2 女帝チャオ
新しいシナプスの武装を試すため、チャオに一緒にシミュレーションをやろうと誘うが、チャオはあまり乗り気ではない様子だった。
チャオを引きずって、シミュレーションにやって来た僕は、新しい武装を追加で入力された、シナプスのデータを確認し、シミュレーション用の丸い匿体のような機械に入った。
そこは、ビースト・ユニットのコクピット内を再現されていて、ケモナーはこれでシミュレーション訓練をする。それ以外の人は別にあるから、同じVR内で訓練をする事になるんだ。
だから、ここの基地の人達も、僕達の訓練に参加出来るんだけど……。
「あの、何で他の人は来ないの?」
何故か、チャオと一対一での訓練になってしまっていた。
「いやぁ……だってなぁ」
「チャオだしなぁ」
「まぁ、油断はしないでくれよ」
「あと、ビックリしないでくれ」
なんだか、各々不安になるような事を言ってくるんだけど。
チャオは渋々中に入っていったから、特に問題はないと思うけどな。
それから、周りをぐるりと囲ったディスプレイの画面が変わり、荒野のような風景が映し出された。
僕は新しいシナプスに乗っていて、重さや稼働の仕方も細かく入力されていて、良く再現されている。つまり、背中に新たな武装の重さと感覚もあるわけだ。あと、いくつか収納された武装もあるね。これは後々使っていこう。
とにかく今は、この背中の大きな槍の使い勝手だ。
「あれ? チャオは?」
準備が出来たから、チャオを迎え撃とうと思ったけれど、そもそも周りに居ない。いったいどこに?
このシミュレーションは、割りと近くに現れるようになっているから、居ないのはおかしいぞ。何か不具合でもーー
『あ~はっはっは!! あれだけ逃げるチャンスを与えたのに、それでも我に挑もうとは、片腹いたいわ!』
と思っていたら、上から声が聞こえた。急いで見上げると、高い岩の上からチャオの機体が見下ろしていた。
パンダの形をした、ちょっとずんぐりとしたビースト・ユニットだけれど、何故か背中に鉄球が装備され、しかも打ち出せるようになっていた。
『この「マオ・グオワン」に、安易に挑もうとしたこと、後悔するがいいわ!!』
「待って待って。え? なにそのテンション」
いつもよりも更にテンションが高く、むちゃくちゃ高圧的な態度なんだけど。
『なに、だと? これが我の本気の姿という事よ!! 覚悟ぉお!!』
「おぉわっ!!」
そう叫ぶと、チャオはそこから飛び降りて、その背中の鉄球を打ち出し、僕を叩き潰そうとしてきた。というかここの基地の人って、背中に何か乗せがちだね。
「ちょいちょい! チャオさん! テンションテンション! 戻して!」
地面にめり込んだはずの鉄球を、軽々と巻き取り、そのままぶん回し始めたものだから、僕はその場をホバーしながら移動し、身を屈めたり跳んだりと、ひたすら回避に専念せざるを得なくなった。
そんな時、アルフィングから通信が入った。
『あ~無駄だぞ、コノエ。チャオはビースト・ユニットに乗ると、性格が変貌するんだ。そうだな~さながら、女帝のよう……かな?』
「止めてよ!!」
『いやぁ~窮地に陥った時の、君の対応と行動力を見たくてね。そうなったチャオは、完膚なきまでに相手を打ちのめし、圧倒的に完勝するか、徹底的にやられて完敗するかしないと、そこから降りないからな』
「尚更止めて!!」
そんな厄介な性格だから、シミュレーションをしたくなかったのか。あの理由はとりあえず言っただけで、本当の理由はこれだったんだ!
