10 奪われた新型
総督の息子ギルムの演説により、戦争は更に複雑化してくる。そんな時、オルグの居る基地に侵入者が。
格納庫へと急いだオルグは、そこで侵入者と好戦する兵達を確認する。しかし、数名はその場で倒れて呻いている。良く見ると、腹部や首元等何ヵ所か切られていた。
「状況と侵入者は?!」
「あ、少佐! 侵入者は1人! しかし、あり得ない体術で我々と好戦し、ガンマ社から送られた新型へと向かっています!!」
「私が行く!」
オルグは格納庫の上階から、見下ろす様にして下の様子を伺うと、何と侵入者は整備士を人質に取り、それを盾にしながら新型の方に向かっていた。
「効率は良いが。自殺行為としか言えんな。そこまでだ!!」
オルグが銃を発泡し、侵入者の顔スレスレを掠める。
「おぉ!? やりますねぇ。流石は黒い凶星。パイロット技術以外もその名の通りなのですか?」
相手は、自分とさほど歳が離れている様には思えない、だいたい30代位で、刈り上げている短髪の髪型と、軍服のような服を着ていると、軍人らしい様相にも見えるが、その男からほとばしる異常とも思える空気は、オルグでも二の足を踏ませるには十分だった。
「普通避けるか? 銃弾を」
これでもオルグは、相手の頭を狙ったのだ。しかし、避けられた。
ニタリと笑みを浮かべる顔にも、薄ら寒いものを感じた。その顔には、無数の大きな傷跡があったからだ。どれも裂傷か銃創。顔でこれなら、体の方はどうなっているのか……。
「何者だ」
「私はしがない傭兵ですよ、オルグ少佐」
その時、丁度グランツもやって来た。だが、攻撃しようとするグランツを、オルグは手で静止した。
「今の所属は? 名は? 場合によってはーー」
「あぁ、そういうお約束のやり取りは面倒ですから、要件だけ言いますよ。ガンマ社の新型、アレを私に下さい」
「……そう言われ、どうぞと渡す馬鹿がどこにいる?」
「そうですねぇ。ですから、こうやっているのですよ」
するとその男は、脇に抱えている男性の脇腹に、ナイフをゆっくりと突き刺していく。
「ぐ……あっ、あぁ!」
一気にではなく、ゆっくりゆっくりと、まるでその感触を楽しんでいるかのように、ゆっくりと。
「痛いですよね? でも、死なせませんよ。呆気なく死なれては困ります。ゆっくりじっくり、死の恐怖を感じながら、私に死の感触を与えながら、ゆっくりとーーっ!?」
「止めて貰おうか。目の前で、部下をいたぶってくれるな!!」
再度、オルグから銃声が響く。流石のオルグも、このような事をされては黙っていられない。
「ふふ。はははは!! 黒い凶星ともあろう者が、ただ1人の為に声を張り上げるとはね!」
「部下を案じずに、何が隊長か。私はそう冷徹な人間でもないのでね」
「失敬失敬。でしたら、そのまま見ているだけで良いですよ。部下を殺されたくなければね」
「…………」
それから男は、ガンマ社から送られた新型の方へと向かう。そしてそれを見上げ、呟いた。
「いやはや、アサシン・ギア。正に、私の為にあるような機体。何故これを渡してくれなかったのか。いや、良いでしょう。これで、ゲルシド将軍との取り引きも終わり。あとは、私の勝手とさせていただこう」
「ゲルシド? 貴様、イナンアか」
しかし、オルグの問いかけに男は答えなかった。代わりに、その機体のハッチ部分まで向かうと、痛みで苦しむ整備士に指示を出し、ハッチを開けて乗り込み、その後に整備士を下に突き飛ばした。
「……くっ!! っぶねぇ! 平気で人を殺すなんて、イカれていやがる!」
「おやおや。あの距離で間に合うのですか? あなたの方がイカれていますよ。その、姿もね」
その整備士は、間一髪でグランツが助けに入り、しっかりと受け止めている。ただ、傷で痛む表情をしていて、予断を許さない状況だった。
新型に乗り込んだ男性は、それでも少し残念そうにしながら言うと、ハッチを閉めて機体を起動させる。
