5 シナプス起動
敵の襲撃に対し、訓練用のビースト・ユニットで出撃したレイラ教官は、圧倒的な強さで敵を倒していく。しかし、そんなレイラの前に黒いハコ機が現れる。2人は戦場では見知った顔、いい加減に決着を着けようと2人が動いた瞬間、突然何処からか白いビースト・ユニットが現れた。
敵兵が追いかけて来たから、慌ててしまったのもあるけれど、ここは多分入ったらいけなかったんだ。
外で戦闘音が聞こえるから、教官が戦っているのは間違いない。
それなら、僕はもっと安全な所へ逃げるべきなんだけど、さっきその安全な場所からも爆発音が聞こえたから、多分もう駄目なのかもしれない。
それなら、駄目で元々。こいつに乗って動かせられたら、戦況も変わるんじゃ……いや、動かせない可能性の方が高いけれど、それでもーー
「動くな!」
「これは……こんな所にあったか! おい、外にいる少佐に伝えろ!」
やっぱり、敵はこれを探していたんだ。見つかったのは僕のせいだ……ここで僕まで殺されて、この機体を奪われたら大変だ。
「くっ……!」
「あっ、待て! 貴様!」
後ろから銃声が聞こえ、凄く怖いんだけれど、それでもやらなければの一心で、僕は足を動かしていた。
前の僕なら、こんな状況でこんなに動けるとは思えないけれど、高鳴る鼓動と同時に、何故か頭も冴えてきて、とりあえず乗ってこいつをどこかに動かさないと……って思ったんだ。
「ここを押していたような……開いた!」
今日の訓練の時、乗り込む所の側を探っていたから、多分そこに開閉のスイッチがあると思ったんだ。中からも開けられるけれど、外からも開けられるようになっているのは当然だしね。
そこから乗り込みハッチを閉めると、銃声とこの機体に弾が当たる音が、何度も聞こえてくる。早く動かさないと……。
「えっと、訓練用と同じように起動して……あとは同期」
正直、同期出来るとは思えない。だって、訓練用で同期出来なかったのに、こんないかにも本格的な機体で、同期出来るわけがない。
それでも、今ここにいるのは僕だけ。やらないと。
「お願いだ……同期して」
尻尾と繋げるプラグが伸びてきて、僕の尻尾と繋がる。そして、同期が開始される。
「……っ」
すると、全身の神経がピリピリとし始めて、自分の身体の感覚が広がっていくような、そんな感じがした。
今は、シートに跨いでコクピットに乗っている状態なのに、伏せをして座っているような感覚もある。まさか……。
『同期完了。起動確認』
同期……した。
「嘘……」
訓練用では駄目だったのに、何でこの機体で? ……そういえば、レイラ教官が何か言っていたような。いや、今はそれよりも、この機体を動かしてどこかに隠さないと。
目の前の真っ暗だった大きな画面には、外の景色が写し出される。
機体は上体を起こしていて、お座りの状態で、いつでも動けるようになった。同時に、目の前の扉が閉まり、この場所が上へと上がっていく。
こいつの起動と同時に、何かが反応して、エレベーターのように動いて、ここから直ぐに外に飛び出せるようになっていたのか。
敵兵が慌ててこの保管庫から動いていたし、とりあえず危機はーー脱していないな。外は戦闘中だった。
「…………えっと、とりあえず問題はないのかな?」
手元にある小さな画面の方には、この機体の簡易的な姿が映し出され、各部に異常がない事を知らせる文字が出ていた。
その上には、何かの名前が書かれている。この機体の名前かな?
