9 ユグドルの悲劇
ギルムの行動は、既に総督にバレていた。
オルグは総督から、イナンアの基地を潰して来るようにと伝えられる。ギルムの失態をさらけ出し、総督として息子を処罰しようとしていた。しかし、そう上手くいくだろうか……オルグは少し不安感を覚えていた。
それから数週間後、各地のイナンアの基地で戦火が上がる。
ミルディアがゲリラ部隊討伐に向けて、本腰を入れ始めたのだと各国は判断し、ミルディアと友好的な国は兵器供与と合同部隊の提案をしてきたりと、かなり本格的な動きを見せ始めた。
アルツェイトはミルディアと争っているため、表立っては支援をしないが、イナンアの基地を見つけ次第、ミルディアの部隊が居てもそれは狙わず、ゲリラ部隊の方を先に狙っていた。
ただ、この展開を読めていないゲルシド将軍では無く、新型のギア・シリーズを多数展開。襲撃に対応をしていた為、基地制圧に時間がかかっていた。
『オルグ少佐。サムライ・ギアの量産型が多数展開し、我が部隊を迎撃してきています。ここまでの抵抗になるとは……』
「腐っても、元ラリ国将軍だな……流石と言わざるを得ない。ここまでの物を揃えるため、ガンマ社に惜しみ無く資金提供をしていたか。それだけの資金がどこから……と、例の鉱山の利権か。やれやれ」
そんな中、前線に出ているグランツからも通信が入る。
『オルグ~こいつら厄介だぜ~! 1人1人は大した事ねぇが、このギア・シリーズのシステムが面倒だ!』
「あぁ。乗っているパイロットの腕には関係無く、機体の動きや攻撃制度の補正がされ、エースパイロットと遜色ないレベルまで跳ね上げる。ギア・システムか……だが、パイロットの身体には多大な負荷がかかっているようだ。そこを突けないか?」
『それは俺も分かってるが、奴さんだいぶスタミナがあるのか? 中々ダウンしやがらねぇ。いつまでも戦い続けやがる』
「う~む。まだ我々の知らない何かを使っているのか? それとも……」
ケプラーの操縦席で画面を押しながら、グランツの通信に返事をするオルグには、1つ最悪の物が頭を過っていた。しかし、それはパイロットの命を奪うもの。そんな物をゲルシドが使うとも思えないが、報告ではメールコンで部下を爆破しているとも聞いた。
「ラリ国に居た時とは違うのか……もしくは、何か考えがあってか? ラリ国の将軍をしていた時は、部下を大切にしていたと聞いているのに、随分と違うな」
どらにせよ、総督の命令に従い攻撃を開始したのだが、思いの外苦戦を強いられている。これ以上の失態は避けないといけない。
「あの3人は?」
『出撃準備は終わっています。いつでもいけます』
結局、コレに頼らないといけない自分自身の不甲斐なさに、オルグは何とも言えない不快な気持ちになっていた。
「仕方ない。Z・O・Xを出撃させるんだ」
『分かりました』
そして、女性の甲高い笑い声と共に、イナンアの基地は数十分で壊滅した。
◇ ◇ ◇
「これで5つ。ギルム様の面目を潰し、追放するには十分な証拠も揃った。あとは総督次第だ。イナンアの戦力も少しは削れただろうが、居たのは雑兵ばかりだ。果たして……」
イナンアの基地を制圧し、近くの自軍基地に戻ったオルグは、メットを外すと同時にそう呟いた。
「しっ~かし、皮肉なもんだなぁ。自らが開発した機体で、自らが窮地に陥るなんてな。その辺り、あのボンボンは考えてなかったのか?」
その横でグランツもメットを取り、オルグにそう言ってきた。
「う~む……どうなのか」
「何なら、例のギア・シリーズの新型も、こっちに来てるだろ? 本当、何考えてやがんだ?」
「…………」
もしかしたらギルムは、ミルディアやイナンア、アルツェイト等との戦いでの勝ち負けを、あまり気にしていないのかも知れない。もっと先を見据え、動いているとしたら。オルグはそう考えると、薄ら寒いものを感じていた。
もっとも、それは買い被り過ぎなのかも知れないが、このままでは意味がないのでは? と直感的に感じていた。
「……自分の命を天秤にかける必要があるかも知れないな。戦争を止める。それ所では無くなるか?」
「ま~た大将は難しいことを考えてんな。良いぜ。俺はあんたの直感を信じるぜ」
「すまない、グランツ君。恐らくこの戦争、もっと複雑になってきそうだ」
そう言ったオルグの表情は曇っていた。
その後、基地の兵士の1人が慌てた様子でオルグの元にやって来る。
「少佐! 先程ミルディアの国内で、ギルム様が演説を!」
嫌な予感と言うのは、得てして早めに当たってしまう。むしろ、その予感を感じた時には手遅れな事が多いのかも知れない。
