10 限定的な生物兵器
アルツェイトに惨劇が巻き起こる。その中で、チャオが命を落とす。ケモナーはその特性上、もう1度の施術は出来ない。甦らせる事は出来ない。チャオの死を前に、コノエは頭痛が続き、あることを思い出していた。
シナプスに乗った僕は、いつも通りに起動する。プラグが尻尾に包まれ、全身の感覚が広がっていく。
「……シナプス。君はレプリカだけれど、根っこの部分は同じはず。あのシステムが組み込まれているんだから、きっと……」
ゆっくりと深呼吸をして、シナプスを立ち上がらせると、通信を繋いだ。
通信からは、レイラ隊長の叫ぶ声と、アルフの声も聞こえてくる。ツグミは、ちゃんとチャオを安置室に置いてくれているはずだから、発進のオーダーは……いや、レイラ隊長で良いか。
「レイラ隊長。僕です」
『ん? コノエか?! コート女医の所はどうした?』
「途中でこの有り様です。あと、チャオが僕を庇って死んだ」
『そうか。今は緊急時だ。シナプスを動かせるのはお前だけだからな。泣き言の前にーー』
「えぇ。分かっています。あいつらを蹴散らすので、出撃許可を」
『……コノエ? お前、本当にコノエか?』
「え? 何か? 僕ですけど。えっと、識別コード……」
『あぁ、いや、いい。声で分かるが、何というか、落ち着き過ぎていないか?』
そうかな? 僕はいつも通りにしているつもりだけれど、確かに周りから見たらおかしいのかもしれない。
『分かった。出撃してくれ。今押されている。流石に相手が空中では分が悪い。ジ・アークを発進させ、それを中心に部隊を展開し、蹴散らす予定だ。我々はーー』
「あ、はい。大丈夫です。蹴散らします」
とりあえずここまではスムーズにいけた、けれど……。
『待て。現場の最終決定権は艦長である私だ、勝手に進めて貰っては困る。キッチリと指示にしたがっていただかないとね』
ジュイル艦長が間に入ってきて、当然のようにそう話してきた。確かにそれはそうだった。
「ジュイル艦長」
『格納庫での話は聞いている。サーリャから言われたからな。君の実力とやらを、一度見ておく必要はあったな。実戦の方が良さそうであるし、存分にやってみろ』
なんか口調からして、そのままやられて死んで貰っても構わないって感じだったね。仕方ない。シナプスがいなければ、僕はお荷物だからね。
そんな時、コクピットのモニターが淡く光る。
「あぁ、ごめんごめんシナプス。大丈夫だよ。君の能力、存分に発揮して上げる」
話しかけてきたような、そんな感覚に陥る。この状態は、それこそ機体と一体化するようなもの。
深く、深く、もっと深く。そして、昇る。
「コノエ=イーリア。シナプス、発進します」
格納庫から出撃用のカタパルトに移動した後、いつもの手順で発進準備をすると、そのまま勢いよく出撃する。
「さてと」
そして地面に着地し、早速それを起動させた。
「DEEP起動。行くよ、シナプス」
『おい、待て。いきなり使うやつがーー』
更に深く。もっと深く。深く、深く。
機体に血液が巡るように、ビリビリと身体中が痺れていく。
頭もまだ痛い。誰かの叫び声、自分の叫び声。その中で目覚めさせた力。
『なん……まて、おい。シナプスが……コノエ! 何をしている、シナプスの形が!!』
そうだろうね。それがシナプスの本当の姿だよ。
『……赤いラインに、まるで機体が解き放たれたように、開いて……』
本当に開いている訳じゃないけれど、そう見えちゃうよね。
流線型のボディに赤いラインが入って、そこから赤い光を放って、脚部や腕部、胴体に至るまで、隙間が出来てそこから形が変わっていって、機体が厳つくなっていく。その後にまた隙間が収まって、シナプスはしなやかで綺麗な姿から、厳つくて威厳のある風貌へと変化した。
「深く、より深く、そして昇華する。これが、ケモナーの真価。DEEP ASCENSION。通称D・Aシステムだよ」
『…………』
『…………』
皆黙っちゃった。そう、ケモナーなら皆DEEPを扱える可能性があるんだ。だけど、それはほんの一握りだけで、それを更にここまでの力に持っていけたのは、恐らく僕だけだ。
しかも男の時、ケモナーじゃなかったのにだ。それが何でなのかは、全く分からない。異常だとは思う。ただコート女医が、僕達姉弟に何か特別な事をしたのは確かだろうね。
「さぁ、行こうか」
獣型のままで、僕はシナプスの身を低く屈め、脚に力を溜めて、目一杯飛び上がる。
『なっ!? なんて脚力だ!』
当たり前だよ。狐の能力を備えたのが、このシナプスだ。だから、より獣の力を引き出せるこの状態なら、こんな事は余裕で出来るよ。
「スピルナー。封じたはずの存在なのにね。それとーー」
『ビ、ビ、ビ、ビー、ビー、ビー、ビ、ビ、ビ』
「モールス信号による、SOS発信。助けを求めているのは分かった。だけど、君はもう……助からない。寄生虫に寄生されているんだからね。だから、苦しまずに終わらせて上げる」
目の前にいるスピルナーは、ある特殊な寄生虫に寄生されている。虫の世界では割りとある話だよ。
