3 亡命希望者
他の仲間達にもコート女医の正体を知られたが、敵なのかどうかは分からない。今はただ、この世界の事を知らないといけない。アルツェイトの首都へ行けるのはいつなのだろうか。
コート女医の正体が分かり、皆困惑するかと思いきや、今の所敵対意思が無いと分かると、あっさりと切り替えていつと通りになっていた。
確かに、今はそれ所じゃない事態になっているから、そっちの方が重要だ。ただ僕としては、コート女医への接し方が変わる事になる。実の母、何だから。
「さて。皆も分かっている通り、ミルディアが核兵器の凍結を解除すると言う。どこまで本気かは分からぬが、どこかで核実験を行う施設を用意するはずだ。先ずは情報部隊からの情報待ちにはなるが、ミルディアの戦力は極力削っておきたい」
そして今は、夕刻の定例報告と会議の席に、何故かレイラ隊長と一緒に僕まで参加させられていた。今までは無かったのに、何で急に参加させられた?
バーモント艦長が喋る中、皆神妙な面持ちになっている。ここが、重要な戦局の分岐点かの様だよ。
「そこで、向こうのエースパイロット、オルグとの接触の多いコノエ君に来て貰ったが、彼と連絡先の交換等はしていないな?」
「していたら軍法会議どころじゃないでしょう……」
「その通りだ。念のため聞いてみただけだ。もし交換していれば、誘き出せると思ったが……」
それはそれで浅い作戦だと思うよ。というか、オルグを倒すだけじゃ意味ないと思う。
「向こうは何て言うか、一枚岩じゃない感じだから、そこを突けば何とかなるとーー」
「一枚岩じゃないのは、こちらも同じだ。我々が、未だに本国へ入れない事を見るとな」
「あ~」
忘れていたよ。僕達は、ゲリラ部隊イナンアを何とかしないといけないんだった。それすら情報不足で、どうにもならない状態だよ。
「艦長。ジ・アークはまだ動かせないのか?」
その時、このままでは埒が明かないと思ったのか、レイラ隊長がそう言ってきた。
「あぁ、いや。修繕は終わった。何時でも出港は可能だ……が! 何処へ向かうかだ」
目的地が決まらないまま、さ迷う訳にもいかないか。沢山の国の部隊に囲まれてしまったら、それこそ今度こそ轟沈されてしまうだろうね。
「この際、宇宙はどうだ? あのミルディアのボンボンが言っていただろう。敵はコロニーに居ると」
「む、むぅ……その言葉を信じるのか?」
「信じる信じないも、確認だけでも損はないだろう」
そう言ったレイラ隊長に返せず、顎髭を触りながら艦長は深く考え込み始めてしまった。長くなりそうだなぁ。
「あの、宇宙はどうやって行くんですか?」
このまま沈黙していてもしょうがないから、その事を知らない僕が聞いて、ちょっと話題を広げるか。
「ん? あぁ。バッゲイア諸島国にある、ユグドル宇宙開発センターだ。あそこは島が点在しているから、ロケットを打ち上げるには最適だ。因みに、我がアルツェイト国専用の打ち上げ基地があり、そこでこのジ・アークを宇宙へ打ち上げる事が出来る」
その僕の質問に、レイラ隊長が答えてくれた。
なるほど。あの諸島なら、確かに打ち上げには打ってつけだね。そこまで向かえば良いんだろうけれど、絶対に妨害があるだろうね。
同じ敵を相手にしようとしているなら、協力しても良いものなのに、それをしないっていうのも、少し引っ掛かるな。
「宇宙……か。そうだな。コロニーの稼働状況を確認してからでも良かろう。と言っても……」
「本国に戻る必要がありますね。宇宙での活動には、特殊な装備が必要ですからね」
アルフィングが透明なパネルを操作しながら、艦長の後に続けてきた。因みに、僕の目の前に表示されたのは、良く分からない装備一式だった。
どっちにしても、本国に行くためにイナンアの基地をある程度潰すか、本部の基地を潰すしかないじゃん。
ミルディアにも対応しないといけないしで、戦力的にこれは詰んでない?
