9 休息中の戦士達
それぞれの思惑が行き交う中、ミルディアのトップはゲリラ部隊掃討にも全力を尽くしていた。
一方その頃のコノエ達は……。
シャワー1つで、何か色々と大変な事になった気がするけれど、とりあえずサッパリした僕達は、一旦あてがわれた部屋に向かい、そこで横になった。
少しウトウトしながら、こんな身体になって大変になったけれど、それでも前よりかは、なんて事を思い出していた。
両親は、小さな頃に死別していて、親戚の家を転々としていたっけ。肩身の狭い思いをしながら、必死に歯を食いしばって耐え、それでも生きなきゃと思っていたのに。
最後に身を寄せた親戚は、その奥さんが僕の母の母、つまり祖母の従姉妹の娘だそうで、ほとんど会う事がなかった親戚の1人だったんだ。気まずいったらありゃしないし、その夫はアル中の呑んだくれだったから、暴力は日常茶飯事だった。
借金も相当していたようで、お金には常に困っていた。親戚一同、僕を煩わしく思っていて、たらい回しにしていて、残ったのがその家だった。
なんで僕はそこまで。なんて思っていたら、遠い日の記憶が甦ってきた。
【この研究が完成すれば、私達はずっとーー】
【だけど、政府がーー】
【揉み消せ、未来に託せーー】
【私達は命を狙われている。あの機械を、私達を冷凍保存しないと】
小さい頃、両親が言い合いしていた事は、良く分からない事だった。ただ、なんだろう? それに近い技術を目の当たりにして、記憶の奥底にあった事がうっすらと……。
「……あれ? 僕の両親って、研究者だっけ? えっと……」
ウトウトしながらそんな事を呟いていると、突然誰かが話しかけてきた。
「あんまり昔の記憶を無理に思い出そうとするな。その身体では、まだ負担が大きい。ストレスをあまり溜めるな」
「へっ? うわっ!!」
何とそこには、僕のベッドの横に椅子を持ってきて座っていた、コート先生がいた。
「いつ入ってきたんですか!?」
「さっきだ。ノックしたし、何ならこの時間に検診すると、そう伝えたはずだが?」
「あっ!!」
すっかりと忘れていた。だから、わざわざ僕の部屋まで来たのか。それは申し訳なかった……。
急いで起き上がり、いつものように検診を受けることにしたけれど、そういえばこのコート先生には、会った最初から警戒心がなかったというか、どこか懐かしいような……そんな気がした。
「……あの。コート先生。僕がこの体になる前に、どこかで会ってましたか? 今思えば、何だか不思議とどこかで会ったような……」
「……こんな時代に生まれ変わらされたんだ。親切にしてくれる人に、そういう思いを抱くのは、良くあることだ。安心感を得ようとしたり、望郷の思いから、似たような感覚の人にそういうものを得たりな」
僕の身体に聴診器を当て、体にも触りながら、バインダーに挟んだ紙にさらさらと記録をしていく彼女は、何ら表情を変えずにそう返してきた。
そういうこともあるのか。と思っていたら、コート先生の首もとから、綺麗なペンダントがぶら下がっているのが見えた。その先には、ロケットがぶら下がっていて、中に何か入っていそうだった。
それを、僕は……どこかで見たことがあった。
「……あの、そのロケットは?」
「…………家族のだ」
少しの間があり、コート先生はそう答えた。
家族。それは、亡くなった家族の事かな? それとも、遠く離れて今は会えないとか? どっちにしても、似ている物を見たことがあって、何とか思い出そうとして、そういう物にも反応しちゃっているのかも。
「さて、異常はないな。DEEPはどうだ?」
「あっ、えっと……慣れないけれど、戦況を変える事は出来る、本当に……凄い力です。でも、怖い……」
「うん、その怖さは当然だ。機体の調整も合わせて行っている。少しずつでも、DEEP中の機体の起動時間を上げるよう伝えるよ」
いきなりそんなに進めるのも、何だか怖い気がする。この軍は、この人は、どこまで僕を利用しようとするのだろう。そういう意味では、ちょっと不信感も沸くけれど、それでも――
「それじゃあ、ゆっくりと休んでくれ」
柔らかな笑みを浮かべて、僕の頭をポンポンと優しく撫でてくるのは、遠い日の記憶にある、母親のそれと、何ら変わらなかった。だから、不信感が沸いても、また直ぐに信頼してしまう――
この人は、僕の母なのだろうか……?
