16 きな臭い事
何とか水上基地にたどり着き、艦の修理とクルーの治療を受けることになった。そしてその基地には、新たなケモナーも居て、更に賑やかになりそうだった。
あれから、新しいケモナーの人もやっとどこかに行き、自分の部屋で休息を取っていたけれど、死ぬかもしれなかった今日の戦いを思い出して、ベッドの上で1人身震いしてしまった。
強くならないといけない。
そもそも、シナプスの武装が少ないのも問題だった。何か色々と改良をされるようだけど、今は身体を休めるのが大事だ。そう思った所で、盛大にお腹の音が鳴った。こっちが先か。
「んしょ、食堂」
食堂の位置も案内された。とりあえず、腹ごしらえをしないといけない。
そう言えば軍服のままだったから、まともな服にした方が思ったけれど、基地内だし、一応このままの方が良いか。女子はスカートなんだけれど、流石に抵抗があったから、ハーフパンツみたいなズボンにしてもらったよ。色々あるね、この世界の軍の服って。
そして、部屋から出て食堂に向かう間、やたらと視線を感じた。ヒソヒソと話し声も聞こえていた。
だいたい女性の人達が、僕を見ながらヒソヒソと話している感じだね。男性もチラチラと見ているな。ただ、男性はだいたい顔とか足とか、胸の方に視線がいっているな。分かるもんだな、こういうのって。
「あの、コノエさん?」
「え? あ、はい」
そう思っていたら、その女性の1人が僕に話しかけてきた。
軍事基地とはいえ、女性だっている。女性にしか出来ない事もあるだろうしね。
「あなたが、黒い凶星とミルディアの猛虎を退けたって、本当ですか?」
「えっと。退けたって言うか、隊長達と協力してだけど」
「ミルディアの猛虎は、1人で戦って退けたって」
「いや、あれは……相手が遊んでたし」
「きゃ~! 本当なの!? 凄い! 握手して下さい! あっ、写真も!」
「えっ? えっ!?」
何故か興奮しちゃって、アイドル並みの対応をされてしまってるよ!? どういうことかな? なんであいつを退けただけで、こんな事に。
「ズルいズルい! 私も!」
「ちょっとこら、女ども! コノエちゃんは疲れているし、お腹も空いて食堂に向かっているんだぞ! コノエちゃん。ここは俺が案内を」
「おい待て! しれっとなにエスコートしようとしてんだ! コノエちゃん、俺とーー!」
待て待て待て待て。なんじゃこりゃ! 僕は男だってのに、何でこんなにキャーキャー騒がれないといけないんだ。
正直に言うと、こんなの初めてだから、頭が若干パニックだ!
そんな時、更に厄介な男が現れた。
「こらこら。レディに対して、そんな下心丸出しで近づくな。エスコートするなら、しっかりと目線を合わして提案するんだ。ということで、ここは1つ俺がーー」
「ご遠慮します」
膝を折って低くして、視線を僕に合わせて手を伸ばしてくるとか、どこの貴族様でしょうか。その前に、顎の無精髭のせいで、割りとそれも台無しだよな。
「ふっ、流石になかなか落ちないな」
「だから、僕は男だっての!」
男に女扱いされても気色悪いんだよ。そりゃ、今は女だけどな。その前に、こいつにはレイラ隊長が居たはずだ。
「あのさ。それとあなたには、レイラ隊長が居るでしょう? そっちのお見舞いは?」
「松葉杖を放り投げられた。いやはや、あの気の強さも魅力だが、もう少し可愛い気のあるところも見たいものだ」
僕はそんな隊長を見たことあるけれど、言わない方が良いな。こいつには尚更言ってはいけない。あとで確実に始末されるだろう。
そしてアルフィングは、そのまま嫌がる僕の後ろを食堂まで着いてきた。
◇ ◇ ◇
それから食堂に着いた僕は、空いている席に適当に座った。
相変わらず、着いたらヒソヒソ声とか、僕への視線が凄かったよ。
そして、アルフィングも僕の真正面に座った。これも振り切れなかったよ。
「アルフィングさん。別に真正面に座らなくても……」
「アルフで良い。ここのオススメを教えて上げようと思ってね」
「しれっとデートに持ち込んできてません?」
この人は警戒しておかないと、恐ろしい事になりそうだ。とにかく、オススメとやらを教えてもらって、早く食べて戻ろう。
「黒い凶星。ミルディアの猛虎。この2人と戦って生還した君から見て、あの2人の弱点等はありそうかな?」
「本題はそれ? それなら、最初から言ってくれたら良いのに。と言っても、僕も訓練兵上がりだから、そこまでは見抜けていないかもだよ」
「いやいや、デートの口実さ。こうすれば、多少はーー」
メニュー表を見ながら睨んでおくよ。本当、この人はダメだ。
機体操縦の腕は確かに凄いけれど、人としてはちょっとなぁ。
「オススメは、丼物さ。ヒノモトからの料理人でね、ソバとかウドンとやらもあるぞ」
「マジで!?」
洋物ばかりかと思ったら、意外や意外、和食がこんな所で食べられるとは。それなら、懐かしの味を食べてみたいところだ。
「丼物というのは、なかなかに旨くて好評だ。ただ、ウドンはともかくソバはちょっとな、香りが苦手な人が多い」
「それが良いのに! それじゃあ、僕はその蕎麦! あ、天ぷらあるじゃん! えび天で!」
「ふふ、可愛いな。君は」
しまった……懐かしのメニューに心踊って、こいつの前であられもない姿を晒してしまった。
テンションを落としてみたものの、もうダメか。というか、周りの人達もホッコリしているのはどういうことだ!?
