6 2人の嘲笑
コノエはスラムの惨状を知り、アルツェイトが相当酷い国である事が分かった。それでも、動くには準備も必要であり、しばらくはこの国にいないといけない。
そんな中、裏で動く者達は、着実に何かを進めていた。
不機嫌そうではないが、寝ている間に様々な事があり、現場に復帰する数週間の間にも様々な事があり、隊長クラスとしては情けない自分に腹が立っているような顔をしている。
「大将、機嫌わりぃな」
「なんの事かな、グランツ君」
「いや、そりゃ……俺も直ぐに報告しなかったのは悪かったが……」
廊下をツカツカと早歩きで歩くオルグの後ろを、グランツが申し訳なさそうにしながら頭を掻き、それでも自分はオルグの身を案じての事だと、そう言わんばかりの顔をする。
「……君が悪いわけではないさ。全ては自分の不甲斐なさのせいだ」
「そうやって背負い込むからよぉ。まぁ、いいや。ようやくギルムが戻ってきたんだ。色々と聞きたい事もあるのは分かるがな」
「現状。最悪の状況と言わざるを得ないだろう。よりにもよって、アングラー達があの壁を突破したのだぞ」
「その道も封じられたそうだが、まだあるかも知れねぇよな」
昨日起こった、アルツェイトの海上軍事基地の事件は、ミルディアの確かな情報筋から確認が取れていた。
そうなると、いても立ってもいられなくなるのがオルグの性。いち早く先手を取るためにも、現状の確認は必須である。
そして、ギルムの部屋に着いたオルグは、その部屋をノックし、返事が返ってくるかこないかの直前で扉を開けた。
「入ーーっと、おぉ。どうしたんだ、オルグ。そんなに血相を変えてよ。あ~例のパイロット3名か? 今捜索中だ。まだーー」
「それもですが、アングラーはどうするのですか?」
「ん? あぁ、そっちか。一応道は閉じられたみたいだ。あいつらへの協力者がいない以上、この先はーー」
しかし、ギルムのそんな返答は望んでいないとばかりに、オルグはギルムの前の机に両手をつき、今にも襟首を掴みそうな勢いになっている。当然、後ろでグランツがそれを止めているが。
「あいつらは、掟を破った。あの壁を越えた。許されるものではないだろう。それ相応の……」
「奴等の怒りを買えば、また壁を越えようとするだろうが。壁が破壊されていないから、今は様子見するしかないだろう。落ち着け、オルグ。例えお前の故郷が、あのアングラーどもに襲撃され、壊滅的な被害を与えられた過去があろうと、今は現在だ。まぁ、俺の核兵器発言に触発されたんだろうがな」
それはそうだろうと言わんばかりの言葉に、オルグは更にギルムを睨み付けようとしたが、今ここで押し問答をしたところで、何も改善はされないだろう。そう思ったオルグは、長めに息を吐き、いつもの冷静な態度でギルムに返事をする。
「分かりました。それでは、現状監視を強化する。で、よろしいでしょうか?」
「お~そうだな。今はそれくらいしか出来ねぇな。ただ、もし壁を越えるような動きがあれば……今度こそ容赦するなよ。あいつらは、危険だ」
「……潜水艦による、海への超汚染兵器。奴等に海洋権を取られたら、私達は貿易どころか、海を渡る事すら困難になる。その兵器で脅され、高値の航海料を取られていた。そのせいで、この星の文明発展はだいぶ遅ていますからね」
ただそれも、全ては口伝や記録でしか残っていない。それ程過去のものだった。だが、それでも十分過ぎる爪痕を残してくれている。
この星の人々が、アングラーを閉じ込めている一番の要因がそれだった。
ヤスリで爪を磨くギルムは、フッと指に息を吹き掛け、気だるそうにしながらオルグの方を向く。
「あと一応言っとくが、俺の核兵器の発言はな、本気だからな」
「……まだ、核兵器は作っていないでしょう? しかも、その工場もまだ押さえてもいない。虚言としか思われないですよ」
「だろうな。それでも、各国は微妙に動いているし、陰でこそこそ動く奴等も、少しはその尻尾を見せ始めてるぜ。アルツェイトなんかは、恐らく数ヶ月以内に大きな動きがあるだろうな」
「……ジ・アークは」
「首都に入った。さて、どうするかだな……だが、オルグ。復帰早々に悪いが、本部からの指示だ。バッゲイア諸島の1つ、ミルニル島の我等が国家宇宙開発局に、防衛隊として出向してくれ」
