6 戦地の悲劇
残るもう1体の敵機体は、ただの凡庸機でもパイロットは訳が違っていた。煽るような言葉でコノエの冷静さを奪い、何を狙っているのか……。
目の前に立つこいつは、絶対にここである程度戦えなくしておかないと、戦場に出て来たら厄介この上ない奴だ。と言っても、今の僕で勝てるかと言われたら微妙だ。コルクとチャオと一緒にならないと勝てないけれど、2人は別の敵機体と戦っているみたいで、あれから通信が途切れ途切れになっている。
『コノエ……私達は良いから、一端離脱しろ。ジ・アークからの増援で、対処を……』
「いやぁ、そうしたいんだけれど、相手が完全に僕を標的に見据えちゃってるから、逃げられるかどうか……」
『挑発するからだ!』
「はい。その通りです。だけど、こいつは何とかここである程度ダメージを与えて、退かせないと」
レイラ隊長……どれだけの傷を負っているか分からないのに、それでも大声で僕に注意してくるなんて。それだけの強敵なんだ。油断はしない。
心臓が高鳴る。同時に、この感覚をいつか何処かで感じた事があるような、そんな錯覚まで出てきた。いつだっただろう……何処で? 思い出せない。
それなのに、この心臓の高鳴りが心地良い。
『悪いですが、一撃で先ずはーー』
「そりゃ、足狙うよね」
『おや……』
「お前みたいな、人を苦しめる事に悦を得ているような奴は、だいたい先ずは身動きを取れなくするんだ」
敵の槍の攻撃を、僕は軽く飛び上がって回避した。
あれ……おかしいな。覚えのない戦闘の映像が、頭を過っていく。
沢山の機体を引き連れて、目の前に広がる敵機体の部隊を前にして、部下に指示を与えるかのようにして、僕は何かを沢山喋っている。
なに……? この記憶はいったい……なに?
あぁ、でも良いや。この感覚で行けば、もしかしたら。
「そこ」
『おっと……! なるほど。こちらの駆動部を的確に撃ちますか。あなた、先程とは打って変わって、別人かのような動きですね。とは言え、相も変わらず殺そうとはしない。殺気も殺意もない。つまらないですね』
そこは変える気は無いよ。無意味な殺しはしたくない。どれだけ凶悪な奴でもね。
殺した方が早い場合もあるよ。こいつみたいに、僕が撃ったレーザーライフルを、手に持ったレーザーランスで切り払って防ぐほど、殺し合いの戦闘に慣れている奴は、生かすより殺した方が効果的なんだろう。
だけど、それでも僕はーー
「憎しみが増えていくようなやり方で、戦争が終わるとは思わないからね」
そう言いながら、僕はレーザーライフルで相手機体の足を狙う。それを避けた相手機体は、肩からバルカン砲で僕へ攻撃してくる。
『戦争を終わらせる、ですか。それは困りますね。安易に人殺しが出来ないではないですか』
「あなたは……自分の欲を満たす為に、その為に人を殺して、その為に戦争を望むんですか?!」
『その通りですよ。私は人さえ殺せれば、どこにでもつきます。えぇ、もちろん。条件が良ければ、あなた達の部隊にも入りますよ?』
「勘弁して下さいよ。あなたのような人はお断りです」
レーザーライフルで牽制しながら、相手機体にレーザーサーベルで斬り付ける。相手には防がれるけれど、敵のランスで突かれる回数は減る。そうやってこっちが攻めていれば、いつかは相手機に隙が出来る。その為に、攻撃の手は止めない。
相手の機体とこっちの機体では性能差があるはず。それも踏まえての事なのに、それでもこいつを落とせるビジョンが見えないや。
『ふぅむ。どうしても殺しをしないとは。甘いですよ、本当に甘い』
「好きな様にーー」
『では、あなたの様な人が、人を殺したらどうなるのでしょうねぇ?』
「だから、そんな事はしない」
『そうですか? ここが何処だか忘れているのですか?』
槍だけで僕の攻撃を凌ぐそいつは、こっちを馬鹿にするような言い方をしてくる。
そりゃ、今いるここは街であり戦場だ。沢山の一般人が殺された。亡骸だって沢山ある。だけど、避難の方はだいたい終わっていて、一般の人達は居ないはず。
『こういう機体での戦闘が慣れていても、うっかりとやらかしてしまう。ということは誰にでもある。ほら、こういう風に』
そう言ってそいつは、一気に僕の懐に入り込み、レーザーランスの柄の部分で殴り付けて来た。こっちを転倒させてから追撃する気かと思ったけれど、そこまで強く殴られなかったから、後ろにちょっとよろけるくらいで済むかな。
いったい何のつもりでーー
「えっ……?!」
後ろに回り込まれるのを警戒する為、後方を確認してみると、崩れた建物の瓦礫に挟まる女性を助けようと、女の子が一生懸命引っ張っている姿が見えた。
それが丁度僕の直ぐ後ろ、足下で……!? このまま足を後方に置いたら、2人を潰してしまう!!