皆がウンウンと唸りながら、あ~でもないこ~でもないと話ていると、突然ツグミがこの部屋に飛び込んで来た。
「すいません! 極秘通信が来ています!」
「どこからだ?」
「国連です!」
「なにっ!?」
国連っていうと、地球にもあるやつだね。そりゃこれだけの国があるなら、纏める所もあるはずだけれど、ここまで色んな国で戦争が起こっているんだ。それこそ、あんまり機能していないと見た方が良いだろうね。
「形骸化している国連が、今更何を……?」
驚いているバーモント艦長を見る限り、立場的にアルツェイトは国連の決定に反する事が出来ないのかも。
「顔色ばかり伺うパーツ大臣が、国連をヨイショしているからな」
その立場を、軍にいるアルフィング達は良く思っていないようだ。ただ、言うことは聞かないと、軍には居られなくなる。
「あの……今回の極秘通信は、国連からの緊急要請で、内容は、ミルディアの隣国『カッパーリグンド民和国』この国最大派閥の党、民和党の首席、ミラルド=ウィバーン氏関係です」
「なっ……!! 何故彼が?!」
「亡命希望。だそうです」
「…………」
「…………」
全員黙っちゃったよ。状況的にどういう事なのか、僕には良く分からないから、説明が欲しいです。
「コノエ。ユグドル近代史で習っているはずだぞ」
「……あ~」
それは赤点ギリギリでございます。
何か申し訳ないので、大人しく縮こまっていたら、レイラ隊長からデータを送信された。それを僕の携帯通信機器のデバイスで受け取ると、こう書かれていた。
『勉強し直せ、バカモノ』
「……うぅ」
とりあえず一通り目を通します。何か、添付ファイルがありますので、見ろって事ですね。
◇ ◇ ◇
とりあえず、皆がどうしたものかと考えている間に、要点を丁寧に纏めてくれていたファイルを、僕は必死に読み込んだ。
それで、先に言われた国なんだけれど、ここは元々ミルディア帝国だったらしく、独立して今の国名になっていた。
問題がその独立の理由だけれど、今のこの国の地域の人達が、ミルディアからの軍事圧力に耐えかね、暴動をしょっちゅう起こしていた。だけどそれも、ある青年が声を上げた事が発端らしい。およそ430年前の事だ。
そこで起こった内戦が、第一次ミルディア内戦。これを4回繰り返し、遂に独立を勝ち取った。
そして新たな主導者は、国民達の選挙で選ばれる事になって、平和で民主的な政治を行って来た。
ただ、ここ最近はキナ臭い事が起こっているらしい。
この国は数十年前から、政治家達の汚職事件が多発していて、不満が溜まっていたらしい。
そこへ来て、こちらの属国になるのなら、まともな主導者を用意してやる、というミルディアからの提案が来た。
不満の溜まっていた国民達は、今の首席を追い出そうと、デモを行い続けている……と。
「…………どうするの、これ」
だから皆、どうしたものかと唸っていたのか。
国連からの要請だし、受けざるを得ないけれど、ミルディアの反感を買いそうだ。そうなると、どうやってこちらの手引きと分からない様にするのかって事になる。
「……ミラルド氏には、自力で国境を抜けて頂き、こちらまで来ていただく。そして、アルツェイトの国境付近で保護した。というのはどうだ?」
「それなら確かに、手引きした何て言われても、言いがかりだと突っぱねる事が出来るが……果たして、氏にそこまで向かえる力があるか? 護衛は?」
「むぅ……」
レイラ隊長とアルフィングが、あれならどうだ、これならどうだと議論しているけれど、問題が多すぎる。というか、こっちでは無理だと断れば良いのに。
「あのさ、ツグミさん。これ、断る事はーー」
「メールコン大海橋で、ラリ国へ協力した事に対し、制裁を発動する……と」
「うわぁ……それ持ってくるんだ」
「えぇ、国際中立組織『INO』も動いているので、アルツェイトからしたら断りたくても断れないです」
本当に色々と詰んでるなぁ、この国大丈夫なのかな? というかーー
「今、ミルディアを刺激するような事で、国連とか中立組織が積極的に介入するなんて、あり得なくないか?」
そう僕が答えると、レイラ隊長とアルフィングがお約束の事を言ってきた。
「奴等からしたら、人権問題だの、自由な民主化への阻害だの、何に対してもそういう口実が出来る」
「そしてそれには、暴力を伴ってはいけない、話し合いが大事だと言うのさ」
机上の空論って事が、まだ起こり続けているんだ。場合によっては、それではどうにも出来ない事だってあるのに。
さて、僕達はどうするんだろう? ずっと俯いているバーモント艦長の言葉次第って事になるけれど、無用な戦いは避けたい所だよね。
国連からの依頼は、カッパーリグンドという国からの亡命者を護衛して欲しいというものだった。
しかしその国は、ミルディアとただならぬ関係であり、その亡命者を受け入れてしまうと、ミルディアとの戦争が泥沼化してしまう可能性があった。それでも、民主化促進の人材を簡単に失うわけにはいかないらしく、どうするかの判断は、ジ・アーク艦長バーモントに委ねられた。
次回「4 決死の亡命」