◇ ◇ ◇
少し仮眠を取った僕は、今の状況を見るため、レイラ隊長の下へと向かう。
今は確か、バッゲイアという諸島国から出る為、海上を進んでいるんだけれど、そろそろその国の領海から出るらしいんだ。その瞬間、戦闘になる恐れがあるらしく、戦闘配備を出されるだろうと言われた。
バッゲイアとは友好国で、今回の滞在も、快く引き受けてくれたようだけれど、あんな事があっては、ちょっと滞在しづらくなるし、表向きは同盟国だけれど、戦争をしている国への物資提供はしないという、国のトップの考えで、これ以上の滞在は厳しいらしい。
表向きはそう言っときながら、戦艦を滞在させているんだから、あとで他の国から追求されそうだな。ただ、被害は受けているから、今はイナンアへの報復処置の事しか言ってない。
その隣にある国からは凄~く遠回しに、ゲリラ部隊の撃破について、理由を問いただされていた。ややこしいな、この惑星の国々は。
そんな事を考えながら歩いていると、廊下の途中の部屋から、悲鳴が聞こえてきた。
「えっ? なに?」
その先は確か、レイラ隊長の部屋があったはず。レイラ隊長に何かあったのか?
急いでその部屋まで走り、扉の前に立って、聞き耳を立ててみた。
「きゃぁぁ!!」
確かに悲鳴が……何かあったんだ。と思った僕は、ノックをしてみた。
「レイラ隊長! どうしたんですか?!」
だけど、返事がない。これはただ事じゃないと思った僕は、急いで扉を開けた。
「失礼します! レイラ隊長! 何がーー」
そんな焦っている僕の目に飛び込んできたのは……。
「きゃぁ~! にゃんこちゃん可愛いですね~お目目クリクリ良いね~! あぁ~! か~わいい~!」
透明なディスプレイに表示された、可愛い猫の動画で悶絶する、レイラ隊長の姿だった。
ちなみに、服装は変わらず軍服なのに、ベッドに寝転がり、徹底的にリラックスしているという感じで、顔が緩みに緩んでいる。
背後の僕にはまだ気が付いていない。どうしよう……このまま気付かれずに出た方が良いかもしれない。そうしないと、殺られるかも。
「いやぁ~! そんなコロコロしてぇ、お腹見せて~! 足ちょいちょいって可愛い~! あぁ~コルクちゃんもこんな風にーー」
「ぶっ……! あっ……」
いや、もうそれは無理だよ。レイラ隊長。コルクの事を、そんな風に見ていたとなると、耐えきれなかったよ。思わず吹き出しちゃった。
「…………」
当然レイラ隊長は僕に気付き、ギギギギと機械音でもしていそうな様子で、首をこっちに回した。
「ご、ごめんなさい……悲鳴が聞こえて、あの……」
悲鳴は悲鳴でも、歓喜の悲鳴とは思わなかったよ。ベッドに寝転がっていたレイラ隊長は、それからゆっくりと起き上がり、そして僕に近付くと、肩にポンッと手を置き。
「この事は、言うなよ?」
ドスの効いた声で言ってきた。
さっきまでの、高音質のキャピキャピした声はどこへやらだ。
緩んだ顔も、鬼の形相のような顔に一瞬で変化。僕の肩におく指も、徐々に力が入っていて、身をもがれそう。命の危険が!!
「は、はひ。当然です」
とにかくこれ以上は触れちゃいけない。だから、恐怖に震える声でそう答えて、僕はそのまま立ち竦んでしまった。
「さて、時間か。ブリーフィングルームに向かう。今後の事を話し合う」
「は、はい」
そして、いつものレイラ隊長に戻った彼女は、僕にそう言って部屋を後にした。
あの光景は、僕の頭の中だけに置いておこう。本人は、死ぬほど恥ずかしいだろうし、本当にうっかりと言おうものなら、訓練を数十倍に増やされそうだ。
何故か、レイラ隊長の変な秘密を知ってしまった僕は、そのまま彼女の後を恐々としながら着いて行った。
コート女医の謎に対して、不信感が出つつも、何故か母親のような安心感まで出ているコノエだったが、レイラ隊長のあまりにもぶっ飛んだ素の姿に、その事が吹き飛んでいた。
そして、ここからまた敵が襲撃してくる可能性があるため、2人はブリーフィングルームに向かった。
次回 「10 岩礁突破戦 1」