そんな、何でまだ逃げて……いや、足が。足を退かないと、このままだと踏み潰してーーダメだ! 僕の機体は既に後ろに重心がいってしまい、バランスを取るにしても、後方に足を置くしかない。あとは、倒れ込むしかない。どっちにしても潰してしまう! 何とかーー
「……あっ!!」
女の子は、瓦礫に挟まった女性の子供なんだろう。その女性は物凄い形相で叫んでいるようで、女の子も泣きながら引っ張って……そんな光景が、僕の機体の影に入ったと思った瞬間、機体の足を後方に下ろしてしまい、その2人ごと瓦礫の上にーー
『あ~あ、潰してしまいましたねぇ。殺してしまいましたねぇ』
「あ、あぁぁ……ぁぁああ……」
『どうです? 人を殺した感覚は? それ、ビースト・ユニットでしょう? 足の感覚も本物さながらにあるのでしょう? 羨ましいですよぉ~殺した感触を、機体に乗りながら感じられるなんてね!!』
潰した……ハッキリと分かる。あの2人を潰してしまった感覚が、何となく足にーー
「う……あ……ああああああ!!!!」
『コノエ! どうした!?』
隊長からの声も、あんまり耳に入らない。自分がやってしまった事へのショックで、心臓の鼓動が今までで一番早く打って、変な汗まで滲み出ている。
『さっきの瓦礫に何か? まさか、人か?』
『逃げ送れた民間人か?! コノエ落ち着け! 戦火に巻き込まれた町では良くあることだ! 今はとにかく、目の前の敵に集中しろ!』
目の前の敵? そうだよ。僕がやったんじゃない。こいつがやったんだ! だから、こいつは倒さないと!
「う……ぅう。うわぁぁああ!!!!」
『ほら、短絡的になった。あなたの様な人が戦場に居るなど、信じられませんね』
相手の正面から踏み込んで、サーベルで斬り付けるけれど、敵の機体は足の浮遊装置で軽く浮き、そのまま後方に下がって、僕の攻撃を避けたーー直後に肩からレーザーバルカンが放たれて、僕の機体に攻撃をしてきた。
「うぁぁああ!! くっ、このぉ!!」
そのままレーザーライフルで対抗して、相手の足を狙うけれど、掠めただけだ。それなら、追撃で尾のショットガンを!
『コノエ! 落ち着け!!』
そんな時、隊長の機体が僕の横から体当たりをして来て、その衝撃で僕の機体は倒れてしまい、僕も思い切りおでこや頭をぶつけてしまった。
「いたた……何するんですか! レイラ隊長!」
『落ち着けと言っているんだ! 悪い言い方をするが、民間人が何人死のうが、今は戦場を見ろ!!』
「はっ……!! レイラ隊長、後ろ!」
既に駆動部が破壊されていて、思うように動かせないレイラ隊長の機体の後ろで、敵のハコ機がランスを手にし、隊長の後ろに立っていた。
『悪いですが、せめて相手の主力機を1つや2つ潰さないと、私のメンツもありますからねぇ。悪く思わないで下さい』
「レイラたーー」
だけど、相手機がその手にしたランスを振りかざそうとした瞬間、急に後ろを振り向き、ランスを突き出した。
『気づいていましたよ。あなたの殺気くらい。本当にしつこいですね』
アルフィングが、片足だけになった機体を立たせて、背中のブーストで相手機に急接近していた。そして、右手にレーザーソードを握りしめて、相手のハコ機に斬りかかっていた。ただ、相手はそれに気が付いていて、しっかりと受け止められていた。
『遊びが過ぎるんだよ。お前は。戦場はお前の遊び場じゃない。命と命が燃える、死地だ。お前は役違いだ』
『そうですか。と言っても、強ければ結局の所ーー』
『そうだ。強者こそ勝利する。そして勝利者が正義だ。そして、今回は俺達の方が正義だったな』
アルフィングは、ずっと機を伺っていたんだ。確実に相手機の零距離に飛び込めて、かつ防御されない、取って置きのタイミングを。
『……あぁ、そういうことですか。分かりました。今回は、あなた達が正義でしたね』
アルフィングの機体のシールドから、熱が発せられている。あの攻撃を準備していたんだ。
だけど、それに気が付いた相手パイロットは、シールドからの熱攻撃が直撃する直前に、背中の上部から緊急脱出ポットで脱出し、そのまま近くの森の方へと落ちていった。
ハコ機が完全に熱で爆発し、バラバラになった時、もう一体の機体の方も、森の方へと飛び去って行くのが見えたよ。
工場の方は、奪還する為の部隊を用意しないといけないみたいで、レイラ隊長がジ・アークへと連絡を取っていた。
そして僕は、瓦礫の方へと目をやり、自分のやった事に対して、呆然としてしまった。色んな事が頭の中を過っていくけれど、この罪悪感が消えることはなかった。
戦闘中とは言え、奪ってはいけない命を奪ってしまったコノエは、呆然と自分の戦う意味を探していた。戦火に巻き込まれた街を見ていると、ある男性の姿が目に入った。
次回 「7 僕の出来る贖罪」




