6 DEEP
シナプスを起動させ、何とか動かす事に成功したコノエは、戦闘の場から機体を離す為、外に飛び出たが、既にそこは敵部隊に占領されてしまっていた。がむしゃらに機体を動かし、逃げようとしたが、激しい戦闘の起こる場所に引きずられてしまった
何とか敵機から逃れようと、必死に足掻いていたら、黒い機体のいるグラウンドに来てしまっていた。しかも、こっち見てる……。
もう1体は訓練機。僕の乗っているのと同じ、狐型で、ヒト型になっている。
獣型の時の顔じゃなく、変形の時に後ろに倒れて、内側から人のに近いフェイスが現れるんだ。その顔の部分は、横のラインが入っていて、赤く光っている。
確か、訓練機に乗ると言っていたから、あっちには教官が……これは不味い。バレると色々と不味い。
「おい! そこの機体に乗っているのは誰だ! 何故動かした!」
当然、レイラ教官から通信が入り、怒号が飛んできた。とりあえず黙って離れた方が良いな。そう思って動こうとしたら、僕の目の前に黒い機体が現れて、この機体を捕まえようとしてくる。
「起動している。となると、パイロットごと連れていかねばならないな。大人しくして貰おう」
「…………」
無言で前方に飛び上がり、相手機から逃げるけどね。
「ほぉ。中々の機動力。完全に扱えているのか? さてさて……」
あの黒い機体は、どうやら今回襲撃して来た隊の、隊長機みたいだ。そうなると、訓練兵である僕なんかじゃ、手も足も出ないだろう。
それなのに、何でこんなに鼓動が高鳴るんだ? 血が頭に上るような……そんな興奮が、全身を巡っている。いったい、僕の身体はどうなって……。
「…………っ、ふぅ、ふぅ」
「うん? 慣れていないパイロットか? 訓練兵か。それなら、捕獲は容易いな」
「まさか……! お前か? コノエ!」
しまった……息まで荒くなってしまって、隊長機の奴とレイラ教官に漏れてしまった。この通信は、相手から受け取るだけで、双方で送受信されるようにオート設定されているんだ。
強制的にミュートには出来るけれど、その設定の仕方はまだ分からない……というか、そこまではまだ読み込めていないんだった。
というか、さっきよりも鼓動が早くなってる。どうなってるんだ……。
『DEEP確認。性能向上設定起動。オーバーブースト開始。強制終了まで、あと5分』
「…………」
何だこれ? 訳の分からない事が書かれているんだけど、いったいなにが……だけど、たぎる。血がたぎる。戦えって、僕の中の何かが叫んでいる。
変なものが起動してしまっていて、残り5分でこの機体が強制終了されるなら、本当は起動したらいけないものだったんだ。
だけど、起動したなら仕方ない。
目の前の敵をーー
「潰すだけだ」
実はこのユニットにも、相手機の背中に付いているような、ブーストユニットが付いている。普段は収納されるようにして、背中に隠されているけれど、この状態なら使えるようだ。
普通のビースト・ユニットでは、そうそう取り付けられないこの装備。やっぱり、この機体は何か特別なのかな。
そう考えながら、僕は両方のレバーを前に倒し、相手機の背後を取った。
「なに!?」
「逃がしてくれないなら、潰れろ!」
そして瞬時にヒト型になり、手の甲に付いたダガーナイフで、相手機の背後から斬り付ける。
「させない! 悪いが、捕らえさせて貰う!」
やっぱり早い。簡単に避けられた。
この黒い機体、普通のハコ機と違って、色々な武装が付いている。背中のブーストユニットに、バズーカ砲。腰にはロングレンジライフルに、脚にも何か付いている。ミサイルポッドか何かかな。
そんなゴテゴテした装備でも、スピードを出せるようにかは分からないけれど、あんな大きなブーストユニットを付けるなんて、どうかしている。
「そんな装備に、それだけのスピード。身体持つの?」
「持つのではない。持たせるのだ。私は兵士だからね!」
むちゃくちゃだな、こいつ。
凄いスピードで迫りながら、腰のライフルを手に持って、こっちに向かってビーム弾を撃ってくる。しかも、精確にこっちのコクピットを狙っている。このモードじゃなかったら、とっくに撃ち貫かれている。
撃ちまくってくる相手のビーム弾を交わし、何とか近付こうと模索していると、通信機から怒鳴り声が飛んでくる。
「下がれ! コノエ! 何でそんなものにーー」
