3 襲撃
何とか実技までこぎつけたコノエだったが、実際にビースト・ユニットを動かそうとした所で、同期が出来ずに動かす事が出来なかった。このままでは、自分は役立たずで追い出されるかも知れない。そう不安になっていた。
僕がビースト・ユニットの同期が出来ない事が分かり、レイラ教官はどこかに連絡したり、整備班に指示をしたりしていた。
その間、他の訓練兵の人達は、各々各部の動かし方、歩き方や方向転換の仕方等を確認していた。
正直、惨めだ。
こんな世界で生き返っても、僕は無能のままなのか……。
『お前、また契約取れなかったのかよ。プレゼンも下手だししょうがねぇが、次取れなかったらもう無いぞ』
『鈴原。お前、ちゃんとやっているのか? 何なら深夜まで市場を見て、どんなサービスが売れるか見ておけ。何か掴めるまで帰るな』
『俺達の頃は、出来ない奴はそうやって頑張っていたんだ。お前は頑張りが足りねぇんだよ』
『あぁ? 営業の仕方? そんなの見て覚えろ。数こなせ!』
朝は始発で、帰りは終電。そんな生活と、まともに教えようともしない上司と先輩の下で、心も身体もヘトヘトだった。
自分は無能だと、徹底的に叩き込まれた。そんな事を、こんな所でも叩き込まれるとは。
「おい、コノエ」
「……ひゃいっ!?」
そんな事を考えていたら、後ろからレイラ教官に話しかけられていた。しかも、いきなりだったから変な声が出た。
「今日は仕方ない。訓練用で、もしかしたら整備等の調整の兼ね合いで、うまく同期出来なかったのかも知れない。明日からまたやるぞ」
「あ、はい……」
「なんだ? 自分は無能だとでも思ったのか?」
「……いえ」
正直図星なんだけど、そんなのバレたくもないから、何とか誤魔化そうとしたんだけれど……。
「無能だろうとなんだろうと、このユニットに同期して戦って貰わねば、我々としても困るのだ。何としても同期が出来るようにする」
「は、はぁ……」
戦力不足がそこまで深刻だって事か。無能だろうとなんだろうと、使えるものは何としても使うんだな。それはそれで、無能でも構わないって考えは、俺にとってはありがたいかもな。
そんなの、考えなくてすむ。
ただ、同じ訓練兵達はどうなんだろうな。
訓練を終えた人達が、各々雑談しながら、自分の問題点やら動かし方の改良を話し合っている。その中でーー
「全くの無能ね、あなたは。同期すら出来ないんて。ユニット兵を止めて、裏方にでも回った方が役立つでしょう?」
「……」
コルクが僕にそう言ってきた。それと同時に、同期の人達がまたクスクスと笑いながら、僕の方を蔑むような目で見ていた。
まるで「何でこんな所にいるんだ?」とでも言わんばかりだよ。
◇ ◇ ◇
その日の訓練は終わり、トボトボと寮に戻る僕に、レイラ教官が後ろから話しかけて来た。
「おい、コノエ。今日のーー」
「あ、ごめんなさい。ユニットに乗れなかったら、兵としても使えないですよね。はい、裏方にでも何でもーー」
「いやいや、待て待て。座学はギリギリだったが、起動方法は頭にあったんだろう? 間違いもなかった。それ以外の問題でしかない。自分を責めるな」
普段はガミガミとうるさい教官も、この時ばかりは優しい言葉をかけてくる。そりゃ、兵のメンタル管理を行うのも、教官として、そして上官としても優秀と見なされるだろう。
ちゃんとしなきゃいけない時にふざけていたら、そりゃ怒号が飛んできて当然だけど、この人はその怒号がかなり厳しい。だから鬼教官って言われているけれど、僕からしたら当たり前の事なんだよ。
「ふぅ……全く。良いか、整備班に確認をしたら、お前だけ少し、体内細胞におかしな部分があったらしい。それで、訓練用のユニットと同期出来なかったんだ。訓練用じゃない、他の機体を用意させる。だからーー」
レイラ教官がそう言った瞬間、グラウンドの方から激しい爆発音が鳴り響く。
「ーーなっ?! 何事だ!」
『緊急事態発生、緊急事態発生。敵機「TAG」数体確認。動ける者は至急、緊急時対応。繰り返すーー』
「なに?! 敵のハコ機だと! ちっ……なんでこんな所に! おい、整備班! 機体は!?」
建物内に響き渡るサイレンの音と、リピートされるアナウンスから、ここはやっぱり軍事施設なんだな~って思ったよ。
いや、ちょっと待って、敵襲?! 僕はどうしたら良いんだ? 逃げないといけないんだけど、ここからシェルターは、正反対の所だ。
レイラ教官は直ぐに、ポケットから小型の携帯無線機を取り出し、整備班の所に連絡をしている。
といっても、さっきの爆発はグラウンドから……そこには、今日使ったビースト・ユニットが数体……それを狙った? あそこには、まだ整備している人がいたんじゃ?