「『シナプス』それがこの機体名か……」
エレベーターが止まる。同時に、目の前の扉が開く。
「何だ!? この機体は!」
場所はグラウンドから離れた場所にある、もう一つの小さなグラウンド。第2グラウンドだった。
主に持久走とかやっている所だけれど、こんな所に出るなんて。あと、目の前に敵機の姿があったよ。完全に制圧されているってことか。
「えっと……動かし方は……っと、早くしないと!」
「とりあえず押さえろ!」
「うわわっ!!」
目の前の四角い敵機、ハコ機が襲ってくる。銃は撃ってきてないけれど、持ってはいるから、いつ撃ってくるか分からない。とりあえず前に跳んでーー
「えっ……!! ちょっ!?」
跳びすぎた! ちょっと屈んで、レバーを軽く後ろに倒し、足を跳ねてみたら、思い切り勢いが付いて敵機の頭上を飛び越えてしまった。ついでに、扉の上で頭を擦り付けてしまって、ちょっと痛かった。
間違いない……同期したら、この機体と神経が繋がった? いや、嘘だろう……そんな事がある? 聞いたことがない。
僕達ケモナーによる同期ってのは、ちょっとだけ動かすのが細かく出来たりして、戦闘で機敏に動けるようになるんだけど、これはそれどころじゃない。
「上?! そんな……!」
「くっ……! そこだ!」
どっちにしても、後ろを取ったのは間違いない。だから、背中に付いているライフルの銃口を、肩の方に来るようにせり出させると、そのまま相手機の背中に向けて撃ちつけた。
「うわぁぁああ!!」
武装は使えたけれど、多分整備とかはそんなにしっかりとはされていないぞ。今の一発で、もうエネルギー切れって……それと、足の稼働に軋みというか、上手く動かせないような感じがする。油が切れているのか、凄く動かしづらいな。そりゃ、あそこに放置されていたらそうなるか。
それと、さっきので敵機が倒れて動かなくなったけれど、このまま爆発して、パイロットまで……なんて事はないよな。
いや、戦争中なんだから、人死には出る。今だって、ここの整備班の人達は……だからって、そんな簡単に殺したりはーー
「このぉっ!!」
「うっ……! 頼む! 向かって来るな!」
「女? 女のケモナーか!? だからって、手を抜くことはしねぇ! その機体から降りろ!」
駄目か……相手はやる気満々だよ。それなら、せめてここから脱して、どこかに隠れて……って、そんな事を考えている間に、敵がサーベルを抜いてこっちに……。
「あ~もう!!」
咄嗟に前足を軸に、後ろ足で相手の足を蹴り払い、腕に付いた小型のダガーナイフで、相手の腕の結合部を狙い、動かせなくした。
次に向かって来た機体も、飛び上がって両腕を使い、相手機の両腕を切り落とした。
「……凄い。足が軋んで動かしにくいのに、それでもこれだけ動けるなんて……」
この機体って、それだけ特別なのか? いやいや、そんなのがこんな所にあるわけない。
とにかく、急いで周りを確認すると、居たのはこの3機だけだった。3機で1チームになって動いているのか。
「この……野郎!」
すると、最初に背中を撃った機体が起き上がり、こっちに向かって飛びかかって来た。
「うわっ!! 気を失っていただけか! このっ!」
「ぐぅっ!! 野郎!」
半回転して、尻尾で相手を叩き付け、その勢いで遠くへ……と思ったら、グラウンドの方に飛んでいったよ。
別にいいか、向こうには教官もいる。こっちの事を報告されたら、たくさんやってこられそうだ。今の内にーー
「……えっ?!」
逃げようとしたら、何故か僕の機体の足が引っ張られ、浮き上がるようにして引きずられていく。
良く見たら、相手の腕から鋼鉄のワイヤーが飛ばされ、僕の足に絡まっていた。
「逃がすか……! その機体こそ、少佐が狙っていたやつだ!」
「ヤッバい……!!」
このまま、グラウンドまで連れて行かれるわけにはいかない。何とか体勢を立て直して、こいつから逃げないと。
「ぬぬぬ……! 離せ!」
「しまった! こいつも変形して……!」
そう。ビースト・ユニットは、ヒト型にも変形出来るんだ。
サイドに付いているレバーを引いて、ヒト型に変形しているんだ。そうすれば、腕のダカーナイフでワイヤーを切って、そのまま逃げられる。
「よし!」
そして、計画通りにワイヤーを切って、今度はレバーを前に押し込み、獣型へと形を戻す。
「逃がすかって言ってるんだ!」
「あ~もう! 邪魔!!」
また鋼鉄のワイヤーを飛ばして来た。しつこいんだよ。
だから、空中に浮いた状態のままで、背中のブーストを使い、相手機へと近づくと、前足を使って敵機を地面に叩き付ける。
「ぁぁあああ!!!! そんな……! 隊長! すみません!」
しまった……気付かずにだいぶ引きずられてしまっていた。
ここ、戦闘が起こっているグラウンドじゃん。しかも、真っ黒な機体がこっち見ているんだけど?!
何とかビースト・ユニットを動かし、敵兵から逃げたコノエだったが、目の前には黒いハコ機が立ち塞がる。レイラ教官からも逃げろという指示が出るものの、好戦的な相手を前に、何故か自分の鼓動まで早くなり、戦いたくて疼いていく。
そして、コクピット内のディスプレイに見慣れない言葉が表示された。
次回「6 DEEP」