8 新たな艦長とアルフィングの正体
首都ベイザルムールに着いてから、数ヶ月が経った。コノエは変わらず、街の様子を見ていた。
あれから数ヶ月、僕はアルツェイト国がどういう所なのかハッキリと分かった。
一言で言うと、最悪だ。
軍と政治家の間にわだかまりがあるし、国民の一部はスラム街の人達をいないもの扱いしている。
だから、あんな事があっても誰も気にしないし、なんならもっと頻繁にやって欲しいという声まで聞こえる。一部の上流階級の人達は、裕福でなに不自由ない生活をしていて、スラム街の人達は食うにも困るレベル貧困生活を強いられている。
チャオはその中で死に、アルフィングに拾われ、ケモナー施術を受けて軍に入っている。
そのアルフィングもスラムにいたみたいけれど、どうやってか身分を隠して軍人になり、今の地位にいるみたいだ。スラム以前の事は、チャオも分からないと言っているから、何かありそうだとは思うけれど、本人から聞く以外ないし、本人はその話題に触れたくないようだった。
ジ・アークの人達も、半数は軍人だから、アルツェイトの首都に入ったりせず、艦内で生活している。その事に疑問を持つ人がいないのも、そういう国だからなんだね。
さて、僕はどうしようか。コート女医も、まだまだ不信な点が多い。母親だとはいえ、あの性格上上手くいかない。姉の事は気になる……が、思い出せないを姉の事が、何も……それを聞きに行ってもいいけれど、アルフィングに相談しておかないと。
そう思っていたある日、僕達はジ・アークに呼ばれ、艦長室にやって来た。
ようやくアルフィングが正式に艦長になるのか? と思っていたら、その横に見慣れない男性が立っていた。
スラッとした長身で、髪は群青色のような濃い青だ。それをキッチリと切り揃えていて、軍服姿が更に映えている。切れ長の目も、何だか厳しそうな性格の人にも見える。
「え~集まって貰ったのは他でもない。このジ・アークの新たな艦長を紹介する」
「え? アルフがやるんじゃないの?」
「あれは、臨時的な事だ。正式な艦長には、軍会議と人事委員会の2つを通さないといけない。その中で、彼をと抜擢されたのだ。1つ昇進で、ジュイル=シェーカー中将だ」
「宜しく」
そう紹介された彼は、カッと一歩前に出て、僕達を見渡しながら一言だけ言った。やっぱり、雰囲気的に厳しそうだ。
「私が来たからには、このジ・アークをアルツェイト最強の戦艦へと仕上げる。それなりの実力ありと言われている貴殿らにも、更なる高みを目指して貰いたい」
そう言ったジュイルの言葉に、ジ・アークの皆がどよめいていた。
それも当然なんだけれど、このジ・アークは超距離宙間航行を目的とした艦で、戦闘は防衛ややむを得ない突破の為であり、極力行わない事を前提としていた。まぁ、最近は色々と軍事利用されていて、それを良く思っていない人達も居た。
それがここに来て、完全にそっち方面に舵を切られたわけだ。
「アルフ。全て軍が決めたのか? この艦はーー」
「レイラ=バルクウッド大尉。昇進したとはいえ、上官は私だ。決め事や相談は私を通すように」
「……分かりました」
これが、軍の空気だよな。
さて、僕は本当にどうしよう。一応、この艦への配属は決まったけれど、降りる事も出来る。これ以上、この国を助ける必要もないんだ。
ちなみに、ジュイルの横にはサーリャも居て、彼の紹介の後に彼女も紹介された。皆ビックリしてこっちを見たけれど、僕は察してくれと心で思いながら皆を見た。
「さて。早速だが、明日から徹底的に戦闘訓練を行う。レイラ大尉がメインとなって頂きたい。それと、新型のユニットも運び込んでいる。皆にはそれの操縦訓練を。ケモナーの方々は……あぁ、そういえばあなたの新たな機体ですね。聞いていますよ、シナプスしか動かせなかったと」
「うっ……はい。お荷物、ですよね」
「お荷物? とんでもない。ケモナーである以上、何かしらのビースト・ユニットは動かせるはずです。戦闘員は無駄にはしません。弱い強い関係ない。戦って貰います」
「なっ……」
圧倒的な圧で、こっちを気圧すかのようにしながら言ってきた。
あまりにも一方的に好戦的な方向へ変更してきたから、他の皆も戸惑いを隠せない。ただ、ジュイルはそのざわつきを一瞥している。
「生ぬるい空気だ。これだから死者が出る。結果もいまいち。前任の艦長は無能と言わざるを得ないですね」
流石にその言葉に皆が反論しかけたが、アルフが先にジュイルに反論した。
「死者を冒涜するのは良くないと思いますがね。皆と良好な関係を築けないのなら、あなたは更に早死にすることになりますが」