だが、既にオルグはハンドサインで部下に指示を出しており、自身の機体を出撃出来るよう、コッソリと準備をさせていたのだ。
『あぁ、私の名前でしたね。バルトザッグ=シラーグ。ただの傭兵です』
「バルトザッグ? 何処かで聞いたような……」
発進しようとする機体から、男性がそう返してきたが、オルグは自分の機体に向かっている最中だった。そして、その名前を何処かで聞いたような覚えがあり、彼はそう返していた。
『思い出さなくても結構です。ただ、私のような傭兵がいた。それだけで良いのです。それでは、これは頂いていきますよ』
この基地から発進出来ないようにはしていたが、備え付けられていたビームライフルで天井に穴を開けられ、そのまま機体は奪われていった。
だが、そのまま見送るような人達は、この基地には居ない。
「そうはいかんよ。君は人質を解放した。ここからは、私達の番だ」
オルグはケプラーに乗り、背中のブーストパックをフル稼動させ、奪われたアサシン・ギアへと突撃する。
アサシン・ギアはその名の通り、機動力を駆使した武器が多く、機体を破壊するより、中のパイロットだけを狙う武器が多い。両腕等がその良い例だ。
『そう来るでしょうね。それでは、アサシン・ギアの実力を見てみましょうか』
バルトザッグはそう言うと、アサシン・ギアの両腕を振りかぶり、オルグのケプラー目掛けて横に払うように攻撃をしてくる。
「おっと!! 悪いが、その機体の性能は一通り目を通している! そうそうには当たらん!」
始めて見たら、それこそ目の錯覚かと思ってしまうだろう。アサシン・ギアの両腕が突然伸び、ケプラーの目の前を掠めたのだ。
この機体の両腕は蛇腹のようになっていて、それを伸ばして攻撃したりも出来る。だが、この機体の本領はむしろここからであった。
『なるほど。分かっていれば避けやすい。なおかつ、こちらは両腕を戻す時に隙が出来る。次の攻撃までのインターバルが中々……これは、玄人好みですねぇ。ですが……!!』
「なにっ!?」
突然ケプラーの側面に衝撃が走り、バランスを崩されてしまった。オルグは何とか機体の体勢を立て直したが、いったい何処から攻撃をしてきたのか見えなかった。
「……その腕だけに頼らず、他の兵装まで合わせて、機体の性能を最大限に活用するか」
蛇腹の腕を使って攻撃するのは、リーチは申し分無いが、その分近接に弱くなる。だから補うのは当たり前の話であり、オルグもそこは分かっている。
だが、やはりリーチの違いがあるため、そこに集中してしまう。よって、腰からのキャノン砲のような砲撃をもろに受けてしまった。
『さて、このまま逃がして頂きたいのですが。それは当然無理でしょうねぇ、ですからーー』
すると次に、目の前のアサシン・ギアが突然その姿を消し、ケプラーの前に突然現れた。
「ちっ……!! 当然備えているのは知っている! デス・ギアにも投入されている、迷彩システム! だが、その機体の性能を考えれば、懐に飛び込んでくるのは分かっていた。それなのに、敢えてか!!」
『えぇ、そうです。私には些末な事ですよ。たかが、性能を知られているくらい』
そこでオルグは気付いた、アサシン・ギアの腕が両方とも後ろに伸びている事を。胴が先に行くことで、伸ばした両腕に加速が付き、そしてーー
「ぐぅっ!!」
こっちが反応する前に、両腕に捕獲されてしまった。捨て身の特攻にも過ぎる程に、相手のその突撃が異常だった。まるで、自身が傷付こうが死のうがどうでもいいかのようにして、奴はオルグに攻撃した。
オルグ自身を。
「ぐぅぅ!! ぁぁああ!!!!」
『はははは!! これぞ、アサシン・ギアの真骨頂! 電波と熱の合わせ技、電導熱波砲!!』
聞こえは良いが、要するに電子レンジみたいなもので、中から熱するのである。兵器と化したそれは、およそ数秒程で中の人間を焼き殺す。
