8 ミルディア皇国の内情
コノエ達は、一時の休息を楽しんでいた。
一方その頃、ミルディア皇国内では、ゲリラ部隊の対応である者が多忙に動いていた。
壊滅したニューオーグの街から少し離れた、ある軍艦の中で、回収されたラフ・ティガーから降りるグランツを、オルグが向かえた。
「すまないね。私の機体が修理中なばかりに、君にゲリラ部隊掃討を任せて」
「おぉ、いやぁ~楽しかったぜぇ。あの2人が居たからな~」
「やっぱりか……」
嫌な予感はしたものの、あの国はケモナーを良く軍に投入していた。よって、狐の子もまた戦場に出ることは分かっていたが、それでも本音は出て欲しくはなかった。
「とにかく、あの戦艦は領海を出て、アルツェイトの水上軍事基地に向かうはずだ。その前に落とし、あの機体を回収する! あの付近は岩礁が多い、そこで仕留めるぞ」
それからオルグは、部下に指示を出し、艦内へと向かった。
「しっかしよぉ、イナンアは何考えてやがる? ここは中立国のバッゲイア諸島国の領土だろうが」
身体をコキコキと鳴らし、戦闘をしたにしてはもの足りなさそうな様子のグランツが聞く。
「ここは複数の島からなる国だが、島の1つ1つには島主がいる。が、ニューオーグの街のあった場所は大陸の端だ。諸事情により、バッゲイアが領土を持つことにしたが……隣の国はーー」
「あ~イナンアと友好関係にある、ラリ国だっけか? な~るほどね~」
色々とこの惑星の国にも、様々な問題があるようだが、どれも地球で繁栄していた頃と変わらない問題を抱えていた。
「アルツェイト国は、堂々とその近辺を通過していたが……あの国は八方美人だからな、ラリ国ともバッゲイアとも友好関係を結んでいるし、貿易も盛んに行われている。ただ今回の事で、ラリ国に何かを言われたかも知れないだろうが、そこは内で揉み消すだろう」
「あ~そういうの、俺はわっかんねぇ!」
艦内に入り、その中の部屋の1つに入ると、そのままドカッとソファに座り、グランツは近くにあったグラスを取って、中に飲み物を注ぐと、それを飲み干した。
「グランツ。君はもう少し、政治やその辺りの事をーー」
「そういうのは、あんたに任せるわ。この身体になる前もあんたに仕えていたし、そういう細かいのも任せてたからな。あの国が滅んでからも、俺はあんたの侍従兵だぜ」
「それは助かるよ」
その言葉に、オルグは少し苦笑いをし、グランツに感謝をした。
そして、グランツは少し身を乗り出して、前から気になっていた事を聞いてきた。
「しっかしよぉ、滅ぼしてきた国に仕えるとか、本当に何を考えてんだ?」
そう言われた後、オルグはサングラスを取り、その両の目を見せてきた。
緑と金色のオッドアイの目は、その1つの左目の緑の目に、大きな火傷の跡があり、見えているようには見えなかった。
「滅ぼしたのは、ミルディアとアルツェイトだ。私は、この2つの国を今も許さない……が、それも戦争だ。私のいた国は、あり得ない計画を実施しようとしていたし、実際ある機体を確保しようと動いていた。だから、滅ぼされたのさ。これは、罪の跡だ」
「あ~わりぃ、そうだな。あれは……あの国が悪かったのかもな。でもよぉ、あそこまでーー」
「グランツ。言ったはずだ。戦争だとな」
そう言ったオルグに、グランツはそれ以上言葉を出さなかった。
艦はゆっくりと、沖へと進んでいく。
◇ ◇ ◇
イナンアのゲリラ部隊による攻撃は、世界各地で激化の一途を辿る。
「ギルム様、今日はこの海域が……」
「ギルム様、今日はこの地域が……」
毎日毎日部屋に来ては、その報告ばかり。ギルムは立派で高級な椅子に座りながら、指で机を鳴らしている。
「毎日さぁ~そればっかりかぁ!? たまには良いことでも報告しろよ~!! てめぇらは木偶の坊かぁ! あぁ?!」
そして、机の上の書類をバッと払い除け、あからさまに不機嫌な態度でそう吐き捨てた。
戦線は一向に良くならない。どころか、どういう訳かちょっかいを出す奴等が増える始末。
「あ~もう! この戦争で金儲けしている奴等が、裏でコソコソとぉ! ヒノモトも厄介なんだよ~あの2社、何だっけ? ロマンス社とか、花札社とか?」
