4 決死の亡命
国連からの依頼で、亡命希望者をアルツェイトで受け入れるようにと言われてしまう。断ると、以前の事で制裁を加えるとまで言ってきた。バーモント艦長が出した答えとは。
静まり返った滑走路。そこに数人の、ライフル等の武器を持った男性達が現れ、こそこそと中央の人物を隠しながら歩いて来る。
目的の場所は、滑走路の倉庫内。そこに輸送用の大型飛行コンテナ船が停めてある。
「こちらです。今なら誰も居ません」
「まだ気付かれてはいないでしょうが、急ぎますよ」
そう中央の男性に話すと、数人は固まったままで歩き出し、倉庫前まで着くと、その脇の扉から中に入り、手際よくコンテナ船へと乗り込んで行く。
「お待ちしておりました。今すぐ出発します。お座り下さい」
そして、中で既に出発の準備を整えていた操縦士が、椅子に座った人物にそう話す。
「済まないね。危険な空路になりそうだが、頼むよ」
「お任せを」
少しくたびれた様子だが、それでも芯の通った迷い無き声で、守られていた男性は操縦士にそう言う。
「もう変装は大丈夫だと思いますが、念のためまだそのままでお願いします。ミラルドさん」
「分かった。全て任す」
その男性はホッソリとした顔だが、不自然に頬がふっくらしており、お腹も顔の細さに似合わずポッコリと出ている。
変装をしているというのが丸分かりだが、遠目からでは良く分からないだろう。この男性が、ミラルド=ウィバーン氏本人であるということは。
接近してジックリと見たら分かるだろうが、護衛が周りを囲んでいるので、先ず見ることは出来ない。
護衛の方も、ここに来るまでの間は、特に護衛をしている風には見せていなかった為、ただの俳優か誰かだろうと、すれ違う人々はそう思っていた。
とにかく、ここまでは万事上手くいっている。後は出発をするのみ。ミラルドは、背もたれにもたれ掛かり「ほぉ……」と安堵のため息を突く。
「ミラルドさん。油断はしないで下さい。国境を出て、メールコン大海橋に行くまでは、気を張っていて下さい」
「分かっている。だが、とりあえず第一関門はクリアした。少しは休憩せねば、身が持たない」
ミラルドは差し出されたコーヒーを手に取り、ガブガブと胃に流し込む。無糖でミルクは少量、それを一気に飲み干すのが彼の飲み方だった。
「ふぅ……しかし、捏造された物を、何故国民は簡単に信じるんだ。賄賂等、私は一切していないし、なんなら明確な証拠も提示した。にも関わらず信用せずに、やれ捏造だの言いくるめだの、挙げ句は真偽不明の情報で追い立ててくる。どう言っても、あの手の者達には言い訳にしかならないのが、何とも歯がゆい」
「心中お察しします。それが相手の、ミルディアのやり方と言った所でしょう。政治家やこれまでの首席に対し、国民の不信感を募らせる為、あの手この手と絡め手も仕掛けてくる。分かっていても、どうしようも出来ないのはーー」
「メディアが掌握されたから。だな」
ミラルドがそう呟くと、辺りはしんと静まり返った。
メディアを掌握とは言っても、ミルディア側はそれを認めていない。だが実際、報道関係の会社の取締役は皆、ミルディア出身の者達で占められていた。いつそうなったのか、その明確な時期は分からないが、徐々に増えていっていたのだ。
だがそれも、民主的な政治をする事を国民に約束していた為、国や政治家が関与する事は出来なかった。
結局の所、国民に一番振り回されるのは、政治家自身であると言うことを、その身に刻むことになった。
「ただ、私はまだ諦めない。今ミルディアに与すれば、比較的平和なわが国は、また戦火に巻き込まれる。それだけは……!!」
そんなミラルドの言葉に、側近の1人が俯きながら震えていた。
「しかし、アルツェイトもあまり評判は……」
「分かっている。格差が酷く、スラム街がある様だが、国はそれを放っている様だ。燻る不満は、いつか爆発する。それまでにカッパーリグンドを取り戻せれば良い。その為に、アルツェイトにとって有益な情報を持っていくんだ。喉から手が出る程の情報をな」
そう言いながら、ミラルドはポケットに手を差し入れ、ニヤリと笑みを浮かべた。それに反応するように、側近も意味深な表情を取った……が。
「……っ!?」
直ぐに銃声と共に苦痛の表情に変わり、口から血を流し始めた。