「見よう」
自分はどちらに付くべきか、その選択も迫られるだろう。それでもオルグは、自身の目的の為、既にどちらに付くか決めている様子で、足取りはしっかりと、静かに標的を見据えるような目で歩いていた。
◇ ◇ ◇
《見て下さい。これが父、グェンヤーガ=シュバイツ=ギルノガン総督の行っている、非道な戦争の現状です! 私は、人を人とも思わない彼の行動が許せなかった。しかしーー》
画面の先で、つらつらと言葉を並べていくギルムに、オルグは少しため息交じりに呟く。
「そう来るか……いや、これは悪手ではありませんか? ギルム様」
今までの戦闘映像、Z・O・Xによる非道で残虐な破壊活動。その全てを、ミルディア国内に垂れ流している。
戦争の映像は全て、総督の指示で一度検閲されている。つまり、自国にかなり不都合な事は流していない。一種のプロパガンダだが、極端に情報統制をしている訳ではなかった。それでも、国民達にはあまり戦争の情報は流していない。がーー
「今は放送だけじゃなくて、様々な方法で情報が取れるぞ。ギルム様は何考えてんだ? 国民が何も知らない無知ばかりって訳じゃねぇ。何がしてぇ」
「そうだな、グランツ君。ただ、ギルム様もそこまで考えなしではないだろうが……狙いが分からん」
国民達はとっくに、自国の軍がやっていることは、8割方把握済みであった。尚更、ギルムがやっていることはあまり効果が無いことになる。
「……イナンアと手を組み、総督を陥れようとして、このような事を、するにしては回りくどい。う~む」
すると、演説をしているギルムが、更に飛んでもないことを言ってきた。
《皆様。戦争とは、本当に悲惨なものです。終わらせるのなら、終わらせたい。だが、互いに剣を納めるタイミングを失っている。いや、そもそも何で剣を抜いた? いつから私達は戦争をしている? 何故、ここまで続いている? 私はこの戦争の裏に、飛んでもない『悪』が隠れていると、断言します》
「…………」
《そいつは、宇宙にいる。この宙域の『コロニー』が失われ久しいが、地球圏では、まだコロニーが存在していると言われています。あんな事件があったにも関わらず、未だにです。奴等は、このユグドルのコロニーに隠れ潜んでいるのです!》
別の銀河に人々が移動できたとなれば、コロニー建設も可能な範囲だが、この惑星の宙域には、コロニーが存在しない。いや、コロニーによる国家が存在しないのだ。
コロニーはある。この宙域にも。しかし、今は殆ど使用されていなかった。その原因がーー
《数百万年前に起きた、ユグドルの悲劇。それを繰り返す事があってはならないのです。我々は、核兵器を解凍する事をここに提案いたします!》
「そう来るか……!!」
「おいおい。核兵器だと? 凍結された、人類が産み出した最低最悪の兵器。それを使うだと!?」
「ユグドルの悲劇。数百万年前、この宙域にある廃棄したコロニー群を、一斉にユグドルに落とし、この惑星に根付いた人類を根絶やしにしようと画策した」
「あぁ……このユグドルに始めから存在していた原住民、ビースドットの奴等。大地が恋しいと、この星に移住して来た地球の人間達が、そいつらを宇宙に追い出し、コロニーに閉じ込めたのが最初って言われているな」
それこそユグドルの悲劇であり、そしてビースドットの先祖達がしかけた作戦、コロニー爆弾による人間の殲滅だった。それを防ぐ為に使われたのが、核兵器だった。
コロニー内に多数の核兵器を投入し、一斉に起爆。蔓延する放射能により、コロニーは生命が存在出来ない場所になってしまった。
それをそのまま落としても良いのだが、ビースドットの獣人達は、自分達の住む場所を汚染させる訳にもいかなくなった。かくしてコロニーは宇宙に放置されることになった。壮大な宇宙ゴミとして。
「苦肉の策。諸刃の剣。人間の愚かさを露呈した事件だったらしい」
その核を、また使うと言う。
「こいつはぁ、荒れるぜ大将」
「そうだな。各員に伝えるんだ。いつでも戦闘準備をしておけ、と」
だが、オルグがそう言った瞬間、基地内に警報が鳴り響いた。
『侵入者アリ! 現在格納庫に向かっている。繰り返します。侵入者アリ! 現在格納庫にーー』
「このタイミングで何だ!?」
次々に起こる事態に、流石のオルグも声を荒げてしまっていた。
ギルムは過去に起こった悲劇を出し、遂に飛んでもない一手を出して来た。凍結された核兵器を使い何をしようというのか。
だがその時、侵入者を告げる警報が鳴り響く。オルグは急いで侵入者の居るであろう場所へと向かう。
次回 「10 奪われた新型」