「ロマノフ社と花鏡社です。まぁ、お互いに牽制しあっていますし、戦争中の今、とにかく急成長をしていますからねぇ」
「気に入らないねぇ~潰せないの?」
「そうはいっても、我が軍の機体は、その2社からでして……」
そう言って、ギルムはあるカタログに目を落とす。机の上には、常にそのカタログが置いてある。この戦争で、ここの軍に使われている機体の8割方は、その2社の提供だ。
自分としては、自らの力でシェアを伸ばせなかったのは痛い。だからこそーーだ。
「ちっ。機体で思い出した。新進気鋭のあの社からの、新機体の出来は?」
「ギルム様が創設した、ガンマ社ですね。新機体の方の量産の体制は整っています。それと例の3機、パイロットはどうします?」
残り2割は、ギルムが創設した会社だった。だが、どれもこれも癖があり、戦地での活躍はあまり入っていない。
そこで、ギルムはその状況を打開するため、新機体の開発と量産、更には今現在の技術を総動員した、とんでもない額がかかる機体の開発に着手していた。
「完成しそうか?」
「ギルム様が資金投入をしている為、予定より早めに」
「そうかそうか~パイロットはあの3人だ。そうだな~オルグの隊にでも入れてやれ」
「はっ」
部下にそう言うと、ギルムは少し嬉しそうな表情を見せた。
やっと、自分の時代が来るのだと、そう確信はしていた。残る問題はーー
「ギルムよ。……状況は?」
朽ちる老体に鞭打って、片足を若干引きずりながらやって来た、この父親だけだった。
「父上。お身体が本調子ではないのですし、延命治療を受けられたとしても、それで既に体力がーー」
「それでも、お主に任すわけにはいかないのだ。全指揮は私だ。この、グェンヤーガ=シュバイツ=ギルノガンだ」
過去の英雄も、老いには勝てなかった。それなら、とっとと引退してくれたら良いものを。
自分の何がいけないのか? 自分の何が足りていないのか? ギルムはそれが謎でしかたがなかった。
「分かりました」
それでもその威圧感だけは、幼い頃に感じた恐怖心を思い出させるには十分な程に、その身からほとばしっていた。
「ギルム。お主は機体の配備、隊の不足物資の補給手配。それと、現状から最適な作戦案を拾い、それを纏めて報告をしろ」
「はっ……」
従わざるを得ない。そんな圧倒的な父のカリスマ性に、ギルムは妬みを持ち、更にはその地位に早く就きたいという願望が、彼を焦らせていた。
そして、父を越えるという思いから、ある野望までその中に潜ませていた。
「ゲホゲホッ。……ふぅ。……イナンアの状況は?」
時折見せる、病の影。
それが早く牙を向けば良いのに、と思う。これが中々に最近の医療技術では難しい。一昔前なら恐らく生存率の低かったであろう、この病。
肺癌。
グェンヤーガ総督は、それを患っていた。にも関わらず、現状命に関わる状態ではない。
それどころか、最近の若い者には、この癌に対する予防接種というものが義務化されている。細胞のエラーを極力押さえる、宇宙の旅路で見つかった、あるウイルスを弱らせたものだった。
父はギリギリ世代ではなく、癌を患ってしまったが、最新の医療で命を落とすまでにはいかない状態まで、抑え込まれていた。
「技術の進歩も問題だねぇ、ったく……」
「聞こえているぞ。ギルム」
「すいませんねぇ~でも、総督の息子なんて、昔からこうでしょうが」
「そうだな。どこの国でも、息子は目の上のたんこぶだ。だから、私を越えたいなら、野心を燃やせ。足りぬわ」
「ちっ」
どう足掻いても、自分のことはお見通しというような、そんな父の姿が気に入らなかった。
ギルムは椅子から立ち上がり、自分の席の奥にある、更に立派で高級な机と椅子に向かう父を見て、舌打ちをしながらその部屋を出ていった。
「あぁ!! 越えてやるよ、父上!! ただし私は、新たな銀河の神になりますがね……くく、くくくく、あはははは!!!!」
誰もいない廊下には、そんな歪なギルムの笑い声が響いた。
ミルディアの総督は、今だ健在。
そんな中、コノエは自分の生い立ちを思い返し、何か不自然な点と、謎の安心感をコート女医に感じていた。彼女は何者で、いったい何故自分をこんな姿にしたのか、疑問が沸いてきていた。
次回「9 休息中の戦士達」