『すいません。グラウンドに出していたので、訓練用は、ほぼ全て……仲間も何人か!!』
「嘆くのは後だ! 動かせるのは1体もないのか?!」
『あ、いえ……例の子に同期出来なかった機体だけ、こっちの方に移していて、それは無事です』
「分かった。格納庫に向かう、それの起動準備をしておいてくれ!」
そう言うと、レイラ教官はどこかに行こうとしたけれど、その前に僕の方を見て言った。
「お前はシェルターに向かえ。同期の奴等も、恐らくそこに避難しているだろう。急げ!」
「あっ、はい」
やっぱりそれしかない。今、ここで僕に出来ることは何もない。
走り去って行く教官を見ながら、僕は生まれてはじめて、自分の無能さを嘆いた。
僕もユニットを動かせていれば……そう思いながら、反対方向に走ってーー
「うわぁっ!!!!」
ーー行こうとした所で目の前で爆発が起き、僕は爆風で吹き飛ばされてしまった。
「ぎゃぅっ!! いっ……た」
背中を壁に打ち付けてしまったけれど、このケモナーの身体は結構丈夫らしい。とはいえ、ものすごく息苦しくなってしまって、思わずその場にへたりこんでしまった。
そんな事している場合じゃないのに……目の前の通路が壊されて、シェルターのある方向に行けない。遠回りしないと。
壊れた壁の向こう側には、ほとんど四角い形をしたロボットが立っている。
腕も頭も、だいたいの部分が四角くて、その面に様々な武装が取り付けられている。多分、ミサイルとかそういうのも付いていそうだ。それだけ、僕達ケモナーが乗り込むユニットより、大きかった。
「あれは、ハコ機……あの紋章も確か、戦争をしている相手、敵国の『ミルディア皇国』のものじゃ……」
こっちにはまだ気付いていない。それなら、今のうちにとにかくここから離れないと!!
「あ、おい! 居たぞ、ケモナーだ!」
「早く殺せ! 人ではない化け物なんて、早く殺せ!」
「わぁぁっ! 兵まで居た!」
そう思っていたら、崩れた壁から、銃を構えた兵まで入り込んで来て、こっちに銃口を向けてきた。
当然、痛みとかそんなの関係なく、僕の足は勝手に動いて、勝手に走り出していた。
◇ ◇ ◇
どれだけ逃げたかは分からないけれど、兵の声は聞こえない。その代わり、遠くから銃声が……。
これが、戦争。
どんな場所だろうと、兵力になるような場所は、狙われるということか。たとえ訓練兵でも、いつか戦場に出て、立ち向かわれるかもしれない。だから今のうちに、その芽を潰す、か。
作戦としては悪くないんだろうけれど、僕達はまだ、あなた達側の兵を殺してはいないんだよ。それなのに、敵国の訓練兵だからって理由で……そんな、理由で!!
そんな考えに足を止めたのが悪かったのかも。また兵達の足音が聞こえてきて、こっちに近づいてきているのが分かった。
だから焦ってしまって、何とか撒こうとして、真っ直ぐではなく、右の廊下の方に向かってしまって、行き止まりに更に焦ってしまって、厳重に施錠されている扉の、所謂開かずの扉の前に来てしまった。
「しまった! 行き止まり、どうしよう……こんな僕よりも、先に他の人達の所に……っ、バカか僕は! 同期の人達を、先に襲って欲しいなんて、何考えて……」
そうだよ。僕は無能だし、他の有能な訓練兵の人達が殺されるより、僕が狙われている方が、その分向こうの人達は何人かーー
「えっ……? うわっ!!」
僕は諦めて、施錠された扉にもたれかかった。そしたら、鍵が錆びていたのか、ガキンという鈍い音とともに、その扉が開いてしまって、僕はその先にあった階段を転げ落ちてしまった。
「あぎゃっ! たっ……あぐっ!!」
ここは多分、何か重要なものが隠されていそうだ。それがバレるのも駄目だろう。
僕はなんて所にもたれかかってしまったんだ。敵にここがバレたらどうするんだよ……こんな所でも無能っぷりが……へっ?
「何ここ……」
地下は薄暗く、目を何回かしばたかせて、やっと何があるのか分かってきた……分かってきたけれど、ここって格納庫みたいに広い場所で、目の前にビースト・ユニットが置いてあった。
「何これ……?」
狐型のそれは、お座りするようにして鎮座してある。それは何かとても重要で、そして絶対にバレたらいけないような、そんな雰囲気を持っていた。
襲撃してきた敵部隊を迎え撃つレイラ教官。
圧倒的な力を見せつける中、現れたのは敵の隊長機。そのパイロットは、レイラ教官との因縁の相手だった。
次回「4 黒い凶星」