「おいっ!!」
そのまま前に倒れ込むと、ミラルドに覆い被さるようになる。彼はそれから急いで抜けると、直ぐさま側近の背後を確認する。
そこには、3~4人が銃を構え、こちらに向けている光景があった。何人か、こちらの護衛が抵抗をしたものの、先に撃たれてしまってしまい、敢えなく屑折れそのまま倒れ動かなくなった。
「くっ、護衛のふりをして侵入していたのか」
良く見ると、撃って来た者達は皆、こちらの護衛と同じ格好をしている。
「その通りです。ミラルド=ウィバーン、悪いが消えていただく。ミルディアの未来の為に!」
「そう言って、軍事的挑発等をするから、漬け込まれるのではないのか! そこに民意はあるのか!」
「我々に民意等必要ない。必要なのは、総督を信じて奉れる者達だ!」
「国を1人に任せていると、後が困ることになるぞ」
「ほざけ。いくらでも喚いているが良い、貴様は今ここで死ぬのだからな!」
時間稼ぎも無意味かと、ミラルドは諦めて目を閉じた。直後に銃声ーーが、いつまで経っても体に痛みも走らなければ、呼吸がし辛くなることもなかった。
不思議に思ったミラルドが目を開け、顔を上げると、さっきまで啖呵を切っていた者達が、口から血を吐き倒れ込んでいた。
「無事でしょうか? ミラルド=ウィバーン氏」
「んん。早々に亡命がバレていたな。情報源は何処だ?」
その後ろから、凛々しい女性の声と、少しのほほんとした様子だが、声には芯のある男性の声がした。
女性の方は、美しい銀色のロングヘアーをしており、光輝いているのではないかと見間違う程の、綺麗な銀色の毛色をした、犬の様な尻尾と耳を付けていた。となると、女性の方はケモナーということ。
男性はその上官だろうか? 40代はいってそうな風貌だ。赤い短髪は後ろに流して纏められ、顎髭も綺麗に剃って手入れをされている。
「私はレイラ=バルクウッド。隣は、アルフィング=ヤーバインです。アルツェイト軍、ジ・アーク所属であり、あなたの亡命の手助けに来ました」
「おぉ。そうか。数人を送ると返事が来ていたが、それらしい姿もなく、裏切ったのかと思ったよ」
「敵が潜んでいる事も考慮し、私達もそちらの護衛と同じ格好をしていました。それと、事前に知らせてしまうと、どうしても目でこちらを見てしまうでしょう。人とはどうしても、緊張する時には安心感を得たいものですからね」
「あ、あぁ……なるほど。確かに、うむ。流石は現役の軍人と言った所か」
そんなレイラのキビキビとした態度に、ミラルドは少し面食らったが、何よりそこまでの実力者でなければ、少数でするということに信用性が無くなる。
「それに私達は、あなたの提示した物にも興味がありますからね~」
「それは言わなくても言いだろう? アルフ」
「お、おぉぅ……怖いなぁ。私に髭まで剃らせて、完璧にこなそうとするその態度は、上官としても誇らしい」
「それでは、予定どおりフライトを。私達の部下が途中で合流致します。そこからメールコン、そして我が国の首都まで向かっていただきます。メールコンまでは肝ですので、気を引き締めていきましょう」
「分かった。頼むよ」
これ程に頼もしいことはない。と言った表情で、ミラルドは再度座席に座った。もちろん、護衛の遺体は一旦見えない所まで運んだ。国に着いたら、祖国へと丁重に送られる事になる。
「さて。それでは予定通り頼む」
『分かりました。それでは発進するので、お席へ着いて下さい。飛ばしますよ~!』
レイラが通信機にそう話しかけると、軽快な口調で緊張感の無さそうな言葉が返ってきた。
「もしかして、操縦士もそちらの?」
「えぇ。ジ・アークの操縦士、ジニー=バスパルです」
「……急旋回は要らないと、伝えておいてくれ」
「おやおや。彼の武勇伝はそちらにまで伝わっていましたか」
操縦士の紹介をするも、彼の荒々しい武勇伝が既に伝わっている事に、少し苦笑いをしたレイラだった。
亡命の事がミルディアに漏れていた。隠密に動いていたのにも関わらず、相手側に知られていたのだ。間一髪で間に合ったのは、レイラ隊長とアルフィングだった。アルツェイトは、ミラルド氏を受け入れることに。しかしこの亡命、既に前途多難な模様に。
次回「5 護衛任務の為に」