「ごめんなさい。始末書はいくらでも書きます。逃げた先が保管庫で……見つけてしまって。だけど、この状況を打開できるならと……!」
「その精神は褒めてやりたいが、相手が相手だ。下がれ! あいつと敵対したものは、私以外生きていない」
「…………」
そして僕の横にやってきた教官が、もっと声を荒げて言ってくる。
そんなにヤバい相手か。どっちにしても、あと3~4分しかない。
「次で、決めないと!」
「おい、聞け! コノエ! 上官命令だ!」
「おやおや。この場において、私と相対しようとした者は、等しく兵士であり、誇り高き戦士だ。戦士には敬愛を持って、死合うのみ! 上も下もないのだ! さぁ、来い! 獣の戦士よ!」
「ふぅぅぅ!! ぁぁああああ!!」
鼓動が、生まれてから初めてじゃないかと言うほどに、早く早く大きく鳴っている。
僕のこの状態に、真っ向から立ち向かってくるこいつが、同じように獣に見えてくる。それなら、どっちが強いか決めないと。
気が付いたら、両レバーを強く押し、背中のブーストを使って走り出していた。ホバーしたような状態なのに、全くぶれずに相手を見据えている。
レイラ教官の言葉も無視して、僕は向かって来た相手機の腕を落とそうと、ダガーナイフを突き付ける。
相手機も、ビームサーベルを握り締めて振り下ろしてくる。
ただ、相手機の方が上から斬り下ろして、僕は下から斬り上げている。普通なら、斬り下ろす方が早いし、威力も付く。
それなのに、僕のこの状態は普通じゃないのか、感覚が研ぎ澄まされていて、この機体もそれに合わせてくる。つまり、普通の機体では出来ない事も、この状態では出来た。
「くっ!?」
ダガーナイフで攻撃すると見せかけて、後ろ足に力を入れ、前足を下ろし、反時計回りに半回転して、尻尾で攻撃した。
その尻尾には、表面を覆うようにして、赤くて薄いビームの膜を張っている。それは、大きなビームサーベルのような効果があって、相手を両断するにはわけない威力がある。
相手機はそれに気付いて、咄嗟に僕から距離を取ったがーー
「ぐぅっ!! くっ……!」
左腕を見事に斬り落とした。
「むぅ……まさか、そんな冷静に攻撃してくるとは……頭に血が上り、冷静ではないのかと思ったが……」
「ふぅ、ふぅ……普通、じゃないよ。だけど、頭だけはやけに冴えていてさ。無防備になっている所が見えたんだ」
「そうか……やれやれ、参ったな」
その時、後ろからレイラ教官がやって来て、レーザーライフルを相手機に突き付けた。
「ふん。黒い凶星もここまでか。まさか、落ちこぼれの訓練兵にやられるとはな」
「何だと? そいつは、まだ訓練兵なのか!?」
やけに驚かれたけれど、事実なんだよ。それなのに、僕はなんでここまで動けたんだ?
それと、もう時間なのか、機体が急にヒューズの落ちたような音を響かせ、そのまま動かなくなった。同時に、さっきまでとうって変わって、鼓動も落ち着き、気分も冷静になっていく。
よくよく考えたら、僕は何で戦おうとしたんだ。何とか相手機にダメージを与えられたから良かったけれど、僕がやられていたら……なんて思うと、急に恐怖心が沸いてきた。
「はぁ、はぁ……うぅ」
「なるほど……どうやら本当のようだ。何かドーピングをしたような状態か? それが切れたのか、今さら恐怖が出ているようだな。若いな」
そう言ってくる相手の言葉には、まだ戦意が喪失したようには見えない。こいつはまだ、戦う気か。
「悪いが、お前はここまーー」
「そうはいかない。非常に気に食わないが、ここは撤退させて貰おう」
相手の戦力を、予想以上に削っていたみたいだ。
黒い機体のパイロットはそう言うと、脚部から大量の煙幕弾を放ち、辺り一面を真っ白い煙で包んでいった。
「くそっ!! こんな装備まで……!」
「本来、奇襲に使うものだが、こうやって撤退にも使えるのさ。気に入らないが、認めよう。私から生還した者は、これで2人になったか」
そう言って、相手機はブーストを放ち、どこかに去って行ってしまった。
とりあえず、この機体も奪われず、最悪の事態は避けられたって感じか。だけど、どれだけの人が亡くなったんだ……これが、戦争か。
戦闘を終え、自分の処遇はどうなるのかと不安に思っていたコノエだが、何故か巨大戦艦に乗せられ、艦長と面会をしていた。そこで自身の事を知らされ、今後について話される。
次回「7 戦艦ジ・アーク」