『チャオに』
『俺もチャオにだな』
『大穴でコノエ』
『いやいや、やっぱチャオだ』
「賭けてんじゃねぇ!!!!」
しかもその通信から、周りの人達の声も聞こえたけれど、最悪な事に、このシミュレーション戦闘を対象に、賭けを始めやがった。
だから誰も参加しなかったのか! 思わず男の時みたいに叫んじゃったよ。ありがとう、少し男に戻れたかも。
『ほれほれ、どうしたのじゃ!? 逃げてばかりか?!』
「また口調変わってる~!」
『おぉ、早いな。女帝50%程度か?』
「なんだそれ?!」
女帝モードにも程度があるのかよ。厄介な性格どころの話じゃない。この人は、戦場に出したらいけない気がする。
『いやぁ、チャオがそこまで気になっているとは思わなかったな~どうせならって感じで、一気にギアを上げてるな』
「うわっ! たっ、ひぇぇぇ!!」
むちゃくちゃに鉄球ぶん回してくるわ、肩に付いたビーム砲をぶっ放してくるわで、僕はひたすらに避けまくっている。攻撃の隙なんてありゃしない!
「このっ!!」
だからって、やられっぱなしなのもマズいから、後ろを向いて避けた瞬間に、尻尾を伸ばし、そのショットガンで相手に攻撃を仕掛けてみた。がーー
「えっ、いない?!」
何故か相手の姿が消えていた。
『甘いわ!!』
「ぐへっ!?」
相手機を探す前に、上からの攻撃で思い切り叩きつけられてしまった。パワータイプなのは嘘じゃなかった。
僕の攻撃を飛び上がって避けて、その太い両腕で上から叩きつけたのか。
『この槍、距離がないと意味ないのぉ』
「くっそ!!」
とりあえず尻尾で振り払って、上に乗られた相手を退かすけれど、こういうパワータイプとは距離を取らないとーー
「ぶはっ!?」
と思って離れたら、何かに当たって爆発した!?
『おいおい、我から離れるな。今からて~ってい的に、いたぶってやるんじゃからなぁ』
「……うぅ。え? 何この丸いの? ぎゃん!?」
体勢を立て直して、相手を見据えたけれど、目の前に白くて丸いのが飛んでいた。何かなと思ったら、それが爆発して、僕の機体に相当なダメージを与えてきた。これってまさか、機雷?! いやいや、空中に設置するなんて、そんな事ってあるの?
良くみたら、この機雷はチャオの機体の尻尾で、ポンポン出しては、新たな尻尾が生えてるんだ。いやいや、怖い怖い。
『もうここは、我の処刑場兼調教場じゃ。良いか、コノエ。お主はこの我が、たっ~ぷりと可愛がってやるわ』
「キャラが全然違う」
こんなのは聞いてないし、言ってほしかったよ。そうしたら、チャオとシミュレーションなんて、って考えていたら、お友達になんかなれないし、仲間として連携も取れない。だから皆黙っていたし、僕の事を計るために、敢えてこのチャオと戦わせたか。
『いけぇ!! チャオ! やってしまぇ!!』
『やはり強いな、女帝チャオは!』
『コノエ!! 俺はお前に賭けてるんだ! たてぇ!』
だからって、賭けるのは良くないと思います。そこは注意した方が良いだろうな。後で艦長にーー
『ふむ。それなら私はコノエに。何せ、アークを守り通した実績がある』
『それじゃあ、俺もバーモント艦長に乗せてもらおうか』
「艦長!? アルフィング!?」
上官であるはずのあなた達まで賭けに参加してどうするんだ!! なんなんだ、ここは!?
『わはははは!! ここはどんな事でも、遊戯の心を忘れん! 戯れよ、戯れ。さて、お主はこの状況をどう突破してくれるんじゃ?』
「くっそ~」
周りは空中機雷。距離を開けてもビームバズーカ砲。詰めようとしても鉄球と、破壊力抜群の爪と両腕で圧倒してくる。
しかもチャオは、ヒト型のモードに切り替え、両腕の爪から更にビームの刃を伸ばし、破壊力を上げてきた。
これを攻略するには、先ずはこの周りの機雷を何とかしないとだ。こうも囲まれたら、身動きが取れない。シナプスの武装で、この機雷を一掃できる方法は、1つだけならある。
だけど、失敗したら僕の負けだ。
「ふぅ……」
そして僕は深呼吸をし、DEEPを発動。機体のオーバーブーストは起動しないよう、自身の感情を出来るだけ押さえていく。ただ、この高揚は止められないな。
うん、楽しいね。
思いがけないチャオの変貌に、完全に場を制せられてしまった。
しかし、コノエには突破口があるようで。
次回 「3 機転は予想外で」




