1 談合
アングラーの襲撃で、様々なものが失われた。それでもコノエは、ただ戦うしかない。そう言い聞かせながら、シナプスでジ・アークを守る。
一方、ある街ではギルムが誰かと待ち合わせをしていた。
どれぐらいの時間が経ったのか、その男はゆっくりと目を覚ました。
「おぅ、大将。大丈夫か?」
「…………グランツ君。私は、まだ生きているか」
「おぉ、生きてるぞ。まぁ、一昔前なら死んでたか、植物人間ってやつになってたろうな。医学の進歩には、改めて感謝しかねぇ」
「そう……だな」
ぼうっとする頭を叩き起こすようにしながら、オルグは自分の居るところを確認していく。
軍の病院だろう。その病室の一室だ。横には、虎のケモナーグランツが座っている。彼だけだ。そう、彼だけだった。
「……してやられた私には、見舞いも来ないか」
「…………あ~いや、ん~なんつったら良いのか」
「何があった?」
何か言い淀むようなグランツの言葉に、オルグは食い気味で話しかける。
「私の寝ている間に、何がーー」
「アングラーが解放された。やらかしたのは、アルツェイトだ。海上軍事基地。あそこの基地長が手引きしたと報告には記されているが、どこまで本当かはわかんねぇ」
「ちょっと待て、そこは……」
「あぁ、ジ・アークが停泊していたな。諜報員が出港を確認している。ただ、基地は燃えたがな」
「そう、か……」
そうなると、彼女も無事だろう。とは言え、何かしら考えの変化も起こっているかもしれない。
味方の裏切り程、堪えるものはない。
「ギルムと話をしたいが」
「おぉ、とりあえず監視はねぇが、発言は気を付けろよ、大将」
「分かっているさ。少し、確認をね」
そう答えたオルグに、グランツはガリガリと頭を掻きながらため息を突く。
「俺は、あんたに付いていく。あんたの言葉だけが全てだ。余計な事なんて考えねぇよ」
「そうか。それはすまない、意地悪だった。時々こうして確認しておかないと、不安になるのでね」
「だから、隊の仲間達も案ずる。裏切りをされないように、信用という楔を打ち込む。ただ、あんたは俺以外をあまり信じていないから、奴等にとっては可哀想な話だ」
そう言ったグランツに、オルグは少しだけ口角を上げ、満足そうな顔をした。そして、彼は話を戻す。
「それで、ギルム様は?」
「出掛けてるよ。旧友に会うんだとよ」
「旧友? はて……いったい誰だ?」
「さぁな。とりあえず、今はまだ寝てな。命に別状無いとは言え、数日は寝てたんだ。無茶して起きたら、また倒れっぞ」
「やれやれ。分かったよ。動くのは、もうしばらくかかるか」
そう言って、再び目を閉じたオルグを見て、グランツは少し気まずそうな表情をした。あの事を話すのは、まだ早いという感じの顔だ。
例の大型機体と、そのパイロット3名の行方不明の事は。
◇ ◇ ◇ ◇
とある街の、バーの様な設えの飲食店で、ギルムは難しい顔をしながらフォークで料理を突っついている。
「……ちっ。もう少し動きがあると思ったんだがなぁ。いや、まぁ、想定通りではあるが。ガンマ社も好調なんだが、何か嫌な予感がするな。早めに言った通りにするか」
自身の思惑通りが半分、思惑通りにいっていない事が半分、そんな感じの呟きをしながら溜め息を吐いた。
すると、その店に1人の男性が入り、ギルムの傍へとやって来た。
「おぉ、やっと来たか。悪いな、考え事ばかりで腹が減っちまってよ」
「構わないさ。ただギルム、この街に呼ぶのはどうかと……」
「なんだ? ラリ国でもレビューも悪くない名店だ。不満か?」
「ゴタゴタしているラリ国というのがどうかと言うんだ。国連もいるし、INOもいる」
男性は席につくと、早速ギルムに文句を言い出した。どうやらそれだけの仲らしい。
「だからだろうが。お前と俺が面揃えてるなんて、向こうからしたら良いニュースだろうが」
「……やれやれ。君のそういった所は気に入っている。ただ、やはり少しは考えて欲しいな。例の件、然りな」
「ん~まぁ、あれだけやらねぇと、出ねぇだろう?」
「やっても出なかったようだが? むしろ、余計なものが出てないか?」
