7 僕の出来る贖罪
強敵との戦闘中、逃げ遅れた母娘を誤って潰し殺してしまった。ショックで上手く戦えなくなったが、レイラ隊長とアルフィングのカバーで、敵機は撃破出来た。しかし、コノエはまだ自分のしてしまった事に、その罪の重さに押し潰されそうになっていた。
あれから、兵器工場は何とかゲリラから奪還。町での戦闘は終わった。
町は瓦礫で埋め尽くされていて、朝になり次第、町民達が後片付けを始めていた。
銃弾の跡、ハコ機の残骸、壊れた戦車や兵器が無造作に遺棄されていて、平和だった町が一転し、廃墟同然と化していた。
僕は一旦水上基地に戻り、シナプスを整備班に渡した後、またこの町に来た。
何か、僕に出来る事はないかと思ったんだけれど、足は勝手に動いて、あの場所へ向かっていた。
「……」
別に今更、何か出来る訳でもない。あの人達が生き返る訳でもない。だけど、この罪悪感を何とかしたかった。罪滅ぼしをしたかったんだ。
人がざわめいている中、僕はその場所に着いた。
僕が、瓦礫に挟まった女性と、その子供である女の子を潰してしまった場所。
そこに、1人の男性が座り込み、何かを掻き出すようにして探していた。
まさか……。
「あの……」
また心臓が変に高鳴る。嫌な汗も出る。僕は今ここで、恨みを晴らされて殺されるかも知れない。それでも、話しかけずにはいられなかったんだ。
「……」
「もしかして、ここの……」
「……君は?」
「ご、ごめんなさい。僕は、ここの瓦礫に挟まっていた女性と、女の子を潰してしまった、ビースト・ユニットのパイロットです」
その瞬間男性はこちらを振り向き、物凄い形相でこちらを見た。だけど、僕の姿を見た瞬間にハッとなり、唇を震わせながら続けた。
「……こんな、子供が……」
「あ、ごめんなさい。僕はケモナーなので、歳は……」
「あぁ、そうか。いや、それでもだ。そうか、君か」
「直接的ではないにしても、僕の不注意で、2人を……ごめんなさい! 謝って済む問題じゃない。だから、気の済むまでーー」
だけど、男性は僕が言い切る前に、残酷な真実を言ってきた。
「そんな事をしても、妻と子供は帰って来ない」
そう……そうだよね。僕をどうこうした所で、喪った者は帰らない。
「この町は、兵器を売って発展した。俺達も、戦争で食わせて貰っていた。それが無ければ、俺達はとっくに野垂れ死んでいたさ。こんな風に、家族を持つことも無かっただろう。だけど……」
どれだけ綺麗事を並べても、やっぱりこんな残酷な事が起こることが戦争なのだろうし、僕も罪悪感が消えることはない。やるせない気持ちも溢れてくる。
何なら、汚い言葉で罵ってくれた方が、数倍マシだった。
「戦争が、全てを奪っていった……俺達が間違っていたとは思わない。それでも、俺達の作った兵器で、俺達のような事が、他の町でも起こっている。分かっている、分かっていた……覚悟していたはずなのに……」
ただ僕は、彼の言葉を聞いていた。こうやって吐き出してくれた方が、少しでも気持ちが楽になるかも知れない。それはそれで良いと思ったけれど、僕にも何か出来る事はないかって思ってしまう。
だけど、僕が出来る事はーー
「頼む。贖罪だと言うなら、こんな戦争、もう終わらせてくれ」
ーー戦う事だけだった。
◇ ◇ ◇ ◇
水上基地に帰って来た僕を待っていたのは、まだ怪我が治っていないはずのレイラ隊長だった。
「……何か満足のいく答えは貰えたか?」
「いえ……」
怒っているような呆れているような、そんな感じのレイラ隊長は、僕の思っている事が分かっているみたいだった。
「もう長い間ミルディアとの戦争が続いている。その間に犠牲になった民間人は多数いる。その1人1人に謝罪していてもキリがない。忘れろとは言わないが、乗り越えろ」
人を殺める覚悟。戦争に参加する資格……か。
あぁ、僕は何で、この戦争に参加したのだっけ? シナプスを動かせるのは僕だけだから? 僕にしか出来ない事だから? 生前必要とされなかったから、必要とされるのが嬉しかった? どれもこれも薄いな、僕の戦う意思って。
だけど、どれも説明が付かない。そう言い繕っているだけで、本当は胸の内から何かが沸いているんだ。
この戦争を止めないといけない。
勝たないといけない。負けることは許されない。自分は、自分にしかない使命の為に戦っている。
その使命って……なに? あの時、何かが頭を過った事と何か関係がある?