だから、虫の性能を持たされた彼等は、寄生虫の餌食になりやすい。そこまで科学者も考えてはいなかったから、こんな悲劇が起きてしまったんだ。
だからーー
『ビ、ビ、ビ、ビー……ビッ!?』
「もう、おやすみ」
赤く長く鋭く伸ばしたエネルギー体による爪で、スピルナーの機体を縦に切り裂き爆破させた。
その後、尻尾からも赤いエネルギーを纏わせ、鋭く斬れるようにすると、後ろの2機を横に一閃し、綺麗に斬り裂いた。
その2機の爆発の後、スピルナーの機体が一気にこちらを向き、襲って来た。それと、地上の方では新たなスピルナーの機体も現れた。
あれは、カマキリとクワガタかな? その虫の特徴があるね。仕方ない。空を先に片付けて、その後に地上だね。それまでは、レイラ隊長に任せないと。
「レイラ隊長。新たに出てきたバグ・ユニット、ちょっと足止めしておいて下さい。空を片付けたら、直ぐにそっちも片付けます」
『う、ぉ? あ、あぁ。わ、わかった』
何でちょっと戸惑ってるの? 皆も驚いて無言になってるままだし。だけど、レイラ隊長は直ぐに動き出して、他の皆を鼓舞して指示を出し始めた。
「さてと。ちょっと一回着地して、もう一回」
その後に、地面に一度着地した僕は、ターゲットを再確認し、再び飛び上がる。今度は、肩の中口径ビームバルカンで牽制しつつ、一気に距離を詰めてから、爪で切り裂く。それから隣のやつもね。
そうやって僕は、次々とバグ・ユニットを落としていく。
◇ ◇ ◇ ◇
空を飛ぶ、トンボのような機体のバグ・ユニット大半を落とした僕は、次に地上のバグ・ユニットに標的を絞り、機体をヒト型に変形させて、ビーム型のサーベルで目の前の1機を先ず切り裂いた。
「ギ、ギ、ギ、ギィー、ギィー、ギィー、ギ、ギ、ギ」
「君達もか。SOSを出されても、それはもう助からないんだよ」
濃い紫色の液体のようの物が、血管みたいに全身に広がっている。
あれは、スピルナー限定の生物兵器。
様々な戦争を経て開発された、この惑星の人々の、大きな罪の証。
「ここにきて「バグルス」が。あれを、また使った人がいるってわけだ。あれも封じられていたし、国際条約で禁止もされているはずなのに。いったい、誰が……」
自分の意図とは関係なく、ひたすらに攻撃行動を行う。そうするようにされてしまう。
なまじ虫の機能なんか宿すから、そこを利用されてしまったんだ。
「ギギッ!?」
「君達に罪はないのかもしれないけれど、それでも止めるには、これしかない。特効薬も駆除薬も存在しないんだから……だって、人間には無害な寄生虫なんだから、スピルナーだけなんだから」
また1機潰し、次の1機も潰す。
彼等はただ攻撃行動しかしない。だから、単調な動きになる。それでも驚異なのは、虫のとんでもない身体機能を有しているのと、それに合わせた武器の威力なんだ。
「おっと!!」
カマキリのような機体が、その腕の肘辺りに付いているレーザーブレードを振り抜くと、空気の刃のようなものが飛んできて、僕を斬り裂こうとしてきた。それを避けると、後ろの高い建物が2~3棟綺麗に横に真っ二つになった。
相変わらずふざけているね、この切れ味。そして……。
「建物ごと持ち上げるなんてね……」
クワガタのような機体が、その驚異の力で、建物を挟んで持ち上げ、僕に向かって放り投げてきた。
「くっ!! 甘いよ!」
それを避け、瓦礫にも当たらないように交わすと、瓦礫の隙間からレーザーライフルを放ち、クワガタのバグ・ユニットのコクピットを貫いた。
トンボのやつも、その視界が凄い広いから、死角がほぼないんだけれど、逆に素早い動きにはあまり対応出来ないのか、一気に距離を詰めたら倒せるんだ。
ただ、地上の奴等は純粋な力だけだから、かなり厄介なんだ。弱点もほぼないし。
「……ん? アルフ?」
そんな中で、アルフのナイト・ユニットが突破口を見つけたのか、バグ・ユニット達の隙間を縫って、その先の政務議事堂へと向かっていく。
「アルフ。どこに?」
『すまない、コノエ。助かった。この騒動、俺には心当たりがある。ちょいとそいつの所へ行ってくる』
「え? ちょっと待って、僕も行くよ。こいつらに寄生虫を仕掛けたのも、そいつかも知れないし」
『マジか。ったく、何考えているんだ。あいつは!』
とりあえずジ・アークは発進して、レイラ隊長を中心に迎撃を続け、だいぶ押し返している。これなら、残りのバグ・ユニットも何とかなりそうだ。
だから、僕もアルフの後を追った。
アルフの言う、心当たりのある人物に、何故こんなことをしたのか。何故禁止された生物兵器を使ったのか、それを問いたださないといけない。
その結果次第では、アルツェイトの方が危険な国家だと認識しないといけなくなるよ。
深く、そして昇華させる。新たなDEEPの力を発動させたコノエは、スピルナーのユニットを次々と撃墜していく。地上でも新たなスピルナーのバグ・ユニットが現れ、戦火にのまれていく。
次回 「11 ベイザルムールのクーデター」