『大将!!』
『なにっ!?』
ただ、その数秒程だろうと、グランツのラフ・ティガーの速さなら何とでもなった。相手機に頭突きの様にして突撃し、ケプラーから引き剥がしたのだ。
「ぐっ、う……すまない、グランツ君」
『おぉ、無事か? あと1秒遅かったらヤバかったな。ありゃぁ、そうそうに近付けねぇぞ』
助かったとはいえ、かなりの高温になりかけたのと、激しい頭痛に襲われていた為、オルグはその場で膝を突きそうになっている。それでも、敵を逃がすまいと踏ん張っている。
『ふ~む。いささか部が悪いですが、上官想いの部下なら、この状況でどうするかくらいは、分かりますよねぇ?』
『ちぃっ!』
「グランツ君。構わない。アレを落とさないと、更に被害が……!!」
あんなイカれた殺人鬼に、あのような機体が渡ってしまうのは非常に不味い状態だった。だから、オルグは何が何でもと、敵機体に向けてライフルを構える。しかし、敵機体はまた景色の中にその姿を溶け込ませていく。
『野郎。迷彩システムかよ。あれで逃げられたらーー』
「いいや、逃がさん! ケプラーよ。見えない黒い星を見つけた人類の叡智よ。その名の通り、私に見えない敵を撃つ力を!!」
そうオルグが叫び、ライフルからレーザーが発射される。そしてそれは、相手機の肩辺りを貫いた。
『なにっ?! 完璧に迷彩はかかっているのに、何故!?』
「私とケプラーを舐めないで欲しい」
完全に虚を突かれた相手は、動揺を隠せずにいた。更にそこを、グランツが突く。
『オラァ!!!!』
『ぐぉっ!! くぅぅ……DEEPも、もうそう持たないでしょうに!』
ヒト型になったラフ・ティガーは、オルグが狙って迷彩が揺らいだ相手機を、太い両腕でガッシリと掴んだ。そして、尻尾を靡かせて相手機に巻き付けた。
『わりぃが、このまま破壊させて貰うぞ』
『おっと。それは困る』
『あぁ?? なーーぐぁっ!!??』
「グランツ君!」
相手機を掴み、完全に有利だったはずのグランツが、急に苦痛の声を上げる。良く見ると、相手機の上腕から、何か細い槍のような物が飛び出し、それがラフ・ティガーのコクピット部分を貫いていた。
『あの機体の兵装。着眼点は良かったのですよ。ですから、この機体にも似たような物が付いていると思っていましたよ。何せ、同じメーカーですからねぇ。私の要望も、すんなりと通してくれますよ。ギルム様がねぇ』
「……くっ、どこまでも!!」
『大将……大丈夫だ。俺は、まだ……!!』
完全にこちらが押され始めた中で、グランツはそれでもと相手機を離さない。
しかし、致命傷は避けていても、体の何処かは貫かれたようで、グランツの息が荒くなっている。
『おやおや。致命傷はわざと避けましたが、それでもかなり痛む部分を貫いたのですよ』
『ぐぁっ!! がぁぁ!! それでも、大将が逃がすまいとした奴はーー』
「グランツ君。もう、良い。君の方も、DEEPが切れるだろう。これ以上は、君の命に関わる。私の命もな」
『大将……』
それを聞いた相手は、ゆっくりとラフ・ティガーから槍のような武器を抜き、また迷彩システムを起動させた。
『ふふ。しっかりと先を見ていますね。いやはや、誰かさんよりも立派な上官じゃないですか。あなたが羨ましい。まぁ、私にはもう関係ないですがね。それでは』
そう言い残し、相手機は去って行った。レーダーの反応からも消え、もう何処に逃げたかも分からなくなった。
「はぁ、はぁ……あぁ、限界なのは私の方さ……」
そしてオルグは、そのままその場で意識を失った。
ミルディアでの事を報道で知ったコノエは、核戦争に発展するかも知れない事で不安が過ったが、アルツェイト側は特に気にもしていない所か、チャンスではないかと考えていた。
しかしこの星にはまだ、コノエの知らない者達が存在していた。
次回 新章 「1 生物の力を宿した者達」