コート先生なら、何か分かるのかな。
「ありがとうございます、レイラ隊長。ちょっと、休みますね」
そう言って僕は、レイラ隊長の横を抜け、基地の廊下を歩き出す。ただ行き先は、コート先生の診察室だ。
男だった時の自分の事が、ハッキリと分からない。記憶がぼんやりとしているんだ。何をしていたかは覚えているのに、自分の事になると、途端にボヤけてしまうんだ。
色々と他の人にも聞いたけれど、ケモナー施術でそういう事になった事は、一度も無かったそうだ。
と言うことは、僕だけが記憶があやふやな事になっている。つまり、あのコート先生が何かしたんだ。知られたらまずいことなのか、とても悲惨な事が僕の身に起こっていて、コート先生が気遣って、その一部の記憶を消したのか。そういうこと、可能なのかな?
そんな事を考えていると、コート先生の居る医務室に着いた。
一応、あの町の怪我人をこっちで数人収容しているから、処置で忙しいと思うけれど、それでも早めに確認しておかないといけないって、そう思ったんだ。
「失礼します。コート先生? 居ます?」
扉をノックし、一応邪魔にならないような感じで自動の扉を開け、中に入って行く。
「どうした? 私は怪我人の処置をしないといけない。要件なら手短にだ」
何か世話しなく動いていて、包帯を作ったり消毒薬を用意したりと、色々と大変そうだ。そんな時にとは思うけれど、この感覚を忘れてしまわない内に、聞くだけ聞いてスッキリしておきたい。
「僕の記憶……弄りました?」
「……何か思い出したのか?」
そう言われた僕は、コクりと頷いた。
「施術は問題なく成功しているよ。しかし、君の元の身体の脳の一部、海馬のほんの小さな部分だけが、まるでショートしたかのようになっていてね。可能な限りその部分を修復し、記憶神経をデータ化したのだが……やはり人の脳は複雑だ。思い出すことは無いと思っていたけれど、あの時の事を思い出したのか?」
「いや、何か……部分的で、良く分からないんです。その言い方、コート先生は何か知ってーー」
すると、コート先生は手を止め、僕の方を振り向き、とても優しい顔をしながら言ってきた。
「知らなくても良い事もあるだろう? 君の場合、思い出そうとしているそれは、君の今の人格を破壊する程のものだ。せっかく可愛い狐娘美少女に生まれ変わったんだ。新たな自分を堪能したまえ」
「うぐ……」
色々あって忘れかけていた事を、また綺麗に掘り返してくれたよ。抗議の意味を込めて睨んでみたけれど、優しい表情で頭を撫でられたら、それ以上何か言う事が出来なくなったよ。
そうだね。とりあえず、今回の戦争とかにはあんまり関係無さそうだし、無理に思い出す必要も無いんだろうね。
今はただ、自分の戦う意味を、この戦争を終わらせる方法を考えないといけない。皆、戦うことしか頭にない。オルグとも約束したんだ。
戦う意外でも、何とか出来る方法を探さないとね。
「しばらくはこの水上基地でゆっくりする事になるらしい。最近は戦い続きだ。しっかりと休養を取ることも仕事だよ」
「ん……分かりました」
まだ頭を撫でながら、コート先生はそう言ってくる。やっぱりこの人からは、母親に似たような安心感を覚えてしまう。
何で……何でなんだろう。それも知りたいけれど、多分教えてはくれないだろうね。
いつか話してくれたら良いんだけど。
何故戦争に参加するのか、何故戦うのか。その思いを新たに、コノエは前へと進む。
その頃、ミルディアの方でも動きが。
次回 「8 内戦の兆し」




