正面からぶつかっても勝てるだろう?』
「余裕だな。それで、どれくらいかかる?」
『急がせても、約2~3年って所か』
「……クソ親父も、俺の言動に痺れを切らした所はある。その年数なら、俺が一回頭下げるだけでもお釣りがきそうだぜ。下げたくはねぇが……」
『1度、現総督の思惑通りにすればいい。少し演技をして貰う必要はあるが』
「クソ親父をぶっ倒し、俺がこの銀河を統べる者になるには、それくらいは我慢しねぇとな」
『出来るのか? 君に。ずいぶんとヤンチャをしているのにな』
「うるせぇよ。今の状況と、少し前とではちげぇだろう。何より、あのシステムが完成目処にあるとなったら、そりゃもう今までの事なんてどうでもいいわ。それくらいなんだよ、あのシステムは。絶対的な力であり、神の様な力だ。ふふ、はははは!!」
『ご機嫌だな。私の方でも使わせて貰うよ』
「あぁ、最初の協定通りだからな。だが、誰に?」
『それも、最初の協定通りだ』
「……あいつか。分かった。あいつも邪魔だしな」
そのやり取りの後、ギルムは自身の現総督打倒案のデータを削除した。
そして、次に開いたものにはこう書かれていた。
【イナンアの制御又は排除案について】
それに目を通した2人は、それぞれポツリと呟いた。
「そろそろだな。いい案配に引っ掻き回してくれている」
『そうだな。ふむ、予定どおりに現ミルディア総督とぶつけるか? それを、お前も一緒になって討伐すれば……』
「……それはいいが、当初の予定どおり、あのシステムの御披露目でやってやりたいが」
『ゲルシドは、我々に勘づいている。あまり長引かせるのは得策ではないぞ』
「……ちっ。なるほどな。しゃ~ねぇ、ぶつけてしまうか。例のやつは? イナンアに移したか?」
『あぁ、手渡したさ。今頃は、一気に計画を進めようとしているだろう』
「くく。俺達の思惑通りだと知らずに、か。ここまでくると、あいつは本当に道化だな」
『あぁ。しかし油断はするな。道化とはいえ、元ラリ国将軍。以前の、アルツェイトとミルディア戦争の中で存在感を出し、2つの国に大打撃を与えた男だ。足元を見ていたら掬われる』
「了解だ。さぁて、次の段階はどうなるかだ」
『ギルム。お前の銀河総統を目指し、私も存分に動くとしよう』
その後も2人の会話は続き、いつしか辺りは夜の帳に包まれていた。
◇ ◇ ◇ ◇
バッゲイアから少し離れた島国では、ボロボロの建物にゲリラ兵達が集っていた。
その建物の中から地下へと降りた先では、ゲルシドとフィルドがある機体を眺めていた。格納庫のような場所でもギリギリになっている程の大きさで、荘厳な出で立ちでいる、二足歩行の竜の姿をした機体だった。
「やりましたね。ゲルシド将軍。これで、我々の悲願も達成される」
「…………」
しかし、喜ぶフィルドを他所に、ゲルシドは険しい顔つきになっていた。
「ゲルシド将軍?」
「どうやら、私は道化のようだな。ふん、全くあの小僧……」
「道化?」
ゲルシドの言葉に、フィルドが首を傾げているが、分からなくて当然と言わんばかりに、彼は彼女に近付いた。
「フィルド。お前は宇宙へ上がれ。コロニーにて、ビーストマンと共に英雄を待つのだ」
「なっ?! 将軍、私も共に!」
「いかん。これは完全に我々が嵌められたのだ。近くミルディアと決戦になる。だが、我々の誓願は達成されていない。その任は、お前が継いでくれ。いいな」
そう言うゲルシドに、フィルドはそれでも傍にいたいという思いをぶつけたい様子だったが、彼のいう誓願は余程大事な事らしく、拳を強く握り締めた彼女は、ピッと力強い敬礼を見せた。
「かしこまりました。不肖フィルド。ビーストマンとかの英雄との誓願を果たすため、コロニーへ行ってまいります」
「あぁ。頼んだぞ」
その目は微かに潤んでいたが、それでもゲルシドは彼女を送り出す。
自らの願い、目的。そしてビーストマンと英雄の間で取り決められた、遥か太古の約束。
ゲルシドは、その約束を継ぐ家系の血を引いており、またその約束に共感をしていた。
だからこそ、ビーストマンを蔑ろにするユグドルの人間達が許せなかった。
その過ちを自覚させるため、ゲリラ部隊を作り上げ、世界に戦いを挑んだ。だが結果は、完全に道化とされてしまい、そろそろ用済みと分かれば遠慮なく捨てる気で関わられていたのだ。
「ギルム。そして○○○○○。利用していたのはどちらなのか、ハッキリさせないといけないな。こんな物を寄越して、俺が喜ぶとでも思うか? ふん。思惑には乗ってやる。だが、お前達の思い通りにはさせんよ」
『繋がったままだぜ。ゲルシド』
1人でポツリと呟いていたかと思いきや、その後ろの通信機から、ギルムの声が聞こえてきた。
どうやら、フィルドとの会話の前にギルムと通信していたようで、そのまま繋ぎっぱなしで先ほどの話をしていたのだ。
「……わざとだ。何か間違っているか? 俺は道化だ。そうだろう? ただし、俺には俺の目的と、もう一つ大事な役割があってな。それはフィルドに継いで貰ったが、お前達の愚行は見るに耐えん。それを分かって貰うため、あえてお前に聞かせたのだ」
『そうかい。技術提供、機体提供は全てこちらだ。手の内も見えてる。このまま戦っても勝ちはねぇよ。そこで、だ。負けたふりしてくれねぇか?』
「なに……?」
ギルムのあまりの提案に、ゲルシドは耳を疑った。
「お前は奴を裏切るのか?」
『当たり前だ。あいつな、な~んか他でもこそこそ動いていてな、ある程度の信用はしていても、全幅の信頼はしてねぇんだよ』
「お前の目的はーー」
『それをあいつはよしとしねぇだろう。最終的には、俺も切る気だ。つまり、俺も道化さ』
「…………」
『だからよ、道化同士で一発あいつの鼻を明かしてやんねぇか? お前の目的も夢も、このままここで潰えるなんて、嫌だろう?』
その後、その場にしばらく沈黙が続き、そしてゲルシドが口を開いた。
「~~が、~ならば、ミルディアの現総督を潰す。違えば、お前の言う通りにしてやろう」
『ふふん、なるほどな。お前の目的の為……か。だけどな、そこは俺も分からねぇ。クソ親父がどこまで読んでるかだ』
「構わん。戦争とはそういうものだ。お互いの理念、正義、誓い、全てをかけて相手にぶつけるだけだ。俺は負けん。お前にも、グェンヤーガにもな」
『そいつは重畳。それじゃあ、楽しみにしているぜ』
そして通信は切れ、ゲルシドは鋭い眼差しで目の前の機体を再度見上げた。
策略、思惑、信念。それぞれの中で、それぞれが動いていく。思惑通りとなるのは、果たして誰なのか……。
次回 2「全面衝突」