「流石は、遥か遠い地球。ニホンジンの『DEEP計画 適正者』だ」
「それって、どういう?」
「私と食事デートをしてくれたら、教えて上げよう」
「……分かった」
何か重要な事を、この人は知っていそうだ。
それなら、食事デートくらい痛くない。僕の身に何が起こったのか、それを知らないと。
◇ ◇ ◇
しばらくして、僕の前に暖かい蕎麦が出され、アルフィングの前には丼物が出された。親子丼みたいだな、確かにそれも美味しそうだ。
「ウドンもソバも、低価格で保存も良いときた。ただ、口に合う合わないは人によるらしくて、特にソバはーー」
そんな事を言う前に、お腹が空いた僕は、蕎麦を思い切り啜りながら食べたが、そう言えば海外の人とかは、この啜るという行為が下品ってなっていたのを思い出した。そもそも、麺類は音を出して食べてはいけないマナーがあるんだ。
蕎麦は、啜って音を立てて食べるのがマナーなんだけれど、そこは文化の違いだから、受け入れ難いよな。アルフィングも含め、周りの人が目を点にさせているよ。
ただ、例の料理人の人だけは親指を立て「その通りだ!」と言わんばかりの顔をしていたよ。
ということは、口伝やら何やらでこの伝統は伝わっているんだ。
「ごめん。下品だった? だけど、この日本発祥の蕎麦はね、こうやって啜る事で、蕎麦実の香りを鼻に通して、香りも楽しみながら食べるのがマナーなんだ」
「ほぉ……なるほど。いや、そりゃ驚いたけれど。食べ方というのが存在したわけか。香りを楽しむのか、ふむ。今度試してみるか」
「あ、でも。やったことない人がやると、上手くいかないよ。これ、コツがあるから」
そう言ったら、そこに居た全員が、僕が蕎麦を啜るのをガン見するようになりました。食べ辛いわ。
「あのさ、アルフ。さっき言っていた、DEEP計画って?」
食べるのに集中出来ないから、一旦気を反らす為に、さっき言われたDEEP計画の事を聞いてみた。
「ん? あぁ。将来的に『四皇機』の再現機に乗って、この戦争を終結に向かわせる者を産み出す計画だ。その為に、地球から何人か持って来た、冷凍保存された者達、その中でもケモナーの種として選んだ者達を、無理矢理な方法でこの国に連れて来て、DEEP保有のケモナーとさせたのさ」
無理矢理な方法とやらに引っ掛かるけれど、アルフィングがそれを言うと、周りの人達が「なんて事を言うんだ」って目をした。解釈違いがあるみたい。
「アルフィングさん。あれは別に、無理矢理という事では。ちゃんと地球連邦議会から許可はーー」
「賄賂でだけどな」
「陰謀論ですよ。我が国がそんな事を……」
「さてさて、どうだか。確かな証拠はないが、限りなく黒に近い発言と、関係者の話しもある」
「だからそれも、反国主義の奴等に買収されて」
何だか嫌な空気になってきたので、僕は今度はわざとらしく蕎麦を大きく啜った。その瞬間、シンと静まり返ったけれど、まぁ良いや。
「ご飯は美味しく食べよう。そんなギスギスしていたら、何も美味しく食べられないよ」
「確かにな。悪かった」
「いえ、こちらこそ……」
やれやれ、お互い謝って何とかなったか。どうやらこの国の人達は、一枚岩ではなさそうだ。
自身に起きた事、DEEP計画の事など、何やら不可解なものが沢山あるが、一先ずは休息に勤める事にした。
次回 新章「1 シナプスの新武装」