「おぉ、それは怖い怖い。なに、その場合はあなた達が盾になってくれるでしょう? その程度は出来ますよね?」
「有効な盾になれるかは不明ですが」
既に一触即発じゃないか。同じ軍とはいえ、こうまで信念や想いにバラつきがあるとは……。
このジュイルって人は、ガチガチの戦闘大好き人間だ。結果も何もかも、武や勝ちで決めようとしているな。それに対して、アルフは際どい言い方で言い返している。ただ、ジュイルが上官になってしまっているから、彼の言葉でアルフの首が飛ぶ場合もある。
何とも気まずい空気が流れる中、レイラ隊長もジュイルには視線を合わせず、ずっと他の艦員達を見ている。早まった行動をさせないようにしている。
「さてと。早速、新たなユニット機体の訓練と、連携の確認だ。それと、コノエ二等兵。早くシナプスの譲渡を。何やら物騒なものが積まれているようだな」
「あ……それなんですが、僕でもどうやってそのシステムを外せるか分からなくて、僕をこの身体にしたコート女医に連絡をしたのですが、ちょっと繋がらなくて」
「……ふむ。降りたのか?」
「はい。場所も分かるので、明日辺り伺おうかなと」
「分かった。早くしてくれ」
「はい」
この会話中、サーリャがこっちをギッと睨んでいましたよ。まるで「自分の機体を好き勝手にしてくれて」って感じだよ。
「新たなユニットは、ナイト・ユニットとの連携を主軸に組まれた、艦隊に適したユニット機体だ。ルーク・ユニットが数十、ビショップ・ユニット2機、特殊な機体となるキング・ユニット、クイーン・ユニットはまだだが、その内に完成し、こちらに配備されるだろう。それまでは、この2種との機体での連携となる。皆、直ぐにシミュレーターに入るように!」
これは何というか……キツそうだよ。
◇ ◇ ◇ ◇
その日の訓練は、本当に地獄の様な厳しさだった。レイラ隊長もビックリする鬼メニューで、流石の彼女もジュイルに進言していたが、却下されていた。
レイラ隊長以上がいるとは……。
「ふふ。なにあの腑抜け。よっわ~い」
その様子を見ているだけの僕の横で、サーリャがそう煽っている。
ジ・アークの皆を悪く言われるのは、何とも言えない気分だ。
アルツェイトの正規軍からも何人か、補充の追加人員が来ているみたいだけれど、その人達と比べると、そりゃ戦闘にはあんまり慣れていないよ。
その人達との模擬戦も、ボコボコにされていた。
そりゃ軍に所属しているから、ある程度の動きは出来るし、ゲリラ辺りなら何とか倒せる。
ただ、ジュイルが呼んだ補充の人員は、全員エリートレベルだ。そりゃ段違いだってば。その辺りも加味しないと……。
それをただ、アルフは眺めているだけだった。悔しそうなのかも分からない。ただ、ずっと眉はつり上がって怖い顔をしているよ。
「不満ですか? アルフィングさん」
そこに、ジュイルがやって来て声をかけてきた。
「お前を艦長にと言われた時から、ずっと俺は不満だよ」
「そう言わずに。私はただ、あなたに王権を奪取していただきたいのですよ」
いったい何の話だろう? 僕の横でーー
「ねぇ、アルフィング=カールトン様。元、アルツェイト王国の第一王子のあなたが、こんな所に居ていいわけないでしょう」
「えっ……アルフが!?」
その言葉に、僕の方が思わず声を出しちゃったよ。
「知らないのも無理ないでしょう。ヤーバインなど、面白い偽名を使ってまで、正体を隠していたのですから。私ね、またあなた達カールトン王家による、王国の復興を目指しているのです。卑劣な手段で粛清する、あの悪の大臣を倒し、あなたが王とならないと」
「静かにしてくれないか。俺にも考えがある。君のやり方はね、俺は好かない」
「そうですか。だけど、状況的にそうせざるを得なくなれば、流石のあなたもーー」
「その会話はそれまでだ」
「同じ王家の人間や、それに使えていた人達が、あんなスラム街で生活し、粛清されているのに、あなたはーー」
「だから、それまでだと言っているんだよ。血で血を洗う、今以上に卑劣な事をしていた王国を、国民が喜ぶか?」
「…………」
いや、もうなんか……何というか。
この国は思った以上に厄介で、闇が深かったようだよ。だからって、ミルディアがいいとは限らない。
明日、コート女医の元へ向かおう。そこに落ち着く気はないけれど、この国を背負って戦うなんて、もう僕には出来そうにないかも。機体もないしね。
新たな艦長は更に厳しい人だった。だが、アルフィングの正体が分かり、彼の思惑まで分かると、状況が変わってくる。
このままアルツェイトにいていいのか? コノエはその決断をする。しかしその時、更なる惨事が彼女を襲う。
次回 「9 不変の惨劇」