「そりゃそっちもだろう? ん? アングラーなんか引っかけやがって。どう対処すりゃ良いんだっつ~の」
そう言った後、店員が新たに入ってきた男性へ注文を取りに来た。そのとたん、2人はピタリと会話を止め、無難な会話に切り替えた。
「そういえば、この間のドラマは見たか?」
「あぁ、傑作だなありゃ。あの男、普通振るか?」
「幼馴染みとの約束を覚えているんだ、仕方ないさ。あぁ、私は黒大海老のトマトソースパスタで」
店員が注文を取った後は、無難な会話を交えながら、お互いの情報交換をし始めた。
「核……か。本当にやる気か?」
「場合によってはな。ただ、俺の立場もある。そこは分かってるさ」
「それなら良い。しかし、ミラルド氏のは焦ったぞ」
「けっ。お前がそっちの灰汁を取り除くって言うから、盛大にかかってやったんだ。下手な演技は怪しまれるだろう。それに、あいつらも用済みだったからな、丁度良かった。それよりも、灰汁どころか煮凝りの様な奴等が出てきたぞ。その辺りの対処は出来てんだろうな?」
「ふむ。彼等の登場は、10%程の確率だったが、頭にはあった。しかし、出て来て欲しくはなかったというのが本音だな。お陰で、大事な駒を失ったよ」
「こっちも失いかけたわ」
「お互いに、上手くいかないものだね」
しばらくそう話していると、店員が男性への注文の品を持ってきた。
「お待たせしました」
「ありがとう」
「お前、ほんと好きだな。それ」
「ここのは絶品だからな。特に、この海老なんか良い味出してるからね。尚更だ」
「へいへい。んで、イナンアはどうする? 予定通りとは言え、ゲルシドも俺達の事を勘づいているぞ」
その問いかけに、パスタを一口食べた男性が答える。
「そうだな。ゲルシドも厄介だし、その側近達も中々だ。と言っても、君に戦力提供をお願いしているし、その繋がりがある以上は、向こうも私達の事を突っつきはしないだろう」
「確率的には?」
「60%程かな」
「ひっくいなぁ、おい。大丈夫かよ」
「なに、その為の釘は打ってある。鎖も準備万端だ。アレを手にしたら、ゲルシドの夢が一気に近付く。おいそれと、私達に手を出したりはしないさ」
「アレ、横流しするのか。くっくっ、良いのかよ? そっちがピンチにならないか?」
「そうなったらそうなっただ。なに、こちらの状況は更に進んでいる。今更ゲルシドに一手取られた所で、計画になんら影響はないさ」
「そうか。それなら、俺も変更なく動くとする」
「あぁ、よろしく頼むよ。ギルム」
「あぁ、○○○○。お前のような奴、あいつ以来だぜ」
そう言いながら、2人はしっかりと握手をする。ニヤリと笑うギルムに対し、男性の方は眉ひとつ動かさない。ギルムですら、そこまで信用していないといった所だろう。それでも、フッと口角を上げている所を見ると、あながち悪い目では見ていないようだ。
「君の側近だった奴か。惜しい人だったな」
「んん。あいつだけは、俺を見ていてくれていたからな」
そういうギルムだが、そこまで悲しそうにはしていなかった。それを見た男性は、何かを悟ったようだ。
「まぁ、ほどほどにな。それと、ここの会計はーー」
「あぁ、ガンマ社が買い取ってるから大丈夫だ。ここ、売り上げ不振で潰れそうだったからな。お前の大好物を消すわけにはいかねぇだろう」
「それはまた、大恩を与えられてしまったな。はは」
そう笑った男性は、さっきのパスタのおかわりを注文した。当然、ギルムは苦笑いをしていた。
それでも、この男性が自分を裏切る事はないだろうと、ギルムは心のどこかで確信をしていた。
「あぁ……お前の夢には、俺の協力が無ければ達成出来ないもんな。お前は、俺から離れられない。逆に俺もだな……」
ポツリと小さく呟いたギルムの言葉は、男性までは届いていなかった。
ギルムと何者かの思惑は、戦争の中で色濃く渦巻いていく。コノエがそれに巻き込まれるかどうかは、彼女の今後の動き次第かもしれない。
そしてコノエは、アルツェイトへと向かう。
次回 「2 朝焼けの出港」