「それは何故?」
「俺の言った通り、宇宙に打ち捨てられたステーションから、謎の電波信号が受信された。それを調べる為のロケットの準備をしたいが……例のゲリラが、あの辺りで活発的な活動をし始めたんだよ。こっちから話は通しているが、いかんせん裏で繋がりがあるのは俺だけだからな、上手くいかないもんだ」
「そうですね。分かりました」
イナンアに対しては、この数週間ほど特に主だった出来事はなかった。
ギルムが裏で繋がりを作っていても、ミルディアの大半はゲリラを殲滅対象としか見ていない。ここでオルグを防衛に向かわせないと、逆に怪しまれてしまうのは明白だった。
宇宙開発の遅れも、地上での争いが長引いている為、人類がこの惑星に辿り着いて以来、全くといっていいほど着手されていなかった。到着してからの数百年くらいしか、活発な開発はされなかった。
その為、宇宙ステーションがどうなっているかは、十数年に一回程度の調査のみで、それも全て異常無しとしか報告にない。
一礼をしてからギルムの部屋を出たオルグは、早速自身の機体の整備へと向かう。
「ちょっとは休んだらどうよ?」
「休めるだけ休んだ。これ以上は、私の腕が鈍る」
「へいへい」
それもいつもの事だと、グランツも溜め息交じりで反応した。
◇ ◇ ◇ ◇
オルグの出た後、ギルムは部屋で、宙に映し出したパネルをタップし、何処かに連絡をし始める。
『……わ、私だ』
「そちらの首尾はどうだ? ミラルド氏」
その相手は、アルツェイトに亡命中のミラルドだった。ただ、ミルディアに忠誠を誓った……という雰囲気ではない。声が、震え気味だ。
『……順調に、亡命出来た。いや、亡命とは言えないが。約束だ、私の家族や祖国にはーー』
「あぁ。ちゃんと言い付け通りに亡命してくれた。流石に父からの差し金は止められなかったし、ヒヤヒヤしたものだが、デカい釣り針として、飛んでもねぇ奴等を釣ってくれた。俺も、釣りは好きでねぇ」
『あとは、ジ・アークだが……』
「うんうん。それも予定通りだ。何としても、ジ・アークを奪取しろ」
『……あれだけの巨大戦艦だ。私1人ではどうにも出来ないぞ。無茶だ』
「ふふ、そこはそれ。俺の予想通りなら、近く暴動が起きる。その為の釣り針役なんだよ、ミラルド氏」
『あれだけのビッグマウスで、良くもまぁ……これだけのえげつけないことを』
「当たり前だろ。手段は選ばん。俺の邪魔をするものは、全て踏みにじって蹂躙する。父だろうと、同盟国だろうと、尻尾振ってご機嫌を伺うお前の国だろうとよ」
『…………分かっている。だから、言う通りにするさ。その暴動が起きるまで、私は大人しくしていればいいのだな?』
「あぁ、そうだ」
『黒い凶星は?』
「あぁ、オルグはお熱だからな。あんまりアルツェイトに関わらせるのはよくなさそうだ。別の所の防衛に回した。だが、心配するな。ちゃんとしっかりとした部隊を送るつもりさ。そこは、父も了解している」
『……分かった。盗聴されると厄介だから』
「あぁ、このまま切るぜ。それじゃあ、宜しくな」
通話を終えると、また宙に浮いたディスプレイをタッチし、今度は別の所に連絡を入れる。
「俺だ。予定どおり、頼むぞ。カモがネギしょってやってくる」
『……了解』
それからディスプレイを消し、椅子の背もたれに深々と体を預けると、ギルムは口角を上げる。
「先ずは第一段階を突破しねぇとな。さぁ、どうなる? どうなるんだ? この星はよ。あいつとの打ち合わせ通りになるか? それとも……」
◇ ◇ ◇ ◇
同時刻。アルツェイトの首都から離れた、とある街の郊外、その古びた一軒家で、ミラルド氏は手汗を掻きながら、宙に浮いていたディスプレイを消す。
「これでいいんだな。上手くいっているかは分からないが、私は家族と祖国をかけている。失敗は許されないんだ。ルーグ次官」
その後ろには、ルーグ次官の姿があった。
「あぁ、大丈夫だ。第一段階はクリアだ。よく頑張ってくれたよ」
そしてルーグ次官もまた、ニヤリと口角を上げていた。
嘲笑うは悪か正義か。絡み合う様々な者達の行動は、世界に更なる戦場を産み出す。
次回 「7 スピルナーの襲撃」




